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学院編 13 悪役令嬢は領地を巡る
431 悪役令嬢は前髪を焦がす
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「ぅう……」
「しっかりしろ、兄ちゃん!」
低く呻いたレイモンドに、次々と声がかけられる。再び暗い淵へ沈みそうになる意識に、一筋の光明が差したかのようだ。瞼を震わせ、緑の瞳が景色を捉えた。
「……あ……」
「よかった、気が付いたな」
「あんた、あいつらに食ってかかるから……俺達より一発多く当てられただろ」
一暴れした男達は、皆『塀の中の犬』の魔法によって衝撃を受け、その場に倒れたところを魔導士ではない者達によって縛り上げられた。ジュリアが遠くへ逃げる時間を作ろうと、レイモンドは必死に抵抗して彼らの注目を集めた。結果的には時間稼ぎができたのだが、屈強な男達と共に物置小屋のような建物に籠められた。木造でも頑丈な造りで、ドアに体当たりしてもびくともしない。皆の話から、ひっそりとしていてもここは町の中心部に近く、何らかの理由で町の人々は外出を制限されていると想像がつく。彼らは歩いてくるまでに誰とも会わず、建物の窓は固く閉ざされていた。
「あれから……どれくらい経ったんだ?」
「よく分かんねえけど、小一時間か?」
「そんなに経っちゃいねえよ。あの嬢ちゃんと坊主はうまくやったんだろうな」
何人かが壁に身体を預け、外の物音に耳を澄ました。
「火事にはなってなさそうだな」
「燃えやすいものがどこにあるのか、見つけられずにいるのか……」
レイモンドは眉間の皺を深くした。身軽な二人なら監視の目をくぐり抜けていけると思ったのは間違いだっただろうか。そもそも、あの場面でマリナが現れなければ、自分達はもっと奥まで進めたはずだ。塀の中の中枢部で騒ぎを起こすつもりが、計画変更を余儀なくされたのだ。
「どうして、マリナがここに……?」
「マリナ?」
隣に座っている男が訊ねた。目尻の皺が年齢を感じさせる。
「戦いの時にいただろう。侍女の格好の……」
「ああ、酒くせえ姉ちゃんか」
「俺達とは別行動をしている仲間だ。彼女はここにはいないようだな」
「ああ、その子なら」
別の男が話に割り込んでくる。若くて話好きの彼は、リーダーのレイモンドが目を覚ますのを今か今かと待っていた。
「俺達がここに連れて来られる時、例の黒い奴が、別の建物に連れて行ったぜ。二度目はないとか何とか言って」
「二度目……。では、一度逃げたのか?」
「さあね。酔ってたから、逃げるにも逃げられないんじゃない?」
「居場所が分からないことには、助けに行けないな……ん?」
窓の傍にいた男が腰を浮かせて膝立ちになり、頭でカーテンをずらして外を覗いた。
「お、おい!見てみろよ。街からいなくなった奴らがぞろぞろ歩いてるぜ」
数名が彼の横から様子を見て、無事だったことに感嘆の声を上げる。軽く涙ぐんでいる者さえいる。
「皆同じ方に歩いて……つうか、歩かされてるぞ」
「黒いヤツがうろうろしてるな」
ガタガタ。
突然ドアが音を立て、男達は窓から離れて一か所に固まった。レイモンドも座ったままで奥へ身を寄せる。振り返る間もなく、すぐにドアが開いて五人の『塀の中の犬』が入って来た。
「おい、お前ら。さっさと出ろ」
「解放してくれる、というわけではなさそうだな」
「フン。減らず口を。いいから来い。……いいものを見せてやる」
リーダー格の男がにやりと笑った。ローブのフードで隠れた顔はよく見えない。ただ、薄い唇が異様な程大きく弧を描いた。
◆◆◆
「び、びっくりしたなあ……脅かさないでくださいよ、殿下」
アレックスは白い光から出てきた四人を見るなり、最も仲が良い(と彼が思っている)セドリックに声をかけた。
「……挙動不審な赤髪の男がいたから、先回りした」
エミリーが不機嫌な顔で呟いた。隣でセドリック少年が二人を見て
「お知り合いですか、師匠?」
と暢気に問いかけている。
アリッサがエミリーの代わりにアレックスに謝ると、セドリックが彼女の肩を押しのけてアレックスに囁いた。
「……僕達がハーリオン領を調べていること、誰かに話したの?」
「は?話して……?お、俺、知りませんよ」
「……しらを切るのが怪しい」
両手で炎の魔法球を発生させ、エミリーが詰め寄った。アレックスの前髪が軽く焦げた。
「ほんっとに、知らないって。……何かあったんですか?」
「僕達がエスティアの近くの町から市場に転移した時、既に多くの騎士が集まっていたんだ。彼らももうすぐこのフロードリンに来ると思う」
「どうして?」
「……知るか」
「多分ね、前に騎士団が調査したけど、調べたりなかったって思ったんだと思うの」
「そう。誰かが『調査不足だ』とでも情報を流したのかもしれないね。フロードリンで大変なことが起きているとでも」
口をパクパクさせて、アレックスは言葉を失っていた。
「……目立つのよ、その髪」
「見た目のことは言っても始まらないわ。問題は、騎士団が来ちゃうってことでしょう?」
「そうか!殿下、俺に任せてください!」
胸元で拳を握りしめ、金の瞳をきらきらさせている腹心の臣下に、セドリックは不安を感じずにはいられなかった。
「しっかりしろ、兄ちゃん!」
低く呻いたレイモンドに、次々と声がかけられる。再び暗い淵へ沈みそうになる意識に、一筋の光明が差したかのようだ。瞼を震わせ、緑の瞳が景色を捉えた。
「……あ……」
「よかった、気が付いたな」
「あんた、あいつらに食ってかかるから……俺達より一発多く当てられただろ」
一暴れした男達は、皆『塀の中の犬』の魔法によって衝撃を受け、その場に倒れたところを魔導士ではない者達によって縛り上げられた。ジュリアが遠くへ逃げる時間を作ろうと、レイモンドは必死に抵抗して彼らの注目を集めた。結果的には時間稼ぎができたのだが、屈強な男達と共に物置小屋のような建物に籠められた。木造でも頑丈な造りで、ドアに体当たりしてもびくともしない。皆の話から、ひっそりとしていてもここは町の中心部に近く、何らかの理由で町の人々は外出を制限されていると想像がつく。彼らは歩いてくるまでに誰とも会わず、建物の窓は固く閉ざされていた。
「あれから……どれくらい経ったんだ?」
「よく分かんねえけど、小一時間か?」
「そんなに経っちゃいねえよ。あの嬢ちゃんと坊主はうまくやったんだろうな」
何人かが壁に身体を預け、外の物音に耳を澄ました。
「火事にはなってなさそうだな」
「燃えやすいものがどこにあるのか、見つけられずにいるのか……」
レイモンドは眉間の皺を深くした。身軽な二人なら監視の目をくぐり抜けていけると思ったのは間違いだっただろうか。そもそも、あの場面でマリナが現れなければ、自分達はもっと奥まで進めたはずだ。塀の中の中枢部で騒ぎを起こすつもりが、計画変更を余儀なくされたのだ。
「どうして、マリナがここに……?」
「マリナ?」
隣に座っている男が訊ねた。目尻の皺が年齢を感じさせる。
「戦いの時にいただろう。侍女の格好の……」
「ああ、酒くせえ姉ちゃんか」
「俺達とは別行動をしている仲間だ。彼女はここにはいないようだな」
「ああ、その子なら」
別の男が話に割り込んでくる。若くて話好きの彼は、リーダーのレイモンドが目を覚ますのを今か今かと待っていた。
「俺達がここに連れて来られる時、例の黒い奴が、別の建物に連れて行ったぜ。二度目はないとか何とか言って」
「二度目……。では、一度逃げたのか?」
「さあね。酔ってたから、逃げるにも逃げられないんじゃない?」
「居場所が分からないことには、助けに行けないな……ん?」
窓の傍にいた男が腰を浮かせて膝立ちになり、頭でカーテンをずらして外を覗いた。
「お、おい!見てみろよ。街からいなくなった奴らがぞろぞろ歩いてるぜ」
数名が彼の横から様子を見て、無事だったことに感嘆の声を上げる。軽く涙ぐんでいる者さえいる。
「皆同じ方に歩いて……つうか、歩かされてるぞ」
「黒いヤツがうろうろしてるな」
ガタガタ。
突然ドアが音を立て、男達は窓から離れて一か所に固まった。レイモンドも座ったままで奥へ身を寄せる。振り返る間もなく、すぐにドアが開いて五人の『塀の中の犬』が入って来た。
「おい、お前ら。さっさと出ろ」
「解放してくれる、というわけではなさそうだな」
「フン。減らず口を。いいから来い。……いいものを見せてやる」
リーダー格の男がにやりと笑った。ローブのフードで隠れた顔はよく見えない。ただ、薄い唇が異様な程大きく弧を描いた。
◆◆◆
「び、びっくりしたなあ……脅かさないでくださいよ、殿下」
アレックスは白い光から出てきた四人を見るなり、最も仲が良い(と彼が思っている)セドリックに声をかけた。
「……挙動不審な赤髪の男がいたから、先回りした」
エミリーが不機嫌な顔で呟いた。隣でセドリック少年が二人を見て
「お知り合いですか、師匠?」
と暢気に問いかけている。
アリッサがエミリーの代わりにアレックスに謝ると、セドリックが彼女の肩を押しのけてアレックスに囁いた。
「……僕達がハーリオン領を調べていること、誰かに話したの?」
「は?話して……?お、俺、知りませんよ」
「……しらを切るのが怪しい」
両手で炎の魔法球を発生させ、エミリーが詰め寄った。アレックスの前髪が軽く焦げた。
「ほんっとに、知らないって。……何かあったんですか?」
「僕達がエスティアの近くの町から市場に転移した時、既に多くの騎士が集まっていたんだ。彼らももうすぐこのフロードリンに来ると思う」
「どうして?」
「……知るか」
「多分ね、前に騎士団が調査したけど、調べたりなかったって思ったんだと思うの」
「そう。誰かが『調査不足だ』とでも情報を流したのかもしれないね。フロードリンで大変なことが起きているとでも」
口をパクパクさせて、アレックスは言葉を失っていた。
「……目立つのよ、その髪」
「見た目のことは言っても始まらないわ。問題は、騎士団が来ちゃうってことでしょう?」
「そうか!殿下、俺に任せてください!」
胸元で拳を握りしめ、金の瞳をきらきらさせている腹心の臣下に、セドリックは不安を感じずにはいられなかった。
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