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学院編 13 悪役令嬢は領地を巡る

416 悪役令嬢は領地をかき回す コレルダード編1

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どれくらいの時間が経ったのだろう。
ジュリアは気づかないうちに寝てしまっていたようだ。真っ暗な空間ではすぐに眠ってしまう。冷たい空気と石造りの床で、すっかり身体が冷えている。

ダン!
突如として光が差し込んだ。
明るさに慣れず、何度か瞬きをして光の射す方を見つめると、地下室のドアが開き、光を背にして人影が見えた。
「やめて!」
女性の悲鳴が聞こえ、ガタガタと家具が倒れる音がした。怒鳴り声を上げた男が、彼女を突き飛ばしのかもしれない。間もなく何かが階段を転がり落ちてきた。
「……ぐ、うっ……」
――ひ、人!?
ジュリアが『何か』を確認できないでいるうちに、地下室のドアは閉められ、再び闇が訪れた。魔法球の灯りだけでは見えない。芋虫のように身体をくねらせて、ジュリアは落ちてきた人間の傍へ寄って行った。

「ねえ、大丈夫?」
「……」
返事はない。苦しそうに呻く声がするだけだ。
「階段にぶつかったんだね。あいつ、最低だ。ここから出たら絶対、一発殴って……」
「……どうやって出るつもりだ?」
聞き覚えのある低い声が耳に届いた。
「レイモンド!?捕まっちゃったの?」
「君を助けに来たんだが……失敗した。相手は話が通じない男だった」
――まさか、あの男を説得しようとしたの?
あまりにも無謀だと言おうとして、ジュリアはぐっとこらえた。嗜みとして剣や魔法の練習はしていても、突出した武力を持たないレイモンドには、論戦に持ち込んで何かを交換条件にジュリアを解放させる以外に方法がなかったのだろう。宿屋で見た限り、先ほどの男はレイモンドと真逆のタイプに見えた。彼の話が理解できず、頭にきて殴りかかって来たに違いない。
「その……うん。助けに来てくれてありがとう」
「やけに素直だな。素直なところは君の美徳だが、現状を打開するには何の役にも立たない」
「そりゃそうだけどさ。……あ!」
「どうした?」
にやり。
ジュリアの唇が弧を描いた。
「ふっふっふー。こんなこともあろうかと、用意してきてよかったねえ」
「は?恐怖のあまり、頭がおかしくなったのか?」
もぞもぞとジュリアは身体を動かし、レイモンドに擦り寄った。
「おい」
鼻先が触れそうな距離まで近づくと、流石のレイモンドも狼狽えた。冷酷無比の鬼の副会長と噂されている彼も、視線を彷徨わせて頬を真っ赤にしている。彼のトレードマークとも言える眼鏡がない。
「あれ、眼鏡どうしたの?」
「殴られた時に壊れてしまった。なくてもぼんやりとは見える」
見れば頬の上の辺りに小さく切り傷がある。眼鏡でできた傷のようだ。
「ね、あっちむいて」
「向こうを向けと?」
「そう。私のスカート、捲れない?」
「ス……!な、何を言っているんだ君は」
「お願い」
「……っ!」
恥ずかしさが勝り、レイモンドは向こうを向いた。後ろ手に縛られた指先が、ジュリアの腿の辺りにある。彼の長い指にスカートを触れさせると、肩が震えて身体が強張った。
「早く。あいつが戻ってくる前に」
「俺はアリッサ以外のスカートを捲るつもりはなかったんだが……」
――さらりと変態発言?変態のくせに恥ずかしがってる場合?
「時間がないの。お願い」
「……」
――こうなったら、奥の手だ。
あ、あ、と何回か声を出し、ジュリアは息を吸い込んだ。
「レイ様……」
ビクン。レイモンドの手が止まった。
「レイ様、お願い。アリッサの脚を触って欲しいの……」
「何……」
「触ってくれないんですか?……私のことが嫌いなんですか?」
「アリッサ……」

   ◆◆◆

「助かったよレイモンド。やっぱ捕まる時は一人より二人だね!」
「ジュリア、君は本当に……」
額に手を当てて俯くレイモンドは、必死に自己嫌悪と戦っていた。自分が愛を捧げるアリッサではなく、その姉のスカートを捲る羽目になった上、彼女の巧妙な声真似に胸を高鳴らせ、拘束されたアリッサのスカートを捲るところを想像して興奮してしまった。ジュリアにはいいところもあるのかもしれないが、単なる問題児にしか思えなくなってきた。恨めしい気持ちで彼女を睨むが、不思議そうに首を傾げられただけだった。
一方、アリッサの声真似をしてレイモンドの気持ちを盛り上げる(?)ことに成功したジュリアは、心の中で自分のサバイバル術を絶賛中だった。腿につけていたナイフを彼に握らせ、自分の手首を縛っていたロープを切った。すぐにレイモンドの拘束を解き、二人で床の上に体育座りをして作戦を立てた。

「ここから出る方法か……」
「地下室ってのが問題なんだよねえ。換気口はあるけど、人が出られる大きさじゃない」
「となると、必然的にあのドアから出ることになるな」
レイモンドは地下室のドアを指し、うーんと唸って腕組みをした。
「俺が落ちた階段は、全部で十段あるようだ。幅が狭く、失敗すると横から転落する恐れもあった」
「手すりもないもんね。こっち側って」
立ち上がって階段の脇に立つ。幅が八十センチほどの石の階段は、地下室の壁に沿って作られており、下りる時は右手を、上る時は左手を壁に当てていないと落ちそうだ。
「……俺の身長なら、入口傍の段に手が届く。そして、ここには俺達が縛られていたロープがある」
彼の意図を読み、ジュリアは頷いた。
「地下室の中に、何か使えるものがあるかもよ」
奥へ進んで光魔法球を燭台から取ると、手の上に乗せて辺りを照らした。
「何かあるか?」
「武器になるようなものは……お?」
ジュリアの足に硬い物がぶつかった。
「やった。鍋の蓋発見!これであいつの攻撃を防げるよ」
振り返るとレイモンドは棚の上の箱を漁っているところだった。紙の束を取り出し、中身に目を通して渋い顔をしている。
「高利貸しの台帳か。コレルダードと近隣の住民に金を貸しているようだな。返せずに働きに出た者もいる」
「あいつ、そんなに金持ちそうに見えなかったよ?」
「どこかに流れているんだろう。あの男一人で思いつく話ではない。資金の流れは気にはなるが、今はここから出ることが優先事項だ」
「そうだね。……はい、ロープ」
「俺は他人を力でねじ伏せるのは好まないのだが」
「ぐだぐだ言わないの。ここから出ないとアリッサに会えないんだからね?」
「……勝ち誇った顔をするな。こんなことで俺の弱みを握ったつもりか。……まあ、あながち間違いでもないがな」
大きく伸びをしてロープを手に取ると、レイモンドは階段の陰に身を潜めた。
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