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学院編 13 悪役令嬢は領地を巡る

407 悪役令嬢は領地を知る コレルダード編1

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派手なドレスに身を包んだ美人と、明らかに地元の人間ではなさそうな若い男の二人連れがコレルダードの大通りを歩いていた。以前は屋台が並んでいた名物通りも、歩いている人は数えるほどで閑散としている。
「ふあー。けっこう話したね。すっかり暗くなっちゃったよ」
大きく伸びをして、先ほどの娼婦の話を思い出す。彼女が馴染の客に誘われるまで、三人は話し込んでいたのだ。
「収穫祭がなくなったのは、二年前か……。侯爵が王都を離れられなかった頃からか」
収穫祭が行われなくなった年は、治水工事に男手が奪われ、十分な収穫量が維持できなかったところに、いつもの年の三倍の年貢を課されたと言っていた。
「話は戻るが、侯爵様は年貢を厳しく取り立てているのか?」
「まっさかあ。お父様は貿易の会社もやってるんだよ?領地から無理に集めなくても、王家に納める分くらい余裕で稼いでるっての」
「それなら、娼婦が言っていた、三倍の年貢はどこに行ったんだ?労働者が強制的に集められていることと何か関係があるのだろうか」

レイモンドはノートを取り出した。領地からハーリオン侯爵に納められた年貢――コレルダードの場合は小麦――の量は変わっていない。『男手が奪われた』という治水工事の履歴も確認できない。
「……分からんな。前の年も次の年も、川の状況は変わっていない。翌年には小規模な氾濫があったようだが」
「工事に行った人達はどうして戻って来れないんだろう。さっきの人の旦那さんも、連れて行かれて帰ってきていないんだってよ?コレルダードの近くじゃなくて、もっと離れたところが工事現場なのかな?」
「コレルダードを含むこのハーリオン家の領地は広い。だが、なかなか帰って来られない距離でもあるまい。帰れない土地へ連れて行かれたか、帰らぬ人となったかだろうな」
「死んじゃったってこと?」
「慣れない土地で、過酷な条件で労働を強いられれば、病に倒れることもある。家族に連絡しないのは酷いな」
レイモンドは溜息をついて眼鏡を上げた。
「絶対お父様の指示じゃないって」
「ああ。分かっている。利益の中間搾取をしている人物がいるのは明らかだ。さらに、労働者を他の町へ連れ去っている者も、何らかの利益を得ていると思う」
「そう、それそれ!他の町に連れて行く元締めみたいな人、探してみない?」
ぴくり、とレイモンドの眉が動く。
「どういうつもりだ?」
「だから、話を聞いてみるの!」
「危険極まりないな。元気な若者なんて、すぐに連れて行かれるに決まっているぞ」
この人の慎重なところは美徳だが、ジュリアには厄介な制約にしか思えなかった。
「ビビってたらいつまでも核心に近づけないよ?」
「ふう……。では、君の作戦を披露してもらうとしようか。宿屋の中で」

   ◆◆◆

二人は比較的きれいに見える宿屋に入った。裏通り以外の宿屋は一つだけだった。
「やっぱ、レイモンドは反対なんでしょ?危ない橋は渡りたくないんだよね?」
荷物を置きながら、少し疲れた彼の様子を窺う。
「君が無茶をするのは勝手だが、俺には君を五体満足で王都に帰らせる責任がある。出発前にアリッサとアレックスに約束したんだ」
そんな会話がなされていたとはジュリアは何も知らなかった。心配性のアリッサは当然として、アレックスも自分のことをレイモンドに頼んでいたとは。女の子扱いされた気分だ。
――何か、照れるよなあ。
「とにかく、直接『元締め』のところに乗り込むのはなしだ。少し情報収集しよう。夜になればこの宿屋の一階も酒を飲む連中で混み合うだろう。酒が入れば饒舌にもなる」
「了解!ちょっと話を聞こう」
敬礼をしたジュリアは、ずり落ちたドレスの肩紐を直した。
「言っておくが、色仕掛けはするなよ。客室に連れ込まれても文句は言えないぞ」
「はははは!私が色仕掛け?ありえないってば」
ベッドをバンバンと叩いて大笑いすると、レイモンドは少し咳き込んだ。
「大丈夫?この部屋埃っぽいし、何かいるんじゃない?痒い」
「一応シーツくらいは洗っているんだろうが、寝転がるのは勇気が要るな」
レイモンドはベッドに腰掛けた。
そこでジュリアは、この部屋の大問題に気が付いた。
「……ねえ、レイモンド」
「何だ」
「今晩、どこに寝るつもり?」

「……なっ!」
レイモンドは自分が座っている大きなベッドが、ジュリアの寝転んでいるベッドで……つまり、この部屋にはベッドは一つしかないと気づいた。
「私は……別に構わないよ?端と端で寝れば」
ジュリアの中では、前世の小学生時代に行った林間学校の気分だ。テントの中で皆寝袋に入って寝た記憶がある。
「……君は危機感がないのか?」
レイモンドは座ったまま、手を額に当てて俯いた。
「ききかん……?」
「男女が同じベッドに」
「あ、別に?だって、レイモンド、私のこと女だと思ってないでしょ?色仕掛けなんてできない山猿だと思ってるでしょ?」
起き上がって身を乗り出し、座り込むレイモンドの隣に正座した。やけにフリルの多いひらひらしたドレスが邪魔だ。脚に絡みつく裾を持ち上げると、レイモンドはジュリアから顔を背けた。
「……思っていなかったら、……こうして困っていない」
「え……」
――レイモンド、私を意識してるの?
急にジュリアの心臓が音を立てはじめた。
「アリッサの姉でアレックスの婚約者だから、万が一のことがあっては……いや、俺は君とアリッサが似ていても惑わされることはない。絶対に」
「ねえ、まさかのまさかだけどさ。レイモンド、私に誘惑されるとでも思ってるの?」
「……」
黙ってこちらをみる視線は何か問いたげである。
「はあっ?何よ、その顔!」
バン。(ぼふっ)
ジュリアはベッドのくたびれたマットレスを叩いた。白い目でレイモンドを見る。
「私、アレックス以外は興味ないの。馬鹿にするのもいい加減にして!」
彼の上着の襟元をぐっと握って上から目線で怒鳴った。力いっぱいドアを閉め、ジュリアは階段を駆け下りて行った。
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