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学院編 13 悪役令嬢は領地を巡る

404 悪役令嬢は領地を知る フロードリン編1

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クリフトンに案内された客室は、田舎町の宿屋にしては小奇麗だった。
「客なんかしばらく来ないから、女一人でも危なくないし、一人で一部屋使ってもいいぞ。それとも……アランとマリアンは夫婦なのか?」
「はあっ!?」
二人の口から同時に声が上がった。アレックスは声が裏返り、マリナは令嬢らしからぬ振る舞いをしたと心の中で反省し、咳払いをして居住まいを正した。
「ち、違います。……私はこの方のお付きの侍女で……」
「そうなのか?いやあ、俺、てっきり……お嬢様とお付きの護衛かと思ってたよ」
「え……」
侍女の扮装は完璧だと自負していたマリナにとって、クリフトンの言葉は意外だった。
「だってさ、マリアンが時々女王様に見えるんだよ。……まあ、何か事情があるんだろ。駆け落ちじゃなさそうだけど」
「何度も言いますが、違います。私は……」
「なあ、マリナ。隠しても無駄じゃね?」
「な!私の名前はマリアンで……」
「人を見るのに慣れてるクリフトンにはバレバレだってことだよ。本当のことをしゃべって、協力してもらったほうが良くねえか?」
アレックスの金色の瞳が挑戦的に光る。放っておいたらドヤ顔で続けそうだ。
「……分かりましたわ。クリフトンさんにご協力いただきましょう。よろしいかしら?」
「お、おう。……何か、マリアン……じゃなくてマリナ、もっと女王様っぽくなったな」

クリフトンをアレックスの部屋に引き入れて、マリナはドアの内鍵をかけた。
「カーテンをお願いできるかしら」
「ああ」
アレックスが手際よくカーテンを引く。勢いよく引っ張りすぎて端がほつれ、クリフトンは眉を顰めた。
「悪い。……王都に戻ったら弁償する」
「それより、私が後で縫いますわ。……クリフトンさん、私達は職を求めてこの町へ来た若者と侍女ではございません。ある大きな陰謀が企てられているであろうこの町を調べに来たのです」
「陰謀……塀の中のことか?」
「ええ。高い塀で囲まれた工場があることも、人々が戻って来ないことも、領主であるハーリオン侯爵は存じておりません。父も私も、長閑で優しい時が流れるこの町を愛しているのです。人々を苦しめるのは父の本意では……」
「父?ちょっと待て、マリナの父さんって……」
「マリナの父さんはハーリオン侯爵だよ。見た目は変えてるけど、本当はキラキラした銀髪なんだ。……って、見たことないか」
「知ってるよ。何年前だったか、侯爵様と一緒に一番上のお嬢様が来られたことがあって。俺も父さんと一緒に見に行ったよ。遠目だったけど、銀髪で。可愛いなって……」
言いかけてクリフトンは手で口を塞ぎ、目を白黒させた。
「で?そのお嬢様自ら、調べに来たのは何故だ?侯爵様はどうなさったんだ?」
「父は外国へ行ったきり、何らかの理由で足止めされております。私が王太子妃候補に選ばれて以来、領地を回る機会が減ったのをいいことに、何者かがハーリオン領に入り込み、あたかも父の指示であるかのように領地管理人を言い含め、今のフロードリンを作ってしまったのです。父がこのままアスタシフォンから戻らなければ、領地はもっと酷いことになってしまいます」
「外国に……だからこの状況をご存知ないのか」
「ええ。執事を通じて指示はしていたはずなのですけれど、何者かが手紙を握りつぶしていたとしか思えません。報告書に書かれている数字は、以前と殆ど変わらず、父も気に留めなかったのでしょう。領主としてあるまじき失態ですわ」
荷物の中からノートを取り出し、毛織物の産出量を書いたページを開いた。仕事が丁寧なアリッサは、三十年前からのデータを時系列でまとめてくれていた。
「こちらをご覧になって。……ほら、ここよ」
「うーん。よく分かんねえけど、数字は殆ど変わりないな。あんだけでかい工場が建ってるってのに、売上が変わらないってありえないよな?」
「クリフトン、すげえ……」
報告書を読んでも理解できなかったアレックスは、素直に宿屋の息子の才能に敬意を表したが、クリフトンは何とも思っていないようだ。商売人たるもの、数字に強くなければならないのだ。
「誰かが横から掻っ攫ってるってことか?」
「ええ。ご名答よ。塀の中を見たわけではないから、工場の規模は推測でしかないけれど、恐らく父と私が来た頃よりははるかに生産量を上げているでしょう。国内では最高品質と謳われ、外国でも高値で取引されるフロードリン産の毛織物が、一体どこへ流れているのかしら」
「なあ、クリフトンの父さんが王都に行かなくなったのって、これなんじゃないか?怪しい奴が品物を運び出してるところと見たとかさ」
クリフトンの顔色が変わった。動揺が隠せない。
「お父様は何時頃お出かけになったの?」
「いつもは朝、空が明るくなり始めたら行くんだ。……あの日は、確か……珍しい食材が入るって話で、暗いうちに家を出て行ったんだよ」
「フロードリンの織物を市場で売ろうとするなら、怪しい奴らとバッタリ鉢合わせしたんだろうな」
「開店前の慌ただしい時間に品物を市場に運んだ方が、怪しまれなくていいのよ、きっと。……でも、おかしいわね。フロードリンの毛織物が大量に流通したら、値段は下がるでしょうし、必ず噂になるわ」
「王都にいて、そんな噂は一度も聞いたことねえよ」
「あなたはそういうことに興味がないでしょう?」
「ぐ……」
唇を噛んだアレックスの隣で、クリフトンが腕組みをして頷いた。
「持ち出した先が王都の市場以外なのか、市場では別の町の産物として売ったのか、値下げせずに売っているか……ってところだろうな。俺も何度も行ったが、市場にはフロードリン以外の毛織物も売っている。フロードリン産と同じ値段で売れなくても、少し安くて質のいいものが手に入るなら、買う客は多いんじゃないか?」

「よし!」
アレックスがいきなり立ち上がった。
「なあ、今晩見張りをしてみないか?」
「見張り?」
「馬車で運んだら目立つだろ?市場までは魔法陣で運ぶはずだ。あの魔法陣のある建物の傍で見張りをするんだよ!で、どこに行ったか追いかけるんだ」
「危ないわ」
「黒い連中、塀の中の犬に見つかったら、親父みたいに……」
「何言ってんだよ!ビビってたら何もできないぜ。……んー、じゃあ、俺とマリナが戻って来なかったら、手紙を届けてもらえるか、クリフトン?」
「誰に?」
「王都のオードファン公爵邸にいる、執事のエイブラハムにさ。……ってことで、手紙書いてくれよ、マリナ。俺、何書いてるか分かんねえってよく言われるから」
マリナは彼の手紙を思い出して苦笑した。宿屋に置いてある粗末なテーブルの上で、さらさらとペンを走らせる。話をしながら手を動かし、あっという間に手紙を書いた。
「お願いしますわ、クリフトンさん。夜が明けて一時間以上経って私達が戻らなければ、これをオードファン公爵邸の若い執事のエイブラハムへ。魔法陣を使う時は用心なさってね」
手紙を受け取ったクリフトンは、ベストの内ポケットに手紙をしまい、
「見つからないことを祈ってる」
と強い視線で二人の顔を見つめた。
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