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学院編 13 悪役令嬢は領地を巡る

401 悪役令嬢は領地を知る エスティア編1

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「いやあ、いいパーティーだったね」
「……宴会でしょ」
「えん?」
「……こっちの話。ところで、飲んで騒いで、収穫はあったの?」
「ええと、私が聞いたところでは……あんまりいい話はなかったの」
アリッサが申し訳なさそうに眉を下げる。引っ込み思案で初対面の人の輪に加わるのは苦手なのだ。同じように対人スキルが低いエミリーも、これといった収穫はなかったので、姉を責める気にはならなかった。
「お花のことを訊こうとしたんだけど、皆すぐ別のお話になっちゃって」
「……意図的に隠してる?」
姉妹がひそひそと話している後ろを、セドリックが陽気に口笛を吹きながら歩いている。王族らしからぬ振る舞いである。
「ご機嫌すぎて腹が立つ」
「エミ……エマちゃん、怒らないで、魔法はダメよ」
「何なの?結局酒飲んではしゃいで終わりじゃない!」

くるりと後ろを振り返り、エミリーは立ち止まってセドリックを睨んだ。
「……っと、エ……マ?どうしたの?」
「どうしたですって?あなたの役立たずっぷりに呆れてるのよ」
「酷いなあ。役立たずなんて」
「じゃあ……さっきの店で何か収穫はあったの?薦められるままに飲んで、腕相撲で負けて……」
セドリックは苦笑いで髪を梳くように頭を掻いた。
「はは。皆強かったね」
「そこじゃない!」
「腕相撲は負けちゃったけど、何回も挑戦しているうちにね……皆の態度が変わって来たんだ」
ふっと優しく笑って、魔法球を発生させかけたエミリーの腕を下ろさせた。
「僕が腕相撲で勝ったら、綺麗な花のある場所を教えてほしい。病気で余命半年の妻のために、って言ったら……」
「ちょっと待って。私、余命半年?」
「変装しているし、次に来た時は本来の君の姿だよね?問題はないよ」
「……そうだけど、複雑」
「皆、僕を励ましてくれたんだ。明日にでも、花の咲く場所へ連れて行ってくれるって。ただし、雪が融けて春になるまで待たないとないらしい」
「へえ」
エミリーが何度か瞬きをした。
「その顔は、認めてくれた証拠かな?」
「……まあ、少しは」
「ふふ。嬉しいな。義理の妹に認めてもらえて」
ふわふわと浮かれたセドリックは、道端でステップを踏み、一回転をして危うく路肩に落ちそうになった。
「……ウザ。まだ義妹じゃないし」

「ピオリはね、春と秋の二回花が咲くものと、春に咲くものの二種類が確認されているそうなの。二回咲くのは主に南の温かい地域にあるピオリだから、この町では春しか咲かないのね」
「そう言えば……寒い」
「夜は冷えるね。酔いが醒めたらもっと寒いかな。はははははは」
それからしばらくセドリックは笑い続けた。姉妹が、王太子は酔うと極度の笑い上戸だと気づくのに、それほど時間はかからなかった。
「足取りも覚束ないし、本気で捨てて帰りたい……」
「ダメよ、エミ……エマちゃん。マリ……が悲しむわ」
「ア、リ、ス?……名前、いい加減覚えてよ。……ほら、あなたもしっかり歩いて!」
「うふふ、はははははは……」
「……脳内お花畑全開。気絶させて運んだ方がマシかも」
「おうた……スタンリーは、マリ……ちゃんの様子を思い出して、私達を守ってくださったのよ。頑張って歩きましょう?……ええと、分家のお邸はあっち?」
「……反対方向」
エミリーに白い目で睨まれ、アリッサは申し訳なさそうに眉を下げた。
「マリナ、そっちに行かないで、僕、……うふふふ、はははははは」
「あー、マジでこいつウザい!」
エミリーは魔法で音を消すと、地魔法でセドリックにかかる重力を半分以下にした。

ガサ……。
夜の闇の中、ゆっくりと歩いていく三人の背中を見つめる者が一人。
月明かりを受けた瞳は、鋭く輝いていた。

   ◆◆◆

ハーリオン侯爵家の分家が代々暮らしていた邸に、小さな影が忍び込んだ。周りを囲む壁を上り、辺りに人がいないのを確認して内側の芝生に下りる。
植栽の間を抜けて建物に近づき、宵闇の中で灯りが漏れている窓を見上げた。室内からは賑やかな声が聞こえる。

「うふ、ふふふふ、やだなあ、マリナ、くすぐったいよぉ」
靴を脱がされ、アリッサとエミリーの二人がかりでベッドに転がされたセドリックは、マリナに介抱される幸せな夢を見て、ひっきりなしに笑っていた。エミリーの細い腕に絡まってきた瞬間、マシューの魔法が彼を弾き飛ばし、王太子は笑いながらベッドに沈んだ。
「……アリッサ。こいつ、シメていい?」
「だめだよ、エミリーちゃん。いなくなったら、グランディアが大変なことになっちゃう!」
アリッサの意見ももっともだが、セドリック本人のことは心配していない。どちらかと言えば、王太子である彼を失った場合に起こる問題を気にしているようだ。二人とも、セドリックが自分のストライクゾーンから外れているものの、邪険に扱えないとは思っていた。
「……執事にも迷惑をかけたね」
「驚いていたわね。セバスチャン」
「は?ジャイルズでしょ?」
「いいえ、ここの執事はセバスチャンだって、うちの執事のジョンが言っていたもの。同じお邸にいた頃は、チェス仲間だったんですって」
「何それ。老人クラブの囲碁大会みたいな?」
「多分……だから、ジョンが名前を間違うはずはないわ」

エミリーは考え込んだ。
セドリックが腕相撲大会に挑む前に、町の人たちと話した時、彼らは口々に邸の執事の名を語っていた。――ジャイルズと。
ジャイルズ・ディークイル。確かそんな名前だと言っていた。
「……酒場の話と違うわ」
「人が変わっても、ジョンやお父様が知らないでいられるかしら?」
「執事を決めるのはお父様だから、知らない人が執事になるなんてあり得ないし、ジョンだって手紙をやりとりしているんだから気づくはず。おかしい」
「なら、私達をもてなしてくれている彼は、誰なのかしら?」
アリッサが腕組みをして首を傾げた時、窓際に人の気配を感じ、エミリーがアリッサを屈ませた。
「何か来る!」
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