上 下
571 / 794
学院編 13 悪役令嬢は領地を巡る

399 悪役令嬢は領地を巡る コレルダード編2

しおりを挟む
「はあ……はあ……いきなり走るな」
「気づかなかったの?あそこにいた娼婦みたいな人達、レイモ……レジーがいいとこのお坊ちゃんだって知って、目の色変えてたよ?いい金づるだって」
「はあ……はあ……だから?」
「逃げなきゃ連れ込まれてたってば!あそこ、もう行かない方がいいよ。民宿が並ぶ通りだったのに、まともな宿が一つもなかったもん」
呼吸を整え、レイモンドは胸を張ってジュリアを見た。
「俺に考えがある。少し、商店街を見て歩こう」

   ◆◆◆

衣料品店の前で足を止め、レイモンドはジュリアの背中を押して店に入った。
「ちょ、何?」
「衣装を調達しよう。荷物になってしまうが……」
「荷物は最小限にしようって言ってたの、レジーじゃん」
「必要なものは買うべきだ。特に、身の安全を保つためには……ああ、店員が出てきたぞ」
奥から腰の曲がった老婆が杖をついて出てきた。ジュリアが店内を見回すと、流行遅れの色褪せたドレスしかない。店員も売り物も、何十年と時を止めているかのように。
「お客さんかな」
「ドレスを一式買いたいのだが」
「ああ……そこのお嬢さんのね?」
「へ?」
「男の子のなりしていても、私には分かるよ。少し整えりゃ、大層別嬪になるね」
老婆は歯の欠けた口を開けて、かっかっと笑った。

店の中からジュリアに合うドレスを見立ててもらい、別室で着替えることにした。背中のボタンを留めてもらいながら、ジュリアは老婆に尋ねた。
「ねえ、おばあちゃん。美味しいものの屋台ってどこに行ったらあるのかなあ?」
「屋台?そんなもの、ここんとこ、とんと見てないねえ」
「ええ?私、屋台を楽しみにしてきたのに」
「何年前だったか……領主様が祭にいらっしゃってねえ。それから間もなく、町から若い連中がいなくなっちまったのさ」
「若い人が?」
「ああ。ナントカっちゅう街に、領主様が工場をおつくりになったんだと。で、そこで働かないかって声をかけて連れてっちまうんだよ」
「工場か……」
「よっぽど大きい工場なんだろうね。次から次に連れて行くけれど、一人も帰ってきやしない。仕事が忙しいのか、向こうの暮らしが豊かで帰りたくないのか……私の孫も、手紙一つ寄越しやしないんだよ」
老婆は棚に飾ってあった額縁を見た。そこには、中年夫婦と少年の姿が描かれている。
「ロブは素直で優しいいい子なんだよ。悪い奴らに騙されているんじゃないかって心配してね、息子達が様子を見に行ったんだ」
「ロブさんの御両親は?」
「……さあねえ。戻って来ないよ。……ほれ、できた。連れの兄ちゃんが驚くよ!」
バシッと背中を叩かれ、ジュリアは背筋を伸ばした。露出が多い服は、背中の開きも大きい。地味に痛かった。

「どう?」
「……!」
髪を掻き上げて少しセクシーなポーズを作り、別室から戻ると、レイモンドはジュリアを見て固まった。
「……ちょっと、何か言ってよ。恥ずかしいじゃん」
ポーズを解いてレイモンドの腕を叩く。
「衣装の力は偉大だなと思ったところだ。なかなか見栄えがするな。貴族の愛人に見えなくもない」
「あ、愛人!?はあ?何言ってんの、レイモンド?」
「レジナルドだ」
「冗談やめてよ、レジー。私がレジーの愛人になるっての?」
レイモンドは何も言わずに頷いた。
「無理!愛人のふりなんてできないよ」
「アレックスと普段しているようにすればいい」
「だーかーら!普段、してないんだってば」
「二人きりのときは睦みあうだろう?」
「むつ……?」
「二人きりの時は何をしているんだ?」
「……剣の練習、とか?」
申し訳なさそうに呟くと、レイモンドの口の端が引き攣った。

「……二年前の収穫祭の時、あの通りは食堂と宿屋が並んでいたと言ったな。酒浸りと娼婦ばかりがいる町になったのは、何かが起こったからだろう。中に入って調べるんだ」
「女だと危ないから男装してるんでしょ」
「男二人で連れ込み宿に入る気か?」
――って、レイモンドと二人で入るの?
ジュリアは顎が外れんばかりに驚いた。

「お嬢さん、ちょっとお待ち」
老婆が声をかけ、何か白い布を持ってきた。
「大きさが合わないようだからね」
「ドレスの……胸が開きすぎ?」
「背の高さに合わせて選んだからね。胴回りは縫い詰めたけど、ここはねえ」
胸のすぐ下で切り替えがあり、幅広のウエストベルトがある。肩を出したデザインで回りに入ったギャザーの部分が緩い。胸があればずり落ちないのだろうが。
老婆はジュリアに近づき、一瞬のうちにギャザーの胸元を引いて中にタオルのような柔らかい布を詰めた。
――!!胸、見えるじゃん!
「……見た?」
「見ていない」
「……見たよね?」
「胸と判断できるものは見ていない。……この話は終わりだ。さっさと支度をしろ」
苛立って向こうを向いてしまった。
予想通り、ドレスの胸元がぷっくりと膨らんだ。これなら美貌を武器に若い男を手玉に取るお色気美人に見えなくもない。
「どうだい?」
「うわあ、おばあちゃんすごい。本物の胸みたい!」
「お嬢さんはデコルテが綺麗だからね。見せた方がいいよ」
「だって。ねえ、見てみて、レジー」
「……見るなと言ったり見ろと言ったり……どっちなんだ」
振り返ったレイモンドは、ジュリアの胸元を見て言葉を失った。数秒の間があって、
「ああ。いいな。流石は街一番の店だけはある」
安っぽいドレスに身を包んだジュリアに満足し、眼鏡の奥の瞳を細めた。
「ちょっと、褒めるとこは服だけ?」
「他に何がある。……髪は下ろしたほうがそれらしいな」
ジュリアが髪を結んでいる紐を解くと、レイモンドは耳から髪の先までさらりと撫でた。
「――っ!」
「どうした?」
「……なんでもない」
見た目を整えるためとはいえ、恋人でもない自分の髪を撫でるなど、どういうつもりなのか。アレックスもあまり触ったことがないのに。
「いいだろう。今から君は俺の愛人。秘密の関係の二人が旅行をしている設定だぞ」
とジュリアのウエストに手を回した。
「さ、触らないで」
「愛人なのにか?」
手を離すとジュリアは赤くなって俯いた。
「触られるのに慣れてないのよ」
――っていうか、レイモンドの触り方が……!
アリッサはいつもあんな風に触られているのかと思うと、妹が別世界の人間に思えた。
「男だらけの剣技科にいるのに、信じられんな」
「演技は頑張るから、許して?」
ジュリアが顔の前で手を合わせて拝む様子に、レイモンドは首を傾げた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魔性の悪役令嬢らしいですが、男性が苦手なのでご期待にそえません!

蒼乃ロゼ
恋愛
「リュミネーヴァ様は、いろんな殿方とご経験のある、魔性の女でいらっしゃいますから!」 「「……は?」」 どうやら原作では魔性の女だったらしい、リュミネーヴァ。 しかし彼女の中身は、前世でストーカーに命を絶たれ、乙女ゲーム『光が世界を満たすまで』通称ヒカミタの世界に転生してきた人物。 前世での最期の記憶から、男性が苦手。 初めは男性を目にするだけでも体が震えるありさま。 リュミネーヴァが具体的にどんな悪行をするのか分からず、ただ自分として、在るがままを生きてきた。 当然、物語が原作どおりにいくはずもなく。 おまけに実は、本編前にあたる時期からフラグを折っていて……? 攻略キャラを全力回避していたら、魔性違いで謎のキャラから溺愛モードが始まるお話。 ファンタジー要素も多めです。 ※なろう様にも掲載中 ※短編【転生先は『乙女ゲーでしょ』~】の元ネタです。どちらを先に読んでもお話は分かりますので、ご安心ください。

生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~

こひな
恋愛
市川みのり 31歳。 成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。 彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。 貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。 ※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。

転生したら攻略対象者の母親(王妃)でした

黒木寿々
恋愛
我儘な公爵令嬢リザベル・フォリス、7歳。弟が産まれたことで前世の記憶を思い出したけど、この世界って前世でハマっていた乙女ゲームの世界!?私の未来って物凄く性悪な王妃様じゃん! しかもゲーム本編が始まる時点ですでに亡くなってるし・・・。 ゲームの中ではことごとく酷いことをしていたみたいだけど、私はそんなことしない! 清く正しい心で、未来の息子(攻略対象者)を愛でまくるぞ!!! *R15は保険です。小説家になろう様でも掲載しています。

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

そして乙女ゲームは始まらなかった

お好み焼き
恋愛
気付いたら9歳の悪役令嬢に転生してました。前世でプレイした乙女ゲームの悪役キャラです。悪役令嬢なのでなにか悪さをしないといけないのでしょうか?しかし私には誰かをいじめる趣味も性癖もありません。むしろ苦しんでいる人を見ると胸が重くなります。 一体私は何をしたらいいのでしょうか?

悪役令嬢なので舞台である学園に行きません!

神々廻
恋愛
ある日、前世でプレイしていた乙女ゲーに転生した事に気付いたアリサ・モニーク。この乙女ゲーは悪役令嬢にハッピーエンドはない。そして、ことあるイベント事に死んでしまう....... だが、ここは乙女ゲーの世界だが自由に動ける!よし、学園に行かなければ婚約破棄はされても死にはしないのでは!? 全8話完結 完結保証!!

シナリオ通り追放されて早死にしましたが幸せでした

黒姫
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました。神様によると、婚約者の王太子に断罪されて極北の修道院に幽閉され、30歳を前にして死んでしまう設定は変えられないそうです。さて、それでも幸せになるにはどうしたら良いでしょうか?(2/16 完結。カテゴリーを恋愛に変更しました。)

盲目のラスボス令嬢に転生しましたが幼馴染のヤンデレに溺愛されてるので幸せです

斎藤樹
恋愛
事故で盲目となってしまったローナだったが、その時の衝撃によって自分の前世を思い出した。 思い出してみてわかったのは、自分が転生してしまったここが乙女ゲームの世界だということ。 さらに転生した人物は、"ラスボス令嬢"と呼ばれた性悪な登場人物、ローナ・リーヴェ。 彼女に待ち受けるのは、嫉妬に狂った末に起こる"断罪劇"。 そんなの絶対に嫌! というかそもそも私は、ローナが性悪になる原因の王太子との婚約破棄なんかどうだっていい! 私が好きなのは、幼馴染の彼なのだから。 ということで、どうやら既にローナの事を悪く思ってない幼馴染と甘酸っぱい青春を始めようと思ったのだけどーー あ、あれ?なんでまだ王子様との婚約が破棄されてないの? ゲームじゃ兄との関係って最悪じゃなかったっけ? この年下男子が出てくるのだいぶ先じゃなかった? なんかやけにこの人、私に構ってくるような……というか。 なんか……幼馴染、ヤンデる…………? 「カクヨム」様にて同名義で投稿しております。

処理中です...