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学院編 13 悪役令嬢は領地を巡る

398 悪役令嬢は領地を巡る コレルダード編1

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「遅いぞ、ジュリアン。いつまで油を売っている気だ」
「道を訊かれただけでしょうが。んもう、そうやってピリピリしてると、怒った顔で固まっちゃうよ?」
少年剣士ジュリアンは、道に迷った老婦人に別れを告げて、道端で待っている友人に追いついた。三か所の領地を七人で調査するから、コレルダードの町を知っている自分が行くのは当然として、どうして同行者が彼なのだろう。ジュリアは内心不満だった。
「レイモ……あー、名前何だっけ?」
「レジナルドだ」
「んー、じゃ、レジーでいい?」
「はあ?」
レイモンドのこめかみに青筋が走る。
――やっば。また怒らせちゃった。こいつ、沸点低くて面倒だなあ。
「だって呼びにくいじゃん。忘れちゃうし。いいでしょ、ね?」
とびっきり可愛い顔でおねだりしてみると、はあ、とレイモンドは溜息をついた。
――アレックスの奴、このガサツでいい加減な女のどこがいいんだ?全く理解できないな。可憐で愛らしいアリッサの姉とは思えない。目と髪の色を魔法で変えたから余計に。
「分かった。……譲歩しよう」
「やりぃ。あ、私のこと、呼びにくかったらジュリーでもいいよ?」
「結構だ、ジュリアン。俺は俺の呼びたいように呼ばせてもらう」
中指で眼鏡を押し上げ、レイモンドは同行者に厳しい視線を向けた。
「おっ!あれだよね、魔法陣があるのって」
睨まれているとは気づかず、ジュリアは屈託のない笑顔で彼を振り返ると、赤レンガでできた古い建物を指さした。

   ◆◆◆

魔法陣の前に立ち、レイモンドは行き先の書かれた札を確認した。
「行き先は……」
「コレルダードじゃないの?」
「いや、合っている。間違いない」
「じゃあ、ちゃっちゃと飛び込んじゃおうよ。何?もしかして怖いの?」
にやり。
弱点発見とばかりにジュリアが笑う。レイモンドは再び青筋を立てた。
「……何だ、その顔は」
「べっつにー?何でもなぁい。完璧男の『レイ様』にも弱点があったんだなーって」
「弱点などではない!……それに、その呼び方を許した覚えはないが?」
「あれ?だって、アリッサが毎日、レイ様がレイ様がって言ってるからさ。嫌だった?」
「アリッサに言われるのはいい。……君には呼ばれたくない。以上だ」
「うっわ。何それ。差別じゃん。……ま、いいや、行くよ?」
足が竦んでいるレイモンドの手を何気なく取り、ジュリアは一歩魔法陣へ近づいた。
「や、やめろ!」
その声に必死さが感じられてはっと振り返ると、レイモンドは青い顔で唇を震わせていた。
「……すまない。少し……時間をくれないか」
「大丈夫?」
「ああ」
「魔法陣って、転移する時の感覚が独特だから、苦手な人はある程度いるってエミリーが言ってたけど……」
「転移するのは問題ない。……俺の心の問題だ。強力な魔法陣はどうしても、銀雪祭の夜を思い出させる」
「あ……」
ジュリアは言葉が出なかった。アイリーンが仕掛けた魔法陣を利用して、フローラが彼を襲ったのは記憶に新しい。レイモンドが魔法陣に拒否反応を示しているのは、一種のトラウマのようなものなのだろう。
「うーん……よし!」
「何だ?」
「あのさ、目、つぶってて。私が引っ張ってってあげるからさ」

   ◆◆◆

「君は……何というか、良くも悪くも強引だな」
「人間誰でも、思い切って飛び込む勇気が必要なんだよ」
「よく分からないが……まあ、助かった。俺一人では魔法陣の前で半日立ち尽くしていたかもしれない。礼を言おう」
礼を言う割には、視線を逸らしているのは照れ隠しなのだろうか。ジュリアは、滅多に礼なんて言わない彼に礼を言わせたと、後で姉妹に自慢してやろうと思った。
「お礼は言葉より美味しいものがいいな。コレルダードの屋台はすっごく美味しいんだよ」
「ほう……」
「……あ。誰が作ったか分からないようなものは食べないとか?」
上目づかいで見つめ、声を潜めて尋ねると、レイモンドはふっと笑った。
「君は俺を何だと思っているんだ。……全く、予想外のことが多すぎるな」
ジュリアを窘めているのに、声はどこか弾んでいる。
「建物の出口は、確かあっちだよ。行こう!」
「……成程。アレックスはこれに手なずけられたわけだ。……悪くない」
数歩先を行くジュリアが振り返る。
「レイモンド?置いてくよ?」
すぐに追いついて、追い抜きざまに耳の傍で囁く。艶のある低い声に痺れた。
「レジーだろう?……忘れたのか?」
エメラルドの瞳が細められる。
――くっ。なんかいろいろムカつくけど、時々カッコいいって反則!
「行くよ!レジー!」
仕返しとばかりに彼の肩に手をかけ、背伸びをして耳元で叫んだ。

   ◆◆◆

「まずは今日の宿を予約しよう。野宿はごめんだからな」
レイモンドはずんずん歩いていく。コレルダードの街をゆっくり見ている暇はなく、ジュリアは駆け足で彼の後を追った。
「待ってよレジー。歩くの早いって」
「お前が遅すぎるんだ。ハイヒールでもないくせに、さっさと歩け」
「ちょっとくらい、街を見たっていいじゃんか!」
「旅行で来たのならな。……お前の目的は何だ、ジュリアン。俺達には自由な時間はないぞ」
「分かった。……ねえ」
「何だ」
おとなしく引き下がったジュリアに驚き、レイモンドは彼女の視線の先を追った。街の細路地に目を凝らしている。
「屋台の話、あれ、保留ね。……さっきから見てるんだけど、店がないんだよ。おっかしいなあ」
「確かに、食べ物を売っていると思われる露店はないな。怪しげな物を売っている店はいくつかあったが」
「あんな店、前はなかったんだよ。お父様と一緒にお祭りに来た時は」
「祭りの間だけの出店ではないのか」
「いつでもあるって聞いた。コレルダードの街は全体が市場みたいなところで、町はずれに行くと田園風景が広がってる。小麦が綺麗でさ」
「俺が見た限り、活気のある街には見えないが」
「うん……」

宿屋が立ち並ぶ辺りに差し掛かり、ジュリアは周囲の様子に驚いた。
「……ねえ、レジー」
「何だ」
「あの人達……何?」
「ああ……。見るな。視線を合わせるな」
道端の敷石に座り、汚れた壁に凭れて昼間から酒を飲んでいる男達、乱れた服装でレイモンドとジュリアに悩ましい視線を送る女達。どちらも、以前父と訪れた時には見られなかった光景だった。
「こんな街じゃなかったのに……」
「まっとうな宿屋はないのか?皆連れ込み宿のようだな」
「連れ込み……?」
「君は男の格好だから、俺と二人、同じ部屋に泊まるのは……コホン」
流石のレイモンドでも、連れ込み宿の話をする時は多少赤くなるのかと、ジュリアはまじまじと彼を見つめた。
「まさかとは思うけど、連れ込み宿に泊まる気?あのへんのお姉さん誘って?」
そっと女性達を見る。部屋に泊めたら身ぐるみはがされて一文無しにされそうな、獰猛な視線を感じる。何もしなかったとして、ジュリアが女だとバレたらそれも問題だ。
「やめようよ。アリッサに言いつけるよ?」
「俺が浮気をするとでも?」
「だって、あの宿に泊まるって、そういうことでしょ?あのお姉さん達、誘ったら絶対やばいって。お金を取られるだけじゃなくて、レイモンドはイケメンだしペロリといただかれちゃうよ」
「ペロ……?よく分からないが、俺はアリッサ以外と関係をもつつもりはない。初めての相手は彼女と決めている!」
いる……!
る……!
狭い路地にレイモンドの良く通る声が響いた。気が昂って声が大きくなっていたのだ。公衆の面前で一途な童貞発言をした彼は、瞬時に自分の失態に気づき、頭を抱えて蹲った。
「……やば。逃げよう!」
ジュリアは娼婦達の獰猛な視線を感じ、レイモンドの手を引いて立ち上がらせると、全速力で商店街へと走った。
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