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学院編 13 悪役令嬢は領地を巡る

397 悪役令嬢は領地を巡る フロードリン編3

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……ドサッ。
「ぐぅっ……」
「大丈夫ですか、ユリシーズさん」
床に転がった貧相な男に、見るからに頑丈そうな若い男が駆け寄った。
「何度行っても慣れないな。だから魔法は嫌いなんだ」
「例のお邸へ行って来られたんですか?」
「ああ。先刻使者が来て、強引に連れて行かれた。こっちの予定なんかお構いなしだ」
転移魔法で自分の館に飛ばされたユリシーズは、自分に指示を出す謎の貴族に疑問を抱いていた。領主のハーリオン侯爵が街を訪れなくなって間もなく、侯爵の親戚だという男がフロードリンを訪れた。話を聞いてから、すぐにハーリオン侯爵に手紙を出したが、彼の指示に従うようにというそっけない返事が来ただけだった。文字も封蝋も見慣れた侯爵のものと相違ないように思えて、ユリシーズは謎の貴族の指示をハーリオン侯爵の意を受けたものだと信じることにした。
「コレルダードからの移民は宿舎に入れました」
「ありがとう、ロブ。……どうだ、向こうの様子は?」
「フロードリンで裕福な暮らしができると聞いて、応募する者が絶えないと聞いていましたが……このところ思うように集まらないとか」
「まさか、強引な手段で集めてきているのではあるまいな?」
「それは何とも……」
「使い物にならないのでは困るんだよ。この間連れて来た連中は、まるで働く気がなかったじゃないか。最新鋭の魔導織機を導入したんだ。若くて体力があれば魔力が乏しくても使いようがあるが、老人や子供は……」
はあ、と溜息をつき、何度も頭を振る。
「……診療所はどうなった?」
「はい。新しい治癒魔導士が逃げ出しまして、あれから代わりは見つかっておりません。どうも、例の方が送りこんできた黒い連中に嫌がらせを受けていたらしくて」
「嫌がらせ?」
「労働者達から、そんな話を聞いたのです。診療所の治癒魔導士は怪我人や病人を治療しようとしていましたが、黒い連中は魔法を使って彼らを……」
「どうした?」
「殺してしまった……とか」
「なっ……!」
ユリシーズは目を見開き、わなわなと唇を震わせた。
「死体を見つけたわけではありませんが、確かに、人数が減っていて、見かけなくなった顔もいるんです。街の者達の話も嘘とは思えません」
「領民を殺すなど、本当にあの者達は侯爵様の指示で動いているのか?」
「お邸では何と?」
「侯爵様が外国から戻らず、領地の管理はあの方に任されたような話しぶりだった。あの場はあちらの条件を呑んだ。しかし……」
冷や汗が出て、ハンカチで額を拭う。一瞬間が空いて、ユリシーズはロブを見つめた。
「ロブ、頼みを聞いてくれないか」
「はい。なんなりと」
「街に入り込んでいるあの黒い連中に見つからないように、私の手紙をハーリオン侯爵様のお邸に届けてほしい」
「お手紙は以前出されたのでは?」
「どうも怪しいと思う。侯爵様が戻っていらっしゃらない時は、お嬢様方や年配の執事に渡してくれ。今すぐに書くから」
よろよろと立ち上がり、ユリシーズは木でできた粗末な机に向かった。ロブは一度ドアを開けて様子を窺い、窓のカーテンを閉めた。

   ◆◆◆

マリナとアレックスは二階から下りて、手を縛られて厨房に転がされている男に近づいた。アレックスがナイフを使い、脚に巻かれたロープを手際よく外すと、男は彼を蹴とばした。
「いってぇえ!何すんだよ!」
「あなたを解放しようとしているのよ?私達は敵ではないわ」
少し距離を置いてマリナが声をかける。男の表情が和らいだ。

食堂へ連れてくると、彼はクリフトンと名乗った。年の頃はマリナ達より二つか三つ上だ。
「俺が……俺、がっ、親父を殺したようなもんだ」
クリフトンは肩を落として嗚咽を漏らした。マリナはそっと背中を撫でて、持っていたハンカチを渡した。
「悪いのはあなたではないわ。あの黒い服の者達よ」
「そうだよ。どう考えても、あいつらが悪いよな」
腕組みして憤慨した様子のアレックスは、少し子供っぽく唇を尖らせた。身長は高くなってもまだ少年なのだ。
「お父様が亡くなられたことを伝えたい方は?」
親しくしている近所の人の名前を聞き、アレックスが外に飛び出て行った。しばらくして、老夫婦と牧師、脚の悪い娘を連れた中年女性が『銀のふくろう亭』に入って来た。

「クリフトン!」
マリナと同じ歳くらいの娘が、母親の手を振り切り、よろめきながら涙にむせぶクリフトンに抱きついた。
「お父様のこと、残念だったわ……こんな急に……」
「マイナ……」
クリフトンはマイナの身体を支え、近くにあった客用椅子に座らせた。
「皆、来てくれてありがとう」
「気を落とすなよ、クリフトン」
「私達は最後まで、あなたと共にいますよ」
老夫婦は向かいの帽子屋、母娘は隣の雑貨屋を営んでいる。塀の外に暮らす人は少なく、店は開店休業状態だ。アレックスに呼ばれてすぐに、店を施錠して駆け付けたのだ。

「塀の中の犬か……」
牧師が呟いた。
アレックスが手伝い、さらに商店街の人々の協力を得て、店主の遺体を棺に納めた。牧師が仮設の教会を置いている民家に運び、亡き店主のために祈りが捧げられた。
「今晩は家に泊まって行ってくれ。助けてくれた礼がしたい」
クリフトンはマリナとアレックスを宿屋にただで泊まらせてくれると言った。
遅い夕食を終えて、他に誰もいない食堂で三人は語り合った。
「あの黒い奴ら、何なんだ?気味が悪いよな」
「あれは、塀の中の犬だ」
「犬?人間だったぞ?」
「渾名のようなものかな。塀の外の連中を監視し、中に行きたい奴を連れて行く。あんた達もあれかい?ここなら働き口があるって聞いて来たのか?やめておけ。帰れなくなるぞ」

――帰れないって、どういうこと?
「俺達、王都からきたんだ。働いた経験がなくっても雇ってくれるって聞いて、工場で働かせてもらおうと思ったんだ」
アレックスがうまく話を合わせた。普段は空気を読まない男だが、今日は何故か絶好調だ。マリナは親指を立ててグッジョブ!と言いたくなった。
「なら、王都に帰れ。悪いことは言わないから」
クリフトンはアレックスの肩に手を置いて、諭すようにゆっくりと言った。
「似たようなことを言っていた連中は、皆帰ってこなかった。うちは宿屋もやってるから、塀の中に入る前に客が泊まってくんだ。皆金持ちになりたいって夢を語ってさ。だけど、誰一人塀の中から出てこない。街に最初から住んでた奴らも中に入って、店まで塀の中に行っちまった。こっち側に残っているのは、工場で働けない年寄りと、宿屋をやってる俺達親子と牧師様くらいなもんだ」
「牧師様?教会はなかったよな。さっき、祈った場所って普通の家だろ?」
「空き家になった家を借りてるんだ。塀ができる前から、教会は向こう側にあってさ。塀の外に街の大多数が住んでたから、教会には奥さんを置いて、息子のティムと二人でこっちにいたんだ。……でも」
クリフトンの灰色の瞳が曇る。
「ティムは塀の中に行っちまったんだ」

「お母様が中にいるから?」
「ああ。手紙が来たんだよ。体調が悪くて一人では教会を維持できないって」
「黒い奴らが言ってた、友達って……」
「ティムのことだよ。街に残ってた若い奴らは、一人、また一人、塀の中に行って帰って来ない。手紙を出しても返事も来ない。絶対おかしいだろ?母さんの病気を見舞う口実で、ティムは塀の中に入ったんだ。牧師さんも一度、希望して塀の中に入ったけれど、息子には会えないで追い出されたって」
「追い出された?」
「塀の中に住むには、領地管理人に許しをもらわなければいけないんだ。許可が下りなかったらしい」
「おかしいよな。教会が向こうにあって、そこに行きたいっていう牧師が来たら、どうぞどうぞって言うだろ?奥さんと息子のティムもいるならさ」
「そうね。……でも、教会に行かせられない事情があったのね。例えば、奥様とティムさんがいないとか」
三人の間に沈黙が流れた。

「『銀のふくろう亭』はナントカのアジトなのか?」
「そんなんじゃない。他に集まる場所がないから、皆ここに来るだけだ」
ただの集会所として使われていたのなら、店主が殺される理由が分からない。マリナは店内を見回した。
「このお店の食材はどこから仕入れているの?町には品数の多い食料品店が見当たらなかったわ」
「少しなら近くの農家が行商に来るんだが……そう言えば、親父は王都で仕入れていたのに、最近行かなくなっていたな」
「魔法陣で市場まで行くのか?」
「前はそうしてた。……何かあって、別のところから買うようにしたらしい。塀の中の連中の仲間が魔法陣の前で見張ってるし、何度も通るのは気まずかったんだろう」
「行かなくなったのは……何か嫌な目にあったからかしら」
「最後に行った日、帰って来た時の様子がおかしかったな。朝、仕入れに出かけたくせに、戻ったのは夜中だった。親父は何か、塀の中の秘密を知っちまったのかもしれない」
テーブルの上で腕を組み、クリフトンはゆっくりと頭を振った。
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