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閑話 星の流れる夜は
星の流れる夜は 3
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「ジュリアちゃん、勿体ないねえ」
「そうよ。願うのはタダなんだから、願っておきなさいよ」
「マリナちゃん、タダとかそういう……」
「お願いをしないのは、何か理由があるんでしょう?」
項垂れていたジュリアが顔を上げた。
「思い出したの」
「何を?」
「前世の彼……って言っても、一瞬だけの、さ」
「ああ、あいつか」
マリナが目を細める。自分がスポーツマンの彼に二股をかけられた経験から、マリナはジュリアの元彼にはあまりいい印象を持っていない。
「あいつも流れ星に願ったんだ。……アレックスがしたみたいに」
「で?」
「で?って?」
ジュリアは瞬きを繰り返した。
「アレックスとあいつは違うわよね。何か躊躇することがあるかしら?」
「そうだよねえ。アレックス君、ジュリアちゃん以外には対応酷いもんねえ」
「そうなの?」
「クールなイケメンを気取っているのでない限り、あれはないわってくらい酷いわ」
「ジュリアちゃんの元彼みたいに、応援に来た女子皆に愛想よくしてたり、話しかけたり手を振ったりしないもん。どっちかって言うと、俺に近寄るなって感じ?」
「知らなかった……」
「普段は剣技科で男に囲まれているから気づかないのね。男子にはそこそこ人気があるのよ」
「あのさ」
「うん?」
「私が不安に思ってるって、アレックスに言ったらダメかな?」
「前世の話もするの?」
「理解してもらえるといいわね」
「う……難しいかな?」
「たとえ話にしたらどうかしら。ジュリアの友達が二股男に裏切られた話を聞いた。自分もそうなると思うと不安だって」
マリナの提案にアリッサが頷く。
「無理がないと思うよ。前世の話より分かり易いもん」
「そっか。……うん。正直に話してみる。ありがとう、二人とも!」
盛り上がる姉達の傍で、眠りかけていたエミリーは薄目を開け、面倒なことになりそうだと溜息をついた。
◇◇◇
「……だから、俺、よく分かんなくてさ」
「ふーん」
「ふーん、じゃない。聞いてるのか、レナード」
剣技科の実技の授業の後、練習着から制服に着替えながら、アレックスは隣で着替えているレナードに相談していた。登校時にジュリアから二股男の話を聞き、朝から随分と頭を悩ませていたのだ。
「どうして俺に聞くの?」
「お前しか相談できそうな相手がいないんだよ」
「二股男の話を?」
レイモンドはアリッサを囲い込むくらい溺愛しているし、王太子セドリックは言わずもがなだ。アレックスには恋愛相談ができそうな親しい友人が少ない。残りはレナードだけだ。
「おかしいだろ?そいつ、恋人がいるのに他の女に……」
「珍しいことじゃないよ。恋人に飽きたとか、魅力がないとかね」
「魅力がないわけない。ジュリアが言ってたんだけど、その友達ってのはさ、ジュリアみたいなんだよ」
「ちょっと待って、話が見えない」
「ジュリアにそっくりなんだよ。剣が大好きで、刺繍より木登りが好きなんだ」
「へえ。で、相手の男は?」
「運動が好きって……多分、騎士か騎士見習いだと思う。俺は騎士とも顔なじみだから、あんまりはっきり言わなかったけどさ」
「そうだね。一般貴族は乗馬も剣も嗜み程度だし。俺達の知り合いにそんな酷い奴がいるとは思いたくないな。……うん、何となく分かってきた」
「本当か?」
「ジュリアちゃんの友達は、令嬢としては活発すぎる。騎士には女性にやたらと夢を持っている輩が多いから、ジュリアちゃんのように活発ではっきりものを言う女性は自分の理想ではなかったのかも」
服を整え、レナードはアレックスのネクタイを直してやった。
「……悪い」
「服装くらいきちんとしておきなよ。どうせ、次のアスタシフォン語は寝るんでしょ」
図星を指されてアレックスは何も言えない。
「……ねえ、ところでさ」
「何だ?」
「さっきの話、本当にジュリアちゃんの『友達』の話だよね?」
「え?」
「考えてみなよ。ジュリアちゃんに、姉妹の他に親しくしている女の子なんているのかな?」
レナードは猫目を細めて意味ありげに笑った。
◇◇◇
「何てことだ……」
私室に持ち込んだ最高級の肘掛椅子に倒れ込み、王太子セドリックは脱力した。
「殿下、大丈夫ですか?俺、相談するのやめて……」
「いや、詳しく話してくれないか」
身体を起こし、セドリックは前のめりになった。
「とても興味があるんだよ。ジュリアの友人の話に」
「そうですか?……俺も、殿下に相談に乗ってもらえるなんて思ってなかったんで、嬉しいです」
アレックスは素直に感想を述べた。が、続きを言えないほど近くに顔を寄せ、セドリックは彼の肩を掴んで揺さぶった。
「早く……早く話してくれないかな?」
「え、あ、はい。……ジュリアの友達は、どうやら騎士の男に裏切られたらしいんです。恋人同士だったのに、その男は他の女性と……で、ジュリアは俺もそうなんじゃないかって」
「騎士の男……」
椅子に座り直したセドリックは、顎の辺りに手を当て、何やらぶつぶつと呟いていた。
「アレックス、君は騎士団の若い者達と交流があるよね?」
「はい。家に時々来てますから」
「それなら、最近婚約を解消した者が誰か、分かるよね?」
「分かりますけど……って、殿下!?犯人捜しをするんですか?」
「勿論だよ。どこの誰だか知らないが、恋する乙女を泣かせるような男は騎士の風上にも置けない。即刻騎士の称号を剥奪して、王都から追放してやろうと思う」
「追放?そこまでしなくても……」
話が大事になってしまったと、流石のアレックスも冷や汗を流した。ジュリアの友人を泣かせた騎士を追放できる権力が彼にはあるのだ。相談する相手を間違ったかなと後悔しても遅い。
「ダメだよ、アレックス。やるときは徹底してやらないとね。……僕のマリナを泣かせる男は死ぬほど苦しめばいい……」
最後の方はアレックスには聞こえなかった。王太子の天使のような美しい微笑に騙され、アレックスは騎士団の若者から情報を集めると約束させられてしまった。
「頼んだよ、アレックス」
「はい」
「そうそう。君の相談だけど、僕はね」
「はい」
「ジュリアに証明すればいいと思うよ。その騎士と自分は違うって」
「証明って……どうすれば?」
「それは自分で考えるんだね。……それと、ジュリアに言っておいてくれるかな。マリナを剣技科の教室に近づけないようにって」
セドリックに肩を叩かれ、アレックスは狐につままれた気持ちでとぼとぼと自分の部屋に歩いて行った。
「そうよ。願うのはタダなんだから、願っておきなさいよ」
「マリナちゃん、タダとかそういう……」
「お願いをしないのは、何か理由があるんでしょう?」
項垂れていたジュリアが顔を上げた。
「思い出したの」
「何を?」
「前世の彼……って言っても、一瞬だけの、さ」
「ああ、あいつか」
マリナが目を細める。自分がスポーツマンの彼に二股をかけられた経験から、マリナはジュリアの元彼にはあまりいい印象を持っていない。
「あいつも流れ星に願ったんだ。……アレックスがしたみたいに」
「で?」
「で?って?」
ジュリアは瞬きを繰り返した。
「アレックスとあいつは違うわよね。何か躊躇することがあるかしら?」
「そうだよねえ。アレックス君、ジュリアちゃん以外には対応酷いもんねえ」
「そうなの?」
「クールなイケメンを気取っているのでない限り、あれはないわってくらい酷いわ」
「ジュリアちゃんの元彼みたいに、応援に来た女子皆に愛想よくしてたり、話しかけたり手を振ったりしないもん。どっちかって言うと、俺に近寄るなって感じ?」
「知らなかった……」
「普段は剣技科で男に囲まれているから気づかないのね。男子にはそこそこ人気があるのよ」
「あのさ」
「うん?」
「私が不安に思ってるって、アレックスに言ったらダメかな?」
「前世の話もするの?」
「理解してもらえるといいわね」
「う……難しいかな?」
「たとえ話にしたらどうかしら。ジュリアの友達が二股男に裏切られた話を聞いた。自分もそうなると思うと不安だって」
マリナの提案にアリッサが頷く。
「無理がないと思うよ。前世の話より分かり易いもん」
「そっか。……うん。正直に話してみる。ありがとう、二人とも!」
盛り上がる姉達の傍で、眠りかけていたエミリーは薄目を開け、面倒なことになりそうだと溜息をついた。
◇◇◇
「……だから、俺、よく分かんなくてさ」
「ふーん」
「ふーん、じゃない。聞いてるのか、レナード」
剣技科の実技の授業の後、練習着から制服に着替えながら、アレックスは隣で着替えているレナードに相談していた。登校時にジュリアから二股男の話を聞き、朝から随分と頭を悩ませていたのだ。
「どうして俺に聞くの?」
「お前しか相談できそうな相手がいないんだよ」
「二股男の話を?」
レイモンドはアリッサを囲い込むくらい溺愛しているし、王太子セドリックは言わずもがなだ。アレックスには恋愛相談ができそうな親しい友人が少ない。残りはレナードだけだ。
「おかしいだろ?そいつ、恋人がいるのに他の女に……」
「珍しいことじゃないよ。恋人に飽きたとか、魅力がないとかね」
「魅力がないわけない。ジュリアが言ってたんだけど、その友達ってのはさ、ジュリアみたいなんだよ」
「ちょっと待って、話が見えない」
「ジュリアにそっくりなんだよ。剣が大好きで、刺繍より木登りが好きなんだ」
「へえ。で、相手の男は?」
「運動が好きって……多分、騎士か騎士見習いだと思う。俺は騎士とも顔なじみだから、あんまりはっきり言わなかったけどさ」
「そうだね。一般貴族は乗馬も剣も嗜み程度だし。俺達の知り合いにそんな酷い奴がいるとは思いたくないな。……うん、何となく分かってきた」
「本当か?」
「ジュリアちゃんの友達は、令嬢としては活発すぎる。騎士には女性にやたらと夢を持っている輩が多いから、ジュリアちゃんのように活発ではっきりものを言う女性は自分の理想ではなかったのかも」
服を整え、レナードはアレックスのネクタイを直してやった。
「……悪い」
「服装くらいきちんとしておきなよ。どうせ、次のアスタシフォン語は寝るんでしょ」
図星を指されてアレックスは何も言えない。
「……ねえ、ところでさ」
「何だ?」
「さっきの話、本当にジュリアちゃんの『友達』の話だよね?」
「え?」
「考えてみなよ。ジュリアちゃんに、姉妹の他に親しくしている女の子なんているのかな?」
レナードは猫目を細めて意味ありげに笑った。
◇◇◇
「何てことだ……」
私室に持ち込んだ最高級の肘掛椅子に倒れ込み、王太子セドリックは脱力した。
「殿下、大丈夫ですか?俺、相談するのやめて……」
「いや、詳しく話してくれないか」
身体を起こし、セドリックは前のめりになった。
「とても興味があるんだよ。ジュリアの友人の話に」
「そうですか?……俺も、殿下に相談に乗ってもらえるなんて思ってなかったんで、嬉しいです」
アレックスは素直に感想を述べた。が、続きを言えないほど近くに顔を寄せ、セドリックは彼の肩を掴んで揺さぶった。
「早く……早く話してくれないかな?」
「え、あ、はい。……ジュリアの友達は、どうやら騎士の男に裏切られたらしいんです。恋人同士だったのに、その男は他の女性と……で、ジュリアは俺もそうなんじゃないかって」
「騎士の男……」
椅子に座り直したセドリックは、顎の辺りに手を当て、何やらぶつぶつと呟いていた。
「アレックス、君は騎士団の若い者達と交流があるよね?」
「はい。家に時々来てますから」
「それなら、最近婚約を解消した者が誰か、分かるよね?」
「分かりますけど……って、殿下!?犯人捜しをするんですか?」
「勿論だよ。どこの誰だか知らないが、恋する乙女を泣かせるような男は騎士の風上にも置けない。即刻騎士の称号を剥奪して、王都から追放してやろうと思う」
「追放?そこまでしなくても……」
話が大事になってしまったと、流石のアレックスも冷や汗を流した。ジュリアの友人を泣かせた騎士を追放できる権力が彼にはあるのだ。相談する相手を間違ったかなと後悔しても遅い。
「ダメだよ、アレックス。やるときは徹底してやらないとね。……僕のマリナを泣かせる男は死ぬほど苦しめばいい……」
最後の方はアレックスには聞こえなかった。王太子の天使のような美しい微笑に騙され、アレックスは騎士団の若者から情報を集めると約束させられてしまった。
「頼んだよ、アレックス」
「はい」
「そうそう。君の相談だけど、僕はね」
「はい」
「ジュリアに証明すればいいと思うよ。その騎士と自分は違うって」
「証明って……どうすれば?」
「それは自分で考えるんだね。……それと、ジュリアに言っておいてくれるかな。マリナを剣技科の教室に近づけないようにって」
セドリックに肩を叩かれ、アレックスは狐につままれた気持ちでとぼとぼと自分の部屋に歩いて行った。
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