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学院編 13 悪役令嬢は領地を巡る

392 悪役令嬢は領地を巡る エスティア編1

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転移魔法で、北部の山岳地帯にあるエスティアまで飛んだエミリー、アリッサ、セドリックの三人は、自分達の現在地が分からなかった。
「すごいわね。どこ見ても山しかないわ」
絶景を前に、アリッサは弾んだ声を上げた。
「どこでも雪合戦がし放題だね。素晴らしいよ。……皆を連れて来たかったなあ」
セドリックは近くの雪を掴み、球にして向こうへ放り投げた。杉の木の枝に当たり、乗っていた雪がバサバサと落ちる。
「……楽しくないから、全然」
ジュリアがいたら、『ヤッホー』と叫んでいそうな高原である。セドリックの晴れ男効果ですっきり晴れた青空だが、足元は雪深い。一歩歩くとズボッと入ってしまう。どこが雪の吹き溜まりか分からず、危険な場所だった。
「エミリーちゃん……足、めり込んじゃうよ」
「やっと大変さが分かったの?」
アリッサは何度も転んでは立ち上がり、よろよろとエミリーの傍へ戻って来た。
「ところで、ここはどこなんだい?エスティアの町は……」
「……さあね」
「どこだか分からないの?」
「誰かさんが女子に絡まれているのを助けたから、慌てて魔法を発動させて……転移先の座標がしっかり定まらなくて」
方向音痴のアリッサはもとより、エスティアに来たことがないセドリックは役に立たない。
「迷子か。困ったな……山の形で方向を確認しようにも、僕の持ってきた地図にはエスティアの町自体載っていないんだよ。王国全図だからね」
「……役立たず」
「なっ……」
「地図、持ってくるならもっと詳しいのにしてよ。どうして王国全図なんか持ってるの」
「将来の国王としては、王国全部を視野に……」
チッ。
エミリーは思いっきり舌打ちをした。

   ◆◆◆

「……見たところ、あっち側は山だけ。斜面に沿って下っていけば、あの辺りで広くなってる。下りるしかない」
泣きそうになっているセドリックと、おろおろするしかないアリッサは、エミリーの提案でひたすら山を下りる作戦に出た。セドリックが雪玉を転がし始め、次第に雪玉が大きくなって道を作った。上から目星をつけた少し見晴らしがいいところまできて、最も低い場所へと近距離で転移する。何度かそれを繰り返していると、
「……くっ」
とエミリーが呻き、膝をついた。
「エミリーちゃん!大丈夫?」
「魔力が……」
王都からエスティアまでの長距離を転移したことと、短距離であっても連続で魔法を使ったことで、エミリーの魔力は回復しないまま減り続けていた。
「……少し、休ませて」
酷い貧血の症状のように、エミリーは眩暈を覚えて雪原に蹲った。
「向こうに町があるみたいだ。教会の尖塔が見える」
「あと少しね……魔法はやめて、歩きましょう?」
アリッサがエミリーの手を取ってゆっくり立たせると、覚束ない足取りを支えた。

「待って」
セドリックは二人の前に進み出ると、いきなり背中を向けてしゃがみこんだ。
「王太子様?」
「エミリー。僕の背中に」
「……おんぶってこと?」
「僕はここまで君に連れてきてもらった。だから、今度は僕が君を連れて行く番だよ」
仮にも一国の王太子だ。一貴族令嬢の分際で背負われてもいいのだろうか。子供の頃より鍛えてはいるが、人ひとり背負って丘を下るのはセドリックににもつらいはずだ。エミリーは躊躇った。
「遠慮しないで、ね?」
悩んだエミリーが銅像のように固まったのを見て、セドリックはくすくすと笑い、
「ほら、おいで」
と手を掴もうとした。

バチッ!
「うわっ!」
「今の、なあに?」
「……知らない」
「ビリってきたよ、指先から、ここまで」
セドリックが肩の辺りを指し、指先に傷がないことを確かめる。
「静電気かなあ?」
「帯電防止ブレスレットがあればよかった?」
「何の話かな?」
こちらの世界には静電気という概念が存在しない。そもそも、電気がないのだから。アリッサは話題を変えようと、エミリーの腕にしがみついた。
「私がくっついても大丈夫だよ?」
「……さっきのは、気のせい?」
「だといいね。ほら、手を僕の肩に……ひぃやぁ!」
王太子らしからぬ間抜けな声を上げ、セドリックはさらなる衝撃に倒れ、雪に埋もれるように尻餅をついた。
「弾かれた?何か……風の力で飛ばされた?」
「……はあ」
額を押さえて俯いたエミリーは、アリッサだけに聞こえるように
「……魔王の仕業だわ」
と呟いた。

   ◆◆◆

――虫よけだ。お前が他の男から触れられないように。魔法をかけた。

エミリーの頭の中で、地下牢で囁かれたマシューの言葉がこだました。
魔王の魔法は誰にも超えられない壁である。エミリーにも解呪することができない。全く、余計なことをしてくれたものだ。地下牢で過ごした日々が、彼を独占欲の塊へと変えてしまったのかもしれない。魔王になる日が近づいているような気がした。
「……疲れた」
「エミリーちゃん、それ、十秒おきに言ってるね」
「感想を述べただけ」
「私もへとへとだよ。だけど、ここで調べたことがお父様達を助けるのよ。マリナちゃんにかけられた魔法を解くって任務もあるわ。頑張ろうよ?」
「……前向きね」
「何が何でも、レイ様と幸せになるの。バッドエンドは回避してみせるもん」
「……私、バッドエンドしか知らないんだけど」
「……」
アリッサは何も言えず、そっとエミリーの背中を押した。

セドリックが荷物を持ち、エミリーは歩幅が狭いアリッサと歩き、ゆっくりと町へ近づいていく。何気ない瞬間にセドリックの腕を掴み、マシューがかけた魔法が発動しないと気づいた。エミリーの意志で触れる分にはいいらしい。
――それでも、おんぶはちょっとね。

途中、街道と思しき所へ出た。
「ここまで来れば、どなたか通りかかると思います。馬車をお持ちでしたら、エミリーちゃんだけでも乗せていただきましょう」
アリッサは背負っていた荷物から大判のノートを取り出して、ペンで『エスティア』と書いた。
「こうしていれば、私達に気づいてもらえると思うの」
「ヒッチハイクか……」
「うん?ひっち……何だって?そうやって乗合馬車が通るのを待つのか。いいね」
「いや、違うけど……」
「似たようなものよ。エミリーちゃん。大丈夫です。きっと親切な方が乗せてくださいます!」
アリッサは意気込んだ。
「僕が持つよ。少しでも高く掲げた方がいいだろう?」

が。
待っても待っても待っても、人っ子一人通りかからない。
「この道は旧道で、今は使われていないのかな。腕が痛くなってきたよ」
「どうかしら。……詳しい地図があればわかるのに」
エミリーの一言で、セドリックは再び項垂れた。自分の荷物は全体的に役に立たないものばかりだ。アリッサは遠くを見渡した。
「雪の上に足跡も車輪の跡もないものね。……待っていても無駄かも。どうしよう……」
アリッサは泣きそうになって妹と王太子を見た。
「町の人は、冬にはあまり出歩かないんだろうね。家々の煙突から煙はでているから、人が住んでいるのは確実だ。ただし、近所にしか行かないからここは通らないのか」
雪の上にシートを敷いて座り、エミリーは腕を組んで考えた。
行動力はあるのに方向性を間違っているセドリックと、行動したくても動けないアリッサ、魔力の切れかかった自分……。この中で、町まで下りて助けを求められるのはセドリックだ。王太子を一人にするのは危険だ。自分は護衛の役割もある。
「要は……ここに私達がいると気づいてもらえればいいんだから……」
近くには針葉樹の林がある。他の木々は葉を落としてしまい、落ち葉は雪の下だ。使うならこれしかない。
「……二人に相談がある」
エミリーは額に冷や汗を浮かべて笑った。
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