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学院編 13 悪役令嬢は領地を巡る

390 悪役令嬢はダイエットを決意する

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二階に案内されたアリッサとエミリーは、大きな部屋にマリナとジュリアがいるのを見て声を上げた。
「えっ?」
「繋がっていたのか……」
エミリーは窓の外に目をやった。後ろを尾行していた騎士団の若者は、近くの街路樹に身を隠している。大柄な身体が隠しきれていない。
「早かったのね」
「マリナちゃん、ジュリアちゃん。別のお店に入ったんだよね?」
「部屋が繋がってるなんて思わなかったでしょ?私もびっくりしたよ」
「……店主は?」
部屋にはトルソーが数体と応接セットがあるだけだ。自分達四姉妹の他には誰もいない。
「あそこにドアがあるじゃん。そのうち出て来るんじゃない?」

「私、早くこの服、着替えたいなあ」
「アリッサ、全体的にピチピチだもんね」
「うん。ねえ、皆。私、最近太ったと思う?ダイエットしないとダメね……」
「そうねえ……この間、酷い風邪を引いた時はげっそりしていたけれど、ねえ……」
マリナが視線をジュリアに向ける。
「私にふらないでよ。お邸に戻ってから、アリッサ結構食べ盛りだったよね」
「……ジュリアよりはマシ」
「エミリー、何か言った?」
「……別に。ピチピチだって言うなら、ジュリアだって肩のところ、裂けそう」
「腕が上げられなくて困ってるんだよね。マリナは標準体型だし、エミリーは痩せてるし、ちょっと羨ましいよ」
エミリーは巧妙にアリッサの悩みをジュリアにすり替えた。
「結局、人それぞれだから、既製品の侍女服はダメってこと?」
「コスパはいいけど、合わないと動きにくいよね。うちはオーダーメイドにしてるって聞いたよ」
「……ええ……」
マリナの顔が曇った。厳しさを増したハーリオン家の懐事情では、新しい制服を作れるだろうか。服を新調するより、皆の雇用を維持するべきではないか。いや、服を新調するも何も、何人か紹介状を持たせて他家に行ってもらわなければならないかもしれない。
「お父様が心配なの?」
「それを言うなら、行方不明のハリー兄様でしょ。んー、お父様が帰って来れば、まだ状況が分かるんだけどなあ」
「手紙……情報が少なすぎて分からなかった。……が、お母様がかけた魔法に気づいた者がいなかったのが幸い」
「アスタシフォンは、魔力が高いと見込まれた貴族や一部の人しか魔法を学ばないって聞いたことがあるわ。日常生活に魔法がとけ込んでいるグランディアとは違ってね」
「それなら、手紙はやめて、風魔法でリオネルに連絡をとったらどう?できない?エミリー」
「……距離が遠くて、精度が落ちる。送り先はリオネルの側近?」
「ルーファスよ」
「……あんまり接点なくて、難しい……」

「お・待・た・せ♪ごめんなさいね、ドレスを選んでいたら遅くなっちゃったわ」
ガタタ。
建てつけが悪いドアが開かれ、中から一人の中年男が出てきた。元々巻き毛なのか、伸ばした濃い色の金髪を縦ロールに整えている。
「……ドレス?」
「ねえ、どっからどう見てもオッサンなのに、ドレス着てない?」
「うん。髭が生えかけて青くなってて、腕にいっぱい毛が生えてるけど、……ドレスだよねえ」
髭が青いなら金髪縦ロールはカツラなのか、カツラなら普段はきっと普通の格好なのね、とアリッサは合点がいった。
ジュリアを真ん中に、怯えて寄り添った妹達を横目で見て、マリナが一歩踏み出した。三人は心から姉を称賛した。
「マダム・ロッティ?」
「ええ。いかにも、私がロッティよっ」
語尾にハートか音符がつきそうだとマリナは思った。けばけばしい女装男に笑顔を見せて、
「レイモンド様からお話があったかと思いますが……」
と切り出した。マダムは筋肉質の腕を組み、右手の人差し指で真っ赤に頬紅を塗った頬を数回叩いた。すぐに満面の笑みに変わり、濃いピンク色の口紅を引いた分厚い唇が弧を描く。
「レイちゃんから連絡をもらって、準備は整ってるわ。んもう、ばっちりよ!ちょっと待っててね」
調子はずれの鼻歌を歌いながら、花柄のドレスのスカートを持ち上げて、マダムは再び奥の部屋へ消えた。大きく開いた背中の筋肉が逞しい。
「レイちゃんって……」
「レイちゃんなんだ……」
「レイ様はちゃんづけで呼ばれたりしないの!」
「……アホらし」

   ◆◆◆

「いーい天気っすね!やっぱり、殿下が晴れ男なのは本当だなあ。うーん、今日もいい一日になりそうですよ!」
アレックスは胸いっぱいに空気を吸い込み、幸せそうな笑顔で二人に振り向いた。
「はあ……マリナと一緒が良かったなあ……」
がっくりと肩を落とすセドリックと、遠足が楽しみな小学生のようにはしゃぐアレックスを連れて、レイモンドは商店街を目指していた。ハーリオン領の調査に合わせて、セドリックとマリナが託された魔法ノートを受けとりに行くのだ。行き先は、山間部の農村エスティア、肥沃な穀倉地帯のコレルダード、毛織物産業が盛んなフロードリンの三か所とし、レイモンドの独断と偏見で班編成をしたのである。セドリックは、まだ『命の時計』の魔法が解けていないマリナとは別行動になり、王宮を馬車で出てオードファン家の別邸に向かう道でも終始ぶつぶつ文句を言っていた。

三人が街へ繰り出す前のこと。
スタンリーを影武者に置いて、セドリックは母である王妃の部屋をこっそり訪ねた。父の国王は別の公務で不在にしている隙を見計らい部屋に入ると、女官長と取り巻きを笑顔で口止めした。
「あなたたちが何かしていると、気づかないと思っていたの?」
開口一番、王妃は悪戯っぽい笑顔で言った。協力するつもりはあるが、いくつかの問題があると告げられ、セドリックは強引に約束をさせられた。問題の一つは、イケメン俳優のスタンリーを身近においておけるのは楽しいが、新年の行事に彼を出席させるのは不安であること。もう一つは、警護の面でしっかりした人物を連れて行くことだった。
王妃との約束をレイモンドに打ち明けると、彼は何度も頷いた。
「王妃様の仰ることは尤もだな。……一応、対策は立てたつもりだ。スケジュール通りに動けば、数日で戻れるだろう」
ゾーイが神殿に託した魔法ノートを受け取るために、セドリックはエスティア調査班に固定される。彼を守るのは、仲間内で最も戦力になるエミリーである。コレルダードとフロードリンにそれぞれ行ったことがあるジュリアとマリナは、以前の様子を知っている二つの街に割り当てた。残る人材はアリッサとレイモンドとアレックスだ。領地の報告書を読み頭に入れているアリッサをセドリックにつけ、マリナの護衛としてアレックスが、無謀なジュリアを取り締まる係としてレイモンドが、ペアとして収まった。

不満を顔に出しまくっているセドリックをレイモンドは呆れ顔で見た。
「仕方がないだろう。魔法が解けないことには近寄れないんだ。悔しかったらさっさと魔法を解いて……おい、アレックス。小躍りしていると馬車に轢かれるぞ!」
ガラガラガラガラ……。
「ぉうわ!」
アレックスのすぐ傍を、二頭立ての馬車が過ぎて行く。
「ほら、言っている先から……周りをよく見て歩け」
「あっ、レイモンドさん!あそこに美味そうな焼き菓子が売ってますよ」
「本当だ……美味しそうだね」
「アレックス!セ……コホン。スタンリー!お前達、遊びに来たと勘違いしていないか」
「いいじゃないか、レイ。しばらく王都に戻って来られないんだから、少しくらい買い物をしても」
商家のお坊ちゃんスタイルのセドリックが、腰に手を当てて軽く首を傾げる。どんな服を着ても気品が溢れる。スタンリーの用意した『ちょっと裕福そうな平民』の服は、セドリックにとてもよく馴染んでいた。王都中央劇場支配人の息子であるスタンリーは『ちょっと裕福な平民』である。学院の制服の着こなしは最悪だが、私服は元女優の母が選ぶセンスがいいものだ。眼鏡と帽子で変装しているにも関わらず、街行く女性たちはセドリックを振り返らずにはいられなかった。

「ただでさえお前は目立っているんだ。アレックスだって何度も声をかけられているだろう」
焼き菓子の露店に走って行ったアレックスを見れば、既に女性の二人連れにロックオンされている。体格が大人の男性並みなので、年上にも逆ナンパされているのだ。
「……はあ。一緒に来い。アレックスを捕まえるぞ」
あんな頼りない男をマリナと二人だけで行動させて大丈夫だろうかと、レイモンドは自分の人選が正しかったのか不安になった。
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