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学院編 12 悪役令嬢は時空を超える 

386 悪役令嬢は時空を超える 8

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「ふぁあ」
エミリーが欠伸をした。
「魔力切れ。眠い」
「エミリーは、王都からエスティアまで転移魔法で行ける?もう少しエスティア寄りの町まで行ってからでもいいわ」
「……行けるけど、疲れる。できればやりたくない」
「どうして、そんなこと聞くの?マリナちゃん」
アリッサがマリナの袖を掴んだ。
「勿論、預けてあるものを頂くためよ」
「……預けた?」
「ええ。信頼できる方に預けてあるのよ」

   ◆◆◆

【マリナの回想】

ゾーイの親戚――多分従兄ね――が押しかけてきたのは、王都から少し行った町の宿屋だったわ。とても感じの悪い男で、ゾーイのお父様に言われて彼女を迎えに来たらしいけれど、ゾーイを自分の妻にしてやるって言っていたわ。あんな男、頼まれてもお金を積まれてもゴメンよ。
ウォーレスは自分が六属性持ちだと言って、その男と対峙したわ。魔法戦の最中に私は崩れた屋根の下敷きになるかと思った。セドリック様に当たるかと思ったわ……実際には、気づいたゾーイが弾き飛ばしてくれて、怪我はなかったのよ。
「ウォーレス、飛ぶぞ」
「えっ、師匠!?」
「お前の家まで転移する。あいつの魔力ならすぐには追って来られまい。セドリック、マリナ、行くぞ」
魔法戦のあおりでその辺に転がっていたセドリック様が立ち上がり、私達はゾーイに駆け寄った。ウォーレスはゾーイの従兄を軽く道の向こうに飛ばしてから、三人を抱きかかえるように腕を回した。
「大丈夫なのかな?僕達は残った方がよければ……」
「『命の時計』に関わることだ。一緒に行こう」
大きな赤い瞳を輝かせて、ゾーイは私達を結界で包んだ。
「待て!逃げるのか!」
視界が白くなっていく向こうで、ゾーイの従兄が叫んでいたわ。

ウォーレスが魔法で運んだ先は、見覚えのない場所だったわ。
「はあ……キツ……」
「苦しいのか、ウォーレス」
「当たり前ですよ。四人で遠距離の転移なんて、俺、やったの初めてなんで」
「ふぅむ。そうだったかな」
瞳を細めたゾーイの口元が弧を描いている。弟子の限界を分かっていて言っているのね。
「ここは……?」
セドリック様は数歩進んで、自分達がいる場所を確認したわ。建築様式から見ると、どこかの神殿のように見えて、私はエスティアのことを考えた。私達が子供の頃に行ったエスティアの町には、教会はあっても神殿はなかった気がして。
「私はウィエスタに帰るつもりだったぞ」
「さっきの奴、俺の家がウィエスタにあるって知ってるんですよ。魔力の回復に時間がかかると言っても、行き先を知られたんじゃ簡単について来られます。確かに、ウィエスタは山奥で、馬車で行くのは大変ですが、相手は魔導士だ。魔法がある」
「では、ここは?……あの祭壇のタペストリーは……」
「契約の神ティグリアだね?」
私も忘れそうだった神の名を言い当て、セドリック様は少し得意げだった。
「そうです。ここはリングルの町です」
「リングル……多分、リングウェイだね」
私だけに聞こえるように呟いた。
「ティグリアの神殿は、この町、リングルにしかないんです。ウィエスタの教会は、彼らの時代にはなくなってしまうかもしれない。でも、その神を祀る唯一の神殿なら、時代を経ても消えはしないと思うんです。……俺、個人的にここの神官さんと知り合いなんで、ちょっと声かけてきますね」
グランディアで信仰されている宗教は多神教で、ギリシャ神話や日本の八百万の神と近いものがあるわよね。王都の中央神殿で祀られている神様だけ、オールマイティーに活躍できるから各地に教会を持っているけれど、それ以外の神様は多くても三か所に神殿があるだけ。それも、神話発祥の地や、その神が司る事柄に関係が深い町に限られるわ。
「リングルの町にある神殿はティグリアのものだけ?」
「確か、そうだと思う。ティグリア神はこの町の北にある断崖で、海の神イリセアと契約したと言われている。契約により、この町の人は海を侵さない代わりに、海の波は人が住む地をこれ以上削らないのだそうだ」
「波によって浸食するのは止めようがないわ」
「マリナ、それを言ったらロマンがないよ。ティグリアは海の神の横恋慕からレメイデを守っているんだから。ほら、愛と豊穣の女神だよ」
「存じておりますわ」
レメイデの日のことを思い出して、私は暗い気持ちになったわ。セドリック様に大量の……子宝祈願のお守りを贈られた事件があったでしょう。

「お待たせしました」
奥から出てきた神官は、立っているのが不思議なくらいよぼよぼのおじいさんだったわ。ウォーレスが支えていなければ、倒れてしまいそうに見えたの。
「こちらの神殿で神官をしております、ジョーセフと申します。ウォーレスの曽祖父の弟にあたります。皆さんは王都から逃げて来られたそうですね」
長いローブを揺らして、ゾーイが彼の前に進み出た。転移魔法で飛べと言ったのは彼女だけれど、ウォーレスは逃げるよう言ったと理解したのね。
「はい。……神官殿、お願いがあるのですが」
ローブの中に隠して抱きしめていたノートを取り出し、ゾーイは神官の前に差し出した。
「このノートと、ウォーレスが持っているノートを預かっていただきたいのです」
「預かる!?本気ですか、師匠?」
「そうだよ、このノートは国王陛下から借りたんだよ」
ゾーイはふっと笑って私達を振り返り、
「王宮には……同じようなノートに書いて返してやればいい」
と笑ったわ。
「……神官殿、信じられないかもしれませんが、彼らは遠い未来から来たのです。彼らの時代が来るまで、こちらの神殿で保管して、彼ら以外の誰にも渡さないでいただきたい。約束を重んじるティグリア神の御膝元なら、きっと後世まで残してくださる」
「師匠、解呪魔法を書いたノートも預けるんですか?」
「それが一番重要だろうが」
「師匠にかかった魔法は解けませんよ」
「解けなくても、お前が私に魔力をくれる。……違うか?」
「違いません。俺、死ぬまで師匠の……ゾーイの傍を離れません!」
パアッ、と突然光が散った。雪の結晶にも似た何かが神殿の天井から降り注いで、ドキドキするくらい綺麗だったわ。
「おや、誓いに反応したようですな」
「誓い?」
「はい。この神殿で心からの誓いをすると、このように神が祝福してくださるのです」
「本当!?」
今まで黙っていたセドリック様が、いきなり話に食いついてきたの。何事かと思って見たら、あっという間に手を握られて。
「マリナ、僕達もここで誓おう!……永遠の愛を」
光の欠片に照らされた青い瞳がキラキラと輝いて、夢の王子様って感じだった。つい、私は見入ってしまって、返事をするのが少し遅れてしまった。それを彼は肯定と取った。私の手を引いて、どんどん祭壇へと近づいて行ったのよ。
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