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学院編 12 悪役令嬢は時空を超える 

376 悪役令嬢は時空を超える 2

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「私、王太子妃失格ね……いざという時にセドリック様に守られるなんて」
「マリナちゃん……」
「……いいところを見せようとしたのがバレバレ」
エミリーは顔を顰めて向こうを向いた。
「マリナにアピールしたかったんでしょ」
「エミリーちゃん、王太子様は純粋にマリナちゃんを……守りたいって」
「……どうだか。後で抱きついて感謝されて熱烈なキスでももらおうって魂胆でしょ」
「……」
確かにそうかもしれないと、マリナは言葉を失った。彼の行動は全て、『マリナにいいところを見せる』という目的のためにあった。
「それで、どうなったの?」
「怪我してないんだから、助かったんでしょうよ」
「そうね。思わぬところから助っ人が現れたのよ」

   ◆◆◆

【マリナの回想】

ドオン。
バチバチバチ……。
魔法が炸裂する大きな音がして、私はもうダメかと思ったわ。でも、不思議なことに身体に衝撃がなくて、どこも痛くなかったのよ。そっと目を開けて見ると、セドリック様と私の前、謎の男との間に魔法の障壁ができていたの。男の魔法が弾かれて、完全に反射させていた。
「……助かった、のかな?」
「結界でしょうか」
「誰が……」
セドリック様は私を抱きしめる腕を緩めてくださらなくて、神殿の奥から足音が聞こえて焦ったわ。誰かに見られたら……ここには知り合いなんていないけれど、恥ずかしいじゃない?
「ウォーレス!一般人相手に安易に魔法を使うなと言っただろうが!」
高い声がしたわ。女性のような、子供のような。
すると、結界の勢いがぐんぐん増して、男の魔法の威力を倍にして跳ね返した。鏡の反射と同じだから、男はすんでのところで魔法球を除けたの。そこで魔法は途切れたわ。

私達を魔法で狙った男、ウォーレスは彼の師匠に懲らしめられたわ。師匠は見た目は私達より年下の女の子で、白いローブを着ていたわ。大人用のローブがぶかぶかで、袖丈も着丈も少し長い。白銀の髪に赤い瞳、雪のように白い肌をした美少女。エミリーもお人形さんみたいで可愛いけれど、彼女もとても可愛かったわ。
「……怪しい奴を懲らしめて、何が悪いんです?師匠」
「きちんと話を聞かずに魔法を撃っただろう?……後でお仕置きだな」
魔導士二人がこちらに近づいてきて、警戒したセドリック様は、私を一層力強く抱きしめた。苦しくて胸を押し返したら、「照れてるの?」って小声で訊いてきた。私が返事をする前に、例の師匠が謝罪をしてきたわ。
「不肖の弟子が失礼をした。すまなかったな、客人」
「いえ……」
「話は途中から聞かせてもらったが……貴殿が国王陛下の御子だとか」
「はい。……ですが、ウィルフレッド陛下の遠い子孫にあたります。どうやら、僕達は時空を超えて来たようです」
時空を超えるだなんて、信じてもらえるのかしら?
剣と魔法のファンタジー世界だからって、限度ってものがあるわよね。

「ふぅむ……」
師匠は顎に手を当て、もう片方の手で肘を支えて考え込んだ。後で分かったことには、彼女は考える時はいつもこのポーズなのよ。
「師匠、時空を超えるなんてあり得ませんよ。どうせ神殿の宝物目当ての盗人に違いありません。さっさと捕まえて、転移魔法で王都に飛ばしましょうよ」
近づいてきた弟子のウォーレスは、背が高くてやせ形、短い黒髪の十代後半の少年だと分かった。イケメン……かしらね。そうね、そこそこ綺麗な顔をしていたわ。勿論、『とわばら』の攻略対象キャラに比べたら見劣りはするわ。一般人だもの。彼の師匠は魔力が高くて成長が遅いタイプだけれど、彼は普通みたい。年齢相応の見た目をしているように思えたわ。
「待て。どうしてお前はそう、結論を急ごうとするのだ」
「話を聞く時間があるんですか?師匠。……あなたには残された時間が少ないのに!」
ウォーレスの言葉はまるで悲鳴のようだった。
残された時間って?
師匠は子供に見えても、実は百歳を超えているおばあさんなのかしら?
「……私がいいと言っているんだ。彼らから話を聞こう」
私達は彼らの家――正しくはウォーレスの家――に案内されたの。

   ◆◆◆

「……魔導士か」
どうでもよさそうに自分のベッドに寝転がって話を聞いていたエミリーが、突然むくりと起き上がってマリナの隣に座った。
「あら、興味が出たかしら?」
「……少し。成長が遅い魔導士なら、かなりの魔力がありそう」
「どうかしら。彼女は五属性持ちだったのよ」
「エミリーちゃんと同じだね」
アリッサが妹の顔を覗きこみ、エミリーは眠そうな顔でゆっくり頷く。
「その人がマリナを助けたの?」
「私達は彼女達二人に助けられて、反対に助けても来たのよ。ギブアンドテイクってところかしら」

   ◆◆◆

【マリナの回想】

師匠に案内されて、私達は一軒の民家に入ったわ。うちとは比較にならない狭い家で、前世で暮らした我が家を彷彿とさせた。何だか懐かしくなったのは、室内には落ち着いた色調の家具が並んでいて、手作りのクッションや椅子カバーがあったからね。ほら、お母さんが手芸が趣味だったから、よく作っていたでしょう?温かみを感じさせるのよね。初めて来たのに落ち着く場所だと思ったわ。
「座って。……ウォーレス、紅茶を用意してくれ」
「……はい」
ウォーレスはまだ納得していない顔で、指示されて台所に行った。台所もすぐ背中が見える距離よ。私達のことを疑っていて、師匠に悪さをしないかって、何度もこちらを振り返った。師匠が心配でたまらないのよ。
「自己紹介が遅れたな。私はゾーイ。魔導士をしている」
「僕はセドリック。彼女はマリナ。僕の……」
「妻です。魔導具の研究中に誤って飛ばされてしまいました」
セドリック様は本気で驚いた顔だったわ。妻と名乗ったのは、この時代の独身女性は家族以外の男性とは二人きりにならないものだからよ。子供の頃、嫁ぐまでは父の、結婚したら夫の、子供が大きくなったら子供の管理下……ええ、昔の日本と同じよね。だから、婚約者でも男女二人旅なんてとんでもないし、セドリック様が言うように、魔法事故で飛ばされたことにしておきたかったの。
「マリナ……」
セドリック様の唇が私の名前を呟いた。青い瞳を輝かせて見つめられて、横目で見れば、頬を上気させて微かに鼻の穴がパフパフしているじゃない?『とわばら』一の美男子が台無しよね。何に興奮しているのかは、考えたくなかったわ。

   ◆◆◆

「ちょっと待って、マリナちゃん」
「何かしら?」
「『とわばら』一の美男子が、王太子様だって誰が決めたの?」
アリッサが腰に手を当てて口を尖らせた。
「誰って……それは……メインキャラだもの、セドリック様が一番でしょう?」
「キラキラ王子様だからって、美男子とは限らないもん!」
「……また始まった」
エミリーが吐き捨てるように言って手に魔法球を作り始める。
「あら、それなら誰がセドリック様より美形だと言うの?」
「レ……レイ様に決まってるもん!」
堂々としたマリナの言い分に、アリッサはすでに涙目になっている。残念なことにアリッサは、口喧嘩では姉妹の誰にも勝ったことがない。
「それはアリッサの主観でしょう?セドリック様は……」
「……うるさい」
言い合う二人の間に、赤と緑が混ざり合った魔法球が浮かんだ。
「さっさと話を続けて。眠いんだから。……じゃないと、その魔法球で部屋が吹っ飛ぶよ?」
マリナとアリッサの喉がごくりと鳴った。
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