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学院編 12 悪役令嬢は時空を超える 

373 悪役令嬢は廊下のバトルに耳を欹てる

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ハーリオン家の廊下に靴音が響いた。急ぎ足ではなく、せわしない響きが走っていると分かる。音が近づく。部屋に向かってくる。
「アリッサ、ねえ、起きて」
「ん……うぅん……」
エミリーに凭れかかって眠りかけていたアリッサは、丸めた手で目を擦り、何度か瞬きをした。
「なぁ……に……?」
「誰か走ってくる。何かあった?」
「リリーかな?お父様が帰って来たとか?」
ドアが開き、二人は同時にそちらを見た。
「マリナ!」
「マリナちゃん!」
エミリーの叫びがほんの少し早かった。二人が見ている前で、普段着のマリナは腰に手を当てて仁王立ちになった。
「ただいま、二人……あら、ジュリアは?」
「ジュリアちゃんなら、王宮に行ってると思うよ」
「私がアレックスのところまで魔法で送ったから」
「何かあったの?」
「マリナちゃんが、鏡に王太子様が映ってるって言うから……私、マリナちゃんは王宮にいるんじゃないかって思ったの」
違うわ、とマリナは首を振った。

「……どこに行っていたの?」
「どこ……と言っても難しいわねえ。グランディア王国の北部、現在のエスティアの近くだとは思うけれど……古地図とにらめっこしないと」
「古地図?」
エミリーがさっぱり分からないという顔で首を捻る。ただし、表情の変化は姉妹にしか分からなかった。
「私ね、鏡に吸い込まれて……過去の世界に行ったみたいなの」
「過去ぉ!?」
驚きのあまり、アリッサは抱きしめていた熊のぬいぐるみを床に落とした。拾って埃を払い、なでなでして抱きしめる。
「……嘘」
「嘘じゃないわ。そうよ、セドリック様も一緒だったもの。証明してくださるわ」
「ごめんね?私も信じられないなぁ……そうだ。古地図なら、確かお邸にもあったはず。見てみようか」
「待って、アリッサ。私が急いで部屋に来たのには理由があるのよ。セドリック様と行った町……昔の町だけれど、その町の神殿が今もあるなら、すぐに行きたいの」
「……魔法で飛べないことはないか。アリッサ、古地図……」
エミリーが言い終わらないうちにアリッサは部屋を出て行った。二人がアリッサを一人で行かせてしまったことが失敗だったと気づくのに、小一時間を要したのだった。

   ◆◆◆

アレックスによる倉庫番陽動作戦は、中にいる皆をやきもきさせていた。
「聞こえるか?」
「うーん……しっ、静かに」
ジュリアがドアに耳をつけ、アレックスと兵士の会話を聞きとろうとしている。アレックスの声は無駄に大きくてよく聞こえるが、兵士の反応が今一つ聞き取れない。
「筋肉すっごいっすね、って言ってる」
「さっきからそればっかりだよね?大丈夫かな、アレックス」
「あ、……よし、手合せに持ち込んだ!」
グッ、と拳を握り、ジュリアは深く頷いた。
「廊下で剣を振るうわけはないし、アレックスは帯剣していないから、兵士詰所にでも誘ったんじゃないかな。……足音がしなくなった。出られそう」
そっとドアを開けて外を確認し、ジュリアは皆を手招きした。倉庫の前の廊下は狭く、何かのついでに通る場所ではないため、人通りは全くない。

「とにかく、二人が行った方と反対に出て、隠し通路から僕の部屋に戻ろう」
「隠し通路か。人目につかずに戻れるのか?」
「この先の部屋に隠し通路の入口があるんだよ」
「ま、待ってください。あの……僕は隠し通路に入る資格がないと思うんです……」
「資格……」
「隠し通路は王族の逃げ道だからな。城下の道ならまだしも、王宮内の隠し通路は、俺にも通る『資格』はないな」
「僕が許可する。後で誰かに何か言われたら、責任は僕が持つよ。行こう!」
鏡の中から戻ったセドリックが、どことなく成長したように思えて、頼もしい背中にレイモンドは目を細めた。

   ◆◆◆

「酷い目に遭いました……」
セドリックの部屋に入って来るなり、アレックスはがくんと膝をついた。
「どうやって兵士を連れ出したの?」
「練習試合をしてくれって頼んだんだ。でも、持ち場を離れられないって言うからさ……俺、兵士をおだてる作戦に出たんだ」
「筋肉がすごいって言ったんだよね?ジュリアが聞いていたよ」
セドリックは一人掛けの椅子に座り、にこにこと彼の話に耳を傾ける。余程いいことがあったと見えて、動作の全てに余裕が感じられる。
「おだててもダメで……言ってやったんだ。『俺に勝つ自信がないから試合をしないんだろう』って」
「ほう。それで、どうなったんだ」
レイモンドは愉しそうに口の端を上げた。脚を組んで椅子に座り、肘掛を指先でコツコツと叩く。
「結果は、だいたい分かると思うんですけど……」
「アレックス、ボロ負けだったの?」
「違う。……勝っちゃったんですよ。で、今すぐ兵士にならないか、騎士団にはどうだって言われて……名前を訊かれて」
「騎士団長の息子だからと、大方もみくちゃになって来たのだろうな。よかったじゃないか、騎士の試験を受ける時に有利かもしれんぞ。……ところでセドリック、スタンリーに身代わりを頼んだようだが、ハーリオン家の領地を調べに行くためか」
「それもあるけどね、僕は手がかりを探しに行くよ。『命の時計』の解呪方法が分かりそうなんだ!……古い地図が見たいんだけど、すぐに持って来れるかな?」
セドリックが若い侍従を振り返ると、彼は一礼して部屋から出て行った。
「古地図など、どうするつもりだ」
眉間に皺を寄せたレイモンドに、王太子は得意満面で微笑んだ。
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