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学院編 12 悪役令嬢は時空を超える 

370 悪役令嬢は添い寝をする

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ジュリアはアレックスの部屋のバルコニーから出て、得意の木登りを活かして傍の木から庭に下りた。幼い頃から剣の練習に通っているヴィルソード家の庭は、自宅の庭と同じくらいに分かっている。
「アレックス、早くー」
呼びかけられて躊躇っていた心を奮い立たせ、勇気を出してアレックスは高い木の枝から下りた。ジュリアにつきあって何度も木登りをしてきたが、あまり好きではないのだ。
「なあ。うちの馬車で行くって……誰が運転するんだよ。御者を起こすのか?」
「あ、そっか」
「二人だけじゃどうにもなんねえよ。……ん?」
庭を歩いていた二人の視界に、不意に明るい何かが入って来た。ランプの灯りだ。
「誰か来る!」
「見回り……?それにしては……」
風変わりな形の剪定をされた木立の裏に隠れた二人は、灯りを持つ人物が近づくのを待った。ぼんやりとしていた輪郭が次第にはっきりしてくると、二人の人間が一つの灯りを持っていると気づく。
「ちょ、アレックス、あれ、エレノアじゃん?」
「もう一人はアリステアだな。俺達がガキの頃から、エレノアはアリステアが好きだったんだ」
「へーえ。うまくいってよかったねえ。でもさ、あれって見回りの時間中にデートしてるんじゃない?」
「え?ダメか?……まあ、仕事中だよな」
アレックスは何気なく隣のジュリアを見た。彼女の口元が弧を描いている。
「ジュリア?」
「ねえ、アレックス。二人に声をかけようよ」
「は?」
「アリステアが馬車を操れれば王宮まで乗せてもらおう。無理でも、おじ様にバレないように馬車を出してもらえるんじゃないかな」

   ◆◆◆

ジュリアの予想は外れた。
アリステアは馬車を操る技術は持っていなかったが、なんとエレノアが馬車を出すことになった。夜道に女性の御者では強盗に狙われかねないので、彼女の隣にアリステアが座っている。前方から甘い空気が流れてきて、車内のジュリア達は目のやり場に困っていた。
「アリステア、おじ様に言って出てきたんでしょ?」
「いや。父上は寝ていたからやめたってさ。中途半端なところで起こすと、子供みたいにぐずるんだよ」
「うわぁ……」
熊のような大男であるヴィルソード騎士団長が、「起きるのやだ」「もっと寝かせて」などとごねている様を想像し、ジュリアは頬を引き攣らせた。
「ご……ゴメンね。私が無理言ったから……おじ様に黙って出て来ちゃうなんて、後で怒られるよね」
はあ、とアレックスは大きく息を吐いた。
「んなこと気にすんなって」
肩をぽんぽんと叩かれる。優しい微笑にジュリアの胸が熱くなった。どうして彼は変わらないで傍にいてくれるのだろう。ハーリオン侯爵が疑いをかけられた時点で、見限られていてもおかしくはないのに。
「アレックス……」
「とにかくあれだ。俺達は誰にも言わずに殿下に会いに行くんだ。ハーリオン家が王宮に出入り禁止になっていようが、俺が勝手に、父上の知らないところでお前を連れてったんだからな。連れて行くと決めたのは俺の判断だ。誰にも文句は言わせねえよ!」
アレックスの大きな掌が頬を撫で、銀色の後れ毛をくしゃりと拾う。もう一方の手はジュリアの二の腕を掴み、真剣な眼差しが注がれる。金色の瞳に視線を絡め取られて動けない。夜遅く、二人きりの馬車の中、呼吸する音がやけに大きく聞こえた。
「ジュリア……俺っ……」

   ◆◆◆

「ひゃあああああ!な、何をするんですかぁっ!」
侍女に服をひん剥かれ、スタンリーは胸を押さえて真っ赤になった。慌てるあまりにバランスを崩し、執筆用に愛用している古い眼鏡が床に落ちる。王都中央劇場の一室に侍女を連れて乗り込んだレイモンドは、脚本の執筆をしていたスタンリーを有無を言わさず着替えさせようとしていた。
「何って、着替えだが」
「着替えって……レイモンド君、あ、あの……僕は、明後日までにこの脚本を書かないといけないんです。変装ごっこにつきあっている暇は……」
レイモンドは苛立つ気持ちを隠さずに、半裸で蹲るスタンリーの前に仁王立ちになった。中指で眼鏡を上げると、おどおどする男を見下ろした。
「ったく、舞台役者の顔にならないと、使い物にならない奴だな」
「ぶ、舞台……」
「その怯えた顔を一刻も早く改めろ。いいか、君は今からグランディア王国王太子セドリックだ。俺が必要としているのは脚本家としての君ではない。セドリックの替え玉だ」
俯き加減だったスタンリーは顔を上げ、レイモンドを強い眼差しで見た。
「殿下に何か?」
「何があったか俺にも分からん。だが、グランディア王国の王太子はすぐにも必要だ。明日、国賓が来る」
「国賓……」
「君を連れて行き、陛下と王妃様にお話しする。学院祭では一度……」
「ま、待ってください。国賓なんて、とても……。学院祭だって、あの時は夢中で」
「では、こうしようか」
心底忌々しいという口ぶりで、レイモンドはゆっくりと告げた。膝を折り、スタンリーの目の高さまで視線を下げ、彼が一言一句聞きもらさぬようにはっきりと。
「予定は決まっているが、行動は君が考えた脚本でいい。国賓が帰るまでセドリックの代わりをしてくれ。……過不足なくやり遂げたら……そうだな。次に会う時には、エミリーに黒いローブを着ないように言ってやってもいい」
「ローブを……着ない……」
スタンリーの喉がごくりと鳴った。
「それは、あのおみ足を眺め放題、ということ……」
レイモンドは何も言わず、唇の端に微かに笑みを含ませた。

   ◆◆◆

「……っくしゅん!」
「エミリーちゃん、大丈夫?」
アリッサが背中を摩り、腕にぴったりと寄り添った。
「……うん」
「衣裳部屋は冷えますから、お風邪を召されたのでは?」
リリーが抱えていた毛布の束をマリナのベッドに置き、一枚を持ってエミリーの肩にかけた。アリッサが端をめくって中に入ってくる。
「うふふ」
「アリッサ、引っ張らないで」
「こうしてると温かいよね?……ね、エミリーちゃん、一緒に寝よ?」
エミリーを押し倒す勢いで添い寝に入る。
「……やだ」
「ええ?即答?」
「アリッサの寝言、うるさくて耐えらんない」
エミリーは姉妹の誰とも一緒に寝たくはなかった。どうしても一緒に寝るというのなら、マリナがマシだと思うくらいだ。ジュリアの寝相は最悪で、四姉妹で寝た時も腹や顔面に踵がめりこむことがよくあったし、アリッサは夢をよく見ているらしく、寝言の声が大きすぎる。
「寝言なんて言ってないよぉ」
「言ってる。夢の中くらい、レイモンドを忘れてもいいと思う」
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「ね。マシュー先生に会えたんだよね?」
「……」
「エミリーちゃんは、王宮にかけられた結界を破って会いに行けたんだよね?」
「……そうみたい。……だから何?」
「王宮に忍び込むのはよくないと思うけど……」
「……けど?」
さらりと銀髪が流れ、エミリーは姉の方を向いた。
「これで、会いたい時に、会いに行けちゃうって分かったよね」
人形のようなエミリーの表情が明らかに驚きに変わった。アメジストの瞳が揺れたのを見て、アリッサはまた「うふふ」と笑った。
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