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アレハンドリナ編

殿下の目は節穴ですか?

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「恥ずかしがり屋さんなんだね、アレハンドリナは」
誰もいなくなった校舎で、生徒会室に二人きり。
セレドニオ・ナントカカントカ……長くて覚えられない名前の殿下は、一人掛けの椅子に悠々と脚を組んで座っている。私は彼の傍の長椅子の端、彼から一番遠いところにちんまりと座った。

イルデと『愛の逃避行』byお母様命名、の次の日。
セレドニオ殿下はルカを使いにして私を生徒会室に呼びつけた。距離をおいたはずなのに隣に座って腰に腕を回されて、すでに逃げ場なし。

「何をお話しすればいいのやら」
「嫌だなあ、私達は同級生じゃないか。もっと気楽に打ち解けてくれてもよさそうなものなのに」
「打ち解けられるとお思いですか?父から婚約打診の話を聞いたのが一昨日です。打診って言えばまだ聞こえはいいですけど、実際は命令ですよね?」
「うん。伯爵家以上で歳が近い令嬢で、私の審美眼に適ったのは君だけだ。君にとってもいい話だと思うよ?私の婚約者になれば、誰も変な噂を流したりしないよ」
ええ、そうでしょうとも。
次期国王の婚約者をビッチ呼ばわりしたら、断頭台が待ってますからね。

はて。
この人、『審美眼』って言った?

「殿下の目は節穴ですか?私のどこが、美しい物を見慣れている殿下のお眼鏡に適うというんです?ビビアナ嬢みたいな美人ならともかく、兄や姉と比べて残念な容姿の醜いあひるの子の私が」
「私の目が節穴だと言うなら、君の眼鏡は曇っているんじゃないか」

セレドニオ殿下は私の瞳を覗き込んだ。息がかかりそうなくらい顔が近い。
「私の顔が見える?」
「はい。はっきりと」
「そう……では、これくらい離れるとどうだい?」
「少しぼんやりします」
「うん……君はかなりの近眼だね。普段は眼鏡をかけていないから、廊下で壁にぶつかっているの?」
「み、見て……」
「面白いから見てたよ。イルデやクラウディオがいる時はぶつからないで歩けても、一人だと眼鏡が必要そうだなと」
殿下はくすくすと笑った。この人、絶対意地悪だ。

「結論から言うとね、君は『傾国の美女』だ」
「ケイコク……」
山を流れる細い川が……ではなさそうね。
「『魔性の女』と言えば分かりやすいかな。リエラ家の先祖に君と同じ髪、同じ瞳で、泣きぼくろのある女性がいたそうだよ。彼女を巡って時の王と王弟、宰相に騎士団長までが骨肉の争いを繰り広げたとか。……言い伝えだけれどね」
「……信じられません」
お父様もお母様もナルシストお兄様も美形だけれど、私だけ顔が違っていて……。
「退廃的な雰囲気とでも言うのかな。放っては置けない頼りなさと、隙だらけで誘われそうになる色気……初めて夜会で君に会った時、これは伯爵が外に出したがらないはずだと思ったよ」

「肖像画の彼女と君はそっくりだ。長い睫毛に縁どられた優しそうな瞳は、常に潤んでいるね」
目が乾くんだよね。コンタクトしてないのに。体質かな。
「泣いてませんよ?」
「泣いていなくても、君の瞳で見つめられたら、大概の男は自分を抑えきれなくなるだろう。婚約者がいるクラウディオも、婚約を解消して君を婚約者にしようかと本気で悩んだようだよ」
マジか!?
クラウディオ、いつそんなことになっていたの?
仲良しのお友達だとばかり思っていたのに。裏切られた気分だわ。

「イルデは神の道に進むと悟りを開いたようだね。ある意味、ずっと君の近くにいて惑わされていないのだから、彼は恐ろしい精神力の持ち主だね」
ここじゃ言えないようなことされましたけど?
神官になると娼館に行けなくなるから、私で済まそうとした最低の奴ですけど?
殿下には立派な人間に見えたのね。

「殿下は、『傾国の美女』でも気にしないんですね」
悪役令嬢でも気にしないんだもんな。気にしてくれないかな。やっぱりやーめた!ってならないかな。
「私はこうして、対等に話し合える女性を妃にと望んでいるんだ。ビビアナも然り、君も私の前で物おじせずに話ができる。貴重な存在なんだ」
「はあ……」
どうしよう。引き返せない感じがする。
胡散臭い笑顔で私の隣に座り、手を握ってきた殿下は、
「最近、私は新しい趣味を見つけてね……」
と私の耳に囁いた。

「趣味……」
ゴクリ。これ、ヤバい奴だよね?
「クス……誰にも教えたことはなくてね。君なら……うまくいきそうな気がする」
王子が変態とか、性的嗜好がアブノーマルなんて誰も言えないし、誰も知らなくて当然よ。
目の前の殿下はじっと私を見つめている。
「ああ、そろそろ……いいかな?」
いいかな?って疑問形にされても困ります!
よくない、全然よくないですからっ!

「あ、あの……?……キャッ!」
長椅子に押し倒されて、柄にもなく可愛い声が出てしまった。
「殿下、落ち着いてください。いけません、こんなことっ!」
「言っただろう?君の瞳で見つめられたら、大概の男は自分を抑えきれなくなるって」
呟いた殿下の唇が近づいてくる。
イケメンだろうが王子だろうが、嫌なものは嫌だ!

――キスされる!
ぎゅっと目を閉じて、私は咄嗟に彼の名を叫んだ。
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