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08 魔王の嫉妬

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「そっかー。あんたも大変なんだね」
中年非処女の乙女は、花柄のカバーがかけられたベッドにどっかりと腰かけ、試合を見つめる高校野球の監督のように脚を開いて腕組みをしている。ヴィルは彼女の前に立ち、俯き加減で話していた。
「ですから……その……」
「分かった分かった。あたしから先に、あんたの魔王様には手を出さないよ」
「陛下は、わ、私のものでは……」
真っ赤になって顔を背ける。乙女はふにゃりと笑った。
「ほんっと、可愛いねえ、あんた」
「可愛くなんてありません。……私は、こんな黒髪に金目でなく、あなたのような金髪碧眼に生まれたかった……」
「なんで?頭軽そうに見られていいことないのに?」
「……陛下は、あなたのような女性が理想なのです。ふわふわした長い金髪に、宝石のような青い瞳。女性らしい曲線美の」
「曲線美?はははは、私のはただ太ってるだけだからさ。ほら見てよ、この腹!」
パァン!と下っ腹を叩いた乙女は、ガハガハと笑う。
「あんたは未分化?なんでしょ。サキュバスって男も女も色っぽいって聞くし、大人になったら魔王様もメロメロになるんじゃないの?」
「なりません。……私は未分化だからこそ、陛下のお傍にいられるんです。生まれた時から魔力が高かった私は、未分化の間だけとの条件で陛下の近習になりました。サキュバスを陛下の近くに置くことは、執務を妨げる恐れがあるので、反対の声もありましたが……」
「近くに色っぽいコがいたら、盛っちゃって仕事どころじゃないってか?」
「……そういうことです。少しでも分化の兆候が現れたら、自分から補佐官の職を辞するつもりでいます。幸か不幸か、陛下のお傍についてから三百年以上、私の身体は子供のままですが」

「ふうーん。……ねえ、いいこと考えたんだけどさ。……耳、貸して?」
乙女がヴィルの腕を引いて耳に作戦を囁き、うんうんとヴィルが頷いた瞬間、いばらの間のドアが音もなく開いた。
「汚らわしい乙女よ!俺の補佐官に何をしている!」
「あら?」
「陛下!」
「行くぞ、ヴィル。お前はこの部屋に花を生けるよりすることがあるだろう?」
逞しい腕がヴィルの腰に回される。
「テオが身体を清めたとばかり……」
「一通り拭いてはもらった……が」
ヴィルが何かを言う間もなく抱き上げると、フュルヒテゴットはまた、疾風のように自分の寝室へと走った。

   ◇◇◇

「はあ……はあ……はあ……」
ベッドの上にヴィルを横たえ、その上に覆いかぶさると、魔王は荒い息を吐いた。
「熱があるのに走ったりなさるから……」
「お前が……心配だったんだ。あの女に何かされてはいないかと」
「何もありません。……お話をしただけで」
「フン。許さん。俺の看病もせずに、あんな女に花を持って行っただろう?」
大きな掌でヴィルの細い手首を掴む。
「陛下は……お花など好まれないでしょう?いつぞや私が執務室に薔薇を活けましたら、花瓶ごと床に落として足で散々踏まれたではありませんか」
「それは……」
「流石の私も、あれは相当堪えました。お庭から花を取ってきて、……決して上手ではありませんが、頑張って活けましたのに」
「あの時は……ああ、くそ!」
フュルヒテゴットはヴィルの白い指先を口に含み、舌先で労るようにしゃぶった。
「あ、あの、陛下……」
繊細な指を舐めながら、片手を当てて顔を背け必死に羞恥に耐えるヴィルを見下ろす。
「……あの薔薇が、お前の指を傷つけたからだ」
濡れた指を自分の頬に当て、魔王は柔らかく笑う。
「え……」
「お前を傷つけ……た薔薇を、俺は……」
赤い瞳が煌めき、端正な顔が近づく。
「どうし……ても……許せな……」
ドサ。
大きな身体が自分の上で意識を失ったのを見て、ヴィルは慌ててベッドサイドの呼び鈴を鳴らした。
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