107 / 176
第四章 慟哭とその逆となめこ汁
4-10
しおりを挟む
「一階で着物を売ってるのは、きっと金吾さんの弟夫婦ね」
弟がいるなんて聞いてなかった。背伸びすると、肩幅の広い大柄な男と、まだ幼さを顔に残す女が見えた。
「あれ? 弟さんが先に結婚したの?」
「そうみたいだよ。あまり体裁を気にしないのかもね」
「兄弟仲は良いのかな」
「悪いなんて噂は聞いてないけど」
「姉さんは、この家に嫁ぐのか……」
そう考えると、ただの古着問屋には見えなくなってくる。姉さんの代わりにじっくり観察しておきたい。母も同じ考えだったのではないだろうか。
「さあ、帯締めを買いましょう」
弟夫婦にアタシ達の顔は割れてないけど、念のため素早く買った。金吾さんの弟に声をかける。
「これ下さい」
「まいどあり! 良い物を選びましたね。黒と空色の帯締め。よくお似合いになると思いますよ」
「あの……」
「はい、何でしょう?」
「あなたは……いえ、何でもありません」
「はぁ」
あなたはお兄さんをどんな人だと思ってますか、と聞こうとしてしまった。弟に直接聞いてどうする。
アタシは反省して、お金を払って、さっさと戻った。母が顔をしかめている。
「何聞こうとしてたんだい」
アタシ達は古着屋から逃げるように歩き出した。
「姉さんはアタシ達の家族なのに、もう一緒に暮らせないんだと実感して切なくなった」
「それは分かるよ。でも仕方のない事よ。誰だって、そうやってお嫁に行くのだから。逆に、あの弟さんの奥さんだって……」
「奥さんの事、知ってるの? チラッと見たけど、アタシより年下に見えたわ」
「ええ。大店の娘だったのに、明暦の大火で家と両親を失って、ね」
「えっ」
「あの若奥さんとうちの娘、大火で大事な者を失った同士として打ち解けるかも……って思った」
そこまで考えて、田島屋を選んだのか。アタシの親はちゃんと娘の将来を考えてくれる人だった。
弟がいるなんて聞いてなかった。背伸びすると、肩幅の広い大柄な男と、まだ幼さを顔に残す女が見えた。
「あれ? 弟さんが先に結婚したの?」
「そうみたいだよ。あまり体裁を気にしないのかもね」
「兄弟仲は良いのかな」
「悪いなんて噂は聞いてないけど」
「姉さんは、この家に嫁ぐのか……」
そう考えると、ただの古着問屋には見えなくなってくる。姉さんの代わりにじっくり観察しておきたい。母も同じ考えだったのではないだろうか。
「さあ、帯締めを買いましょう」
弟夫婦にアタシ達の顔は割れてないけど、念のため素早く買った。金吾さんの弟に声をかける。
「これ下さい」
「まいどあり! 良い物を選びましたね。黒と空色の帯締め。よくお似合いになると思いますよ」
「あの……」
「はい、何でしょう?」
「あなたは……いえ、何でもありません」
「はぁ」
あなたはお兄さんをどんな人だと思ってますか、と聞こうとしてしまった。弟に直接聞いてどうする。
アタシは反省して、お金を払って、さっさと戻った。母が顔をしかめている。
「何聞こうとしてたんだい」
アタシ達は古着屋から逃げるように歩き出した。
「姉さんはアタシ達の家族なのに、もう一緒に暮らせないんだと実感して切なくなった」
「それは分かるよ。でも仕方のない事よ。誰だって、そうやってお嫁に行くのだから。逆に、あの弟さんの奥さんだって……」
「奥さんの事、知ってるの? チラッと見たけど、アタシより年下に見えたわ」
「ええ。大店の娘だったのに、明暦の大火で家と両親を失って、ね」
「えっ」
「あの若奥さんとうちの娘、大火で大事な者を失った同士として打ち解けるかも……って思った」
そこまで考えて、田島屋を選んだのか。アタシの親はちゃんと娘の将来を考えてくれる人だった。
1
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
返歌 ~酒井抱一(さかいほういつ)、その光芒~
四谷軒
歴史・時代
【あらすじ】
江戸後期。姫路藩藩主の叔父、酒井抱一(さかいほういつ)は画に熱中していた。
憧れの尾形光琳(おがたこうりん)の風神雷神図屏風を目指し、それを越える画を描くために。
そこへ訪れた姫路藩重役・河合寸翁(かわいすんおう)は、抱一に、風神雷神図屏風が一橋家にあると告げた。
その屏風は、無感動な一橋家当主、徳川斉礼(とくがわなりのり)により、厄除け、魔除けとしてぞんざいに置かれている――と。
そして寸翁は、ある目論見のために、斉礼を感動させる画を描いて欲しいと抱一に依頼する。
抱一は、名画をぞんざいに扱う無感動な男を、感動させられるのか。
のちに江戸琳派の祖として名をはせる絵師――酒井抱一、その筆が走る!
【表紙画像】
「ぐったりにゃんこのホームページ」様より
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

軟弱絵師と堅物同心〜大江戸怪奇譚~
水葉
歴史・時代
江戸の町外れの長屋に暮らす生真面目すぎる同心・十兵衛はひょんな事に出会った謎の自称天才絵師である青年・与平を住まわせる事になった。そんな与平は人には見えないものが見えるがそれを絵にして売るのを生業にしており、何か秘密を持っているようで……町の人と交流をしながら少し不思議な日常を送る二人。懐かれてしまった不思議な黒猫の黒太郎と共に様々な事件?に向き合っていく
三十路を過ぎた堅物な同心と謎で軟弱な絵師の青年による日常と事件と珍道中
「ほんま相変わらず真面目やなぁ」
「そういう与平、お前は怠けすぎだ」
(やれやれ、また始まったよ……)
また二人と一匹の日常が始まる
楽将伝
九情承太郎
歴史・時代
三人の天下人と、最も遊んだ楽将・金森長近(ながちか)のスチャラカ戦国物語
織田信長の親衛隊は
気楽な稼業と
きたもんだ(嘘)
戦国史上、最もブラックな職場
「織田信長の親衛隊」
そこで働きながらも、マイペースを貫く、趣味の人がいた
金森可近(ありちか)、後の長近(ながちか)
天下人さえ遊びに来る、趣味の達人の物語を、ご賞味ください!!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
獅子の末裔
卯花月影
歴史・時代
未だ戦乱続く近江の国に生まれた蒲生氏郷。主家・六角氏を揺るがした六角家騒動がようやく落ち着いてきたころ、目の前に現れたのは天下を狙う織田信長だった。
和歌をこよなく愛する温厚で無力な少年は、信長にその非凡な才を見いだされ、戦国武将として成長し、開花していく。
前作「滝川家の人びと」の続編です。途中、エピソードの被りがありますが、蒲生氏郷視点で描かれます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる