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第三章 あの人の居場所とすまし汁
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「おタキさんは謝るような事は何もしてないだろ。俺を励まそうとしてくれたのに、俺はつまらない事を言ってしまった。俺はそういう人間なんだよ。孤独で、無価値な存在だ。だから……俺を見限っても構わないよ」
弱々しい風が通り過ぎる。
「彦さん、それ、本心じゃないでしょ。彦さんは、つまらない事なんか何も言ってない。あれは、誰かに聞いてほしかった弱音だったのよね。他人を見捨てて生き残った罪悪感を、懺悔したかったんでしょ。ねぇ、お願いだから、自分を責めないで」
「おタキさん……」
自分の気持ちが明確な輪郭を持って現れた。
この人がどんな人だろうと、アタシは彦さんが好き。
……そう思った時、あの恩人の後ろ姿が脳裏に浮かんだ。
嗚呼、やっぱり、彦さんへの想いは……恋愛感情ではない。アタシが誰より恋しいのは、恩人のあの人なんだ。
「これだけは忘れないで。彦さんは無価値なんかじゃない。孤独でもない。一緒にいるの、楽しいよ」
彦さんは、恋してなくても、居なくなったら寂しい人だ。見限るなんて、縁を切るなんて、とんでもない。
「彦さんも、アタシも、犠牲を払った被害者よ。だから生きてて良いんだよ」
「……ありがとう」
やっと出来た会話。やっと伝えられた想い。
ちゃんと届いたみたい。
彦さんの声には、珍しく感情がこもっていた。
「あっ、筍飯を作ったんだけど、食べて行く?」
彦さんは頷いた。
「頂くよ。筍飯と言えば、あの人の……」
「そう。偶然だけど、あの人の好物ね。見かけなかった?」
「猪牙舟をこちらへ漕いでいる時にすれ違ったな」
「じゃあ、彦さん先に食べてて。私、あの人に聞きたい事があるの」
彦さんを卓に着かせて、アタシは筍飯と味噌汁を運んだ。味噌汁は山菜のこごみと、筍の入った春らしい物だ。
彦さんから味の感想を聞きながら、あの人を待つ事にした。
弱々しい風が通り過ぎる。
「彦さん、それ、本心じゃないでしょ。彦さんは、つまらない事なんか何も言ってない。あれは、誰かに聞いてほしかった弱音だったのよね。他人を見捨てて生き残った罪悪感を、懺悔したかったんでしょ。ねぇ、お願いだから、自分を責めないで」
「おタキさん……」
自分の気持ちが明確な輪郭を持って現れた。
この人がどんな人だろうと、アタシは彦さんが好き。
……そう思った時、あの恩人の後ろ姿が脳裏に浮かんだ。
嗚呼、やっぱり、彦さんへの想いは……恋愛感情ではない。アタシが誰より恋しいのは、恩人のあの人なんだ。
「これだけは忘れないで。彦さんは無価値なんかじゃない。孤独でもない。一緒にいるの、楽しいよ」
彦さんは、恋してなくても、居なくなったら寂しい人だ。見限るなんて、縁を切るなんて、とんでもない。
「彦さんも、アタシも、犠牲を払った被害者よ。だから生きてて良いんだよ」
「……ありがとう」
やっと出来た会話。やっと伝えられた想い。
ちゃんと届いたみたい。
彦さんの声には、珍しく感情がこもっていた。
「あっ、筍飯を作ったんだけど、食べて行く?」
彦さんは頷いた。
「頂くよ。筍飯と言えば、あの人の……」
「そう。偶然だけど、あの人の好物ね。見かけなかった?」
「猪牙舟をこちらへ漕いでいる時にすれ違ったな」
「じゃあ、彦さん先に食べてて。私、あの人に聞きたい事があるの」
彦さんを卓に着かせて、アタシは筍飯と味噌汁を運んだ。味噌汁は山菜のこごみと、筍の入った春らしい物だ。
彦さんから味の感想を聞きながら、あの人を待つ事にした。
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