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第三章 あの人の居場所とすまし汁
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しおりを挟む昼から雲が増えたが雨になる事はなく、むしろ夕焼けを美しく彩っていた。燃えるような空に焦がされているかのような雲の大群に目を惹かれた。
「まるで空の火事ね」
明暦の大火を思い出しそうになったが、目を閉じてグッと堪えた。
「おタキ」
「あっ、お父ちゃん。もう閉めます?」
「そうしよう。これ以上開けてると女連れが来るし」
船宿に来るのは、単に移動したいだけの客だけではない。女と船遊びするのが目的の者もいる。悪い事じゃないのだが、厄介な客が多い。
時には遊女連れの客だって来る。美しい遊女には目を惹かれるが、そういう男は大抵見栄っ張りで態度もデカいのだ。
宿や舟でいちゃつき始めたりするから、たまったもんじゃない。目のやり場に困る。
もちろん女連れの方が金を持っている。だが、うちは嫁入り前の若い娘が二人もいるからって事で、父の方針で夜はさくらを閉めるのが鉄則になった。
他の船宿は、今からが稼ぎ時だろう。
酒を出さないのも、そこら辺が理由だ。酔っ払いは扱い辛いし、なかなか帰ってくれない。
父は暖簾を仕舞った。
「お父ちゃん、この印籠、見せた事あったっけ?」
アタシはあの赤木の印籠を父に見せた。
「何だこりゃ、良い作りだな。お前こんなの持ってたのか」
「はい。明暦の大火でアタシを助けてくれた、あの人の持ち物です」
「ああ、あの若者か。あの時は礼を言いそびれてしまったな。せめて名前を聞いておくべきだった」
父は物思いに夕焼け空を見上げた。しかし、それ以上は何も言わず、店の裏口から外へ出て行ってしまった。
アタシは台所に向かう。朝から、ある人のために筍飯を作っておいたのだ。客にも出したが、食べてほしい人は他にもいる。
人々が去り始めた河岸を、腰掛けに掛けながら眺めていると、舟着場に彦さんの猪牙舟が流れ着いた。
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