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第三章 あの人の居場所とすまし汁

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「どうも。タキと申します。えっと、ご飯ならいつでも食べに来てください」

 姉の見合い相手に何て言えば良いか分からず、目を逸らしてしまった。隣にいる母に肘で小突かれたが、他に何て言えば良いのよ。

「妹君が一人でやっているのですか」

「そうです。漬け物は母が担当していますが。私も時々、煮物なら作ります」

「ふむ、そうですか。いずれ、また行きます。さくらの味噌汁は美味いと評判が高いですから」

「そのすまし汁も美味しそうですが、さくらの味噌汁もきっと気に入りますよ」

 母が咳払いした。見合いとしての会話からは逸れて来ていたからだ。

「いや、その話はまた今度として」

 金吾さんは慌てて手を振った。

「それにしても、あなたは船宿の娘さんとは思えないほど品格がある」

「お上手ですね」

「手ほどきは何を?」

「一通り、全部。習ってないものの方が少ないです」

「とても大事に育てられたのですね」

 ほんと、大事にされすぎなくらい、ね。火事の前はアタシも習い事を沢山通わされていたけどさ。両親は内心、大店の嫁の座を狙っていたみたい。女というのは見た目よりも、どれほど技芸が多いかで価値が上がる。

 ともかく、お互い朗らかに会話は進んでいった。仲人が思わず、満足そうに頷くほどに。

 姉と金吾さんはまた会う約束をして別れた。実質、両者にその気があると言ってるようなものだった。

 アタシは何も言うまい。余計な事言って人の人生壊したくないし。

 それに、このまま話がまとまらなければ姉が一生独り身、なんて事もあり得る。

 姉に孤独や苦労を背負わせたくない。アタシは桜を眺めながら、小声ですまし汁を注文した。

 運ばれて来た汁物は、あまりに美味しすぎて声を上げそうになった。姉はこれより私の味噌汁の方が、なんて持ち上げてくれたが……正直このすまし汁に勝てる気はしなかった。

 鰹節のだしがよく効いてる。豆腐はずっしりと重く、大豆の甘みが口の中に広がった。せりも瑞々しい。

 この若夫婦、ただの水茶屋ではない。おそらく、どこかの料亭から派遣されたのだ。

 なんか、虚しくなった。いくらアタシが頑張ったところで、やはり高級な食材が手に入る料亭の、品の高い味には敵わないのだと。

 見合いなんか早く終われ、と思いながら冷や水もすまし汁も平らげた。





 次の日。また晴れた江戸の空の下。風は弱く、麗らかな朝だ。

 一日ぶりに船宿を開くと、まだ船頭が来ていないのに客が来た。三郎と弥次郎の大工親子だ。

「よっ、おタキさん。昨日はどうしたんだい」

 三郎が元気良く声をかけて来た。

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