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第二章 おふくろの味としじみ汁
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母は騙されなかった。
「良い着物だったじゃない。帯も高価な物だった。少なくとも、うちの二倍の規模はある大店の娘さん達とみた。そんな人達がわざわざ来るほど、さくらは、いや……おタキは認知されている。これじゃ嫁の貰い手が見つからないよ」
「変わり者扱いされるから? 上等。アタシを扱いきれない男のところへなんか行くもんですか! アタシはどこに行ったってアタシとして生きるわ。嫁に行くより、婿を貰う事は出来ないのですか?」
父に、縋るように言ってみた。
けれど、こればかりは父にも何とも出来ない。
「皆、普通の生き方を望んでいる。波風立たない、凪すら吹かない静かな人生を歩きたいんだ」
あの火事のせいで、余計そう思うのだろう。
アタシだって、もうあんな大変な目に遭うのは懲り懲りだ。大変なんてもんじゃなかった。
ただ、何も起きない人生ってのも面白くない。平凡で退屈な人生を送って、死ぬ時満足するのか。
アタシは首を横に振った。
「人様の幸せを否定する気はありません。ただ、アタシは敢えて嵐の中を生きていきたい」
「おタキ。後悔するぞ」
「災いの中でしか出会えないものもあります」
恩人の彼。新しい価値観。今の自分。今の生活。
どれも大火を乗り越えられなければ出会えなかった。
勿論、火事なんて起きない方が良かった。誰も死んで欲しく無かった。
アタシが言いたいのは……。
「雨が降っても人生はお休みにならないでしょう? 皆、雨の中でも行かなきゃいけない所がある。傘や蓑があれば歩きやすくなるわ。あのトモミって子は、必要としているのです。傘や蓑の代わりに、母親との温かい思い出を」
悲しかった事を、このまま悲しいだけにしたくない。生きる力に変えたい。
変えてあげたい。人の分も。
料理にはその力があるって信じてる。
心を込めて作った料理なら、尚更、ね。
アタシは恩人と再会するために休憩処で飯屋を始めたけど、今となっては、それだけじゃない。
「お父ちゃん。許可を下さい。船宿さくらが妙な形で目立つかもしれない。何も分かってない奴らが悪い噂を立てるかもしれない。それでも、やらせて下さい」
「やるとしたら、その女達から金を貰うべきだ」
「店の旦那様の目を盗んでやっているようでした。期待は出来ません」
「とにかく商売人たる者、タダで動いてはいけない」
父の言葉には深く納得出来た。もう引き受けたも同然な状況だし、前にしか道は無い。
「山川屋か」
父はポツリと呟いた。
「良い着物だったじゃない。帯も高価な物だった。少なくとも、うちの二倍の規模はある大店の娘さん達とみた。そんな人達がわざわざ来るほど、さくらは、いや……おタキは認知されている。これじゃ嫁の貰い手が見つからないよ」
「変わり者扱いされるから? 上等。アタシを扱いきれない男のところへなんか行くもんですか! アタシはどこに行ったってアタシとして生きるわ。嫁に行くより、婿を貰う事は出来ないのですか?」
父に、縋るように言ってみた。
けれど、こればかりは父にも何とも出来ない。
「皆、普通の生き方を望んでいる。波風立たない、凪すら吹かない静かな人生を歩きたいんだ」
あの火事のせいで、余計そう思うのだろう。
アタシだって、もうあんな大変な目に遭うのは懲り懲りだ。大変なんてもんじゃなかった。
ただ、何も起きない人生ってのも面白くない。平凡で退屈な人生を送って、死ぬ時満足するのか。
アタシは首を横に振った。
「人様の幸せを否定する気はありません。ただ、アタシは敢えて嵐の中を生きていきたい」
「おタキ。後悔するぞ」
「災いの中でしか出会えないものもあります」
恩人の彼。新しい価値観。今の自分。今の生活。
どれも大火を乗り越えられなければ出会えなかった。
勿論、火事なんて起きない方が良かった。誰も死んで欲しく無かった。
アタシが言いたいのは……。
「雨が降っても人生はお休みにならないでしょう? 皆、雨の中でも行かなきゃいけない所がある。傘や蓑があれば歩きやすくなるわ。あのトモミって子は、必要としているのです。傘や蓑の代わりに、母親との温かい思い出を」
悲しかった事を、このまま悲しいだけにしたくない。生きる力に変えたい。
変えてあげたい。人の分も。
料理にはその力があるって信じてる。
心を込めて作った料理なら、尚更、ね。
アタシは恩人と再会するために休憩処で飯屋を始めたけど、今となっては、それだけじゃない。
「お父ちゃん。許可を下さい。船宿さくらが妙な形で目立つかもしれない。何も分かってない奴らが悪い噂を立てるかもしれない。それでも、やらせて下さい」
「やるとしたら、その女達から金を貰うべきだ」
「店の旦那様の目を盗んでやっているようでした。期待は出来ません」
「とにかく商売人たる者、タダで動いてはいけない」
父の言葉には深く納得出来た。もう引き受けたも同然な状況だし、前にしか道は無い。
「山川屋か」
父はポツリと呟いた。
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