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第二章 おふくろの味としじみ汁
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彼女はアタシに背を向け、少女が舟を降りるのを助けた。
「トモミ様。船宿さくらに着きましたよ」
「あっという間だったね」
「風が無く、川が穏やかでしたから。さあ、こちらですよ」
「あれが、さくら? 結構小さいお店だね」
「船宿と言っても、宿ではありませんから。旅籠と間違える心配の無い、丁度良い大きさですね」
なんだろう……この人達の物言い、なんか苛立つ。
しかし、こちらは客商売。お客様は神様。丁寧に接しなければ。
たとえ疫病神でも。
「さあ、こちらへどうぞ」
アタシは二人をさくらへ案内した。アタシ達の後ろ姿を、六さんは心配そうに、眉間に皺を寄せていた。
さっきまで居たはずの六人の客は空気を読んで、二人は六さんの舟に乗って去り、残り四人は片方の卓に集まっている。先程までがやがやと騒がしかったのに、水を打ったように静かになっていた。
女客二人は店先でモタモタしていた。
「おチヨ、本当にここにあるの? うちの物置よりせまい」
「我慢して下さい。厠よりは広いでしょう?」
アタシは無意識に握り拳を作っていた。襲いかかる気は無いけど。
「空いてる席へどうぞ」
今までの人生で一番冷たい声が出た。おチヨ達は気にせず男達の居ない方の卓に着く。
アタシは息を吸って聞いた。
「ご注文は何になさいます?」
「何でも良いです。お任せしますわ」
答えたのはおチヨ。
「ただ、味噌汁は必ず付けて下さい」
「分かりました。では白飯、菜の花入りの味噌汁、韮の味噌和えはいかがでしょうか?」
「韮? 韮は嫌です」
「え? さっき、何でも良いと」
「言いましたが、女に韮を勧めるなんて正気ですか? もっと気を利かせられないの? あれは匂いが強いじゃない」
「……すみません。うちは汗水垂らして働く立派な職人達向けの料理屋なので。他の物にしますね」
「トモミ様。船宿さくらに着きましたよ」
「あっという間だったね」
「風が無く、川が穏やかでしたから。さあ、こちらですよ」
「あれが、さくら? 結構小さいお店だね」
「船宿と言っても、宿ではありませんから。旅籠と間違える心配の無い、丁度良い大きさですね」
なんだろう……この人達の物言い、なんか苛立つ。
しかし、こちらは客商売。お客様は神様。丁寧に接しなければ。
たとえ疫病神でも。
「さあ、こちらへどうぞ」
アタシは二人をさくらへ案内した。アタシ達の後ろ姿を、六さんは心配そうに、眉間に皺を寄せていた。
さっきまで居たはずの六人の客は空気を読んで、二人は六さんの舟に乗って去り、残り四人は片方の卓に集まっている。先程までがやがやと騒がしかったのに、水を打ったように静かになっていた。
女客二人は店先でモタモタしていた。
「おチヨ、本当にここにあるの? うちの物置よりせまい」
「我慢して下さい。厠よりは広いでしょう?」
アタシは無意識に握り拳を作っていた。襲いかかる気は無いけど。
「空いてる席へどうぞ」
今までの人生で一番冷たい声が出た。おチヨ達は気にせず男達の居ない方の卓に着く。
アタシは息を吸って聞いた。
「ご注文は何になさいます?」
「何でも良いです。お任せしますわ」
答えたのはおチヨ。
「ただ、味噌汁は必ず付けて下さい」
「分かりました。では白飯、菜の花入りの味噌汁、韮の味噌和えはいかがでしょうか?」
「韮? 韮は嫌です」
「え? さっき、何でも良いと」
「言いましたが、女に韮を勧めるなんて正気ですか? もっと気を利かせられないの? あれは匂いが強いじゃない」
「……すみません。うちは汗水垂らして働く立派な職人達向けの料理屋なので。他の物にしますね」
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