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第一章 料理の秘訣と具なし味噌汁

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 舟が十回も往復すれば、すっかり夕方になる。

 彦さんは急いで帰って来た。夜の運行は危険だ。満月の日や花火が上がる日でもなければ、自分のつま先も見えないほど真っ暗になってしまうから。うちで雇っているもう一人の船頭は、一足先に帰った。

「今日はここまでにする」

 彦さんは舟を縄で舟着場に繋いだ。

「お疲れ様。今日はどうだった? 疲れた? 楽しかった?」

「おタキさん、毎日それを聞いてくるが、聞いてどうするのだ」

「いいから、どんな一日だったか答えて。それに毎日同じやり取りしているのに、この意図に気付かないなんて、鈍いわ」

 彦さんは表情を変えず「疲れた」と答えた。

 アタシは彦さんをさくらの腰掛けに座らせ、卓には蛤飯、漬け物、味噌汁、鰹節をかけた焼き豆腐を出した。

「こんなに、良いのか?」

 戸惑う彦さんの前に箸を出した。

「焼き豆腐は明日出そうと考えてる試作品なの。味見してくれると助かる」

「では」

「食べて食べて。あっ、焼き豆腐はお醤油かけた方が良いよ。このお醤油使って」

 言われた通りアタシが差し出した醤油をかける彦さん。そして一口、豆腐を食べると……。

「美味い」

 珍しく、彼の表情筋が動いた。

「豆腐が、固すぎず柔らかすぎず、歯応えがあって良い」

「こだわりに気付いてくれて嬉しい。焦げが付きすぎないよう慎重に、豆腐の滑らかさも味わえるよう柔らかさを残すのは、結構大変だったんだから」

 家での食事と違って、お金を頂くのだから、出来る限り手の込んだ物を作る。それがアタシの譲れない方針だ。

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