8 / 176
第一章 料理の秘訣と具なし味噌汁
1-7
しおりを挟む舟が十回も往復すれば、すっかり夕方になる。
彦さんは急いで帰って来た。夜の運行は危険だ。満月の日や花火が上がる日でもなければ、自分のつま先も見えないほど真っ暗になってしまうから。うちで雇っているもう一人の船頭は、一足先に帰った。
「今日はここまでにする」
彦さんは舟を縄で舟着場に繋いだ。
「お疲れ様。今日はどうだった? 疲れた? 楽しかった?」
「おタキさん、毎日それを聞いてくるが、聞いてどうするのだ」
「いいから、どんな一日だったか答えて。それに毎日同じやり取りしているのに、この意図に気付かないなんて、鈍いわ」
彦さんは表情を変えず「疲れた」と答えた。
アタシは彦さんをさくらの腰掛けに座らせ、卓には蛤飯、漬け物、味噌汁、鰹節をかけた焼き豆腐を出した。
「こんなに、良いのか?」
戸惑う彦さんの前に箸を出した。
「焼き豆腐は明日出そうと考えてる試作品なの。味見してくれると助かる」
「では」
「食べて食べて。あっ、焼き豆腐はお醤油かけた方が良いよ。このお醤油使って」
言われた通りアタシが差し出した醤油をかける彦さん。そして一口、豆腐を食べると……。
「美味い」
珍しく、彼の表情筋が動いた。
「豆腐が、固すぎず柔らかすぎず、歯応えがあって良い」
「こだわりに気付いてくれて嬉しい。焦げが付きすぎないよう慎重に、豆腐の滑らかさも味わえるよう柔らかさを残すのは、結構大変だったんだから」
家での食事と違って、お金を頂くのだから、出来る限り手の込んだ物を作る。それがアタシの譲れない方針だ。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
転生一九三六〜戦いたくない八人の若者たち〜
紫 和春
歴史・時代
二〇二〇年の現代から、一九三六年の世界に転生した八人の若者たち。彼らはスマートフォンでつながっている。
第二次世界大戦直前の緊張感が高まった世界で、彼ら彼女らはどのように歴史を改変していくのか。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
鬼が啼く刻
白鷺雨月
歴史・時代
時は終戦直後の日本。渡辺学中尉は戦犯として囚われていた。
彼を救うため、アン・モンゴメリーは占領軍からの依頼をうけろこととなる。
依頼とは不審死を遂げたアメリカ軍将校の不審死の理由を探ることであった。
16世紀のオデュッセイア
尾方佐羽
歴史・時代
【第12章を週1回程度更新します】世界の海が人と船で結ばれていく16世紀の遥かな旅の物語です。
12章では16世紀後半のヨーロッパが舞台になります。
※このお話は史実を参考にしたフィクションです。
剣客居酒屋 草間の陰
松 勇
歴史・時代
酒と肴と剣と闇
江戸情緒を添えて
江戸は本所にある居酒屋『草間』。
美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。
自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。
多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。
その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。
店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる