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第57話

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グレイはアリシアの言葉に一瞬きょとんとしてから笑みを浮かべると、

「わかったよ。もとからそのつもりだったしね。土産話が沢山あるんだ」

「それは楽しみですわ」

アリシアはグレイの言葉に嬉しそうに笑う。

「よし、ならさっさと行こうか。アリシアさんって目覚めの魔法とか使えたりする?」

「・・・その必要はない」

グレイの質問にアリシアが答える前に別の人物が答えていた。

「・・・ナガリア」

アリシアが警戒したように呟く。

グレイの攻撃で顔を腫らしたナガリアが神妙な顔をしていた。

グレイもアリシアも油断なくナガリアを見据える。

と、意外なことに緊張を解いたのはナガリアの方であった。

「・・・そんな顔をせんでも良い。儂らは負けたんだ。完膚なきまでにな。今更抵抗する気など毛頭ない」

「「・・・」」

その言葉にグレイとアリシアが黙って顔を見合わせる。

「まあ、そう簡単には信じられぬよな。おい、お前も起きているのだろ?抵抗はしなくて良いぞ」

「・・・畏まりました」

「「!?」」

気絶したと思っていた執事まで身を起こすので、グレイとアリシアはぎょっとする。

二人はこのとき全く同じことを考えていた。

((早めに縛っていて良かった(ですわ)))

ナガリアと執事の二人が目覚めたのはいつかはわからないが少なくとも縛った後だろう。

気絶していることは確認した上で縛ったのだから間違いないはず。

それにもしその前に起きていたならもう一波乱あったはず。

「・・・アリシアさん、どうする?」

グレイは状況が変わったためアリシアに確認を取る。

「本心かは分かりかねますがこれはチャンスです。屋敷にご同行頂きましょう。黙って歩かせるための労力が省けてちょうど良いですわ」

と、堂々と答える。

「ははは、分かったよ」

グレイは余りにスパっと肯定してくれたアリシアに楽しそうに返事をすると、

「なら、行こうか」

ナガリアと執事を立たせ、天幕の外に向かった。





「こ、これは・・・」

天幕の外に出た執事がまず驚きの声を上げる。

「・・・一体、何が起こっているのだ」

続いてナガリアも信じがたい光景に困惑する。

「「「ナガリア様っ!!!」」」

部下たちがナガリアの姿を認めて声を揃えて叫ぶ。

彼らは天幕を中心に3メートル程の位置でまるで見えない壁があるかのように佇んでいた。

現に、ナガリアの姿を見た部下が武器を取り出し攻撃を仕掛けるが見えない壁に阻まれて跳ね返ってしまう。

「悪いがその質問に答える気はないよ」

グレイがはっきりと否定する。

ナガリアはその言葉に一度目をつむると、

「・・・バルムの娘よ。儂はもう逃げも隠れもせぬ。今までのことも正直に話す。だから、彼らを見逃してはくれぬか?彼らは普段は村にて普通に暮らしているだけなのだ。今回も結果的にだが、何もしておらぬ」

目をアリシアに向けて、部下たちに対する恩赦を乞うた。

「「「ナガリア様っ!!そんなっ!?我らは貴方様に救われた身。その御恩を返すためにはこの身がどうなろうともどこまでもナガリア様とお供します!!!」」」

周りの部下がナガリアの言葉を聞いて声を揃えて言った。





「・・・」

アリシアは黙ってナガリアと周りの部下達を眺める。

そして、

「分かりました。良いでしょう。ただし、約束は必ず守って頂きますわ」

ナガリアの願いを聞き入れた。

「・・・感謝する」

ナガリアはほっとしたように言った後、

「お前達!!今の話を聞こえていなかった者にも伝えろ!速やかに撤収し普段の生活に戻るんだ!もう充分見返りは貰った。これからは達者で暮らせ!!いいか、報復とかは考えるんじゃないぞ!それは儂の顔に泥を塗る行為だと肝に命じろっ!!」

部下達に指示を与える。

恐らく最期の。

「「「・・・ナガリア様・・・」」」

部下達もその事を理解しているのだろう。皆が皆武器を力なく地面に落とし、自身も座り込み涙を流す。

「さあ、連れて行ってくれ」

その様子を見た後、ナガリアがアリシアに先を促した。



屋敷に向かって歩いていくと、アリシアは更に驚く。

見えない壁が四人を中心に展開されていくのだ。

これにはナガリアや執事も我が目を疑った。

「・・・何なのだこの現象は」

ナガリアがそのように呟くのも無理は無かった。

「・・・」

唯一事情を知っているであろうグレイはひたすらに黙っていたのであった。




ゾルムは真夜中にも関わらず、眠ることはせずこの後の戦闘をどう運ぶか作戦を練っていた。

既にアリシアを拐われるという窮地に立たされているためこの後の行動は何一つとしてミスする事はできないだろう。

「旦那様、そろそろ少しお休みになられてください」

執事のムスターがゾルムにそう提案する。

急な襲撃とアリシアが拐われた深夜まで、もともとゾルムは戦いに備えるため休んでいなかったのだ。

そろそろ休もうとした時の襲撃だった。

今は襲撃後、数時間が経過していた。

「・・・休んでいられる場合じゃないだろう」

ゾルムが疲労と焦りからややトゲの含んだ声で答える。

「ですが・・・」

ムスターは掛ける言葉が見つからず、途中で沈黙するしか無かった。

恐らくこの状況も含めてナガリアは狙っていたのだろう。

ゾルムを憔悴させ、冷静な判断力を奪う。

ゾルムのナガリアの狙いがそこにあることも理解していたがどうしようもなかった。

ドンドンドン

だが、そんなマイナス思考に支配された空間は乱暴なノックによっていとも容易く破られた。

「何事だ!」

ゾルムが若干声を荒げて返事をする。

「緊急事態です!アリシア様が屋敷に向かわれております!!」

部屋に入る時間も惜しみノックをした人物は大きな声でそのように報告した。

「「っ!?」」

驚くべきその報告はゾルムとムスターから言葉を失わせるには充分であった。

ムスターがすぐに我に返り、ドアを開ける。

「どういうことですか?中に入って詳しくお話しください」

「「はっ!」」

ムスターに声をかけられたのは二人組であった。

それは襲撃後すぐにゾルムの指示で偵察をさせていた何組かの一組であった。

「・・・それで、どういうことだい?」

ゾルムが表面状は冷静に努め、二人組に問いかける。

報告役を決めていたのだろう。ゾルムの問いかけに二人組の内の一人が一歩前に出て報告を始めた。
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