こうもりのねがいごと

宇井

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 コウを助けてくれた警備の男性はサイラス、お嫁さんはアケメという名の男性だった。
 『嫁』呼ばわりすると怒るから、このことは内緒だと笑っていた。

 二人の住居は五階建て集合住宅の二階部分。一つの階に二世帯が入る小さめの建物だ。
 部屋は台所と居間の他に個室が三つある間取り。この区画では城で仕事をする人が多くすんでいて、中でもこの近辺はサイラスの同僚が多いらしい。
 だから王都の住宅街の中でも治安がいい方だとサイラスは胸をはる。
 
「サイラスのお節介はいつものことだから、気にしないでいいよ」

 コウと同じくらいの体格のアケメは、コウがやってきても驚きも嫌がりもせずに招き入れ、お茶を入れてくれた。
 しかしテーブルについてからは、コウをジロジロと不躾に見てくる。そうなるとコウはここへ来てしまったことを後悔するのだけれど、逃げることもできない。どうしようもなくて布と瓶を掴んで俯いてしまう。それを見かねたサイラスがとうとう注意した。

「おい、コウが困ってる」
「あ、ごめん。本当、ごめんねコウ」

 自然に口をついたことからも、本当に悪気がなかったことがわかる。

「だって、コウってよく見ると美人だよ。目の前にいい顔があるのに見ないのは損だって思うとつい凝視しちゃう」
「コウは美人か?……小さくてかわいいから、最初アケメに似てるなって思ったけど」

 隣同士に座る二人は身長差のせいでアケメが少し上目遣いになる形になる。見下ろすサイラスの目は優しくて、それだけで二人の良い関係が伝わってくるようだ。

「何気に褒めてくれてありがと。でもぼくはコウほどじゃないな。サイラスは美醜をパッと見で判断するけど、よく見てよ。コウは顔の部品が小さくて品があるし、それが綺麗に並んでる。いま流行りの目が大きいだけの偽物とは違うから」
「そう言われるとそうか? だったらやっぱりアケメも美人じゃないか」

 アケメはコウの目からしても美しかった。線が細くて体つきは少年のようだが、顔は成熟した大人のものだ。
 着ている服は凝っていて、自分に似合うものをよくわかって着こなしている。
 家にいるのに首巻きをしているのは、汗を吸い取るためではなくお洒落のためらしい。アケメの肌にあった黄色はとてもいい発色をしている。
 そのアケメとサイラスが二人して乗り出してきてコウの顔を語る。美人だかわいいだと言われるけれど、何かの冗談としか思えない。
 あまり見つめないでほしいとは言えず、これ以上ないほど小さくなって熱いお茶に口をつけた。

「まあ、コウの顔は美人だってことは決着ついたけどさ、コウには謎が多すぎる。だから心配なんだ」

 サイラスはテーブルに肘をつき少し前のめりになってくる。

「なあ、コウは自分が首にさげてるもんの価値がわかってるのか?」

 はっとしてシャツの上から金貨を掴む。当然価値はアスランに教えられていた。
 コウはそれをアスランの一部だと思って大事にしてきたが、他の人からの目にはただの金目の物でしかない。それも目にする人の方が少ない貴重なものだ。

「それをほいほい街中で出すのは感心しないよ。それが模造金貨であったとしても、売れば幾らかになるのは子供でもわかる。下げている鎖の輝きは、金だ。今夜の奴もそれを狙ったんだろう。その反応からして、持っているのは本物だよな」
「うっそ、金貨。コウはそんなの持ち歩いてたの。それって恐ろしすぎるよ」
「俺は隊長に本物を見せてもらったことがあるんだ。模造品は最初のデザインが広まってるけど、本物は全然ちがった。鎖も正規のものは二重のリジル編みだと聞いている。だとしたら間違いない。コウの首から見えるのはそれだと想像がつく」
「リジル編みの二重ってどんなの。ぼくでも見たことないよ!?」
 
 アケメが興奮して腰を浮かせるが、サイラスが手で制して座らせる。

「俺みたいなやつでもこの位の知識を持っていた、たまたまだけどな。いくら金貨を隠していても特殊な鎖の編みでその先に下がっている物に興味を持つ人間はいる」
「本当だよ、用心しないと危ないよ。今夜はサイラスに会えて本当によかったね。小さなコウの命なんて簡単に奪っちゃう奴はいるんだ。昼は陽気で楽しい街だけど、夜はぼくでも一人で出歩かない。無事で本当によかったよ」
「それを大事にしているのは伝わる。家出先で金を工面するために持ちだしたんではないだろう。アスラン様やロミー様に会いたいと言うし……どうにもコウの情況が想像できないんだ」
 
 金貨を握ったまま固まっていたコウだが、親身に助言をしてくれる二人にこの態度が申し訳なくなった。
 アケメなんて自分の事じゃないのに涙目になっている。

「コウはアスラン様に会いたくてお城まで行ったの?」
「はい。最初にサイラスさんに会ったのはそこです。二度目はその後で、悪い人から助けていただきました。あの、これ……金貨は、アスラン様にもらったものなんです」
「はっ!?」

 裏返った声を出したのはサイラスだった。

「僕はビブレスでアスラン様のお世話をしていたんです。その縁でいただきました」
「あのビブレスでか。そこにいたとか言うの!?」
「お世話って、龍しか入れない神域のビブレスで?」

 ふたりの声が重なった。

「本当にビブレスでいただいた金貨です。あと、預かっているお金もあって」
「はぁ……なるほどね。コウはアスラン様の従僕だったんだね。だから身なりがいいんだ。そのシャツなんて何気に絹だしお洒落だもんね」
「アケメ、お前コウの嘘みたいな話を信じるのか?」
「信じるよ。コウが嘘を言ってるとは思えない。ビブレスにいたのも本当だと思う。だってさ、瓶詰めの中の青いのって食べ物だよね。こんなに濃い青色した食べ物なんて初めて見るし、やっぱりビブレスにしかない物だと思う」

 コウは手にしていた瓶をテーブルに置く。
 たしかに亀様に持たされた瓶詰めは、たまたま鮮やかな青の果実が入っている。

「これは……果実の皮を酢と砂糖で漬けたものです。ビブレスには青い果実があって僕も最初は驚いたんですけど」
「だよね、やっぱり本物じゃん。その青が偽物で着色してたなら絶対に色が水分に移るもん。でもこれは違うでしょ。コウは間違いなく、ビブレスでアスラン様の従僕をしてたんだよ。でもビブレスって滅茶苦茶遠い場所なのに、何でここにいるの? 今一人ってことは移動途中でアスラン様とはぐれたの?」
「アスラン様はご病気の主様のためにリジルヘズへ戻って……ビブレスが龍じゃない僕に合わなくなって、寝込んでしまって……アスラン様は待っていろって言ったのに、待つことができなかった。でも亀様が流してくれなければ、僕はそこで死んでいました」

 辛そうなコウに二人の顔が歪む。
 コウの話にはもっと説明が欲しいところだが、話しているだけでやっと、とても苦しそうにするコウにそれ以上を求められなかった。

「頑張って、アスラン様に、会いに来たんだね。会いたいんだね」
「悪いが、紹介者がいないのなら城には入れられない。コウの話を信じられないんじゃなく俺にはどうにもしてやれないんだ。最近出入りの業者が増えているけれど、それに紛れるなんて至難の技だし。警備の一員としてそんな手引きはしたくない」
「ごめんね、サイラスに力がなくて」
「いえ、こうして家に呼んでいただいただけで充分です。あの、金貨みてください。それにこれも……幾らかは使っても怒られないと思うので、今晩のお礼に……なるといいのですが」
 
 信用できる二人にすべてを話してしまおうと、アスランの金貨を出し、ポケットの中の袋も出す。重みのある袋がテーブルの上で横に崩れる。
 サイラスが袋を見てもいいかと問うので頷く。
 そっと袋をのぞいたサイラスは、見たくなかったとばかりに天井を見上げて腕を組み唸る。
 まだ唸って髪をかいている。
 それはそうなっても仕方がないのかもしれない。そこにはアスランの硬貨より貴重な過去の国王の金貨が入っているのだ。
 サイラスの様子をみて遅れてアケメも袋をのぞく。アケメの方が冷静なのか、困ったねと静かにつぶやいた。
 自分が二人に迷惑をかけてしまっている。それが胸に痛い。

「ごめんなさい……僕、やっぱり、出て行きます……」
「コウ、いやコウちゃん! いっておくけど、コウちゃんが出て行ったらぼくらはもっと困るからね! ほんとに無防備すぎ。人を信用しすぎ。ぼくたちみたいな輩に簡単に心を許しちゃだめだよ。お金を前にして豹変しちゃう人もいるんだから」

 アケメが立ち上がり、今にも出ていってしまいそうなコウを留まらせるように言った。

「アケメ座って。アケメ、お前が取り乱してどうする。落ち着け」
「いや無理でしょ。コウちゃんみたいな危機感のない子は怖い。だからうちで暮らしてもらう、じゃないと危なすぎるよ。どんな高級な宿に泊まったって本人の意識がそれじゃだめだよっ」
「……僕は、頼りないのでしょうか」
「アケメの言う通りだよ、そろそろ自覚してくれ。ここを出るのは絶対に許可できない。いいね」

 強い口調におされコウは黙る。
 
「さて、金貨と、この金はどうする。コウ名義で銀行に入れるか」
「だめでしょう。入れたら数字が入るだけで、価値なんて勘定に入らない。この金貨は二度と戻らなくなる」
「だがこんな大金、手元には置いとけないぞ」
「それはそうだけど」

 二人が押し黙る。

「ごめんなさい……アスラン様の金貨は、これだけは手放せないんです。だめです……」

 コウが悲痛な声をあげ、アケメが慌てて宥める。

「わかってるよ。コウちゃんの悪いようには絶対にしない。そうだな……その金貨は覆ってしまおう。ぼくは家で小物を作って卸してるんだ。だから裁縫は得意だよ」
「おおう……それなら持っていてもいいですか、盗られませんか?」
「完璧ではないけど、ないよりましかな。葉っぱの形で綿を詰めたのなんてどう。コウちゃんはどんなのがいい。動物とか花とか何が好き」
「僕は、亀がいいです……亀が好きです」

 苦しむコウをここへ送ってくれた亀様を思い出して泣きそうになる。
 亀様はコウを流した後、どうなるかわからないと言っていた。けれどコウはこうして無事でいる。リジルヘズに着いている。でもそれを伝える術もないのだ。

「うん、じゃあ亀のぬいぐるみを被せて隠そう。鎖の部分はどう隠そうか……そうだなあ……」
「ペンキでも塗って、おもちゃにみせるか」
「乱暴だけど最終はそれだね……ダサいけど」
「だったら残りの金はどうする?」
「うーん、ここに保管すればいいじゃない? ぼくは引きこもりで滅多に家を空けないし、少しは腕っぷしも強いつもりでいる。周りは警備従事の家って環境だよ。頼りないけどぼくの手提げ金庫に入れて、トイレの床下に入れる? でもそこまでしなくても、この地区は空き巣も強盗もない優良地区だし、大丈夫だと思う」

 コウを置いてけぼりにして二人は話を進める。どちらもかなり真剣だ。コウは二人がやりとりする度に視線を動かし交互に見る。
 どうやらコウはしばらくここで暮らすことが前提の話で進んでいるようだった。
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