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二人は日に一度は外で過ごすようになっていた。
何もせず寝転がったり本を読んだりするアスランの隣でその様子を見守るうちに、コウもうつらうつらしたりして贅沢な時を過ごしている。
アスランは布靴をはかず、中でも外でも素足で過ごすようになり、ガウンを着ることもなくなりチェストに入ったままだ。そしてシャツやブラウスも着崩している。その方がなにかと楽で実用的だと判断したらしい。アスランはそれでも絵になる。
コウはといえば、今日もボタンを全部留めてシャツの裾をきっちりズボンにしまいこんでいる。そうしていないと自分が知らずに発しているらしい甘い匂いがアスランを刺激してしまいそうだからだ。
アスランのスイッチはどんなタイミングで入るかわからない。
ベッドに入って肩を甘噛みされるのは毎夜のこと。そして朝の泉でのいちゃいちゃも続いているけれど、強い視線を感じ振り向くとやはりそれは正解で、ギラギラした肉食獣のオーラにたじろぐこともある。
そんな時のコウの心拍は思いっきり走った後みたいにバクバクとしてうるさい。
獲物を狙うアスランの強い瞳に胸がきゅんとなりドキドキし、同時に喰われる側の弱者であることを思い知らされドキドキする。
コウの心臓は複雑な思いが行き交いやけに忙しい。
物置部屋から見つけたシーツを、家の前の芝に広げる。
使われず眠っていただけとはいえ、地べたに上等な布を広げることにコウは抵抗があった。それでも何度かする度にその気持ちが薄くなっていた。それほど汚れがつかないのと、何でもきれいにしてしまう泉の存在が大きい。
布の上にはグラスが二つある。そこにはアスラン特製の幾つかの果実を絞って薄めた爽やかな果実水が入っている。食事の支度はすべてコウがするようになっているが、果実水だけはアスランが作った方が断然美味しいのだ。
二人でシーツに座り込むと、アスランが筒状になっている大きな巻物を広げる。
アスランは一体何を持ちだしてきたのだろうと、コウはそれがずっと気になっていた。そんなコウに気付いたアスランは巻物の括り紐をほどくとシーツの上にさっと広げた。
それは紙ではなく、紙の製造や入手が困難だった遥か昔に使われていたという羊皮紙だ。
紙のように薄いのだが黄みがかっていて全体に濃淡がある。薄い紅茶をその上でひっくり返してしまったあとのようで、表面も縮れている。
「あの部屋で見つけたんだが、これがこの世界の地図だ」
「地図……はじめてみます」
長年ずっと巻かれていたこともあり、元に戻って巻き戻ろうとする。そこをコウがその端を手で押さえる。アスランも膝を使って押さえるがコウとは違って大胆に乗り上げている。
「かなり古い物だが大陸の形は変わっていない。国の形や名前はかなり変わっているが、大国はずっと同じままだ。今と同じ国名と領土を保っているのは、六ほどだな。当然ここもだ」
地図の真ん中を指さす。その国は陸地に囲まれ海がない。しかし青色で示された蛇行する大河が二本も通っているのがわかる。
「ここが私のいた国でリジルヘズと言う」
「りじ、りゅ……」
「リジルヘズだ」
「りじるへず」
「上手だ」
聞き慣れない、言い慣れない異国の単語という感じだ。
「国というのは沢山あるのですね。僕はずっと自分のいる国と周りにあるのだけが世界の全部だと思ってました。この赤い丸は何でしょうか?」
「それは国の中心を示している。国を動かす機能がそこには集まっている。城もある」
「お城まで、あちこちにいっぱいあるんですね」
「ひとつの国に一つじゃない。大きな国では国中のあちこちに建っている」
想像の及ばない事実に間抜けな顔しかできない。
「じゃあ、リジルヘズにもきっと大きなお城があるのですね。それにしても、大きな国です。それに地図の真ん中にあるということは、大陸でもとても力があると言うこと、なんでしょうか?」
「地図はその国ごとに作るから、自然に中心に置くのは自国になる。力の差にはあまり影響しない。これはリジルヘズが作ったから真ん中に据えてあるだけだ」
コウは知らない事を知って感動していた。
それにコウが見る限りでは地図の中でも一、二位を争うほどの国土がある。実際は二番目になるがコウにとって正確な順番はあまり意味がない。
ずっと昔からそこにあって、国の名前も変わっていないのは珍しいとアスランが言うし、実際にすごいのだろう。
知らない世界が急激に開き、好奇心が刺激されたコウはワクワクし始めていた。
「ここが、私達がいる神域、リジルヘズではビブレスと呼ぶ場所だ。東南方向の崖の上にあるこの国が、おそらくコウのいた国だ」
神域とされる場所は地図上で右上にある黒で塗りつぶされた所、そこは向日葵の種ほどの小さな面積だ。そしてその隣にあるコウの育った国は神域の半分ほどの面積だった。
小さい……
自分のすべてだった国は世界から見たらこれほど小さいのかと息をのむ。
「あの、この神域からアスラン様のいたリジルヘズ国まで移動すると、どのくらいの時間がかかるのでしょう」
「そうだな、徒歩と馬……普通ならば一年かかるだろう。間にある山脈を考慮すればもっとか」
「途方もない話ですね……」
アスランが地図を広げてからコウは驚きの連続だ。
指でなぞれるたった数十センチが、歩けば一年かかると言うのだ。
脳が追いつかずぼうっとしているコウの目の前にアスランが心配そうな顔を見せる。それでもコウはしばらく反応できなかった。
「コウ?」
「すみません。何から考えたらいいか、えっと、何も僕が世界のことを考える必要もないんですけれど、言葉を失ってしまいました。世界は広すぎて、目が回ってしまいます」
実際に頭がくらくらしてきて目を閉じてしまう。
「世界地図はコウには刺激の強いものだったか」
「そのようです。でもまた教えてください。僕は世界のことが知りたいです。自分が何も知らないことにとっても驚いているんです」
「わかった。ちょっとずつ勉強していこう。しかし今日の勉強はこれで終わりだ」
アスランは地図を器用にまとめて紐でくくると芝におろし、さっきまで食卓にあったレシピ本を広げる。
食べる楽しみというのを知ったばかりのコウだからレシピ本は好きだ。たくさんの情報が入っていてもこれは地図と違って目が回らない。
「この本には私も口にしたことがない料理がのっている。コウはどの料理が食べたい?」
「そうですね……えっと」
アスランが捲るのをコウがのぞき込む。
この本は家庭料理、それも煮込みが中心に描かれていて、切った材料を投入して出来上がり、みたいな簡単な図解が多い。
コウのように文字を知らない人でも読解しやすい作りになっているようだ。
あれから物置の整理を続けていて、本の類はいくつも発見されている。文字の勉強でなくても本に触れているのがコウの喜びであり娯楽になっている。
「あ、料理じゃないけれど、これとこれと……この文字で、コウって読むんですよね」
「そうだ、合っている。では……これ、これ、これ、で、間にこれを挟めばアスランだ」
「僕、頑張ってアスラン様の文字を覚えます。書けるようにもなりたいです」
「ここには辞書がないようだから、引き続き私が教えよう。今日から書き取りもしてみるか」
「いいんですか、これから木工でお忙しくなるのに。それも僕の巣を作るんですよね。それではアスラン様のここでのお休みが僕で潰れてしまいます」
「コウの先生になった気分で楽しのだ。やらせて欲しいと私の方から頼みたいくらいだ」
重ねていた手を取られ、爪先に唇を重ねられる。
コウの指先はアスランほど綺麗じゃない。ずっと働いてきた手は、細いくせに皮が厚くなっていてみっともない。アスランはコウの気持ちを知ってか知らずか、愛おしむように何度も口づける。
薄い唇は冷たいように見えるのに触れるとコウと同じくらいにあたたかい温度を持っている。
は、恥ずかしい……
唇へのキスは慣れてきたのに、こうして見せつけるみたいにされるキスはどうしても慣れない。顔が赤くなってしまうと、次第に全身が色づくのが自分でもわかる。
布で隠れている部分だって、アスランによって変えられている……
「ここで過ごすすべてをコウで埋めてしまいたい。コウのための巣を作り、コウに私の名前を書いてもらえるように文字を教える。ここへは何の期待もなくやってきたが、これほど素晴らしい余暇になるとは思いもしなかった。すべて、コウに出会って変わったのだ。ありがとう、コウ」
「アスラン様……」
「コウの甘い匂いが強くなった。可愛すぎて……食べてしまいたい。食べたい、コウ」
「んっ……だめぇ、です……」
耳のてっぺんを甘噛みされ声が漏れる。コウは喉をさらして細い息を吐いた。
アスランが自分を食べたがっている。それは恐怖ではなく、愛を交わすための誘いの言葉だ。
何もせず寝転がったり本を読んだりするアスランの隣でその様子を見守るうちに、コウもうつらうつらしたりして贅沢な時を過ごしている。
アスランは布靴をはかず、中でも外でも素足で過ごすようになり、ガウンを着ることもなくなりチェストに入ったままだ。そしてシャツやブラウスも着崩している。その方がなにかと楽で実用的だと判断したらしい。アスランはそれでも絵になる。
コウはといえば、今日もボタンを全部留めてシャツの裾をきっちりズボンにしまいこんでいる。そうしていないと自分が知らずに発しているらしい甘い匂いがアスランを刺激してしまいそうだからだ。
アスランのスイッチはどんなタイミングで入るかわからない。
ベッドに入って肩を甘噛みされるのは毎夜のこと。そして朝の泉でのいちゃいちゃも続いているけれど、強い視線を感じ振り向くとやはりそれは正解で、ギラギラした肉食獣のオーラにたじろぐこともある。
そんな時のコウの心拍は思いっきり走った後みたいにバクバクとしてうるさい。
獲物を狙うアスランの強い瞳に胸がきゅんとなりドキドキし、同時に喰われる側の弱者であることを思い知らされドキドキする。
コウの心臓は複雑な思いが行き交いやけに忙しい。
物置部屋から見つけたシーツを、家の前の芝に広げる。
使われず眠っていただけとはいえ、地べたに上等な布を広げることにコウは抵抗があった。それでも何度かする度にその気持ちが薄くなっていた。それほど汚れがつかないのと、何でもきれいにしてしまう泉の存在が大きい。
布の上にはグラスが二つある。そこにはアスラン特製の幾つかの果実を絞って薄めた爽やかな果実水が入っている。食事の支度はすべてコウがするようになっているが、果実水だけはアスランが作った方が断然美味しいのだ。
二人でシーツに座り込むと、アスランが筒状になっている大きな巻物を広げる。
アスランは一体何を持ちだしてきたのだろうと、コウはそれがずっと気になっていた。そんなコウに気付いたアスランは巻物の括り紐をほどくとシーツの上にさっと広げた。
それは紙ではなく、紙の製造や入手が困難だった遥か昔に使われていたという羊皮紙だ。
紙のように薄いのだが黄みがかっていて全体に濃淡がある。薄い紅茶をその上でひっくり返してしまったあとのようで、表面も縮れている。
「あの部屋で見つけたんだが、これがこの世界の地図だ」
「地図……はじめてみます」
長年ずっと巻かれていたこともあり、元に戻って巻き戻ろうとする。そこをコウがその端を手で押さえる。アスランも膝を使って押さえるがコウとは違って大胆に乗り上げている。
「かなり古い物だが大陸の形は変わっていない。国の形や名前はかなり変わっているが、大国はずっと同じままだ。今と同じ国名と領土を保っているのは、六ほどだな。当然ここもだ」
地図の真ん中を指さす。その国は陸地に囲まれ海がない。しかし青色で示された蛇行する大河が二本も通っているのがわかる。
「ここが私のいた国でリジルヘズと言う」
「りじ、りゅ……」
「リジルヘズだ」
「りじるへず」
「上手だ」
聞き慣れない、言い慣れない異国の単語という感じだ。
「国というのは沢山あるのですね。僕はずっと自分のいる国と周りにあるのだけが世界の全部だと思ってました。この赤い丸は何でしょうか?」
「それは国の中心を示している。国を動かす機能がそこには集まっている。城もある」
「お城まで、あちこちにいっぱいあるんですね」
「ひとつの国に一つじゃない。大きな国では国中のあちこちに建っている」
想像の及ばない事実に間抜けな顔しかできない。
「じゃあ、リジルヘズにもきっと大きなお城があるのですね。それにしても、大きな国です。それに地図の真ん中にあるということは、大陸でもとても力があると言うこと、なんでしょうか?」
「地図はその国ごとに作るから、自然に中心に置くのは自国になる。力の差にはあまり影響しない。これはリジルヘズが作ったから真ん中に据えてあるだけだ」
コウは知らない事を知って感動していた。
それにコウが見る限りでは地図の中でも一、二位を争うほどの国土がある。実際は二番目になるがコウにとって正確な順番はあまり意味がない。
ずっと昔からそこにあって、国の名前も変わっていないのは珍しいとアスランが言うし、実際にすごいのだろう。
知らない世界が急激に開き、好奇心が刺激されたコウはワクワクし始めていた。
「ここが、私達がいる神域、リジルヘズではビブレスと呼ぶ場所だ。東南方向の崖の上にあるこの国が、おそらくコウのいた国だ」
神域とされる場所は地図上で右上にある黒で塗りつぶされた所、そこは向日葵の種ほどの小さな面積だ。そしてその隣にあるコウの育った国は神域の半分ほどの面積だった。
小さい……
自分のすべてだった国は世界から見たらこれほど小さいのかと息をのむ。
「あの、この神域からアスラン様のいたリジルヘズ国まで移動すると、どのくらいの時間がかかるのでしょう」
「そうだな、徒歩と馬……普通ならば一年かかるだろう。間にある山脈を考慮すればもっとか」
「途方もない話ですね……」
アスランが地図を広げてからコウは驚きの連続だ。
指でなぞれるたった数十センチが、歩けば一年かかると言うのだ。
脳が追いつかずぼうっとしているコウの目の前にアスランが心配そうな顔を見せる。それでもコウはしばらく反応できなかった。
「コウ?」
「すみません。何から考えたらいいか、えっと、何も僕が世界のことを考える必要もないんですけれど、言葉を失ってしまいました。世界は広すぎて、目が回ってしまいます」
実際に頭がくらくらしてきて目を閉じてしまう。
「世界地図はコウには刺激の強いものだったか」
「そのようです。でもまた教えてください。僕は世界のことが知りたいです。自分が何も知らないことにとっても驚いているんです」
「わかった。ちょっとずつ勉強していこう。しかし今日の勉強はこれで終わりだ」
アスランは地図を器用にまとめて紐でくくると芝におろし、さっきまで食卓にあったレシピ本を広げる。
食べる楽しみというのを知ったばかりのコウだからレシピ本は好きだ。たくさんの情報が入っていてもこれは地図と違って目が回らない。
「この本には私も口にしたことがない料理がのっている。コウはどの料理が食べたい?」
「そうですね……えっと」
アスランが捲るのをコウがのぞき込む。
この本は家庭料理、それも煮込みが中心に描かれていて、切った材料を投入して出来上がり、みたいな簡単な図解が多い。
コウのように文字を知らない人でも読解しやすい作りになっているようだ。
あれから物置の整理を続けていて、本の類はいくつも発見されている。文字の勉強でなくても本に触れているのがコウの喜びであり娯楽になっている。
「あ、料理じゃないけれど、これとこれと……この文字で、コウって読むんですよね」
「そうだ、合っている。では……これ、これ、これ、で、間にこれを挟めばアスランだ」
「僕、頑張ってアスラン様の文字を覚えます。書けるようにもなりたいです」
「ここには辞書がないようだから、引き続き私が教えよう。今日から書き取りもしてみるか」
「いいんですか、これから木工でお忙しくなるのに。それも僕の巣を作るんですよね。それではアスラン様のここでのお休みが僕で潰れてしまいます」
「コウの先生になった気分で楽しのだ。やらせて欲しいと私の方から頼みたいくらいだ」
重ねていた手を取られ、爪先に唇を重ねられる。
コウの指先はアスランほど綺麗じゃない。ずっと働いてきた手は、細いくせに皮が厚くなっていてみっともない。アスランはコウの気持ちを知ってか知らずか、愛おしむように何度も口づける。
薄い唇は冷たいように見えるのに触れるとコウと同じくらいにあたたかい温度を持っている。
は、恥ずかしい……
唇へのキスは慣れてきたのに、こうして見せつけるみたいにされるキスはどうしても慣れない。顔が赤くなってしまうと、次第に全身が色づくのが自分でもわかる。
布で隠れている部分だって、アスランによって変えられている……
「ここで過ごすすべてをコウで埋めてしまいたい。コウのための巣を作り、コウに私の名前を書いてもらえるように文字を教える。ここへは何の期待もなくやってきたが、これほど素晴らしい余暇になるとは思いもしなかった。すべて、コウに出会って変わったのだ。ありがとう、コウ」
「アスラン様……」
「コウの甘い匂いが強くなった。可愛すぎて……食べてしまいたい。食べたい、コウ」
「んっ……だめぇ、です……」
耳のてっぺんを甘噛みされ声が漏れる。コウは喉をさらして細い息を吐いた。
アスランが自分を食べたがっている。それは恐怖ではなく、愛を交わすための誘いの言葉だ。
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