3 / 56
3 私闘
しおりを挟む
とうに腹は決めているはずなものの、私はゆっくりと上着を脱ぐ。
いいんですよ、往生際が悪くても。
近衛の上着は紺色。一見地味だが、赤の太いラインが印象的に入っている。目に焼き付くようなその色がバラの騎士団と呼ばれる由縁かもしれない。
上着は明日も着なければならないから、ベンチの上の砂埃を払い、皺が寄らないようにと畳んでいると、私の行動にいらついたような先輩の舌打ちが聞こえる。
でもね、支給されている二着を交互に着ている私からしたら、当然の行為なのだ。一着はただいま洗濯中。明日の替えはないのだから。
ウィルマ先輩はいいですよね、今は汚れてもいい用のやつ着てるし、制服も沢山お持ちのようだし……
ズボンが汚れるのはしょうがない、諦めて砂だらけになろう。でも上だけは譲れないのですよ。
私は心の中でぶちぶちと文句を垂れる。
また後ろから二度目の舌打ちが聞こえて、よやく観念した。
鍛練場には誰の姿もなく、もしあったとしても、これも練習といえるのならば誰も止めてはくれないだろう。
先輩の持つ二本のうちの一つが手元に投げられ、それをお腹の辺りで受け止める。握り直した瞬間に鍛練という名の虐めは始まった。
一対一という所は認めようと思う。
でも、私の苦手が剣術だという事を知っている所はいただけない。接近戦の体術なら勝てなくもない気がするけれど、剣はド下手。
だからこその鍛練であると、ここは気持ちを切り替えて有り難く相手になって頂くべきだけど、私は賢くないし優等生でもない。嫌なものは嫌なのだ。
近衛隊って私闘禁止じゃありませんでしたっけ? っていってもこの先輩には通じない。それは経験済みだった。
私より細身とはいえ先輩は上背がある。防具もないのに顔を狙うなんて反則でしょってのに、遠慮なく振り降ろして来て、思わず「わぁっ」と情けない声で飛び上がる。
切られた空気がブワンと耳の横で動く。いつ聞いても身がすくむ嫌な音だ。
鋭い刃をごそっと落とした細身の練習刀とはいえ、カツンという軽い高音に反して腕に重い衝撃が走る。
刀は振るってみるとリーチが思ったほど長くなく扱いやすい。しかし届く範囲が狭くなるほど体の動きは激しくなり、私は予想通り、ゆっくりと消耗していった。
頭の中から玉の汗が転がり落ちる。
様子見も含めて互角だったのは最初だけで、徐々に私はその剣先を受け流し、後方へと逃げる事しかできなくなっていた。が、先輩の表情も苦し気であまりよろしい感じではないので、ここか潮時だったのだろう。
つばぜり合いの後、下から上へと突き上げるようにして、私がよろけ無様に尻もちをついた。
ウィルマ先輩強い。きっと女性の中では一番の腕だ。
「パトリシア、身の程を知れ、貧乏貴族人風情が」
先輩はもう私に背をむけ去って行こうとしていた。
いいんですよ、往生際が悪くても。
近衛の上着は紺色。一見地味だが、赤の太いラインが印象的に入っている。目に焼き付くようなその色がバラの騎士団と呼ばれる由縁かもしれない。
上着は明日も着なければならないから、ベンチの上の砂埃を払い、皺が寄らないようにと畳んでいると、私の行動にいらついたような先輩の舌打ちが聞こえる。
でもね、支給されている二着を交互に着ている私からしたら、当然の行為なのだ。一着はただいま洗濯中。明日の替えはないのだから。
ウィルマ先輩はいいですよね、今は汚れてもいい用のやつ着てるし、制服も沢山お持ちのようだし……
ズボンが汚れるのはしょうがない、諦めて砂だらけになろう。でも上だけは譲れないのですよ。
私は心の中でぶちぶちと文句を垂れる。
また後ろから二度目の舌打ちが聞こえて、よやく観念した。
鍛練場には誰の姿もなく、もしあったとしても、これも練習といえるのならば誰も止めてはくれないだろう。
先輩の持つ二本のうちの一つが手元に投げられ、それをお腹の辺りで受け止める。握り直した瞬間に鍛練という名の虐めは始まった。
一対一という所は認めようと思う。
でも、私の苦手が剣術だという事を知っている所はいただけない。接近戦の体術なら勝てなくもない気がするけれど、剣はド下手。
だからこその鍛練であると、ここは気持ちを切り替えて有り難く相手になって頂くべきだけど、私は賢くないし優等生でもない。嫌なものは嫌なのだ。
近衛隊って私闘禁止じゃありませんでしたっけ? っていってもこの先輩には通じない。それは経験済みだった。
私より細身とはいえ先輩は上背がある。防具もないのに顔を狙うなんて反則でしょってのに、遠慮なく振り降ろして来て、思わず「わぁっ」と情けない声で飛び上がる。
切られた空気がブワンと耳の横で動く。いつ聞いても身がすくむ嫌な音だ。
鋭い刃をごそっと落とした細身の練習刀とはいえ、カツンという軽い高音に反して腕に重い衝撃が走る。
刀は振るってみるとリーチが思ったほど長くなく扱いやすい。しかし届く範囲が狭くなるほど体の動きは激しくなり、私は予想通り、ゆっくりと消耗していった。
頭の中から玉の汗が転がり落ちる。
様子見も含めて互角だったのは最初だけで、徐々に私はその剣先を受け流し、後方へと逃げる事しかできなくなっていた。が、先輩の表情も苦し気であまりよろしい感じではないので、ここか潮時だったのだろう。
つばぜり合いの後、下から上へと突き上げるようにして、私がよろけ無様に尻もちをついた。
ウィルマ先輩強い。きっと女性の中では一番の腕だ。
「パトリシア、身の程を知れ、貧乏貴族人風情が」
先輩はもう私に背をむけ去って行こうとしていた。
1
お気に入りに追加
894
あなたにおすすめの小説
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
拝啓、私を追い出した皆様 いかがお過ごしですか?私はとても幸せです。
香木あかり
恋愛
拝啓、懐かしのお父様、お母様、妹のアニー
私を追い出してから、一年が経ちましたね。いかがお過ごしでしょうか。私は元気です。
治癒の能力を持つローザは、家業に全く役に立たないという理由で家族に疎まれていた。妹アニーの占いで、ローザを追い出せば家業が上手くいくという結果が出たため、家族に家から追い出されてしまう。
隣国で暮らし始めたローザは、実家の商売敵であるフランツの病気を治癒し、それがきっかけで結婚する。フランツに溺愛されながら幸せに暮らすローザは、実家にある手紙を送るのだった。
※複数サイトにて掲載中です
悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~
一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、
快楽漬けの日々を過ごすことになる!
そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした
葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。
でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。
本編完結済みです。時々番外編を追加します。
【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜
なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」
静寂をかき消す、衛兵の報告。
瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。
コリウス王国の国王––レオン・コリウス。
彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。
「構わん」……と。
周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。
これは……彼が望んだ結末であるからだ。
しかし彼は知らない。
この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。
王妃セレリナ。
彼女に消えて欲しかったのは……
いったい誰か?
◇◇◇
序盤はシリアスです。
楽しんでいただけるとうれしいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる