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40 みんなと仲良くなりました
しおりを挟む俺はそれからちゃんとお別れ会に出席し、その時初めて施設に入っている子供たち全員と話をした。
けれどやっぱり交流会には顔を出さないのは、ケネスの考えた俺でも楽しめる交流会の案がださすぎて却下したから。コスプレなんてするかって言うの。
けれど、授業はケネスに無理矢理連れ出されて出るようになって、たまに居眠りはしちゃうけど席に座っているようになった。
そして、その傍らで念願の畑仕事をするようになっていた。
ベケット先生からは簡単に許しが出て、裏庭も横庭も雑草対策が大変だから、いっそのこと全部を畑にしていいとまで言われてしまった。
育成ゲームは指一本だったけど、現実はそうもいかない。
だから俺はベケット先生が呼んでくれた、近くに住む農家のおっちゃんを講師に一から畑というものを教えてもらった。
道具も苗も、最初はその人から提供してもらって、おっちゃんとふたりで最初の開墾を行ったのだ。
ちょっと土をかき混ぜて種を蒔けば何とかなると思ってたけど、それは大間違い。まずは雑草を刈って土には畑用の栄養のある土を梳きこむ必要があり、その作業は地味で体力が必要だった。俺が軽く考えていた畑は、種を蒔く前の段階の所から始めなければいけなかった。
基本おっちゃんと二人、そこにたまにケネスが加わって、たまにベケット先生が顔を出した。
麦わら帽子を被って、汚れてもいいようなボロ服をもらって、まさに肉体労働に従事。
最初は変わり者の新入りが変なことを始めたって、建物の窓から遠巻きに見てた子たちが、段々興味を持って裏庭まで見学に現れるようになって、そうなると俺もこっちにおいでと強引に声を掛ける。
すると渋々ながらも畑に一歩入ってくるようになって、そこからは楽だった。
俺に対してあった距離感も遠慮がみるみる無くなっていった。しかも農業経験者までいて、俺よりいい腰つきで土を掘り起こしてくれる。
子供で土が嫌いな子なんていなくて、草を引いたり水をやったりも、指示がなくても動けるようになっていて、俺の畑じゃなくてみんなの畑になっていった。
子供だけじゃ危うい所も、そこはおっちゃんが顔を出して適度に軌道修正してくれる。次は何を植えようって相談してくれるのも楽しい。
一見雑草畑に見えるかもしれないけれど立派な野菜畑が出来上がったのだ。
野菜畑のリーダーたる俺は、必然的にみんなの人気者になっていった。そうでなきゃブサイ俺になつくわけない。
完璧じゃない俺、年上なのに気を遣う必要もなく軽口も叩ける俺は、年齢に関係なく彼らにとって甘えやすい存在なのだと思う。
そしてトン子も可愛がられるようになって、朝と夜以外は裏庭で放し飼い状態になってた。
トン子も子供達にはもう慣れてしまって、新顔の子が来ても少し人見知りするだけで、大人しく撫でられることができるようにもなった。体は相変わらず小さいままでほっとしている。ぶくぶく太って大きくなったら、立派な食肉になってしまいそうだから。
時の流れは早いもので、俺は施設であっと言う間に十代に突入し、十三歳になっていた。
授業は中学生レベルになりちょっとだけ楽しくなっていた。楽器については選択も余地もなく皆がバイオンリン一択で、俺もそれに取り組んでいた。
この四年目で教本が四冊目。これは人より後れをとった進度みたいだけど、俺的には途中で投げ出さずここまでやった自分に喝采を送りたいほどだ。
四冊目の最初の練習曲『マレのほとりにて』。
音楽は俺には合わない、と言うことで、音楽の授業はそこで勘弁してもらった。だけど教えられた曲だけは忘れないように、今でもたまに部屋で弾くようにしている。
『マレ』は短調なせいか明るい曲ではない。途中で曲調が変わる部分が好きなのだが、技巧があまりないせいか評判は悪い。
俺は好きだけどな短調が短調らしくて。
出て行く子たちのお別れ会で必ず独奏するその曲は俺の鉄板曲で、俺がバイオリンを持って登場すると皆が生温かい目を向ける。日本の学校だったら俺のあだ名はマレだっただろう。
だけど持ちネタひとつが身を助ける時が来るだろう。俺はこの一曲で一生を乗り越えていくのだと決めたのだ。
友人の結婚披露宴の余興でも、新年の集まりでも、男を口説く時にも、社会人になって接待が必要になった時でも、俺はこれをマイソングとして大切に弾くのだ。
ケネスは何かと俺には向上心がないと言ってくるけど、右から左に流してしまう事にしている。ケネスも俺との付き合い方を学んでいるから、大抵は言いたい事を思いっきり吐き出して、最後にため息をつくだけで終わらせてくれる。
五年も一緒にいると、心地いい関係ができるんだね。
「トモエさん、あの……今晩一緒に眠ってくれる?」
「いいよ、一緒にお風呂に入って、俺の部屋に行こうか。それともそっちの部屋の方がいいかな」
「えっと、トモエさんの部屋がいい」
「わかった。迎えにいくからね」
「……ありがと」
二週間後にここを出て行く十一歳のベンが談話室の安楽椅子でぼやっとしている俺に声を掛けてきた。そして俺の了解をとると小走りで出ていってしまう。
この一、二年、こういったお誘いが劇的に増えた、というか、出て行く子達のほとんどが俺にそう声を掛けるのが慣例というか伝統みたいになっている。
人の部屋への出入りは自由だけど、寝泊りは禁止。それでも縁組が正式に決まって出発する日が確定すると許されるようになる。
だから仲が良かった友達と夜通しお喋りして睡眠不足、なんてのもあることだ。
俺が優しいお兄ちゃんであって、これまで怒ることもむっとする事もなかったからか、俺の部屋に来たがる子は多い。
この五年で俺の顔から余計な肉は削ぎ落され、最強のモテを誇っていた頃の完成形に近くなっていっている。顔だけでなく、身長がこの年齢の平均ほどはなく細身であることも声をかけやすい要因であると思う。
この五年で底辺にいた俺は、ダントツ一位にいるケネスに継ぐ二位人気となっていた。とはいっても一位と二位の間にある数字の差は大きくあいているようだが、親しみやすさでいえば俺が一番だろう。
「どうしてトモエと寝るのが出る前の通過儀礼になってるんだ?」
ベンが出て行くと俺の肩を叩き不機嫌な顔をするのはケネス。
不機嫌そうに見せているけど、ベンが俺に声をかける隙を与えた優しさが垣間見える。いい男のさりげなさに毎度感心してしまう。
綺麗な顔を見上げて、なんでコイツはまだ施設にいるんだって、やっぱり思ってしまう。
こいつには養父母候補がたくさんいるはずなのに、俺と一緒に最長滞在記録を出そうとしている。俺より五カ月前に施設に入ったケネスとは約五年滞在中の同期と言える。
「何でみんな俺ばっかりで、ケネスの部屋に行かないかってこと? そりゃケネスが高貴すぎるからだよ」
ケネスは長かった髪を切り短髪にしている。大きくなってもその美貌はキープされていて相変わらず女顔で眩しいけれど、そうなると身近ではなく憧れの対象になってしまうのだ。
遠くから見ていて丁度いい距離感? だから本当はケネスの部屋にお泊りしたい子は沢山いるけれど、恐れ多くて声が掛けられないのだ。別れ際にハグしてもらうのが精一杯。頬にキスをしてもらったら一生の宝物になるのだろう。
「あのな、僕はトモエに人気があるからと羨んでいるんじゃない。こだわりなく誰でも引き受けてるお前が信じられないんだ。さして親しくもなかった子が最後にお前の部屋に行くのにはどういう意味があるんだ?」
「声を掛けるには俺が一番気楽なんだよ。『部屋に行っていいですか?』なんてウルウル目で言われたら俺も嬉しいから、つい優しくしちゃう。ケネス……そんな顔していたら皺が取れなくなるよ」
怒っちゃだめ。笑え笑え。
うりうりと眉間に指を突き立ててやったら、ぱしっと手を払われた。
「そんなことはどうでもいい。一緒に風呂に入って洗いっこして、あの狭いベッドで抱き合って眠るなんて、何を考えてるんだ。破廉恥な」
ケネスは真面目な発言をする。そこも全然かわっていない。破廉恥ってどういう意味だっけ?
「えーダメなの? でもお泊りは先生公認だよ。だってさ考えてみなよ。人肌恋しい気持ちってわかるでしょ。この先の生活だって不安だろうし、別れも寂しいし。そういう時って甘えたいし触れ合いたいじゃん。その気持ちを考えると、断ろうなんて思わないよ」
「寂しいならベケット先生と寝ればいいだろう」
「ええっ、それってどうかな。かえって地獄っぽくない?」
五年分の年をとって老けが増した先生は本物のおっさんに近付いている。背中から加齢臭が漂ってきそうなのは、普通の顔に似合わぬ長髪にしているからだ。
この世界は男性の長髪の人もいる。公式の場では括っていれば失礼に当たらないのだけれど、俺は先生の頭がどうも気になってしょうがない。短い方が似合うって何度もアドバイスしてるのに、今の所スルーされている。
ベケット先生と寝るのか……あんまり想像したくない。
先生の大きな体に包まれる安心感はあるだろうけど、ごつごつしてそうなのはいただけない。髪がこっちに触れるのも俺は嫌だ。
先生に密着して眠る夜を想像して、うへえっと声を出すと、ケネスが俺の頭に平手を落とした。
「これまで何人と寝たと思ってる?」
「そうだな、忘れちゃったけど、十人?」
嘘です。本当はしっかり覚えている。一緒に眠った子、三十人以上の子の顔と名前をしっかり思い出せる。
「下手な嘘をつくな」
また平手が来た。でもケネスが落とすのは本当に軽いやつ。
「でも、やましいことはないからね」
やましい事しかない俺は椅子から立ち上がって逃げることにした。
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