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第22話 王子は苦労をアリシアたちと分かち合う
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「そ、そのようなことになっていたのですか⋯⋯」
事情を聞き終えたアリシアが、恐れるような声でそう言った。
ちなみに、事情を説明してくれたのはグレゴール兄さんだ。
俺はテント内に備蓄した紅茶を淹れて全員に配り、自分でもそれを飲みながら戦いで昂ぶった気持ちを鎮めていた。
黒い魔剣と同じく、この紅茶もセーブ&ロードの合間に城の同じ場所から何度も重複して回収した。
他にも城にあっためぼしいアイテムは城の探索を兼ねて回収し、テント内のアイテム保管庫にしまってある。
アイテム保管庫は同種のアイテムを1スタック99個まで入れられるが、黒い魔剣だけは99個を超えて回収し、入りきらない分をテントの端にまとめている。
なぜかといえば、ソードウィップへの打ち直しが難航したからだ。
Carnageにおける武器は、グレードをひとつ落とすことで他の武器種に打ち直すことができる。
それは以前にも説明した通りだが、この「打ち直し」は無条件で成功するわけじゃない。
Carnageのアイテム製作システムはかなりシンプルで、「クラフト」の習熟度だけで成功判定が行われる。
他のゲームでは、鍛治、錬金、彫金、裁縫、木工⋯⋯などと細分化されていることが多いようなのだが、Carnageはすべてまとめて「クラフト」という技能として抽象化されている。
重厚な世界観とストーリーがウリのCarnageは、アイテム制作のシステムにはあまり予算をかけないことにしたらしい。
だが、結果としてシンプルでわかりやすい製作システムになっているという評価もプレイヤーの中にはあったようだ。
たとえば、鉄鉱石3つをクラフト台に載せてクラフトすると、ものの数秒でショートソードが出来上がる。
これは、王子としての俺の記憶からすると、すさまじく違和感のある光景だ。
この世界でも、ショートソードを作るには、鍛治師が鉄を熱し、ハンマーで叩くというまっとうなプロセスを経る必要がある。
俺は「クラフト台」なんてものをこのテント以外で見たことがないし、そんな話を聞いたこともない。
それを「シンプルでわかりやすい製作システム」の一言で済まされては、俺の中の現実感覚がおかしくなりそうだ。
とはいえ、この仕様が俺にとっても有り難かったのは言うまでもない。
俺は必要なスキルを習得するかたわら黒い魔剣(デモンズブレイド)を回収し、クラフト台に載せて「クラフト」した。
この「クラフト」というのは奇妙な感覚だ。
魔法を使うときと同じように、自分の中でイマジネーションを膨らませ、気合いと想像力で素材を変形させるのだ。
最初はグレード3のデモンズブレイドはうんともすんとも言わなかった。
しかたなく俺はありふれた武器や防具を拾い集め、それをクラフトで素材に分解しては適当な武器にクラフトし直すという作業を繰り返した。
どのくらい時間を費やしたかは今となってはわからないが、デモンズブレイドの打ち直しが可能になるまでに体感で何ヶ月もの時間がかかったはずだ。
打ち直しが可能になっても、打ち直しが無事に成功するとは限らない。
最初はまったく成功せず、ソードウィップになり損ねたデモンズブレイドは「魔鉄」や「クズ鉄」になってしまった。
ソードウィップへの打ち直しが初めて成功するのにさらに数ヶ月。
その初めてできたソードウィップも、激しく傷んだ劣等品だった。
実戦投入できる品質のソードウィップができるまでには、そこからさらに時間がかかったのだ。
「あんまり苦労話はしたくないけど、正直めちゃくちゃ大変だった⋯⋯」
戦いのほうも、必要なスキルを揃えながら、最初はエスメラルダ以外の敵兵を相手に修行を重ね、ある程度強くなったところで、エスメラルダとの戦いに切り替えた。
エスメラルダとの戦いは、ソードウィップが作れるようになる前からやっている。
今日の今日まで(最初からずっと「今日」なのだが)エスメラルダには一度も勝てたことがなかった。
今でも、ソードウィップなしで戦えば負けるだろう。
さっきは敵兵が素直に従ってくれたからよかったが、もし戦うことになっていたら、あの数のエルフ・エリート兵をまとめて相手にできる自信はない。
敵兵が俺に大人しく従ったのは、俺がエスメラルダを叩きのめす過程が圧倒的に映ったからだろう。
もちろん俺も血の滲むような努力をしたのだが、そもそもの戦法を編み出したのは「ショコラ」さんだ。
この世界ではありえないような高度で計算され尽くした戦法が、敵兵を恐れさせたのだと俺は思う。
俺が最初に「ショコラ」さんの記憶にある動画を見たときと同じだ。
何事であれ、極限まで洗練されたものを見せられると、人はそこに込められた計り知れないエネルギーにおそれを抱くものだからな。
グレゴール兄さんが、俺の出した種をかじりながら言う。
「本当に大したものだよ、ユリウス。生半可な覚悟でできることじゃない。僕でも逃げ出していたかもしれないね」
「ぐすっ⋯⋯本当です。お兄様はどれほどの苦難、どれほどの孤独を耐え忍んでこられたのでしょうか⋯⋯。お兄様はその気になれば一人で逃げ出すこともできたというのに⋯⋯。本当に、本当にありがとうございます⋯⋯」
「や、やめてくれよ。俺がやりたくてやったことだ」
俺は頬をかきながら顔を逸らす。
実際、逃げ出したいと思ったことがないわけじゃない。
一度逃げ出して、外で力を蓄えてから、改めてスロット1をロードするという選択肢もあった。
そっちのほうが合理的な判断かもしれない。
でも、俺の気持ちがそれを許さなかった。
なんとしてでもエスメラルダを倒す。
そうしなければ俺は一歩も前に進めない。
他人から見れば視野狭窄と映るかもしれないが、俺にはそうとしか思えなかった。
もし、一度でも逃げ出すことを選んでいたら、俺はその後ここに戻ってくることができただろうか?
外に出たことで頭が冷え、エスメラルダに対する恐怖も相まって、これはしかたがないことだったんだと自分を騙すことになったんじゃないか?
そんな惰弱を自分に許さないためにも、俺はエスメラルダを倒すまでは、絶対にこの城から脱出しないと決めていた。
もし外に出たほうが効率がいいのだとしてもーーそれではダメなのだ。
どれほど効率が悪かろうと、俺はこの場にしがみつくことが必要だった。
黒い魔剣を回収するたびに、両親のむざんな死体に胸を痛め。
敵兵から逃げ惑うグレゴール兄さんの恐怖を思い。
エスメラルダを毅然と問いただしたアリシアの勇気を思い出し。
決して敵わない相手に死闘を繰り広げたノエルの覚悟に奮い立つ。
最初にセーブする前に敵の矢に斃れたアイザックや、それより前に死んでしまった騎士たちの無念、俺を逃すために残ったブレヒトの忠義もまた、挫けそうになる俺の心を支えてくれた。
みんなが、支えてくれたのだ。
生き延びたものも、死んだものもいる。
セーブ&ロードで正史にならなかった場面もある。
そのすべての思いを、なかったことにはしたくなかったのだ。
「うぅぅっ、ありがとうございます、お兄様ぁっ」
「そんなに泣くなよ、おおげさだなぁ」
俺にすがりついて泣くアリシアの銀色の髪を撫でながら、俺は勝利の余韻を噛み締めるのだった。
――だが、この時の俺は不覚にも忘れていた。
この世界そっくりのVRRPG・Carnageには、しこりの残らない単純なハッピーエンドなんて存在しないってことを――
事情を聞き終えたアリシアが、恐れるような声でそう言った。
ちなみに、事情を説明してくれたのはグレゴール兄さんだ。
俺はテント内に備蓄した紅茶を淹れて全員に配り、自分でもそれを飲みながら戦いで昂ぶった気持ちを鎮めていた。
黒い魔剣と同じく、この紅茶もセーブ&ロードの合間に城の同じ場所から何度も重複して回収した。
他にも城にあっためぼしいアイテムは城の探索を兼ねて回収し、テント内のアイテム保管庫にしまってある。
アイテム保管庫は同種のアイテムを1スタック99個まで入れられるが、黒い魔剣だけは99個を超えて回収し、入りきらない分をテントの端にまとめている。
なぜかといえば、ソードウィップへの打ち直しが難航したからだ。
Carnageにおける武器は、グレードをひとつ落とすことで他の武器種に打ち直すことができる。
それは以前にも説明した通りだが、この「打ち直し」は無条件で成功するわけじゃない。
Carnageのアイテム製作システムはかなりシンプルで、「クラフト」の習熟度だけで成功判定が行われる。
他のゲームでは、鍛治、錬金、彫金、裁縫、木工⋯⋯などと細分化されていることが多いようなのだが、Carnageはすべてまとめて「クラフト」という技能として抽象化されている。
重厚な世界観とストーリーがウリのCarnageは、アイテム制作のシステムにはあまり予算をかけないことにしたらしい。
だが、結果としてシンプルでわかりやすい製作システムになっているという評価もプレイヤーの中にはあったようだ。
たとえば、鉄鉱石3つをクラフト台に載せてクラフトすると、ものの数秒でショートソードが出来上がる。
これは、王子としての俺の記憶からすると、すさまじく違和感のある光景だ。
この世界でも、ショートソードを作るには、鍛治師が鉄を熱し、ハンマーで叩くというまっとうなプロセスを経る必要がある。
俺は「クラフト台」なんてものをこのテント以外で見たことがないし、そんな話を聞いたこともない。
それを「シンプルでわかりやすい製作システム」の一言で済まされては、俺の中の現実感覚がおかしくなりそうだ。
とはいえ、この仕様が俺にとっても有り難かったのは言うまでもない。
俺は必要なスキルを習得するかたわら黒い魔剣(デモンズブレイド)を回収し、クラフト台に載せて「クラフト」した。
この「クラフト」というのは奇妙な感覚だ。
魔法を使うときと同じように、自分の中でイマジネーションを膨らませ、気合いと想像力で素材を変形させるのだ。
最初はグレード3のデモンズブレイドはうんともすんとも言わなかった。
しかたなく俺はありふれた武器や防具を拾い集め、それをクラフトで素材に分解しては適当な武器にクラフトし直すという作業を繰り返した。
どのくらい時間を費やしたかは今となってはわからないが、デモンズブレイドの打ち直しが可能になるまでに体感で何ヶ月もの時間がかかったはずだ。
打ち直しが可能になっても、打ち直しが無事に成功するとは限らない。
最初はまったく成功せず、ソードウィップになり損ねたデモンズブレイドは「魔鉄」や「クズ鉄」になってしまった。
ソードウィップへの打ち直しが初めて成功するのにさらに数ヶ月。
その初めてできたソードウィップも、激しく傷んだ劣等品だった。
実戦投入できる品質のソードウィップができるまでには、そこからさらに時間がかかったのだ。
「あんまり苦労話はしたくないけど、正直めちゃくちゃ大変だった⋯⋯」
戦いのほうも、必要なスキルを揃えながら、最初はエスメラルダ以外の敵兵を相手に修行を重ね、ある程度強くなったところで、エスメラルダとの戦いに切り替えた。
エスメラルダとの戦いは、ソードウィップが作れるようになる前からやっている。
今日の今日まで(最初からずっと「今日」なのだが)エスメラルダには一度も勝てたことがなかった。
今でも、ソードウィップなしで戦えば負けるだろう。
さっきは敵兵が素直に従ってくれたからよかったが、もし戦うことになっていたら、あの数のエルフ・エリート兵をまとめて相手にできる自信はない。
敵兵が俺に大人しく従ったのは、俺がエスメラルダを叩きのめす過程が圧倒的に映ったからだろう。
もちろん俺も血の滲むような努力をしたのだが、そもそもの戦法を編み出したのは「ショコラ」さんだ。
この世界ではありえないような高度で計算され尽くした戦法が、敵兵を恐れさせたのだと俺は思う。
俺が最初に「ショコラ」さんの記憶にある動画を見たときと同じだ。
何事であれ、極限まで洗練されたものを見せられると、人はそこに込められた計り知れないエネルギーにおそれを抱くものだからな。
グレゴール兄さんが、俺の出した種をかじりながら言う。
「本当に大したものだよ、ユリウス。生半可な覚悟でできることじゃない。僕でも逃げ出していたかもしれないね」
「ぐすっ⋯⋯本当です。お兄様はどれほどの苦難、どれほどの孤独を耐え忍んでこられたのでしょうか⋯⋯。お兄様はその気になれば一人で逃げ出すこともできたというのに⋯⋯。本当に、本当にありがとうございます⋯⋯」
「や、やめてくれよ。俺がやりたくてやったことだ」
俺は頬をかきながら顔を逸らす。
実際、逃げ出したいと思ったことがないわけじゃない。
一度逃げ出して、外で力を蓄えてから、改めてスロット1をロードするという選択肢もあった。
そっちのほうが合理的な判断かもしれない。
でも、俺の気持ちがそれを許さなかった。
なんとしてでもエスメラルダを倒す。
そうしなければ俺は一歩も前に進めない。
他人から見れば視野狭窄と映るかもしれないが、俺にはそうとしか思えなかった。
もし、一度でも逃げ出すことを選んでいたら、俺はその後ここに戻ってくることができただろうか?
外に出たことで頭が冷え、エスメラルダに対する恐怖も相まって、これはしかたがないことだったんだと自分を騙すことになったんじゃないか?
そんな惰弱を自分に許さないためにも、俺はエスメラルダを倒すまでは、絶対にこの城から脱出しないと決めていた。
もし外に出たほうが効率がいいのだとしてもーーそれではダメなのだ。
どれほど効率が悪かろうと、俺はこの場にしがみつくことが必要だった。
黒い魔剣を回収するたびに、両親のむざんな死体に胸を痛め。
敵兵から逃げ惑うグレゴール兄さんの恐怖を思い。
エスメラルダを毅然と問いただしたアリシアの勇気を思い出し。
決して敵わない相手に死闘を繰り広げたノエルの覚悟に奮い立つ。
最初にセーブする前に敵の矢に斃れたアイザックや、それより前に死んでしまった騎士たちの無念、俺を逃すために残ったブレヒトの忠義もまた、挫けそうになる俺の心を支えてくれた。
みんなが、支えてくれたのだ。
生き延びたものも、死んだものもいる。
セーブ&ロードで正史にならなかった場面もある。
そのすべての思いを、なかったことにはしたくなかったのだ。
「うぅぅっ、ありがとうございます、お兄様ぁっ」
「そんなに泣くなよ、おおげさだなぁ」
俺にすがりついて泣くアリシアの銀色の髪を撫でながら、俺は勝利の余韻を噛み締めるのだった。
――だが、この時の俺は不覚にも忘れていた。
この世界そっくりのVRRPG・Carnageには、しこりの残らない単純なハッピーエンドなんて存在しないってことを――
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