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第19話 王子はプレイヤーの記憶を取り戻す
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サムネイルには、赤と黄色の袋文字が踊っていた。
『トラウマ粉砕! ドSメラルダを2分11秒49でボコボコにします! 「未来視の魔眼(笑笑笑)」には意外にも○○○○○○○が超有効!?【エーデルワイス編】』
「……は?」
ノエルの死闘にはあまりにもふさわしくないタイトルに、俺は間の抜けた声を漏らす。
だが、「それ」が必要な情報であることは確信できた。
記憶の中の俺の手がマウスを動かし、再生ボタンをクリックする。
画面の中央、少し離れた場所に、エスメラルダが映っていた。
ノエルと戦っている「現実」のエスメラルダじゃない。
Carnageのゲーム内のエスメラルダだ。
そして、プレイヤーキャラクターがその手前に立っている。
二十歳くらいの金髪縦ロールの貴族令嬢然とした、息を呑むほどの美女。
プレイヤーが主人公として選択可能なキャラクターの一人、「エーデルワイス」だ。
最弱主人公として名高いエーデルワイスは、右手にソードウィップを持っていた。
鞭形態のソードウィップを、プレイヤーは片手で縄跳びのように振り回している。
まるで手持ち無沙汰だから遊んでいるような――いや、実際にその通りなんだろう。
エーデルワイスはエスメラルダから一定距離を置いた地点に立っている。
そこより少しでも近づくと、エスメラルダとの戦闘が始まるギリギリのラインだ。
エーデルワイスがこちらを向き、にっこり笑って話を始める。
『みなさんこんにちは。ショコラです。今日は、エスメラルダの攻略のほう、やっていきたいと思います! 参考になりましたら、高評価、チャンネル登録よろしくおねがいしますね!』
エーデルワイスがスカートをつまんで淑女の礼をする。
エーデルワイスの声は、ゲーム内のキャラクターボイスとはちがっていた。
同じく女性の声だが、やや線の細い、しかし、かなり通りのいい声である。
おそらくは、プレイヤー自身の声なのだろう。
もっとも、地球では声をコンピューターで変換するくらいのことは簡単だ。
音声入力して文字に起こしたテキストを、テキスト読み上げソフトに代読させる……といった、手の込んだこともできるらしい。
だから、この声が本当にプレイヤーの生の声なのかはわからない。
敵に背を向け「前説」するエーデルワイスを、ゲームの中のエスメラルダは、体重を預ける足をたまに変えながら、何をするでもなく待っている。
「現実」では異常な光景だが、Carnageでは日常だ。
『エスメラルダ、強いですよね! 斬打射三属性のソードウィップ! 魔法による攻撃と防御! 「未来視の魔眼」による予測回避! 隙のない強さで、まさに中盤の関門、中級者キラーといった相手です! みんな苦労させられたと思うんですけど、わたしが独自に考案したやり方で世界記録を出せたので紹介します! 「未来視の魔眼」のタネさえわかればそんなに難しくないので、ぜひ試してみてくださいね! まずは――』
実に軽い、親しみやすい口調で、エーデルワイスが解説を始めた。
その明るい口ぶりに激しい違和感を覚えたが、語りが進むうちに、そのあまりの内容に全身に鳥肌が立っていた。
「や、ば……マジ、かよ」
『言葉だけだとわかりにくいので実演しながら解説しますね! 記録出した時のアーカイブは概要欄に貼っておきます! 併せてご覧いただければさいわいです!』
エーデルワイス――いや、それを操る「ショコラ」が、エスメラルダへと一歩を踏み出した――
「……すげえ」
すべてを見終えた俺の声はかすれていた。
Carnageは、ただのゲームのはずだ。
ゲーム――この世界でいえば、将棋のような遊戯の延長だ。
そのただのゲームに、おそろしいほどの時間とエネルギーをかけて、プレイヤーたちはすべての疑問を解き明かしていた。
その解答は地球の技術的な知識を前提にしてるせいで俺にとっては難解だったが、この動画を見たことで、すべての情報が整理された。
「ショコラ」さんが編み出した方法を実行するにはいくつもの準備が必要だが、さいわいなことにトラキリア城内にあるものとテント設備を使えばなんとかなりそうだ。
「これなら、勝てる可能性がぐっと上がる……!」
俺は、全身から血を流しながらエスメラルダと戦っているノエルに叫ぶ。
「――ノエル! 必要なことはすべてわかった! もう十分だ!」
その声を聞いたノエルが、エスメラルダから大きく跳びのいた。
「何っ!?」
虚を突かれたエスメラルダが追撃できないでいるうちに、ノエルは反転し、急加速した。
目標は、縛られたアリシアを拘束している敵兵だ。
「なっ……!」
「――死ねっ!」
ノエルが投げ放った戦斧が、その敵兵の頭を肉塊に変えた。
ノエルは縛られたままのアリシアをもぎ取ると、今度は俺のほうへ向かってくる。
「このっ!?」
俺を拘束していた敵兵が、俺を地面に転がして、手にした剣を振りかぶる。
ノエルはそれを肩で受けた。
ノエルはそのまま敵兵につっこみ、アリシアごと俺に倒れ込むように迫ってくる。
俺とアリシア、ノエルがひとかたまりになってその場に倒れた。
隙だらけの完全な死に体だ。敵はこっちの意図が読めないだろう。
俺は血にまみれたノエルに言う。
「よくやってくれた、ノエル」
「アリシア様のためにやったことです」
「必ず仇を討つからな」
俺の言葉にノエルがうなずき目を閉じる。
縄で縛られたままのアリシアが言った。
「お兄様。『次』のわたしによろしく言ってくださいね」
「わかったよ」
俺はなるべく二人に身を寄せて、心のなかで「自爆」を使う!と強く念じた。
直後、俺の身体が爆発して――
GAME OVER
俺はタイトル画面に戻された。
†
「ノエル……ありがとう。おまえのおかげで目が覚めた」
血色のタイトルロゴが涙に滲む。
セーブ&ロードをすれば、アリシアとノエルの犠牲はなかったことになる。
だが、あの状況でノエルが見せてくれた献身がなければ、俺は答えにたどり着けなかったはずだ。
俺は何度も深呼吸を繰り返し、やっとのことで気持ちを落ち着ける。
「……さて、準備をしないとな」
ここからは、俺の孤独な戦いだ。
†
俺は、スロット1のセーブデータから再開する。
「人間に生まれたことを呪――」
「……黙れ」
俺は手にしたソードウィップを振るって、追っ手の首を刎ね飛ばす。
最初の敵兵のあとから通路を抜けてこようとしていた残りの敵兵には、「フレイムストーム」をお見舞いする。
狭い通路に範囲魔法を撃たれ、敵は炎の中で悶えて死んだ。
……これだけのことができるようになるまでに、俺は何回やり直したことだろう。
やり直した回数など、いちいち数えてはいなかった。
タイトル画面やテントでは時間が経過しないため、スロット1から再開すれば、「現実」の時間は常に「942年双子座の月4日 05:03」のままだ。
俺がどれくらいの「時間」、セーブ&ロードを繰り返したかを計測する客観的な方法は存在しない。
十回や二十回ならなんとなくでわかるが、百回を超えたはずのあたりから、時間の感覚が麻痺してきた。
200、300ではきかないはずだから、たぶん1000回は超えただろう。
3000、4000回ではない気がするから、おそらく10000回に達したはずだ。
そんな当て推量で振り返るくらいで、正確なところはわからない。
「ショコラ」さんの動画に示されていた戦法には、いくつもの前提条件を満たす必要がある。
必要な道具とスキルを揃えるだけでも、相当な回数の繰り返しが必要だった。
その後、エスメラルダを相手に「ショコラ」さんの戦法を試してみたが、もちろん一発でクリアできるはずもない。
「ショコラ」さんが使っていた「エーデルワイス」は、Carnageでは最弱の主人公キャラかもしれないが、それでも主人公の一人であることに変わりはない。
凡才の第三王子がそこに並ぶには、愚直に回数を重ね、スキルを育て、戦法を身に染み込ませる必要があった。
俺は追っ手を秒で屠ると、すぐにファストトラベルで謁見の間へと転移した。
この時点の謁見の間にはまだ敵兵がいる。
「……邪魔だ」
俺は剣のままのソードウィップで敵兵を片っ端から斬り伏せた。
謁見の間に入り、両親を貫く黒い剣を引き抜いた。
少し離れたところに転がっていた兜を持ち上げ、
「グレゴール兄さん。ひさしぶり」
「えっ、ええっ? ひ、ひさしぶりってどういうことだい? そ、それに、今の戦いは? ものすごい強さに見えたけど!?」
兜に隠れていたシマリスが、戸惑った声を上げた。
「話はこれからするよ」
「なんだか雰囲気が変わってるけど……本当にユリウスなのかい?」
「俺は俺だよ」
謁見の間下のセーブポイントからキャンプに入り、テント内でグレゴール兄さんに事情を説明する。
テントの中には、何度も重複して回収した黒い剣が山のように積み重なっている。
両親を殺した仇のような剣ではあるが、優秀な素材なので念のために集めている。
セーブデータ間進行状況引き継ぎバグは、「現実」ではテント内の物資にまで有効らしかった。
剣を回収してテントに放り込んだ上でロードし直すと、何本でも同じ剣を回収することができるのだ。
「ううむ……すさまじい話だ。ユリウス、君は大変な試練を引き受けたものだね」
「今さらだよ。もう何年も前のことのように思える。時間は一分たりとも経ってないのにね」
「ユリウス……。僕は君のことを兄として誇りに思うよ。君の作戦に僕も協力しよう」
「ありがとう、兄さん」
実は、この会話も何度目になるかわからない。
あまりに説明を繰り返したせいで、動画の「ショコラ」さん並みにわかりやすい解説になってるかもしれない。
グレゴール兄さんが質問することもすべてわかってるので、先回りで説明することができるのだ。
俺は念のためにテントでひと眠りすると、テントを出て、セーブポイントに手をかざす。
【セーブ】
・
・
スロット19:
ユリウス・ヴィスト・トラキリア
トラキリア城・地下隠し通路入口(北)
942年双子座の月4日 05:09
「エスメラルダ戦準備完了」
・
・
・
これで、準備はすべて整った。
「さあ、行こうか」
俺はファストトラベルで星見の尖塔へと転移する。
『トラウマ粉砕! ドSメラルダを2分11秒49でボコボコにします! 「未来視の魔眼(笑笑笑)」には意外にも○○○○○○○が超有効!?【エーデルワイス編】』
「……は?」
ノエルの死闘にはあまりにもふさわしくないタイトルに、俺は間の抜けた声を漏らす。
だが、「それ」が必要な情報であることは確信できた。
記憶の中の俺の手がマウスを動かし、再生ボタンをクリックする。
画面の中央、少し離れた場所に、エスメラルダが映っていた。
ノエルと戦っている「現実」のエスメラルダじゃない。
Carnageのゲーム内のエスメラルダだ。
そして、プレイヤーキャラクターがその手前に立っている。
二十歳くらいの金髪縦ロールの貴族令嬢然とした、息を呑むほどの美女。
プレイヤーが主人公として選択可能なキャラクターの一人、「エーデルワイス」だ。
最弱主人公として名高いエーデルワイスは、右手にソードウィップを持っていた。
鞭形態のソードウィップを、プレイヤーは片手で縄跳びのように振り回している。
まるで手持ち無沙汰だから遊んでいるような――いや、実際にその通りなんだろう。
エーデルワイスはエスメラルダから一定距離を置いた地点に立っている。
そこより少しでも近づくと、エスメラルダとの戦闘が始まるギリギリのラインだ。
エーデルワイスがこちらを向き、にっこり笑って話を始める。
『みなさんこんにちは。ショコラです。今日は、エスメラルダの攻略のほう、やっていきたいと思います! 参考になりましたら、高評価、チャンネル登録よろしくおねがいしますね!』
エーデルワイスがスカートをつまんで淑女の礼をする。
エーデルワイスの声は、ゲーム内のキャラクターボイスとはちがっていた。
同じく女性の声だが、やや線の細い、しかし、かなり通りのいい声である。
おそらくは、プレイヤー自身の声なのだろう。
もっとも、地球では声をコンピューターで変換するくらいのことは簡単だ。
音声入力して文字に起こしたテキストを、テキスト読み上げソフトに代読させる……といった、手の込んだこともできるらしい。
だから、この声が本当にプレイヤーの生の声なのかはわからない。
敵に背を向け「前説」するエーデルワイスを、ゲームの中のエスメラルダは、体重を預ける足をたまに変えながら、何をするでもなく待っている。
「現実」では異常な光景だが、Carnageでは日常だ。
『エスメラルダ、強いですよね! 斬打射三属性のソードウィップ! 魔法による攻撃と防御! 「未来視の魔眼」による予測回避! 隙のない強さで、まさに中盤の関門、中級者キラーといった相手です! みんな苦労させられたと思うんですけど、わたしが独自に考案したやり方で世界記録を出せたので紹介します! 「未来視の魔眼」のタネさえわかればそんなに難しくないので、ぜひ試してみてくださいね! まずは――』
実に軽い、親しみやすい口調で、エーデルワイスが解説を始めた。
その明るい口ぶりに激しい違和感を覚えたが、語りが進むうちに、そのあまりの内容に全身に鳥肌が立っていた。
「や、ば……マジ、かよ」
『言葉だけだとわかりにくいので実演しながら解説しますね! 記録出した時のアーカイブは概要欄に貼っておきます! 併せてご覧いただければさいわいです!』
エーデルワイス――いや、それを操る「ショコラ」が、エスメラルダへと一歩を踏み出した――
「……すげえ」
すべてを見終えた俺の声はかすれていた。
Carnageは、ただのゲームのはずだ。
ゲーム――この世界でいえば、将棋のような遊戯の延長だ。
そのただのゲームに、おそろしいほどの時間とエネルギーをかけて、プレイヤーたちはすべての疑問を解き明かしていた。
その解答は地球の技術的な知識を前提にしてるせいで俺にとっては難解だったが、この動画を見たことで、すべての情報が整理された。
「ショコラ」さんが編み出した方法を実行するにはいくつもの準備が必要だが、さいわいなことにトラキリア城内にあるものとテント設備を使えばなんとかなりそうだ。
「これなら、勝てる可能性がぐっと上がる……!」
俺は、全身から血を流しながらエスメラルダと戦っているノエルに叫ぶ。
「――ノエル! 必要なことはすべてわかった! もう十分だ!」
その声を聞いたノエルが、エスメラルダから大きく跳びのいた。
「何っ!?」
虚を突かれたエスメラルダが追撃できないでいるうちに、ノエルは反転し、急加速した。
目標は、縛られたアリシアを拘束している敵兵だ。
「なっ……!」
「――死ねっ!」
ノエルが投げ放った戦斧が、その敵兵の頭を肉塊に変えた。
ノエルは縛られたままのアリシアをもぎ取ると、今度は俺のほうへ向かってくる。
「このっ!?」
俺を拘束していた敵兵が、俺を地面に転がして、手にした剣を振りかぶる。
ノエルはそれを肩で受けた。
ノエルはそのまま敵兵につっこみ、アリシアごと俺に倒れ込むように迫ってくる。
俺とアリシア、ノエルがひとかたまりになってその場に倒れた。
隙だらけの完全な死に体だ。敵はこっちの意図が読めないだろう。
俺は血にまみれたノエルに言う。
「よくやってくれた、ノエル」
「アリシア様のためにやったことです」
「必ず仇を討つからな」
俺の言葉にノエルがうなずき目を閉じる。
縄で縛られたままのアリシアが言った。
「お兄様。『次』のわたしによろしく言ってくださいね」
「わかったよ」
俺はなるべく二人に身を寄せて、心のなかで「自爆」を使う!と強く念じた。
直後、俺の身体が爆発して――
GAME OVER
俺はタイトル画面に戻された。
†
「ノエル……ありがとう。おまえのおかげで目が覚めた」
血色のタイトルロゴが涙に滲む。
セーブ&ロードをすれば、アリシアとノエルの犠牲はなかったことになる。
だが、あの状況でノエルが見せてくれた献身がなければ、俺は答えにたどり着けなかったはずだ。
俺は何度も深呼吸を繰り返し、やっとのことで気持ちを落ち着ける。
「……さて、準備をしないとな」
ここからは、俺の孤独な戦いだ。
†
俺は、スロット1のセーブデータから再開する。
「人間に生まれたことを呪――」
「……黙れ」
俺は手にしたソードウィップを振るって、追っ手の首を刎ね飛ばす。
最初の敵兵のあとから通路を抜けてこようとしていた残りの敵兵には、「フレイムストーム」をお見舞いする。
狭い通路に範囲魔法を撃たれ、敵は炎の中で悶えて死んだ。
……これだけのことができるようになるまでに、俺は何回やり直したことだろう。
やり直した回数など、いちいち数えてはいなかった。
タイトル画面やテントでは時間が経過しないため、スロット1から再開すれば、「現実」の時間は常に「942年双子座の月4日 05:03」のままだ。
俺がどれくらいの「時間」、セーブ&ロードを繰り返したかを計測する客観的な方法は存在しない。
十回や二十回ならなんとなくでわかるが、百回を超えたはずのあたりから、時間の感覚が麻痺してきた。
200、300ではきかないはずだから、たぶん1000回は超えただろう。
3000、4000回ではない気がするから、おそらく10000回に達したはずだ。
そんな当て推量で振り返るくらいで、正確なところはわからない。
「ショコラ」さんの動画に示されていた戦法には、いくつもの前提条件を満たす必要がある。
必要な道具とスキルを揃えるだけでも、相当な回数の繰り返しが必要だった。
その後、エスメラルダを相手に「ショコラ」さんの戦法を試してみたが、もちろん一発でクリアできるはずもない。
「ショコラ」さんが使っていた「エーデルワイス」は、Carnageでは最弱の主人公キャラかもしれないが、それでも主人公の一人であることに変わりはない。
凡才の第三王子がそこに並ぶには、愚直に回数を重ね、スキルを育て、戦法を身に染み込ませる必要があった。
俺は追っ手を秒で屠ると、すぐにファストトラベルで謁見の間へと転移した。
この時点の謁見の間にはまだ敵兵がいる。
「……邪魔だ」
俺は剣のままのソードウィップで敵兵を片っ端から斬り伏せた。
謁見の間に入り、両親を貫く黒い剣を引き抜いた。
少し離れたところに転がっていた兜を持ち上げ、
「グレゴール兄さん。ひさしぶり」
「えっ、ええっ? ひ、ひさしぶりってどういうことだい? そ、それに、今の戦いは? ものすごい強さに見えたけど!?」
兜に隠れていたシマリスが、戸惑った声を上げた。
「話はこれからするよ」
「なんだか雰囲気が変わってるけど……本当にユリウスなのかい?」
「俺は俺だよ」
謁見の間下のセーブポイントからキャンプに入り、テント内でグレゴール兄さんに事情を説明する。
テントの中には、何度も重複して回収した黒い剣が山のように積み重なっている。
両親を殺した仇のような剣ではあるが、優秀な素材なので念のために集めている。
セーブデータ間進行状況引き継ぎバグは、「現実」ではテント内の物資にまで有効らしかった。
剣を回収してテントに放り込んだ上でロードし直すと、何本でも同じ剣を回収することができるのだ。
「ううむ……すさまじい話だ。ユリウス、君は大変な試練を引き受けたものだね」
「今さらだよ。もう何年も前のことのように思える。時間は一分たりとも経ってないのにね」
「ユリウス……。僕は君のことを兄として誇りに思うよ。君の作戦に僕も協力しよう」
「ありがとう、兄さん」
実は、この会話も何度目になるかわからない。
あまりに説明を繰り返したせいで、動画の「ショコラ」さん並みにわかりやすい解説になってるかもしれない。
グレゴール兄さんが質問することもすべてわかってるので、先回りで説明することができるのだ。
俺は念のためにテントでひと眠りすると、テントを出て、セーブポイントに手をかざす。
【セーブ】
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スロット19:
ユリウス・ヴィスト・トラキリア
トラキリア城・地下隠し通路入口(北)
942年双子座の月4日 05:09
「エスメラルダ戦準備完了」
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これで、準備はすべて整った。
「さあ、行こうか」
俺はファストトラベルで星見の尖塔へと転移する。
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