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第18話 王子はノエルの死闘に奮起する

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「ではーー推して参る!」

ノエルが気合いとともに踏み込んだ。

たった一歩。

それだけで、巨大な戦斧せんぷを振りかぶったノエルの姿がかき消えた。

次の瞬間、ノエルの戦斧が、ギロチンのように振り下ろされる。

普通なら反応もできずに真っ二つーーいや、ただの肉塊二つとなって死んでいる。

しかし、斧が振り下ろされた時には、エスメラルダはその側面に回り込んでいた。

斧を見てから反応したんじゃない。

斧がそこに来るとて、その範囲からあらかじめ逃れたのだ。

「ミノタウロスのような怪力だな。だが、当たらなければ意味はないぞ」

剣のままのソードウィップをノエルの喉もとに押し当て、エスメラルダが言った。

「うぐっ!? は、早い!」

「死にたくなければ本気を出せ」

エスメラルダが剣を引くと、ノエルの喉もとから血が溢れる。

「ノエル!」

アリシアが悲鳴を上げるが、

「だ、大丈夫です!」

ノエルは慌てて飛びのきながらそう言った。

「当たりまえだ。死ぬような傷は負わせていない。力の差をわからせる必要があるのでな」

エスメラルダの言う通り、ノエルの出血は多くない。

拷問が趣味のエスメラルダはどこまでやったら人が死ぬかを知り尽くしてる。

俺が前回自分の身で味合わされた通りにな。

ノエルは、斧を構えつつ、俺に一瞬だけ視線を送ってきた。

一瞬だが、それだけに力のこもった、真剣な一瞥だ。

エスメラルダが自分をなぶる気ならそれでいいーー自分の戦いから、エスメラルダと戦うためのヒントを是が非でも見つけろ。そのヒントを生かして、絶対にアリシアのことを救い出せ!

ノエルは、この回で自分が死ぬことについては承知している。

それは、アリシアもだ。

次以降の回では生き残れるかもしれないと言われたところで彼女たちにとっては意味がない。

「次」へ意識を引き継げない彼女らからすれば、今回の死こそが自分の死だ。

ノエルは、ここを自分の死に場所と定めたのだ。

「はああああっ!」

ノエルの戦斧は、エスメラルダにかすりもしなかった。

エスメラルダの魔眼は、「未来視の魔眼」だと言われている。

といっても、そう言ってるのは本人だけだ。

だが、実際に一瞬先が見えてるとしか思えないようなギリギリの回避をエスメラルダは続けている。

重い一撃をかわされ隙をさらしたノエルに、エスメラルダがソードウィップで斬りつける。

その攻撃を見ているうちに、混沌としていたゲーム知識が、ようやく理解可能な形に整理されてきた。

剣であり鞭でもあるソードウィップの攻撃は、斬撃でもり、打撃でもあり、射撃に近い特性をも持っている。

地球でも熟練者の扱う鞭の先端は音速を超えると言われているが、スキルの補正の働くこの世界ではそれ以上だ。

撃ち出された鞭の先端は、ほとんど銃弾と変わりない。

Carnageでは、物理攻撃は「斬撃」「打撃」「射撃」に分類される。

武器の攻撃はすべて、このいずれかの属性を持つことになっている。

ノエルの巨大な戦斧は基本的には斬撃武器だが、一部のスキルを使う時には「打撃」の属性も乗ってるはずだ。

武器を極めることで、本来の攻撃属性とは異なる属性の攻撃が出せるようになるということだ。

基本的なスキルの知識すら知られてないこの世界で、自力の鍛錬のみでそこまで行き着いたノエルは、トラキリア屈指の単体戦力だと言っていい。

しかし、その攻撃がすべてかわされる。

かわされたあとに飛んでくるのはソードウィップだ。

鞭についた刃が、ノエルの頬をざっくりと裂いた。

「ノエル!」

アリシアが悲鳴を上げる。

「くっ⋯⋯どうして。剣なのにまるで見切れない」

ノエルが眉根を寄せてつぶやいた。

「どうせ死ぬのだ、教えてやろう。この剣は特殊な武器でな。剣であると同時に、鞭でもある。剣ならば斬撃、鞭ならば打撃。さらに、剣は極めれば打撃に通じ、鞭は極めれば射撃に通ずる。わたしの操るソードウィップは、斬撃・打撃・射撃いずれの特性も持っている。貴様が斬撃を見切る目を持っていたとしても、打撃や射撃までは見切れまい」

「なっ⋯⋯! そ、そんなことが!?」

「天賦の才と血の滲むような修練の賜物だ。貴様には一生手の届かぬ境地だろう。
 しかも、わたしは今一切の魔法を使っていない。マクシミリアンには魔法が効かぬというからな。その条件でなければ余興にならぬ。
 どうだ、わたしとの力の差を思い知ったか?」

「くっ⋯⋯まさかこれほどとは⋯⋯」

ノエルの台詞は本心だろう。

見切り、については説明が必要だろう。

俺は「矢かわし」のスキルを既に持っているが、これは射撃属性の武器の中の、弓のみに特化した回避スキルだ。

弓の特性を踏まえた軌道予測に頼ったスキルなので、投石や銃撃などの弓でない射撃攻撃には効果が薄い。

ノエルもまた、経験から斬撃をかわすための見切りスキルを覚えていたようだ。

ゲーム知識からすると、「白刃かわし」か、その上位スキルである「斬撃見切り」だろう。
さすがに「白刃取り」ということはないはずだ。

しかし、それらのスキルはあくまでも「斬撃」属性の武器に特化したものだ。
「白刃かわし」なら、さらに剣のみに特化している。

この世界でもやはり扱いやすいのは剣とされていて、あらゆる武器種の中で剣がもっとも使われている。
とくに人間のあいだでは、剣は兵士の標準装備といっていい。

それだけに、「白刃かわし」は武芸の修練を積んでいれば比較的習得しやすい部類のスキルである。

もちろん、それはあくまでも「比較的」であって、スキルの存在自体が知られていないこの世界では、才能のある剣士が修練の果てにようやく身につけられるかどうかといったところのはずだ。

それを若くして習得しているノエルは、この世界の基準では十分に一流の戦士だといえる。

だが、そのノエルであっても、「打撃」「射撃」への見切りを兼ね備えて持っているわけではない。

斬撃・打撃・射撃の三属性を持つエスメラルダのソードウィップは、この世界の住人にとっては回避の困難な攻撃なのだ。

いや、Carnageのプレイヤーであっても、三属性への見切りをすべて取っている者は限られる。

だからこそ、初期条件が圧倒的に有利なはずのプレイヤーですら、エスメラルダには苦戦を強いられるのだ。

「どうした!? それでは永遠に当たらんぞ!」

エスメラルダが鞭状態に伸ばしたソードウィップを振り回す。

俺の目にはもうソードウィップの動きは見えなかった。

ただ、風切り音がするたびに、ノエルの身体のあちこちから血がしぶくのがわかるだけだ。

「ぐううっ!」

「ただ耐えるだけか、斧使いッ!」

「なんの……これしき!」

ノエルは戦斧を盾のように構え、刃をエスメラルダに向けて突進する。

エスメラルダはすかさず飛び退くと、地を這うようにソードウィップを走らせた。

「うあっ!?」

ソードウィップに足を払われたノエルが地面を転がる。

「そらそらァッ! 負けを認めろ、斧女っ!」

倒れたノエルに再び鞭の連撃が襲いかかる。

「くそっ」

俺は低くつぶやいた。

俺は焦っていた。

ソードウィップが斬撃・打撃・射撃の三属性複合攻撃だってことはわかった。

だが、それだけではソードウィップが厄介だという最初から知ってたことを確認しただけにすぎない。

俺は、どうにかしてこのソードウィップを破らなければならないのだ。

そのためのヒントを掴まなければ、ノエルの命をかけた戦いが無駄になる。

いや、それだけじゃない。

ソードウィップはエスメラルダの強さの一端でしかないのだ。

エスメラルダはこの上に魔法も使ってくる。

むしろ、ソードウィップは、魔法で仕留める流れを作るための前座のようなものだ。

俺は血がにじむほどに唇を噛み締め、ノエルの戦いを脳裏に刻みつけようとする。

しかし、それと同時に気づいていた。

――これだけでは、足りない。

たしかに、ゲームの知識は徐々に整理されつつある。

だが、結局のところ、最後には誰かがエスメラルダを倒す必要があるだろう。

倒さずにアリシアを抱えて逃げるということももちろん考えた。

しかし、敵わないと知りながらもエスメラルダに立ち向かうノエルを見て、俺の考えは大きく揺らいだ。

ノエルは、情報を引き出すだけではなく、おのれの手でエスメラルダを倒そうとしている。

国王と王妃を殺し、前回アリシアを殺したエスメラルダを憎み、絶対に許しはしないと決めている。

その覚悟に、俺は打たれた。

――エスメラルダを倒すのに、何千時間、何万時間かかるかわからない。

それはたしかに事実だ。

俺のような人間に、そんな苦行を乗り切る力があるとも思えない。

だが、それでも。

やり続ければ、勝てるのだ。

それなのに、できることをやらないで、ノエルが一つしかない命をかけて戦うのをただ見ている俺はなんなのか?

クズだ。

クソだ。

剣の才も魔術の素養もない第三王子。

百歩譲って、それはしかたがないとしよう。

そのように生まれついたのは俺のせいじゃないのだから。

だが、才能がなかろうが素養がなかろうが、絶対に許してはならないことがあるのではないか?

そこで踏ん張ることができないのは、剣の才がないせいでも、魔術の素養がないせいでもない。

ただ、俺の心が弱いだけだ。

俺が、卑怯で惰弱なだけだ。

俺が、覚悟を決めきれてないだけだ。

グレゴール兄さんも、アリシアも、ノエルも。

みんな、一つしかない命を燃やして戦っている。

それを、やり直しがきくからと言って、へらへらと他人事のように見ている俺はなんだ?

俺は、そんな自分を許せるのか?

許せるわけがない。

「くっそが!」

俺は脳髄を振り絞る。

ヒントなどと甘いことは言わない。

必要なのはエスメラルダを「倒す」方法だ。

それも、ただのゲーム知識なんかじゃ役に立たない。

そんなのはただの情報であって、俺に戦う力を与えてくれるわけじゃない。

ゲーム知識で足りないなら、何が必要か?

何があれば、俺はこのクソ女を殺せるのか?

考えろ――頭を振り絞れ!

そこで、血まみれのノエルが吠えた。

「ぬ、おおおおおっ!」

ソードウィップをかいくぐり――いや、その多くを食らいながら、ノエルがエスメラルダに近づいた。

その場面を見て、俺の脳裏に映像が流れた。

ノエルではない――プレイヤーキャラクターの一人が、エスメラルダと戦っている映像だ。

正確には、プレイヤーキャラクターの姿を俯瞰できるのは右下にあるワイプ画面で、メイン画面はプレイヤーの主観視点を映している。

だが、肝心のその映像がぼやけて像を結ばない。

遠くにある見えそうで見えないものを見ようとする時のように、一瞬焦点があったかと思うと、すぐに像がぼやけてしまう。

「あと少し……!」

俺のつぶやきに答えるかのように、ノエルが大きく跳び上がる。

宙高くから全体重を戦斧に乗せて叩きつけるスキル――「パワースラッシュ」だ。

見ての通り隙の大きな技なのだが、エスメラルダは驚きのうめきを漏らすと、際どいところで後ろに下がる。

――が、「パワースラッシュ」が大地を砕き、吹き上がる土砂がエスメラルダに襲いかかった。

「小癪な――!」

エスメラルダが魔法で障壁を張った。

禁じ手にしていたはずの魔法を使ったのだ。

「未来視の魔眼」があるはずのエスメラルダが、モーションの大きな「パワースラッシュ」に戸惑った!

そう認識すると同時に、俺は・・ゲーミングチェアに座っていた。

首の後ろまであるハイバックの背もたれに身を預け、目の前にある大きなディスプレイを満足そうに眺めている。

ディスプレイにはパソコンのウェブブラウザが映っている。

ブラウザにはサムネイル画像にオーバーラップする形で赤い三角の再生ボタンが表示されていた。

俺の手がマウスを動かし、再生ボタンをクリックする。

動画が始まる前に一瞬表示されたサムネイルには、赤と黄色の大きな袋文字が踊っていた。


『トラウマ粉砕! ドSメラルダを2'11"49でボコボコにします! 「未来視の魔眼(笑笑笑)」には意外にも○○○○○○○が超有効!?【エーデルワイス編】』


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