22 / 28
22
しおりを挟む
昼休み、俺はいつもの屋上に行く。
鬱乃森は俺に気づくと、一瞥だけして目をそらす。
(なんか⋯⋯めっちゃキレてないか?)
朝の一件以来、今日の鬱乃森はずっとこうだ。
「どうしたの、ユージン、椿っち。ケンカでもした?」
俺のあとからやってきた柚木が言った。
「いや、心当たりがないんだ」
「そうね。べつにケンカしてるわけじゃないわ。単に、わたしが加美山君を見損なっただけで」
「なぁんだ、椿っちがユージンを見損なっただけかぁ。心配して損したよぉ!
⋯⋯って、それ大事だよ⁉︎ どうしちゃったのさ⁉︎」
柚木が渾身のノリツッコミを披露するが、鬱乃森はにこりともしなかった。
「ユージン、お姫様がおかんむりなんだけど⋯⋯なにかしたの? その、気持ちはわかるけど、相手は女の子なんだからむりやり迫ったりとかそういうことは⋯⋯」
「してねえよ! マジでわかんねえんだって!」
「じゃあ、いつからこうなったのさ。昨日はこんなじゃなかったよね?」
「ああ。今朝、絆スタンプのことで吉崎さんに話しかけられてーー」
「そういや、吉崎さんがはしゃいでたね。クラT作るとか。クラTって高かったっけ? あまり高いと節約しなきゃなんだけど」
「そんなにはしないと思うけどな。ーーほら、これくらいからあるみたいだし」
俺はスマホでTシャツ製作業者のサイトを開いてみせる。
「なんだ、それくらいで済むんだ。よかったよかった。
で、その話の時から椿っちが不機嫌、と」
柚木がしばし考えこむ。
「⋯⋯ひょっとして、ユージンがクラス一かわいい吉崎さんと話してたから嫉妬してーー」
「ーーそんなわけないでしょう!」
柚木のセリフの途中で、鬱乃森がキレた。
図星をつかれたから⋯⋯なんて甘い話じゃない。かなりガチなキレかただ。
「ち、ちょっと、椿っち。それじゃわかんないって」
柚木が困惑しながら鬱乃森をなだめる。
「⋯⋯はぁ。そうね⋯⋯」
鬱乃森はうなずくが、やはり、言いたくないらしい。
その様子を見て、俺はようやく気がついた。
「ひょっとして、誤解してないか?」
「誤解ですって?」
険のある声で鬱乃森が言った。
(今日初めて口を聞いてくれたな)
すこしホッとしながら俺は話す。
「吉崎さんの騒いでた件なんだけど⋯⋯」
俺はスタンプ作成から今朝へ至る経緯を鬱乃森に説明した。
「なるほど。そういうことだったの」
俺の釈明を聞き終え、鬱乃森が安堵したような声でそう言った。
「皮肉のつもりだったんだけどな。吉崎さんはああいう人だから字面通りに受け取ったらしい。で、クラT作るなんて言われたらいやとも言えないから、ああいうことになった」
べつに、クラTくらい、作りたければ作ればいい。
特別着たいとも思わないが、絶対に着たくないとも思わない。
制服と同じだ。
「まぁ、皮肉としてはいいセンを行ってるんじゃないかしら。吉崎さんが真に受けたことまで含めて、だけど」
鬱乃森が、いつもの調子に戻りつつ言った。
「なんか吉崎さんにうらみでもあるのか?」
「そういうわけではないけれど。個人的に、『絆』という言葉が好きじゃないだけよ」
「えっ」
鬱乃森の言葉に困惑する。
(じゃあ、俺はそれだけの理由でキレられてたの?)
さすがにむかっ腹が立ったが⋯⋯まぁ待て。話を聞こう。
「それにはどういういわれがあるんだよ?」
落ち着いてるつもりだったが、俺の言葉にはすこし不機嫌の色が混ざってた。
「絆っていうのは、本来家畜を繋いでおくための紐のことよ。転じて、人と人のつながりのことを指すようになった」
「なるほどな。もともとはよくない意味だったのか」
絆こそが人を束縛し、自由を奪う。
たしかに鬱乃森らしいシニカルな意見だ。
理由がそんなだったということに、怒るよりも力が抜けた。
「クラTというのも気に入らないわ」
「ええっと、そっちはなんで?」
今度は柚木が聞く。
「くだらないもの。同じ服を着なければ一体感が得られないの? 着たくない人にもそれを強制しないとクラスがひとつになったと思えないの? 吉崎さんの口にする『絆』は、その程度のものなのかしら。そんなのは独善よ」
「まぁ、クラスの主流派じゃない俺が作ったものだから使えるって言ってたもんな」
うがった見方をすれば、非主流派である俺を出汁にして、クラスをまとめようとしてるともいえる。
「⋯⋯それも気に入らないわ。あなたの、そのへらへらした態度が」
「えっ、俺か?」
俺はおもわず自分を指さした。
柚木が、おや、という顔で、いたずらっぽく俺を見てくるが⋯⋯その意味はなんだ?
首を傾げてるあいだに、鬱乃森が言う。
「いずれにせよ、わたしはクラTなんて着ないわよ」
「そっか。クラスで作るとなると、さすがに鬱乃森にも話が行きかねないな」
集金も、LIME上でやろうと思えばできるのだが、高校生同士のデジタル決済は、多くの学校で禁止されてる。もちろん、俺たちの高校でも。
「吉崎さんが集金だの、Tシャツの配布だので動き回ることになるのか⋯⋯」
俺は、あんなスタンプを作ったことを後悔した。
調子に乗ってグルチャに動画まで上げてしまったこともだ。
その日の昼休みは、俺も鬱乃森も柚木も言葉少なになり、話が弾まないまま終わってしまった。
そして、その数日後。
集金のためにおそるおそる鬱乃森に話しかけた吉崎さんに、鬱乃森ははっきりと言った。
「ーーわたしはクラスTシャツはいらないわ」
と。
食い下がる吉崎さんと、それをはねつける鬱乃森の「口論」は、心ない誰かが撮影した動画となってグルチャへと上げられた。
たちまちのうちに、クラス中を巻きこんだ大炎上が始まった。
鬱乃森は俺に気づくと、一瞥だけして目をそらす。
(なんか⋯⋯めっちゃキレてないか?)
朝の一件以来、今日の鬱乃森はずっとこうだ。
「どうしたの、ユージン、椿っち。ケンカでもした?」
俺のあとからやってきた柚木が言った。
「いや、心当たりがないんだ」
「そうね。べつにケンカしてるわけじゃないわ。単に、わたしが加美山君を見損なっただけで」
「なぁんだ、椿っちがユージンを見損なっただけかぁ。心配して損したよぉ!
⋯⋯って、それ大事だよ⁉︎ どうしちゃったのさ⁉︎」
柚木が渾身のノリツッコミを披露するが、鬱乃森はにこりともしなかった。
「ユージン、お姫様がおかんむりなんだけど⋯⋯なにかしたの? その、気持ちはわかるけど、相手は女の子なんだからむりやり迫ったりとかそういうことは⋯⋯」
「してねえよ! マジでわかんねえんだって!」
「じゃあ、いつからこうなったのさ。昨日はこんなじゃなかったよね?」
「ああ。今朝、絆スタンプのことで吉崎さんに話しかけられてーー」
「そういや、吉崎さんがはしゃいでたね。クラT作るとか。クラTって高かったっけ? あまり高いと節約しなきゃなんだけど」
「そんなにはしないと思うけどな。ーーほら、これくらいからあるみたいだし」
俺はスマホでTシャツ製作業者のサイトを開いてみせる。
「なんだ、それくらいで済むんだ。よかったよかった。
で、その話の時から椿っちが不機嫌、と」
柚木がしばし考えこむ。
「⋯⋯ひょっとして、ユージンがクラス一かわいい吉崎さんと話してたから嫉妬してーー」
「ーーそんなわけないでしょう!」
柚木のセリフの途中で、鬱乃森がキレた。
図星をつかれたから⋯⋯なんて甘い話じゃない。かなりガチなキレかただ。
「ち、ちょっと、椿っち。それじゃわかんないって」
柚木が困惑しながら鬱乃森をなだめる。
「⋯⋯はぁ。そうね⋯⋯」
鬱乃森はうなずくが、やはり、言いたくないらしい。
その様子を見て、俺はようやく気がついた。
「ひょっとして、誤解してないか?」
「誤解ですって?」
険のある声で鬱乃森が言った。
(今日初めて口を聞いてくれたな)
すこしホッとしながら俺は話す。
「吉崎さんの騒いでた件なんだけど⋯⋯」
俺はスタンプ作成から今朝へ至る経緯を鬱乃森に説明した。
「なるほど。そういうことだったの」
俺の釈明を聞き終え、鬱乃森が安堵したような声でそう言った。
「皮肉のつもりだったんだけどな。吉崎さんはああいう人だから字面通りに受け取ったらしい。で、クラT作るなんて言われたらいやとも言えないから、ああいうことになった」
べつに、クラTくらい、作りたければ作ればいい。
特別着たいとも思わないが、絶対に着たくないとも思わない。
制服と同じだ。
「まぁ、皮肉としてはいいセンを行ってるんじゃないかしら。吉崎さんが真に受けたことまで含めて、だけど」
鬱乃森が、いつもの調子に戻りつつ言った。
「なんか吉崎さんにうらみでもあるのか?」
「そういうわけではないけれど。個人的に、『絆』という言葉が好きじゃないだけよ」
「えっ」
鬱乃森の言葉に困惑する。
(じゃあ、俺はそれだけの理由でキレられてたの?)
さすがにむかっ腹が立ったが⋯⋯まぁ待て。話を聞こう。
「それにはどういういわれがあるんだよ?」
落ち着いてるつもりだったが、俺の言葉にはすこし不機嫌の色が混ざってた。
「絆っていうのは、本来家畜を繋いでおくための紐のことよ。転じて、人と人のつながりのことを指すようになった」
「なるほどな。もともとはよくない意味だったのか」
絆こそが人を束縛し、自由を奪う。
たしかに鬱乃森らしいシニカルな意見だ。
理由がそんなだったということに、怒るよりも力が抜けた。
「クラTというのも気に入らないわ」
「ええっと、そっちはなんで?」
今度は柚木が聞く。
「くだらないもの。同じ服を着なければ一体感が得られないの? 着たくない人にもそれを強制しないとクラスがひとつになったと思えないの? 吉崎さんの口にする『絆』は、その程度のものなのかしら。そんなのは独善よ」
「まぁ、クラスの主流派じゃない俺が作ったものだから使えるって言ってたもんな」
うがった見方をすれば、非主流派である俺を出汁にして、クラスをまとめようとしてるともいえる。
「⋯⋯それも気に入らないわ。あなたの、そのへらへらした態度が」
「えっ、俺か?」
俺はおもわず自分を指さした。
柚木が、おや、という顔で、いたずらっぽく俺を見てくるが⋯⋯その意味はなんだ?
首を傾げてるあいだに、鬱乃森が言う。
「いずれにせよ、わたしはクラTなんて着ないわよ」
「そっか。クラスで作るとなると、さすがに鬱乃森にも話が行きかねないな」
集金も、LIME上でやろうと思えばできるのだが、高校生同士のデジタル決済は、多くの学校で禁止されてる。もちろん、俺たちの高校でも。
「吉崎さんが集金だの、Tシャツの配布だので動き回ることになるのか⋯⋯」
俺は、あんなスタンプを作ったことを後悔した。
調子に乗ってグルチャに動画まで上げてしまったこともだ。
その日の昼休みは、俺も鬱乃森も柚木も言葉少なになり、話が弾まないまま終わってしまった。
そして、その数日後。
集金のためにおそるおそる鬱乃森に話しかけた吉崎さんに、鬱乃森ははっきりと言った。
「ーーわたしはクラスTシャツはいらないわ」
と。
食い下がる吉崎さんと、それをはねつける鬱乃森の「口論」は、心ない誰かが撮影した動画となってグルチャへと上げられた。
たちまちのうちに、クラス中を巻きこんだ大炎上が始まった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
グラディア(旧作)
壱元
SF
ネオン光る近未来大都市。人々にとっての第一の娯楽は安全なる剣闘:グラディアであった。
恩人の仇を討つ為、そして自らの夢を求めて一人の貧しい少年は恩人の弓を携えてグラディアのリーグで成り上がっていく。少年の行き着く先は天国か地獄か、それとも…
※本作は連載終了しました。
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
忘却の艦隊
KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。
大型輸送艦は工作艦を兼ねた。
総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。
残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。
輸送任務の最先任士官は大佐。
新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。
本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。
他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる