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#11 ラブコメ主人公特有のアレ

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「じゃあ、洗濯と乾燥が終わるまで入ってて」
「わかった」

 ジュースをかぶった俺は、服を洗濯するあいだ、神崎家の風呂を貸してもらうことになった。
 俺は、緊張しながら神崎家のお風呂にお邪魔する。

 そりゃ、緊張するって。
 クラスメイトの女子んのお風呂だぞ?
 そんな聖域ところに足を踏み入れるなんて、昨日の俺に教えても絶対信じないにちがいない。

 風呂自体は、いたって普通だ。
 ピンクのタイルのかわいらしいバスルーム。
 俺の家のほうはもうちょっと所帯じみた感じだが、こっちはいかにも年頃の女の子がいそうな家のお風呂だな。
 化粧品みたいなおしゃれなボトルが並んでるし。
 見ただけじゃ、シャンプーなのかコンディショナーなのかボディソープなのかもわからない。ひょっとしたら、俺の知らない女性向けの美容品だって可能性もある。

「これ、か?」

 俺はボトルの列から苦労してシャンプーらしきものを見つけ出す。
 なぜそれがシャンプーだとわかったかって?
 とあるVtuberが、リスナーからの質問を受けて、このシャンプーの銘柄を挙げてたからだ。
 神崎の家にもあるってことは、女性のあいだでは有名なやつなのかもしれないな。

 え? なんでリスナーがそんなことを知りたがるのかって?
 同じシャンプーを使って同じ匂いに包まれたいから……という、ちょっとアレな理由なんだけどな。
 そういうリスナーはさすがに一握りで、大多数はネタで言ってるだけだ……とは思うんだが。
 俺は実家暮らしで高校生だから、ネットで検索して「こういうやつなんだ、へぇー」というところまでしかやってない。
 誓ってやってない。
 女性向けシャンプーをうっかり風呂場に置き忘れでもしたら大変なことになるからな。
 考えようによっては、エロ本が見つかるよりも恥ずかしい。

 そんな馬鹿なことを考えながらシャワーを浴び、身体をしっかりめに洗ってから湯船に浸かる。
 神崎にはシャワーだけでいいと言ったんだが、洗濯と乾燥の時間を考えると、シャワーだけでは短すぎる。大人しく風呂に入りながら待てと言われたのだ。

 変なことしないでよ、と釘を刺されたが、慣れない風呂に浸かってると、どうしてもさっきのことを思い出してしまう。
「……でかかった。やわらかかった」
 何がとは言わないが。あの感触は魂に刻んでおこう。
 今ここで思い出すとあとで困ることになりそうなので、忘れないように、かつ煩悩を刺激しすぎない程度に、あの感触を反芻する。

「あと十分くらいか?」
 そう思ったところで、いきなりドアの開く音がした。
 といっても、浴室のドアじゃない。もっと奥、たぶん玄関のドアの開いた音だ。

「――ただいまぁ」

 知らない女性の声に、湯船の中でギクリとする。

 次の瞬間、浴室のドアがバァン! と開いた。

「なっ、神崎!?」
 いきなり入ってきた神崎が、人差し指を唇に当てる。
「しーっ! ママが帰ってきた!」
「夜は遅いって話だったんじゃ……」
「わたしだって知らないわよ!」
「なんでおまえまで入ってくるんだよ!?」
「あんたみたいなキモオタを家に上げたなんて知られたら泣かれるでしょうが! とにかく――って、きゃあっ!」
「危ない!」
 足を滑らせた神崎を、風呂から立ち上がって受け止める。
 が、勢いがすごくて、神崎と一緒に風呂にドボン。

「ぶはっ! ち、ちょっとあんた!」
「し、しかたないだろ!」

 そこで、廊下のほうから声がした。
絵美莉えみりーっ? 帰ってるのよね? あら、お風呂かしら?」
「そ、そうなの! ちょっと汗かいちゃって気持ち悪かったからさ!」
 神崎がバスルームのドアの向こうにそう返す。

 ドアの曇りガラスに、女性のぼんやりとしたシルエットが浮かび上がる。
「ふぅん? そうなの」
「うん! 先に入ってごめんね!」
「べつにいいわよ。わたしが帰るのはいつも遅いんだし」

「マ、ママ、今日は早かったね!」
「そうなのよ! ひさしぶりに早く上がれたから、たまには晩ご飯を作ってあげなきゃって思ってね」
 曇りガラスの向こうで、神崎のママが買い物袋っぽいものを持ち上げる。

「そ、そうなんだー。ママの手料理楽しみ!」
「いつもごめんね。絵美莉に作ってもらってばっかりで」
「ううん!? ママが大変なのわかってるから! そ、それより、わたしそろそろ出たいんだけど」
「あら、ごめんなさい。ママ、台所に行ってるわね」
 神崎ママが脱衣所から出て行った。
 同時にほっと息をつく俺と神崎。

「……ちょっとあんた! 早くわたしから離れなさいよ!」
「む、無理言うな!」
 びしょ濡れになった神崎と全裸の俺は、風呂の中で変なふうにからまってしまって動けない。

 神崎のブラウスが濡れて、ピンク色のブラが透けている。
 俺の視線に気づき、神崎が顔を赤くした。
「こ、この変態! キモオタ! どこ見てんのよ! っていうか、このももに当たってる硬いものって……」
「い、いやあ、知らないほうがいいんじゃないかな……」
「き、キモいキモいキモいマジキモい! ありえない!」
 神崎はささやき声で叫ぶという器用な芸を発揮する。

「はぁ、はぁ……くっ、抜けない」
「暴れるなよ! その足を抜いて……」
「あんたのアレに擦れちゃうじゃない! って、また大きくなってるし!」
「し、しかたないだろ! 生理現象なんだから!」

「えっと……こうね!」
 ようやく、神崎が俺から身を離す。
 顔は真っ赤。目には涙まで浮いている。
 神崎が下着の透けた胸を両腕で隠しながら言った。
「ううう……とんでもない辱めを受けたわ……」

「そ、それよりどうすんだよ、この状況!?」
「しょうがないじゃない! あんたが風呂に入ってるなんて言ったら絶対誤解されるわ。わたしが入ってるってことにするしかなかったのよ!」
「そ、そうかぁ?」
 事態を余計ややこしくしたようにしか思えないが。

「とにかく、わたしがママの注意を引きつけるわ。その隙にあんたは服を着て、家からこっそり出ていくの。あんたの鞄はあした学校に持ってくから」
「まさかのスニーキングミッションか……」
 ゲーム実況では見てたけど、まさか自分でやることになるとはな。

「あんた、クラスでよくやってるじゃない。周囲から注意を引かないで移動するっていう器用な芸。こんな時こそ発揮してよね!」
「いや、たしかによくやってるけども!」

「とにかく、行くわよ!」
 と言って、神崎が浴室のドアから飛び出した。

 そして、その場で凍りつく。

「……ところで、玄関にあった男の子の靴は、いったい誰のものなのかしら?」

 神崎によく似た美女が、にっこり笑ってそう言った。
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