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#8 クソザコ未満Vtuber更生計画

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「……くやしい。くやしいくやしいくやしいぃぃっ! なんなのよあの子!? ちょっと人気があるからって先輩に対して上から目線であの態度! 絶対潰す! わたし、有名になったらまず第一にあの子を潰すわ!」
 物騒なことを叫びながら、神崎がジャンボパフェにスプーンを突き立てる。
 逆手に握ったスプーンで、神崎はホイップのたっぷり乗ったプリンの塊をすくい取り、口の中に放り込む。
 見てるだけで胸焼けしそうな光景だった。

「ぶっちゃけ、チカちゃんはなんも悪くねえだろ」
 人気のない喫茶店の向かいの席で、俺はおもわずそう言った。
 この喫茶店は、学校からは駅の反対側にあって、うちの高校の生徒はまず来ない。マスターは白髪のまじったおじいさん。ヴァーチャルアイドルがどうのなんて話はわからないはずだ。

「教室で北村とも話してたけど、昨日のおまえ――七星エリカの配信は俺も見てた」
「ならわかるでしょ!? あの子、わたしの言ったことにマジギレしていきなり配信をぶった切ったのよ!? 信じらんない!」
「チカちゃんはおまえの暴言失言をフォローしようと必死だったろうが。おまえがそれに気づかず無軌道な発言を続けるから、もうどうしようもなくなって切ったんだろ」
「わたしがいつ暴言失言したって言うのよ! わたしはその時々で思ったことをありのまま口にしただけだわ!」
「要するに、相手がどう思うかも考えず、思いつきでものを言ってたわけだ」
「Vtuberの配信なんてそんなもんじゃない!」
「そんなもんじゃねえよ!」

 俺はおもわず、テーブルに拳を打ちつけた。
 テーブルの上で汗をかいてたお冷のグラスから、水がすこし飛び出した。

「わっ、す、すまん」
 俺は紙ナプキンで水を拭く。
「な、なにキレてんのよ。ふんっ。あんたもキモオタだから、どうせ天海チカのファンなんでしょ? よかったわね、チカちゃんの中身が美少女で」
「まあ、Vtuberの中身が美少女なんてありえねえとは思ってたけどな……」
 いくらヴァーチャル美少女を演じられてるからといって、中身まで美少女とは限らない。いや、オタクの妄想するような美少女を演じられるのだから、オタク心のわかる成人女性なのだろうと思っていた。
 それが、蓋を開けてみれば、七星エリカはクラス随一の美少女・神崎絵美莉で、天海チカは一年屈指の美少女・君原理帆。うちの学校には特異点でもあるんだろうか。

「ふん。チカちゃんはオタク受けがいいものね。罵られたい踏まれたいってマゾ願望持ちの虹豚キモオタにはお似合いだわ。根暗同士でからんでりゃいいのよ」
 おもしろくなさそうに神崎が言う。なお、ジャンボパフェはすでにほとんどなくなっている。

「言っとくけど、俺はチカちゃん推しってわけじゃないぞ。チカちゃんも好きではあるけど、しいていえばマジキャスの箱推しだ」
 「箱推し」ってのは、元はアイドルオタクの用語らしい。個々のアイドルではなくアイドルの所属するユニットをまとめて「推す」という意味だ。あ、「推す」っていうのもオタ用語か。好きだから応援してる、くらいのニュアンスで使われてるな。

「さっきも言ったけど、七星エリカの配信は全部見てる。初回配信から注目してた」
「はいはい、中身が美少女だってわかったから、おだててその気にさせようって言うんでしょ?」
「そういうんじゃないって。そんなこと一瞬も考えなかったな……」
 駒川は普通の男子ならお近づきになるチャンスだと思って喜ぶところだ、なんて言ってたが、そんなのはある程度モテる男子の発想だ。
 自慢じゃないが、リアルの女子が俺に興味を持つなんてありえない。どうせ口説ける余地がないのなら、おだてたところで意味がない。
 まあ、おだてて口説く、みたいなプロセスに興味が持てないってのもあるけどな。ヤリたいってだけで心にもない褒め言葉を言うのってなんか違くないか? ……いや、そんなご大層なことを俺が言っても、どうせ非モテのひがみ、少子化に拍車をかけるひ弱な草食系男子のたわ言と切り捨てられるだけなんだろうけどな。
 なお、俺の理想の彼女は、部屋で一緒にまったりできる女の子だ。その意味では「あんたみたいなオタクはチカちゃんみたいなのが好きなんでしょ」という神崎のげんは、遺憾ながら当たってる。チカちゃんリスナーのガチ恋率の高さも納得だ。

「本当かしら。じゃあ、わたしが初回配信で語った抱負は?」
「『チャンネル登録者数10万突破を目指してるわ! さっさと登録しなさいよ! 登録だけならお金取られるわけでもないじゃない!』」
「うわっ、キモ! なんで一字一句覚えてんのよ!? しかも異様に似てるし! 声質までそっくりじゃない!?」
「Vtuber見てるとつい自分でも真似しちゃうんだよな。ループ再生してるうちにいつのまにか覚えてる。声質は昔からこんなだよ」
 コンプレックスである声をなんとかしようとするうちに、声の出しかたについては詳しくなった。
 女性Vtuberの声帯模写はお手のものだ。声を真似てるうちに、自然にセリフまで覚えてしまう。

「なによその無駄特技!? そんなとこで発揮してないで勉強に使えばいいじゃない!」
「自分でもそう思わないでもないけど、耳から聞かないとダメっぽいんだよな。あと、かわいい声じゃないとダメ」
「ふん。まあ、わたしの声は超絶かわいいものね!」
「生声だとダメだな。配信中のほうがいい声してるよ」
「わたしのリアルボイスディスってんじゃないわよ!」

 神崎のリアルボイスも綺麗だとは思う。言葉は汚いけどな。
 七星エリカの声は、神崎のリアルボイスより若干高い。そのせいか、ハスキーボイスのような音の成分が加わってる。ヘッドフォンで聴くとクセになる声だ。残念なことに、言ってる内容は汚いんだけどな。
 神崎のリアルボイスは俺の出しやすい声域よりちょっと低いので、配信用に高くなった声のほうが真似しやすい。

「七星エリカはちょっとギャルっぽいビジュアルになってるけど、リアルの神崎はそうでもないよな」
「わたし、べつにギャルじゃないし。エリカも、アクセント的にそういう飾りがついてるだけで、設定的にはギャルじゃないわ」
「それは客層を考えて?」
「そんなんじゃないわ。自分を偽るのが嫌だからよ。そりゃ、事務所は考えてるでしょうけどね」
「自分を偽る……ね」

 こいつの中では、本来の自分とかけ離れたキャラクターを演じるライバーは「自分を偽ってる」ってことになるんだろうか。
(そういう認識で他のライバーとコラボしたら……もめるのも当然だな)
 天海チカは、見た感じ、リアルとヴァーチャルの乖離は小さそうだった。
 それでもあれだけもめたのだから、キャラを意識して作ってるライバーとコラボしたら大変なことになりそうだ。っていうか、もうなってる。

「で、俺に話ってなんだよ? 愚痴でも聞いてほしいのか?」
 なんでこいつと駅裏の喫茶店なんかにいるのか。放課後、問答無用で連れてこられたからだ。
「なんであんたに愚痴なんか聞かせなきゃなんないのよ。まあ、愚痴る相手がいないのもホントなんだけどさ」
「たしかに、おまえのリアル友人にVtuberやってますとは言えんわな。キャラが違いすぎる」

 神崎の性格は、七星エリカとそっくりだ。
 気づいてしまえば、いままで気づかなかったのが不思議なくらいである。

(っていうかこいつ、オタク嫌いじゃなかったのかよ)
 七星エリカもオタク嫌いを公言しているが、それでもリスナーの九割はオタクだろう。

 オタクっていうのは、美少女が「オタクが好き!」なんて言ったら嘘つけと思う。
 逆に、美少女が「オタクキモい」と言ったら、我が意を得たりとうなずき、マゾ的願望を満たされて、万感の思いとともに「ありがとうございます!」とシャウトする。
 ……まあ、人によるだろうけどな。

 ともあれ、キャラ立てとして「オタクが嫌い」っていうのは、Vtuberとしてナシではない。

 だが、こいつの場合――リアルでも七星エリカでも、本当に心の底からオタクが嫌いだ。自分がオタクの仲間だと思われるのは、絶対に避けたいにちがいない。

「バレたらどんな噂を立てられることか。身バレも怖いしね」
「ああ、どこから漏れるかわからないよな」
 Vtuberの中身がバレていいことなんて何もない。
 ネットにはVtuberの正体を暴きたがるバカもいる。
 警戒してしすぎることはないだろう。
 目下炎上中の七星エリカならなおさらな。

「でも、愚痴じゃないんだよな?」
「ああ、うん……あんたなんかとデートしてると思われかねない危険を冒してまで連れてきたのは……なんていうのかしら。たまにはリスナーの意見を聞いてみようかと思って」
「へえ。七星エリカにしては殊勝だな」
「あんたわたしをなんだと思ってるのよ」
「暴言失言製造機」
「ぐっ」
「事故配信発生機でもあるな」
「ぐぬぬっ」
「マジキャスの台風の目ってコメントもあったな。まわりをかき回して自分だけは無風っていう」
「うぐぐ……」
 神崎が言葉に詰まる。

「でも、俺はおまえの配信嫌いじゃないぞ」
「……見え透いたフォローはやめてよ」
「いや、ほんとに。マジキャスは仲良くて微笑ましいんだけど、そろそろ爆弾がほしいなと思ってたんだ。一期の十六夜いざよいサソリみたいなさ」
「あの人は……別格よ。それに、サソリさんは単独配信もおもしろいしコラボも上手。わたしは……どっちもうまくいってない」
「たしかにタイプはちがうだろうけどな。爆発力はある……と思ってたんだよ」
「わたしが裏でなんて言われてるかわかる? 地雷よ、地雷!」
「うん、まあ、爆発力があるからな。埋まってるんじゃなくて見えてる分、地雷としては良心的だろ」
「ちょっと! 褒めてるフリしてバカにしてるでしょ!?」
「悪い悪い。でも、キャラとしてアリなんじゃないかと思ってたのは本当だよ。チカちゃんとなら噛み合うかと思ったんだけどな」
「社長にもそう言われたわ……だけど、結局……」
 神崎がうつむいた。その目に涙が浮かぶ。

「ま、まあ、落ち着けって。七星エリカのキャラのことも問題だけど、他にも改善できることはあるはずだぞ」
 女の子に泣かれそうになって、俺はおもわずそう言った。
「えっ!? ホント!?」
 神崎ががばっと顔を上げる。

「これは技術的なことだけどさ。七星エリカの配信画面はちょっと寂しいよな。キャラしか映ってないじゃん。昨日のチカちゃんの画面と比べればわかるだろ」
「う……そうなのよ! わたし、パソコンが使えなくて! いつもスマホで配信してるんだけど……」
「マジキャスのスマホアプリは出来がいいけど、スマホでできることには限界があるよな」
「なに? あんた、そういうの詳しいの!?」
「マジキャス沼にハマってから、配信関連のアプリはひととおりいじったけど……」
 と、言葉を濁す俺。
 本当は、いじった、なんてものじゃない。
 実際は、北村が作ってくれたモデルを使って、オフラインでテスト配信までやっている。
 オンラインで配信すればまたべつの問題が出てくるだろうけど、とりあえず配信までの段取りはわかってる。
 Vtuber目指してるわけでもないのにどうしてそこまでするのかと、自分でも思わないでもないけどな。

「でも、ライバーさんって、機材でわからないことがあったら他のライバーさんに相談したりするもんじゃないのか? おまえの同期だと、羽丘風見さんとか。機械に強くて面倒見がいいって言われてなかったっけ?」
 Vtuberはジャンル自体が新しい。
 配信機材やアプリも発展途上で、いろいろ苦労が多いと聞く。マジキャスライバーなら事務所にも相談できるだろうが、配信者でないとわからないこともあるはずだ。
 実際、ライバー同士で助け合ってるという話は、配信でもよく耳にする。それがきっかけで仲良くなって、コラボすることになったりもするらしい。

 神崎がついっと目をそらす。
「……かざみんとはコラボ以来話してないわ。一度スカイテルをかけてみたんだけど……どうも、着信拒否されてるみたい」
「着拒って……」
 そういえば、こいつがカレー・ラーメン・チャーハンのすべてが嫌いと発言したのは、かざみん(羽丘風見)とのコラボ配信の時だったな……。
「おまえ、コラボのたびにコラボ相手と仲たがいするのどうにかしろよ。同期から着拒されたライバーとか初めて聞いたわ」
 一周回っておもしろい気すらしてくるな。

「わ、わたしだって好きでやってるんじゃないわよ! いつも、仲良くなれたらいいなーって思いながらやってるんだから! じゃなかったらコラボなんてやってないでしょうが!」
「そりゃそうか……」
 こいつは口は悪いが、配信を荒らしてやろうと思って確信犯でコラボを受けるようなやつじゃない。
 ……ないよな? 結果だけ見ると大差ないような気もするが。

「それでエリリの配信は画面が寂しかったんだな」
 スマホからでも配信はできる。とくにマジキャスは、MiniCast!(ミニキャス)という手軽に配信できる専用アプリも開発している。
 だが、スマホではどうしてもできることに制限がある。
 たとえば、スマホの性能上、複数のアプリを組み合わせて使うのが難しい。だから、ゲーム実況配信なんかはやりにくい。
 画面が小さいから、マイチューブの動画サイズに適した画面構成にしにくいという問題もある。
 本格的な配信をしたければ、やっぱり性能のいいパソコンは必要だ。

「う……そりゃ、わたしだって、いろいろやってみたいことはあるけど。何をどうやったらいいかわかんなくて」
「どういうことがやりたいんだ?」
「ほら、他の人の配信だと、画面にコメントがわーって流れるじゃない!」
「そういえば、エリリの配信にはなかったな」

 七星エリカの配信では、エリカの3Dモデルが大写しになってるだけで、コメントを配信画面に取り込んでいなかった。
 画面に取り込まなくても、マイチューブの機能でコメント自体は見ることができる。
 でもやっぱり、配信画面に映ったほうが、配信者がコメントを大事にしてる感じが出る。配信に自分のコメントが流れるのはリスナーにとっては嬉しいもんだからな。

「たぶん、調べればできると思うけど」
 俺が言うと、
「ほんとっ!? あんた、パソコンとか詳しいわけ!?」
 俺の両手をいきなり取って、神崎が明るい顔で言ってくる。
 しっとりしてて温かい感触に、俺はどぎまぎしながらうなずいた。
「ま、まあな」
「さすがはオタクね! 人生の半分くらいをパソコンの前で過ごしてるだけはあるわ!」
「そんなには長くねえよ! おまえと同じ学校に通ってんだから物理的にありえないだろ!」
 まあ、家にいる時間の半分近くは座ってるかもしれないが。

「そうとわかれば話は早いわ! 来なさい!」
 神崎が急に立ち上がる。
「な、おい! いきなりなんだよ!」
 俺はアイスコーヒーの残りを飲み干し、立ち上がる。
 そのあいだに、神崎が払いを済ませていた。

「自分の分は払うよ」
「いいわよ、めんどくさい」
「そういうわけにもいくか」
 俺は無理やりアイスコーヒー代を押し付けた。
「律儀ねえ。ま、いいわ。ついてきなさい」

 喫茶店のドアが、鈴の音を立てて外に開く。
 外に出た神崎を追いながら、
「だからどこに行くんだよ!?」
「決まってるでしょ」
 神崎が、顔だけ振り返って俺に言う。
「――わたしの家よ」
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