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第五章 15歳

54 向上心

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 円卓の左翼では、バズパが敵を引き連れて1-2の後方外側へ。
 右翼では、無役職のコンビが、同じく敵を連れたまま、やはり2-2の後方外側へ。

「おおっ!」

 観客席がどよめいた。
 戦場ではともかく、上から見ている観客には、状況の変化がはっきりとわかる。

 戦場の中央が、開いていた。
 バズパが4人、コンビが4人の挑戦者を外側に導いたせいで、敵陣中央に残ってるのは、挑戦者のリーダーただ一人。

 戦場の中心線上を結ぶように、エクセリア会長と挑戦者のリーダーの視線がぶつかった。

 いや――

「消えた!?」

 ラシヴァが叫んだ。

 そう、エクセリア会長の姿が、一瞬にしてかき消えた。
 本陣前に構えていたエクセリアは、まるで蜃気楼が消えるかのように、大気中に滲んで消えていた。

『なっ……!?』

 挑戦者のリーダーがうろたえる。

 そばに残していた魔術科の生徒は、既に右翼への増援に回してしまった。
 今、挑戦者のリーダーを守る者はいない。

 その眼前に、残光をまとって、エクセリアが現れた。
 エクセリアの頭上には、三つの光の渦が生まれていた。

『「光の槍よ」!』

 エクセリアの声とともに、光の渦が、槍のように尖っていく。
 直後、三本の光の槍が射出された。

『くっ! 「闇の雲よ」!』

 挑戦者のリーダーが、闇色の雲を生み出した。
 おそらく、煙幕にして的を絞らせないつもりだったのだろう。防御魔法ではなく、ただの目隠しだ。
 これは、エクセリアの術に対してではなく、目の前にエクセリアが現れたことへの対応だった。
 つまり、エクセリアに対して、対応が一手遅かった。

 三条の光が、闇色の雲をなんなく突き抜ける。
 光の槍は、リーダーに連続で着弾した。
 リーダー頭上のHPバーが一瞬で削れ、砕け散る。

『ぐあああっ!』

 リーダーが吹き飛ばされて地面に倒れた。

『ぐうっ……くそっ! 全部囮で、狙いは俺か!』

 リーダーは起き上がろうともがくが、身体が言うことを聞かないようだ。

 魔法自体は、闘戯場によって張られたバリアによって防がれてる。
 ただし、闘戯場は、魔法の威力に応じて、ダメージを受けた者にペナルティを課す。
 今の「吹き飛ばされ」と「ノックダウン」は、一撃の威力が高かったことと、魔法が三連続で刺さったことで起こったようだ。

『勝者、生徒会円卓!』

 審判役の生徒の宣言に、観客席から歓声が上がった。





「な、何が起こったんだ?」

 ラシヴァが呆然とつぶやいた。
 俺は、難しい顔で解説する。

「見た通りだな。
 円卓は、敵を左右に釣り出して中央を開けた。
 その中央をエクセリア会長が一気に駆け抜け、敵リーダーを撃破した」

「左右に釣り出すまではいいけどよ……最後のあれはなんなんだ? 生徒会長は瞬間移動ができるってのか?」

「たぶん違う。
 会長は最初から本陣にずっと陣取って動いてなかった。
 みんなが前線に釘付けになってるあいだに、自分の周囲に蜃気楼を起こす魔法をかけた……んだと思う。
 蜃気楼っていうより、イメージを空間に投影する魔法か?
 いや、それだと高度すぎるな。
 たぶん、残像をその場に長く残すような魔法だろう」

「んで、残像を残して自分は敵陣に切り込んだのか? 
 いや待て、いくら残像があったって、そんな動きに気づかないはずがねえ」

「自分の姿を光魔法で隠すこともできなくはないだろうけど……。
 もしそれができるんだったら、そもそも中央を開けさせる必要はなかったはずだ。
 短時間だけ、姿をくらまして高速で移動するような魔法が使えるんだろうな」

 円卓は、1-4を光属性に設定していた。
 円卓のメンバーのうち、サンは会長であるエクセリアだけだ。
 ひょっとしたら、1-4を光属性にしたことは、今の瞬間移動を実現するために必要な布石だったのかもしれない。

「……だとしても、大した魔術」

 ユナが言った。

「そうだな。俺もロゼも、ああいう魔法は持ってない。蜃気楼だけならやってできないこともないけど」

 そこで、俺はふと思い出す。

「そういや、キロフも陰のない場所で姿を紛れさせる魔法を使ってたな」

 「陰渡り」を防ぐために、俺が「フラッシュライト」で辺り一面から陰を払ったにもかかわらず、あいつは光の合間から迫ってきた。

「いや、違うか。あっちは闇魔法の応用だろう」

 前世で自動車免許を取る時に、対向車とのヘッドライトの加減で間に立つ人影が見えなくなる、という現象を説明された。
 キロフと戦った時の状況がその条件を満たすかは疑問だが、「光に人影が紛れる」というイメージさえできれば、魔法としては使えるだろう。
 魔法はあくまでも超常現象であって、物理現象ではないからな。

「エクセリア会長は、たぶん『光のように駆ける』イメージを使って、擬似的に瞬間移動してるんだろうな。
 光だから、間に障害物があると使えない。わざわざ挑戦者を外側に誘導したんだから、近くに人がいると何か干渉があるのかもな」

「そんなことができるのかよ……」

 ラシヴァがうめく。

「蜃気楼を残す術と瞬間移動を同時に使ってたことになるじゃねえか」

「そうとは限らないさ。蜃気楼は術が切れても少しの時間残るんだろう。
 そのあいだに、擬似瞬間移動の術を使う」

「……厳密に同時ではないとはいえ、相当に高度な魔法技術。
 わたしでも、精度では敵わないかもしれない」

 ユナが難しい顔でそう言った。

 そこで、俺は遅まきながら気がついた。

「あれ? ユナの制服って、すこしレトロな感じじゃなかったか?」

 二百年以上前の生徒騎士であるユナは、助け出した時点では当時の制服を身につけていた。
 というか、霊威兵装の現実を超えるほどに濃い魔力を利用して、俺がユナの身体とセットで生み出したのだ。
 我ながら無茶なことをやったものだと思うが、できてしまったものはしかたがない。

 だが、ユナは今、ウルヴルスラの現行の制服を着ていた。

「……ちょっとエリア。今頃気づいたの?」

 ロゼが呆れた顔で言ってくる。

「ほつれたから都市機能の復元に出したら、今のデザインになって戻ってきた。
 それに、もともとあれは一着しかなかった。寮に入った時に、予備で今の制服も受け取ってる。
 ちなみに、今の制服姿でエリアックと顔を合わせる機会はこれまでにもあった」

 ユナがそう説明してくれる。

「そ、そうだったっけ。俺の目は節穴かよ……」

「エリアがわたし以外の女の子に興味ないのは嬉しいけど、さすがにこれはないんじゃないかな……」

 ロゼが俺にじとっとした目を向けてくる。
 俺はロゼから顔をそらし、話を元に戻すことにした。

「復元って、制服が傷ついたら都市機能が直してくれるっていうアレか」

 俺も初日に制服の耐久性を試した時にお世話になった。

「……当時の制服は残ってない。残念」

 ユナが悔しそうに言った。

「あの制服は、当時の友達がデザインしたもの。二百年以上の時間の中で、すこしずつデザインが変わってしまった」

「そうか……」

 ユナは、「悲劇の世代」として学園で語り継がれている世代の生き残りだ。
 ユナは当時、攻め入ってきたザスターシャ軍と交戦して、多くの生徒騎士とともに一度死んでいる。
 ユナにとって当時の制服は、死んだ仲間たちを偲ぶよすがだったのだろう。

 俺もロゼも、ラシヴァも、ユナに何も言えず黙り込む。

「って、ちょっと待てよ。
 制服のデザインが変わった?
 制服のデザインって、生徒が変えられるものなのか?」

 ウルヴルスラの制服は、都市機能が自動で生み出す優秀な防具だ。
 そのデザインを生徒が変えられるというのは初耳だった。

「都市機能にアクセスできる人がいれば変えられる。たまにしかいないけど」

「都市機能に……アクセスする?」

「今の学園では知られていないの? それとも、エリアックたちが新入生だから知らないだけ?」

 ユナが怪訝そうに首を傾げる。

「どうだろうな。エレイン先生なら知ってるかな……」

「生徒会の人に聞いてみる?」

 と、ロゼ。

「うーん……気軽には聞きにくいけど……」

「でも、ユナの制服の件は報告したほうがいいと思うよ。
 ウルヴルスラの都市機能についてはわからないことだらけだって言うし。
 その報告ついでに聞いてみれば何か教えてくれるかも」

「素直に教えてくれるかな?」

「教えてくれなかったとしても、生徒会が『教えられない』こととして認識してるってことはわかるよね。
 逆に、生徒会がこの話を知らなかったら、有益な情報提供をしたってことで貸しになる」

 ロゼの言葉に、ラシヴァが口を挟んでくる。

「おい、そんな情報をタダでくれてやるつもりか?
 俺たちが円卓になった時に役立てりゃいいじゃねえか。
 まぁ、なんの役に立つかはわからねえけどな」

「制服のデザインを変えられるくらいのことなら、円卓戦でわたしたちが不利になることはないんじゃない?」

「そんなのわかんねえだろ。
 都市機能へのアクセスってのが、制服のデザインをいじるためだけにあるはずがねえ。
 他にも何か秘密があるんじゃねえか?
 っていうか、ユナ、てめえは何か知ってるだろ?」

「詳しいことは知らない。
 でも確かに、制服のデザインのためだけにあるとも思えない。
 もしこのことを今の円卓が知らないなら、知らせておくべきだとわたしも思う。円卓戦の有利不利だけで判断していいような話じゃない」

 ユナが、そう言って俺のことをじっと見る。
 ロゼも俺を見るし、ラシヴァまで俺を睨んでくる。

「……そうだな。今の円卓が何をどこまで知ってるかも探りたい。帝国との戦いが近づいてる今、学園内で情報を隠しあってもしょうがないだろう」

「いいのか? もしそれで円卓戦が不利になるようなら――」

「今の円卓が、俺たちから得た情報を独占して、挑戦者に対して有利を取るようなくだらないことをするとは思えないな。
 もし連中が、地位に恋々として、手段を選ばず権力にしがみつくような情けない連中だったら――」

「……どうすんだよ?」

「――そんな連中に負ける俺たちじゃないさ」

「へっ……! それは言えてるな」

 ラシヴァが指で鼻をかいて言った。

「全然論理的じゃない理屈で納得しないでほしい。
 でも、二百年後の円卓がその程度だったら、このチームが負けるはずがない。わたしがいるだけでも反則に近い」

「エリアとわたしとユナがいるんだから十分すぎるよね。問題は、あと一人足りないことなんだけどさ」

「おい、てめえ。今一人抜かしやがらなかったか?」

 噛み付くラシヴァに、ロゼは余裕で肩をすくめた。

「……っのやろう」

 ラシヴァが拳をぷるぷるさせるが、それ以上は何も言ってこない。
 ラシヴァ自身、この四人の中で最弱だってことは理解してる。

 ラシヴァは、単体としてみれば決して弱いわけじゃない。
 むしろ、一年生の中では有望株だ。
 だが、このチームには転生者である俺、史上類のないヒュルサンヌルで膨大な魔力を持つロゼ、霊威兵装の中で二百年以上の時を生き延びた当時の円卓であるユナ……と、規格外ばかりが揃ってる。
 こんなチームの挑戦を受ける今の円卓が、気の毒に思えてくるほどだ。

(いや、それだけじゃないな)

 ラシヴァは入学式での決闘で、生徒会副会長バズパに一蹴された。
 円卓のメンバーと比べても、ラシヴァが力不足であることは否めない。

「ラシヴァ。力が足りないと思うなら、今から強くなればいいだけだ」

 俺が言うと、ラシヴァは意表を突かれたような顔をした。

「エリアック。てめえはまだ強くなる気でいやがるのか?」

「俺は、現状で自分が十分に強いとは思ってない」

「おまえが強くなかったら誰が強いってんだ? 正直、おまえが手段を選ばず戦ったら、円卓メンバーでも太刀打ちできねえんじゃねえか?」

「それは、身も蓋もない手段で勝負自体をひっくり返してるだけだとも言えるだろ。
 そういう手段が通じない相手と戦う時のために、まともな戦いの駆け引きにも強くならないと危険なんだ。
 その点では、俺より円卓のほうがはるかに高いレベルにある。彼らから学べることは多いはずだ」

「化け物じみた向上心だな」

「なに人ごとみたいに言ってるんだ。
 ラシヴァ、おまえも強くなるんだよ。
 円卓に勝てるようになるのは当然として、最低でも・・・・帝国相手に危なげなく戦えるようになってもらう必要がある」

「最低でもって、おまえ……」

「ギリギリで帝国に勝てるレベルじゃ、守りたいものを守れるとは限らない。
 戦いには勝ったが、大事な仲間や守るべき人たちがたくさん犠牲になりました、なんてのはイヤだぞ、俺は。
 余裕で帝国を封殺できるレベルにまで達しないと、犠牲者を最小化することはできないんだ」

「めちゃくちゃなことを言いやがる」

 ラシヴァが、呆れ半分、恐れ半分という口調でそう言った。

「……でも、エリアックの言うことは正しい。
 戦場は非情なもの。数と数がぶつかりあって、数の多いほうが勝つ。勝ったほうも、それ相応の犠牲者が出ることは避けられない。
 本当は、戦争なんてしたがるほうがどうかしてる。本物の戦場を見たことのない人が、頭に血を上らせたり、欲得に目がくらんだりして始めるもの。基本的には狂気の沙汰」

 静かに言ったユナの言葉には、さすがのラシヴァも言い返すことはできなかった。

「犠牲の出ない圧倒的勝利。
 俺が円卓を掌握して実現したいのはそういうことだ。
 無茶苦茶な理想だってことはわかってる。
 だが、やってできないこととは思わない。
 というより、そこを目指さない限り、帝国の丞相が狙ってる通りの消耗戦になるだけだ」

 しん、と沈黙が降りた。
 闘戯はとっくに終わってる。
 観客たちはもうほとんど大講堂からいなくなっていた。

「……ま、とりあえず、できることからやっていこう」

 俺たちは、大講堂を後にし、生徒会室に向かうことにした。
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