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第五章 15歳
44 霊威兵装の壊し方
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――壊、す? これを?
「ああ」
――そんなことは不可能。霊威兵装に実体はない。魔力で造られた死霊の檻、だから。
「みたいだな。現実を凌駕するほどに蓄積されたドロっドロの水魔力。その中に、死者の想念を取り込んでる。死霊を飼うための水槽みたいなもんだ」
――その水槽自体も、もはや実体をなくしてる。幽霊が幽霊を閉じ込めてる。
「だから破壊できないって? それは違うな。方法はある」
――どんな……?
「魔力は、基本的には淀まないんだよ。影は光を浴びれば消える。火は燃えるものがなくなれば消える。
それなのにここには水魔法が千年以上にわたって淀んでやがる。きっと黄昏人の遺産なんだろうな。黄昏人の魔力を蓄えるための大掛かりな施設を、古代デシバル帝国が死霊の貯蔵庫に作り変えた。
そういう仕組みだから、デシバルはこの施設を宮殿に運ぶことができなかった」
――それを、どうやって?
「穴を開ければいい。こんだけ圧縮された魔力なんだ。小さなヒビでも入れば、そこから外に溢れ出す。霊威兵装内部の魔力密度が下がれば、死霊の檻も維持できなくなる。死霊なんてものが留まってられるのは、現実を凌駕するほどに魔力の密度が高いからなんだからな」
――言うだけなら簡単。わたしがそれを試さなかったとでも?
「君じゃ難しいだろうな。霊威兵装はおそらくもとから水属性魔力を利用した造りになってたはずだ。高密度の水属性魔力に耐えられるように設計されてるんだから、アマの君が暴れた程度じゃどうにもならなかったんだろう」
――かといって、他の属性でもうまくいかない。霊威兵装がとくに水属性への耐性が強いとはいっても、他の属性にだって弱いわけじゃない。古代デシバル帝国の技術が結集された霊威兵装は、あらゆる魔法に強い耐性を持つ。もちろん、物理的な攻撃は、霊威兵装に実体がないせいで意味がない。
「そうだな。ラシヴァやネルズィエンくらい魔力のあるジトやジトヒュルが暴れても、この檻は壊せないだろう。
だが、俺はサンヌルだ」
――サンヌル? どうして……魔法が使えてるの?
「いろいろあって光属性と闇属性の魔力を相克を起こさずに扱う技術を身につけたんだよ」
――その「いろいろあって」が疑問なのだけど……
「まったくだ」
と、つぶやいたのはネルズィエン。
俺はそれを無視して続けた。
「俺の研究の結果、闇属性の魔力は、精神に作用する力が強いことが判明してる。
この魔力で塗り込められたような霊威兵装の中は、言ってしまえば精神世界みたいなもんだ。魔力が現実を凌駕し、死霊のようなありえない存在を生きながらえさせるヴァーチャルな空間だ。
俺はアマじゃないから水属性に直接は干渉できない。
でも、君の精神力を俺の闇属性魔力で増幅することはできそうだ。この空間内限定で、だけどな」
――そんな、ことが……
「ただ、実際に檻を壊すのは君の役目だ。俺はそれを手伝うにすぎない。髪や瞳を見るに、もともと相当魔力に恵まれたアマだったんだろ? 君の力を俺が増幅すれば、この檻は壊せる……かもしれない」
――確実ではないの?
「ここは現実を精神が凌駕する空間だ。君が檻を壊したい、絶対に壊す、そういう気持ちを持てさえすれば、この檻は壊せるだろう。君のそういう気持ちを、俺がここでの『現実』に変える」
やることは、暗示をかけるのによく似てる。
現実世界での暗示は、単に対象者の思考を誘導するにすぎない。
だが、魔力が現実を凌駕するこの霊威兵装の内部では、暗示によって誘導された精神が、そのままこの内部での「現実」となる。
ごちゃごちゃした説明をしてしまったが、一言で言えば、俺が彼女に「願えば叶う」という魔法をかけるようなものだ。
彼女が、霊威兵装を破壊したいと強く願えば、その願いはそのまま霊威兵装を破壊する力と化す。
「ま、待てよ! んなことしたら、せっかくの霊威兵装が壊れちまうじゃねえか!」
ラシヴァが慌てて言ってくる。
俺は、ラシヴァを見据えてはっきりと聞く。
「おまえ、本当にこんなものがほしいのか?」
「そ、それは……」
「悲惨な戦争の犠牲になった人たちをこんな場所に閉じ込めてまで、おまえの戦いに利用したいのか? もしそうだとしたら、それは帝国のやり方と何が違う?」
「ぐっ……」
「おまえが、俺との約束を破ったことは気にしてない。もともと無理な約束をさせたと思う。自分が勝つことがわかりきってたのに、ああいう要求をするのは卑怯だった。おまえには譲れない目的がある。俺との約束よりそっちのほうが大事なら、約束を破るのもしかたない。そう思った」
「そ、それは……」
「でもな、俺にも譲れない一線はある。もしおまえが、帝国を討つために帝国と同じレベルにまで身を落とすっていうんなら、俺はおまえのことを心の底から軽蔑する。
べつに、止めはしねえよ。そんな権利もねえ。ただ、帝国とおまえが相食むような状況になった時、俺はどっちの味方もできなくなる。おまえが行き過ぎていれば、俺はおまえの敵になるかもな」
「だが……俺はそれでも……」
「目的のために手段を選んではいられない。それはわかる。
だけど、それにしたって越えちゃいけないラインはある。それを踏み越えた途端、おまえについていくものは誰もいなくなるだろう。
副会長にも言われてたな。一人で帝国と戦う気か? おまえ一人じゃ、そこにいるネルズィエンにも勝てないと思うぞ」
ラシヴァが、存在を忘れていたかのように、ネルズィエンを見た。
ネルズィエンが、小さく鼻息をついて言った。
「ふん……今さら善人面をするつもりはないがな。この霊威兵装は、吸魔煌殻以上に気に入らない。仮にこれを持ち出せたとしても、わたしはとても使う気にはなれんな。帝国のために死んだ者たちを冒涜する兵器だ」
「侵略者が、どの口で言う」
「否定はしない。わたしは帝国の国益のために戦っているのだ。
霊威兵装は帝国のためにならぬ。わたしはこの場でこれを葬り去ることに賛成だ。残しておけば、キロフが目をつけないとも限らない。いや、必ず目をつけるだろう。いかにもやつ好みの兵器だからな」
ネルズィエンの言葉に、ラシヴァが黙り込む。
「……エリアック。てめえが思った以上にとんでもねえやつだってことは、今日一日で身にしみた。これでもまだ力を隠してやがるんだろう」
「まぁな。今さらとぼけるつもりはない」
「おまえは、帝国と戦うつもりでいる。そうだな?」
「ああ。帝国自体も危険だが、ネルズィエンの言ってたキロフとかいう男が気になるんだ。俺の想像通りなら、やつをどうにかできるのは俺しかいないかもな」
「嫌みなほどの自信だな」
「謙遜しても素直に認めても、嫌みだって言われるんだよな。最近は気にするだけ無駄だと思うようになった」
「おまえは……帝国みたいな汚いやり口を使わずに帝国と戦う。戦えると思ってる。それで間違いないか?」
「ああ。吸魔煌殻だの霊威兵装だの、人の命をすり潰すようなやり方には吐き気がする。
理想を言えば、戦争なんてせずに帝国を潰せるなら、それが最善だと思ってる。さすがに、そこまでうまくはいかないだろうけどな」
「甘ぇこと言ってるとは思わねえのか?」
「思わないな。むしろ、俺の考えは逆だ」
「逆だと?」
「そうだ。人の命をすり潰して勝つ。
当面は、それでうまく行くかもしれねえな。
だが、そんなことを続けてれば先はねえ。
人がついてこなくなる、人が逃げる、人が逆らう……それをむりやり従わせるのにどれだけのエネルギーがかかると思う?
自分の命をゴミのように扱われたら、みんな死に物狂いで逆らうぞ。
それをキロフが認識阻害や暗示で乗り切ったとしても、人を使い捨てにしてりゃあ、いつかは人が足りなくなる。
目先の勝利のために不都合な未来を糊塗するようなやり方こそ、『甘い』んじゃないかと俺は思うね」
「帝国のやり方が……甘ぇだと?」
「ああ。帝国は、人間ってものをバカにしきってる。
力づくで人を従わせてはいるが、それは、自分の権力に甘えてるだけだ。
自分には権力があるから、相手を人間として扱わなくてもいい。
それが甘えでなくてなんなんだ?」
「甘え……か」
ネルズィエンが複雑そうな表情で目を伏せる。
「そんなふうに従わせられた人間が、ネオデシバル皇帝クツルナイノフやキロフとかいう丞相に、心からの忠誠を誓うことは決してない。自分たちの正当な主人だと本心から認めることもないだろう。
たとえ帝国が大陸を平らげたとしても、各地で反乱が頻発して、安定した治世は望めないだろうよ。帝国に怨みを持つのは、なにもラシヴァだけじゃないんだからな」
ネルズィエンから聞いた限りでは、キロフはむしろそれを望んでる節があるけどな。皇帝はその傀儡だろう。
「おめえは、それと戦おうってのか、エリアック」
「見過ごすことはできないと思ってる」
俺だって、本音を言えば命をかけた戦いなんてしたくない。
たとえストレスを感じないとしても――いや、感じないからこそ、自分の命を意識的に守る必要がある。
だが、ここで俺が怯えて実家にひきこもったところで、帝国がその動きを止めることはない。
「てめえには怖いもんがねえのか」
「怖いよ。そりゃ怖い。でも、手遅れになるまで動かないほうがよほど怖い」
ラシヴァをまっすぐ見返し、そう言った。
ラシヴァは、目を強くつむって、数秒のあいだ考える。
そして、
「……わかったよ。おめえの言い分が正しいんだろう。こんな未来のない兵器で勝ったところで、その勝利は長続きしねえ。俺も味方を生け贄にするような真似は、正直言えばしたくねえ」
「だろ? おまえは帝国と戦うにはそういう非情さが必要だと思い詰めてたかもしれない。
でも、俺たちは、帝国と戦うだけじゃなく、帝国の非情さとも戦わないといけないんだ」
「非情さと、戦う……か。
へっ、これまたとんでもねえ難敵だな」
「ひとつしかない命をかけて戦うんだ。それくらいの相手じゃないとつまらなくないか?」
「ふんっ、そいつは言えてるな」
「非情さと……戦う……」
晴れ晴れした顔になったラシヴァとは対照的に、ネルズィエンはいっそう暗い顔になって黙り込む。
「というわけで、霊威兵装を破壊するぞ。
えーっと……君の名前はなんだっけ?」
俺は、アクアマリンの少女に言う。
――ユナシパーシュ。ユナシパーシュ=アマ=ユナシパン。
「長い名前だな」
――ユナでいい。
淡く微笑んで、少女が言った。
学園騎士団の生徒だったにしてはあどけない感じで、十二、三歳くらいに見えるな。
あの幻視の中で指揮官をしてたことを思うと、今の俺より上級生だったはずなんだが。
「じゃあユナ。こいつを心から壊したいと思えるか?」
――もちろん。できるものなら、いつでもそうしたかった。
「そういうことなら始めるか。
ネルズィエン、ラシヴァ。火属性が扱えるおまえたちも協力してくれ」
「どうせわたしは逆らえん」
「リーダーなんだから命令すればいいんだよ」
二人はそっけなくそう言うが、もう反発するつもりはなさそうだ。
こいつらが素直じゃないのは単にツンデレなだけで、霊威兵装を壊したいと思ってるのは間違いない。
「よし、始めるぞ」
俺はそう言って、闇属性の魔力を練り始める。
「ああ」
――そんなことは不可能。霊威兵装に実体はない。魔力で造られた死霊の檻、だから。
「みたいだな。現実を凌駕するほどに蓄積されたドロっドロの水魔力。その中に、死者の想念を取り込んでる。死霊を飼うための水槽みたいなもんだ」
――その水槽自体も、もはや実体をなくしてる。幽霊が幽霊を閉じ込めてる。
「だから破壊できないって? それは違うな。方法はある」
――どんな……?
「魔力は、基本的には淀まないんだよ。影は光を浴びれば消える。火は燃えるものがなくなれば消える。
それなのにここには水魔法が千年以上にわたって淀んでやがる。きっと黄昏人の遺産なんだろうな。黄昏人の魔力を蓄えるための大掛かりな施設を、古代デシバル帝国が死霊の貯蔵庫に作り変えた。
そういう仕組みだから、デシバルはこの施設を宮殿に運ぶことができなかった」
――それを、どうやって?
「穴を開ければいい。こんだけ圧縮された魔力なんだ。小さなヒビでも入れば、そこから外に溢れ出す。霊威兵装内部の魔力密度が下がれば、死霊の檻も維持できなくなる。死霊なんてものが留まってられるのは、現実を凌駕するほどに魔力の密度が高いからなんだからな」
――言うだけなら簡単。わたしがそれを試さなかったとでも?
「君じゃ難しいだろうな。霊威兵装はおそらくもとから水属性魔力を利用した造りになってたはずだ。高密度の水属性魔力に耐えられるように設計されてるんだから、アマの君が暴れた程度じゃどうにもならなかったんだろう」
――かといって、他の属性でもうまくいかない。霊威兵装がとくに水属性への耐性が強いとはいっても、他の属性にだって弱いわけじゃない。古代デシバル帝国の技術が結集された霊威兵装は、あらゆる魔法に強い耐性を持つ。もちろん、物理的な攻撃は、霊威兵装に実体がないせいで意味がない。
「そうだな。ラシヴァやネルズィエンくらい魔力のあるジトやジトヒュルが暴れても、この檻は壊せないだろう。
だが、俺はサンヌルだ」
――サンヌル? どうして……魔法が使えてるの?
「いろいろあって光属性と闇属性の魔力を相克を起こさずに扱う技術を身につけたんだよ」
――その「いろいろあって」が疑問なのだけど……
「まったくだ」
と、つぶやいたのはネルズィエン。
俺はそれを無視して続けた。
「俺の研究の結果、闇属性の魔力は、精神に作用する力が強いことが判明してる。
この魔力で塗り込められたような霊威兵装の中は、言ってしまえば精神世界みたいなもんだ。魔力が現実を凌駕し、死霊のようなありえない存在を生きながらえさせるヴァーチャルな空間だ。
俺はアマじゃないから水属性に直接は干渉できない。
でも、君の精神力を俺の闇属性魔力で増幅することはできそうだ。この空間内限定で、だけどな」
――そんな、ことが……
「ただ、実際に檻を壊すのは君の役目だ。俺はそれを手伝うにすぎない。髪や瞳を見るに、もともと相当魔力に恵まれたアマだったんだろ? 君の力を俺が増幅すれば、この檻は壊せる……かもしれない」
――確実ではないの?
「ここは現実を精神が凌駕する空間だ。君が檻を壊したい、絶対に壊す、そういう気持ちを持てさえすれば、この檻は壊せるだろう。君のそういう気持ちを、俺がここでの『現実』に変える」
やることは、暗示をかけるのによく似てる。
現実世界での暗示は、単に対象者の思考を誘導するにすぎない。
だが、魔力が現実を凌駕するこの霊威兵装の内部では、暗示によって誘導された精神が、そのままこの内部での「現実」となる。
ごちゃごちゃした説明をしてしまったが、一言で言えば、俺が彼女に「願えば叶う」という魔法をかけるようなものだ。
彼女が、霊威兵装を破壊したいと強く願えば、その願いはそのまま霊威兵装を破壊する力と化す。
「ま、待てよ! んなことしたら、せっかくの霊威兵装が壊れちまうじゃねえか!」
ラシヴァが慌てて言ってくる。
俺は、ラシヴァを見据えてはっきりと聞く。
「おまえ、本当にこんなものがほしいのか?」
「そ、それは……」
「悲惨な戦争の犠牲になった人たちをこんな場所に閉じ込めてまで、おまえの戦いに利用したいのか? もしそうだとしたら、それは帝国のやり方と何が違う?」
「ぐっ……」
「おまえが、俺との約束を破ったことは気にしてない。もともと無理な約束をさせたと思う。自分が勝つことがわかりきってたのに、ああいう要求をするのは卑怯だった。おまえには譲れない目的がある。俺との約束よりそっちのほうが大事なら、約束を破るのもしかたない。そう思った」
「そ、それは……」
「でもな、俺にも譲れない一線はある。もしおまえが、帝国を討つために帝国と同じレベルにまで身を落とすっていうんなら、俺はおまえのことを心の底から軽蔑する。
べつに、止めはしねえよ。そんな権利もねえ。ただ、帝国とおまえが相食むような状況になった時、俺はどっちの味方もできなくなる。おまえが行き過ぎていれば、俺はおまえの敵になるかもな」
「だが……俺はそれでも……」
「目的のために手段を選んではいられない。それはわかる。
だけど、それにしたって越えちゃいけないラインはある。それを踏み越えた途端、おまえについていくものは誰もいなくなるだろう。
副会長にも言われてたな。一人で帝国と戦う気か? おまえ一人じゃ、そこにいるネルズィエンにも勝てないと思うぞ」
ラシヴァが、存在を忘れていたかのように、ネルズィエンを見た。
ネルズィエンが、小さく鼻息をついて言った。
「ふん……今さら善人面をするつもりはないがな。この霊威兵装は、吸魔煌殻以上に気に入らない。仮にこれを持ち出せたとしても、わたしはとても使う気にはなれんな。帝国のために死んだ者たちを冒涜する兵器だ」
「侵略者が、どの口で言う」
「否定はしない。わたしは帝国の国益のために戦っているのだ。
霊威兵装は帝国のためにならぬ。わたしはこの場でこれを葬り去ることに賛成だ。残しておけば、キロフが目をつけないとも限らない。いや、必ず目をつけるだろう。いかにもやつ好みの兵器だからな」
ネルズィエンの言葉に、ラシヴァが黙り込む。
「……エリアック。てめえが思った以上にとんでもねえやつだってことは、今日一日で身にしみた。これでもまだ力を隠してやがるんだろう」
「まぁな。今さらとぼけるつもりはない」
「おまえは、帝国と戦うつもりでいる。そうだな?」
「ああ。帝国自体も危険だが、ネルズィエンの言ってたキロフとかいう男が気になるんだ。俺の想像通りなら、やつをどうにかできるのは俺しかいないかもな」
「嫌みなほどの自信だな」
「謙遜しても素直に認めても、嫌みだって言われるんだよな。最近は気にするだけ無駄だと思うようになった」
「おまえは……帝国みたいな汚いやり口を使わずに帝国と戦う。戦えると思ってる。それで間違いないか?」
「ああ。吸魔煌殻だの霊威兵装だの、人の命をすり潰すようなやり方には吐き気がする。
理想を言えば、戦争なんてせずに帝国を潰せるなら、それが最善だと思ってる。さすがに、そこまでうまくはいかないだろうけどな」
「甘ぇこと言ってるとは思わねえのか?」
「思わないな。むしろ、俺の考えは逆だ」
「逆だと?」
「そうだ。人の命をすり潰して勝つ。
当面は、それでうまく行くかもしれねえな。
だが、そんなことを続けてれば先はねえ。
人がついてこなくなる、人が逃げる、人が逆らう……それをむりやり従わせるのにどれだけのエネルギーがかかると思う?
自分の命をゴミのように扱われたら、みんな死に物狂いで逆らうぞ。
それをキロフが認識阻害や暗示で乗り切ったとしても、人を使い捨てにしてりゃあ、いつかは人が足りなくなる。
目先の勝利のために不都合な未来を糊塗するようなやり方こそ、『甘い』んじゃないかと俺は思うね」
「帝国のやり方が……甘ぇだと?」
「ああ。帝国は、人間ってものをバカにしきってる。
力づくで人を従わせてはいるが、それは、自分の権力に甘えてるだけだ。
自分には権力があるから、相手を人間として扱わなくてもいい。
それが甘えでなくてなんなんだ?」
「甘え……か」
ネルズィエンが複雑そうな表情で目を伏せる。
「そんなふうに従わせられた人間が、ネオデシバル皇帝クツルナイノフやキロフとかいう丞相に、心からの忠誠を誓うことは決してない。自分たちの正当な主人だと本心から認めることもないだろう。
たとえ帝国が大陸を平らげたとしても、各地で反乱が頻発して、安定した治世は望めないだろうよ。帝国に怨みを持つのは、なにもラシヴァだけじゃないんだからな」
ネルズィエンから聞いた限りでは、キロフはむしろそれを望んでる節があるけどな。皇帝はその傀儡だろう。
「おめえは、それと戦おうってのか、エリアック」
「見過ごすことはできないと思ってる」
俺だって、本音を言えば命をかけた戦いなんてしたくない。
たとえストレスを感じないとしても――いや、感じないからこそ、自分の命を意識的に守る必要がある。
だが、ここで俺が怯えて実家にひきこもったところで、帝国がその動きを止めることはない。
「てめえには怖いもんがねえのか」
「怖いよ。そりゃ怖い。でも、手遅れになるまで動かないほうがよほど怖い」
ラシヴァをまっすぐ見返し、そう言った。
ラシヴァは、目を強くつむって、数秒のあいだ考える。
そして、
「……わかったよ。おめえの言い分が正しいんだろう。こんな未来のない兵器で勝ったところで、その勝利は長続きしねえ。俺も味方を生け贄にするような真似は、正直言えばしたくねえ」
「だろ? おまえは帝国と戦うにはそういう非情さが必要だと思い詰めてたかもしれない。
でも、俺たちは、帝国と戦うだけじゃなく、帝国の非情さとも戦わないといけないんだ」
「非情さと、戦う……か。
へっ、これまたとんでもねえ難敵だな」
「ひとつしかない命をかけて戦うんだ。それくらいの相手じゃないとつまらなくないか?」
「ふんっ、そいつは言えてるな」
「非情さと……戦う……」
晴れ晴れした顔になったラシヴァとは対照的に、ネルズィエンはいっそう暗い顔になって黙り込む。
「というわけで、霊威兵装を破壊するぞ。
えーっと……君の名前はなんだっけ?」
俺は、アクアマリンの少女に言う。
――ユナシパーシュ。ユナシパーシュ=アマ=ユナシパン。
「長い名前だな」
――ユナでいい。
淡く微笑んで、少女が言った。
学園騎士団の生徒だったにしてはあどけない感じで、十二、三歳くらいに見えるな。
あの幻視の中で指揮官をしてたことを思うと、今の俺より上級生だったはずなんだが。
「じゃあユナ。こいつを心から壊したいと思えるか?」
――もちろん。できるものなら、いつでもそうしたかった。
「そういうことなら始めるか。
ネルズィエン、ラシヴァ。火属性が扱えるおまえたちも協力してくれ」
「どうせわたしは逆らえん」
「リーダーなんだから命令すればいいんだよ」
二人はそっけなくそう言うが、もう反発するつもりはなさそうだ。
こいつらが素直じゃないのは単にツンデレなだけで、霊威兵装を壊したいと思ってるのは間違いない。
「よし、始めるぞ」
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