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第五章 15歳

39 予期せぬ再会

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「待てっ! ラシヴァ!」

 俺の制止を無視し、ラシヴァが洞窟の奥へと消えた。

「くそっ! うかつだった!」

 帝国を憎むラシヴァにつぶやきを拾われたのは俺のミスだった。

 俺はラシヴァを追いかけかけるが、すぐに足を止める。

 俺の背後には、チームメイトたちがいるのだ。
 俺はリーダーで、彼らの行動に責任がある。
 ラシヴァに続いて俺までが洞窟に駆け込めば、彼らは帝国の吸魔煌殻兵がいるかもしれない場所に放り出されることになる。

「ど、どうしたの、リーダー?」

 ミリーが聞いてくる。

「全員集まってくれ」

 崖の道は狭かったが、なんとか最後尾のシズレーンまで声の届く範囲に来てもらう。

「洞窟の中に、帝国の吸魔煌殻兵がいる可能性が出てきた」

 俺の言葉に、メンバーたちが息を呑んだ。

「ほ、本当なの!?」

「確証があるわけじゃないが、可能性は十分ある」

 うなずく俺に、シズレーンが言った。

「リーダー。ラシヴァが飛び込んで行ったのはひょっとして……」

「ああ。完全に頭に血が上ってるな」

「吸魔煌殻兵の数は?」

「二、三十だ」

「に……っ」

 シズレーンが絶句した。

「り、リーダーはどうやってそのことがわかったんだ?」

 魔術科の男子生徒が聞いてきた。

「魔力を探った。どうやったかは今すべき話じゃない」

 ミリーが叫ぶ。

「ど、どうするの? ラシヴァを連れ戻さなきゃ!」

「どうやってだよ!? 吸魔煌殻兵がうようよいるんだろ!?」

 魔術科のもう一人が、ミリーの言葉に叫び返す。

「俺が責任を持って連れ戻す。チームはシズレーンに預ける。さいわい、洞窟の外に吸魔煌殻兵の気配はない。もっとも、離れた場所に別働隊がいる可能性はあるんだが……」

 安心材料としては、黒装猟兵がいなさそうなことか。
 黒装猟兵は全員がヌルかヌルホドだ(サンヌルはいないとして)。だから、俺の魔力探知に引っかかる。
 気配を殺すのに長けた黒装猟兵がいないなら、不意打ちを受けるおそれは低いだろう。

 魔術科の生徒が慌てて言った。

「ち、ちょっと待ってくれよ! 俺たちには吸魔煌殻兵の気配なんてわからない! そんなことを聞かされて取り残されても困る!」

「……それはそうかもしれないな……」

 これは、こいつの言い分のほうが正しいな。

「……リーダー。あなたの話を聞いていると、あなたは分隊規模の吸魔煌殻兵を相手取ってもなんとかなると思っているように聞こえるのだが」

 シズレーンが冷静にそう指摘する。
 六年前の戦役で緑装騎兵の力を目撃したシズレーンは、この中でいちばん連中のヤバさを知っている。

 俺はしかたなく認めた。

「実際、その通りだ。なんとかできないこともない。俺がブランタージュ伯の息子だってことは知ってるだろ」

「その説明で納得するのは困難なのだが……まあ、それはいいだろう」

「いいのか?」

「リーダーに、自分の命を捨ててまでラシヴァを連れ戻す理由がないからな。だとすれば、すくなくともリーダーは、なんとかできると確信してるはずだ。にわかには信じがたいことだが」

「そ、そういえば、リーダーは魔法は使えないんじゃなかったの?」

 ミリーが聞いてくる。

「ラシヴァとの闘戯では使わなかっただけだ」

「げっ、魔法なしであいつを下したのかよ!?」

「っていうか、そもそもリーダーはサンヌルだったんじゃ……」

 男子二人が反応する。

「悪いが、説明してる時間がない。
 俺といたほうが安心だと信じられるならついてきてくれ。ただし、俺から距離を置いて、後方をしっかり警戒しながらな」

 俺の言葉に、四人が顔を見合わせる。

 シズレーンが言った。

「リーダー。われわれはあなたをリーダーに選んだのだ。あなたがより安全だと思う指示を出してくれ」

「……そうだな」

 遠足のチームとはいえ、今の俺は軍事組織のリーダーなのだ。
 決定権は俺にあるし、また、決定する責任がある。

「わかった。一緒に行こう。洞窟はさいわい一本道だ。俺の後をついてきてくれれば、そこに敵がいないことは確実だ」

 四人が、青い顔でうなずいた。





 俺は、全速力で洞窟を走る。
 洞窟は、下へ下へと向かっていた。
 俺は灯りも生まず、陰渡りを使って闇の中を進んでいく。
 洞窟の地面には水が薄く流れてる。普通に走ると水音が響いてしまうからな。

 悪いが、四人は後ろに置き去りだ。
 四人が追いついてくる前に、ラシヴァに追いつくか、帝国兵をどうにかしてしまいたい。
 洞窟内に分岐があれば別行動は危険だったが、この洞窟は完全な一本道だ。

 陰渡りを使ってる最中は、陰の広がりが感覚でわかる。
 真っ暗な洞窟内も、俺にとっては学園の廊下と変わらない。

 すぐに、進行方向に明かりが見えてきた。

 ラシヴァかと思ったが、そうじゃない。
 洞窟の広がった空間に、松明を持った人影がいくつもある。

 既に、戦いの始まってる気配がした。
 近づくと、拳に炎をまとわせたラシヴァが、松明を持った兵に殴りかかるところだった。

「ラシヴァ!」

 俺の声に耳を貸さず、ラシヴァが兵に殴りかかる。
 兵は手にした盾でそれを受けた。
 ラシヴァが動きを止めた隙に、横手から別の兵が手にした剣で斬りかかる。
 そこに、俺が魔法を放つ。

「『闇の弾丸よ』!」

「ぐあっ!?」

 俺の放った魔法が、兵の剣を粉砕した。

 その隙に、俺はラシヴァの首根っこをつかまえ、空間の入り口へと飛び退いた。

「何者だ!」

 兵たちがこっちに剣を向け誰何すいかしてくる。

「そっちこそ何者だ。ここはウルヴルスラ学園騎士団の自治領だぞ」

 俺がわざわざそう問い返したのは、兵たちの正体がわからなかったからだ。

 最初は吸魔煌殻兵かと思ったが、こいつらは吸魔煌殻を装備していない。しっかりした造りの、迷彩柄に塗った革鎧をつけてるだけだ。
 隠密性を重視しているようだが、かといって黒装猟兵でもない。兵たちがジトであることは見ればわかる。噂に聞く青装弓兵や黄装槍兵こうそうそうへいとも思えない。

 俺は重ねて聞いた。

「帝国兵か? なぜ吸魔煌殻を装備してないんだ?」

 俺は改めて周囲を見る。
 そこは、広いドーム状の空間だった。
 天井からは長い鍾乳石がぶら下がり、奥には地底湖の水面が見える。

(……ん?)

 その水面が、真ん中で割れていた。
 モーセの出エジプトみたいに水が左右に引いて、その真ん中に下りの階段らしきものが見えている。

 兵たちは、地底湖を守るような布陣で並んでいた。
 気配から察した通り、数は二十と少し。
 そのうちの一人が、既に地面に倒れてる。
 たぶん、ラシヴァの不意打ちでやられたのだろう。
 魔力は感じるから、死んではいないようだった。

「……学園騎士団のガキどもか」

 兵の一人が、警戒もあらわにそう言った。

 俺に引きずられたままだったラシヴァが身じろぎする。

「離せ!」

「まだ動くなよ?」

 そう言って俺はラシヴァを離す。

 頭に血が上って勝手に殴り込んだラシヴァだが、一旦冷静になれば、さすがに状況はわかったらしい。

 兵のリーダー格が言った。

「おまえの問いに答える必要はない。
 ――そのガキどもを捕らえろ!」

「……しかたないな」

 俺はオリジナルの光魔法「エリアスタン」を放った。

「「「ぐぁぁっ!?」」」

 兵たちが突然目を押さえて転げ回る。

「な、なんだ……!?」

 ラシヴァが驚く。

「戦闘態勢に入ってると、認識阻害は効きにくいからな」

「てめえが何かやったのか!?」

「見えない閃光で目を潰した……ように錯覚させた。
 いまのうちに認識阻害を……いや、誰か上がって来るぞ」

 地底湖の方を見て言う俺に、ラシヴァが拳を上げて身構える。

「何事だ!」

 地底湖の階段から、張りのある女性の声が聞こえてきた。
 続いて、

「お待ちくだされ! 危険があるやもしれませぬ!」

 少ししゃがれた感じの大きな声も聞こえてくる。

 どちらの声にも、聞き覚えがあった。

「……まさか」

 階段から、鞭を構えた女性と、大剣を構えた壮年男性が現れた。

 女性は、赤い炎のような髪を腰まで伸ばしたつり目の美女。以前見た吸魔煌殻のレプリカではなく、ぴったりとした見慣れないボディスーツのようなものを身に付けていた。
 壮年男性は、女性より頭ひとつ分以上大柄だ。がっしりした体型の、歴戦の将軍といった風貌をしてる。

 現れた男女のどちらにも、俺ははっきりと見覚えがあった。

「ネルズィエン皇女……」

 俺のつぶやきに、赤毛の美女が俺を見た。
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