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第五章 15歳

(15歳)27 受験生たち

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◇エリアック視点

 学園騎士団の入団試験当日は、王都ラングレイから特別仕立ての馬車が出る。
 といっても、決して豪華なものじゃない。
 粗末とまでは言わないが、無骨極まる十人乗りの幌のない馬車が、数台の車列になって、ラングレイから北西へと向かっていく。

「くそっ! なんだこの馬車は! 振動が激しくてまともに座っていられぬ!」

 高位貴族の子弟らしい、 坊っちゃん顔のジトの少年が、地団駄を踏んで悪態をつく。
 まるで、自分が悪態をつけば、周囲が自分に便宜を図ってくれると信じてるみたいだ。

 俺を含め、馬車の同乗者たちの反応は冷ややかだった。
 というより、ガン無視だ。

(たしかに、乗り心地はよくないけどな)

 この幌のない馬車は、学園騎士団所有の兵員輸送用の馬車らしい。
 なるべく多くの数の兵を運べればそれでいい――そんなコンセプトで設計された軍用馬車に、乗り心地を求めてもしかたない。

 車列の馬車には、それぞれ定員いっぱいの十人の受験者が乗っている。
 学園騎士団への入団は15歳から。同乗者はみな、俺と同い年のはずだ。
 学園騎士団では、実家の家格を排除するために、揃いの制服が用意されてるという。
 その準備期間ということか、受験生は出発前に、質素な麻のチュニックとズボンに着替えさせられた。
 用意された更衣室で服を着替え、仲良くお揃いの格好になってから、受験生たちは移動用の馬車に乗り込んだ。

 ――王都ラングレイでの園遊会やロゼとの出会いから、三年の月日が経った。

 その間に、いよいよ帝国も動き出している。
 ロゼからの手紙になぜか同封されていたセルゲイからの手紙によれば、ネオデシバル帝国は「国家総動員体制」を敷き、ヒト、モノ、カネといった国家資源のすべてを戦争を注ぎ込もうとしてるらしい。

 もともと「ネオ」デシバルという名にも、引っかかりは覚えていた。
 さらに「国家総動員体制」となると、もう偶然とは言えないだろう。

(ネオデシバルには、転生者がいる)

 それも、国の中枢深くにいるはずだ。
 国名や国家戦略にまで影響を及ぼしてるわけだからな。

 だが、帝国中枢の動きは、セルゲイの放ったトワの優秀な諜報員たちでも探り出すことができなかったらしい。

(問題は、諜報員が潜り込めない原因が、デシバル帝国の古代技術のせいなのか、謎の転生者のせいなのか、だな。
 いや、もうひとつ可能性があったか)

 ネオデシバル帝国の皇都デジヴァロワは、古代デシバル帝国の民たちがコールドスリープしていた宮殿を核に、急激な膨張を続けてる。
 その宮殿は、どうやら黄昏人の遺産らしい。諜報員が入り込めないのは、黄昏人の遺産のせいだという可能性も十分にある。

 つまり帝国には、
1.デシバル帝国自身の技術・魔法
2.黄昏人の遺産
3.未知の転生者
 という三つのXファクターがあるってことだ。

(どれか一つにしてほしいぜ……)

 もう六年前になるブランタージュ戦役で鹵獲した吸魔煌殻の研究は、王都でもうちの領地でもやっている(うちの領地が赤装歩兵の吸魔煌殻の一部をガメてるのは秘密だ)。
 だが、いまだにその技術の一端すら解明できていない。
 俺が調べた限りでも、精緻な魔法回路らしきものが埋め込まれてることはわかるのだが、それがどんな回路なのかもわからないし、術者がいなければ霧散するはずの魔力をどうやって固定化しているのかもわからない。
 吸魔煌殻の副作用をなくしたレプリカを造れないかという俺の期待は、古代帝国の――あるいは黄昏人の技術水準の絶望的な高さの前に砕け散った。

 一方、国家総動員体制に突入した帝国は、ミルデニアには目もくれず、帝国西隣のヒュルベーン王国へと攻め入った。
 ヒュルベーンは国土の半分を既に切り取られ、焦土戦術でかろうじて帝国軍の進撃を遅らせているだけの状態だ。
 反帝国同盟諸国も、それぞれの国境から帝国へと圧迫を加えてはいるが、いまのところ帝国の吸魔煌殻部隊に遮られ、ろくな戦果を挙げられてないらしい。
 さながら第二次大戦の独ソ戦のような状態が、もう二年近くも続いている。

 そんな時節に学園騎士団に入団しようというからには、当然受験者たちのあいだにも緊張が漲ってるかと思ったのだが……

「おい、聞いてるのか! 僕は尻が痛いと言ってるんだ!」

 さっきの 坊っちゃん受験生がまだ騒いでる。

(実際、王都から三日もこんな馬車に揺られてたらストレスも溜まるよな)

 俺は溜まらないけどな。
 もっとも、ストレスこそ溜まらないものの、尻が赤くなって、昨日宿で見たら皮が剥けてしまっていた。俺は光属性の回復魔法「光の癒し」を使って治療したが、他の受験生はそうもいかなかったはずだ。
 同乗者十人の中にサンらしき受験生もいたが、「光の癒し」はそれなりに高度な光魔法なので、彼女に使えるかどうかは怪しいだろう。

 揺れる馬車の上で器用にだだをこねる小太りの 坊っちゃん。
 同乗者たちはうんざりした顔を見せている。
 そうでないのは、ストレスを感じない俺と、うんざりでは済まないくらい額に血管を浮き上がらせた、赤髪の受験生の二人だけだ。

 その赤髪が、ダン! と馬車の床を蹴りつけた。

「っせーよ! くだらねえことでいつまでも騒いでんじゃねえ!」

「な、ななな……」

 赤髪が座席から立ち上がる。
 立ち上がってみると、赤髪は 坊っちゃんより頭二つ分くらいは上背があった。俺と比べても、たぶん頭一つは違うだろう。
 肩幅も広く、赤銅色の肌がしなやかな筋肉で盛り上がってる。
 赤髪は、すくみ上がった 坊っちゃんに身体が触れそうなほどに近づいた。
 鷹のように鋭い赤い目が、ジト(火)のくせに真っ青になった 坊っちゃんを真上から睨む。

「平和ボケした貴族のクソガキが……! 今がどういう時だかわかってんのか!」

「なっ、なんだと!? ぼ、僕は由緒あるボルティモア侯爵家の嫡男で……」

「んな肩書きが戦場で通じるか! てめえは帝国兵を前にしても同じことが言えんのか!? 戦争で負けたら、てめえが印籠みたいに掲げてるナントカ侯爵家とやらも、一族郎党皆殺しにされんだぞ!」

「ぶ、無礼であるぞ! わがボルティモア侯爵家を侮辱するか!」

「てめえの家に泥を塗ってるのはてめえ自身だろうがよ! 学園騎士団には実家の家格は持ち込まねえ。出発前に散々言われたことを、もう忘れてやがんのか! それとも、お偉い侯爵家の跡取りさんは、学園騎士団の規則になんぞ従う気はねえとでも言いたいのか!」

「ぬ、ぐぅぅ……っ」

 坊っちゃんが顔を赤く染めて黙り込む。

 その坊っちゃんを鼻でせせら笑い、赤髪がどかりと席に座った。
 隣の受験生が、びくっと身をすくませてる。

(乱暴だけど、言ってることは正論だったな)

 戦争になれば、家の格なんて何の保証にもなりはしない。
 むしろ、有力な家ほど、戦争に負けた時には悲惨な目に遭う可能性が高いくらいだ。

 俺は、改めて赤髪の受験生をそっと見る。

 赤髪、赤目、赤銅色の肌。ジト以外に考えられない。
 性格と加護には因果関係があるとかないとか言われてるが、この受験生に関しては、まさしく烈火のような性格をしてる。

 だが、その炎のような瞳には、押し殺された怒りと、ひとかけらの悲しみが宿ってるように見えた。
 全員が同じ服装をさせられてるので、この受験生の身元を推測できる手がかりはない。
 いや、

(ブレスレット、か? よく取り上げられなかったな)

 赤髪の受験生の左手首に、金細工のきゃしゃなブレスレットがはまっていた。

 あまりじっと見すぎたか、受験生が視線に気づき、顔を上げる。

「ああ……こいつは両親の形見でな。特例として認めてもらったんだよ」

「特例、か」

 俺がつぶやくと、

「おいおい、勘違いするな。べつに賄賂を贈ったとかそんなんじゃねえ。こいつを預けられるような信用できる身寄りが、今の俺にはいねえんだ。同情されただけさ。
 どっちにせよ、今じゃなんの意味も持たねえただの飾りだ」

 受験生はそう言うと、しゃべりすぎたことを悔いたように目をそらす。

 俺たちの馬車に、居心地の悪い沈黙が落ちた。

 俺は、ロゼのことを考えてみる。

(ロゼも受験してるはずだけど、馬車は別便みたいだな。車列の馬車にロゼの気配はない。先に出た馬車か、後に出る馬車だったんだろう)

 学園騎士団の受験生は、数百人にのぼる。
 戦争中だから減るかと思ったら、むしろ我こそはと志願する貴族の子弟が殺到し、今年の入団試験の倍率は、前例がないほどに高いという。

(ノブレスオブリージュってやつかね。いや、そうでもないんだっけ)

 俺は、怒りをこらえかねる顔で縮こまった、坊っちゃん受験生をちらりと見る。

 ミルデニア王国の貴族は、特権階級としての地位と引き換えに、いざとなれば軍務につく義務がある。

 いずれ帝国との間に戦争が始まった時、学園騎士団に在籍してる最中なら、学園騎士団に所属することになる。
 軍事組織とはいえ学校だから、学園騎士団が危険な前線に駆り出されることはあまりない。

 学園騎士団を卒業後に戦争が始まった場合には、他の騎士団の所属となるが、最初から好待遇で軍務に着ける。
 一方、学園騎士団を出てない場合、同い歳の学園騎士団卒の貴族の下で、軍務に着くはめにもなりかねない。
 この場合、たとえ実家が公爵だろうと、下級貴族出の卒業生の指揮下に入ることもある。

 プライドの高い貴族の子弟の中には、それをよしとせず、渋々学園騎士団に出願するやつらもいるらしい。

 そんな事情があるせいで、今年は例年になく志願者が多かった。
 受験馬車も、数度に分けて運行される。
 そのあおりで、俺とロゼは別便になってしまったわけだ。

(ロゼとの再会は、入学後のお楽しみだな)

 あれだけ特徴的な魔力の持ち主が車列にいたら絶対に気づいてる。
 あっちも俺に気づくはずだ。

(まぁ、受験前に再会するより、受かってから再会したほうが感動も大きいだろ)

 もちろん、俺も落ちるつもりはないし、ロゼが落ちることも考えられない。

 そんなことを思ってると、

「んだてめえ。さっきからニヤニヤと笑いやがって……。女のことでも考えてやがんのか? これから受験だってのにおめでてえやつだな」

 赤毛のヤンキーにからまれた。
 どうやら、そんなわかりやすい顔をしてたらしい。

「いいだろ、べつに。モチベも上がるし」

「ふん。だといいがな。その女が戦争に負けたらどんな目に遭わされるか、よくよく考えてみるといい。少しは俺の焦燥感がわかるはずだ」

「焦ってんのか、おまえ。あんまり気負いすぎると、本番で力を出しきれないんじゃないか?」

 赤く暗い炎の瞳をまっすぐに見返して言ってやる。
 赤髪は、意外そうな目で俺を見た。

「……貴族のボンボンかと思ったら、そうでもなかったらしいな。俺にそんなことを言うやつは初めてだ」

「いや、いきなり認められても困るんだけど。俺、彼女いるし」

「俺も男色じゃねえよ!」

 赤髪が呵々と笑った。

 ……なお、「俺、彼女いるし」と言った辺りで、乗り合わせた男子受験生からの視線がめっちゃ険しくなっていた。

 馬車の空気が微妙に緩みかけたところで、サンの女子受験生が、進行方向を指差して言った。

「あれじゃない!? 学園都市――ウルヴルスラ!」
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