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第四章 12歳
16 ローゼリアという少女
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「がっはっは! あの時のエリオの顔を奥方にも見せてやりたかったわ!」
顔を赤くして大笑いする王様に、父さんが顔をしかめていた。
「やめてくださいよ。学園騎士団時代の話を蒸す返すのは」
「その他人行儀なしゃべりをやめたら考えてやるわ!」
「一定の節度が必要なんですよ。お互いもう立場もあるんですから」
夕食後、酒が入ると、旧友同士の昔話が始まった。
この世界のことを知らない俺にはそれなりに楽しい話だったが、母さんはもう聞き飽きてるらしく、ちょっと退屈そうにしてる。
もっと退屈そうなのは、ローゼリア王女だな。
母さんが、俺に目配せを送ってくる。
(王女が暇そうだから誘って抜け出せって言ってるな)
将来、絶対美人になること請け合いの美少女だ。
俺としても誘うにやぶさかではない。
「王女様。よかったら奥の部屋で遊びましょう」
俺が声をかけると、王女は一瞬びくりとした。
「は、はい……そうですね。うちの父がすみません……」
いや、謝られてもな。
相手が王様だから「うん」とも言えないし。
「いえ、父もひさしぶりに友人に会えて嬉しいのでしょう。ランペジネは田舎ですからね」
と、王様の接待を父さんに向かってぶん投げる。
「そんなことは……豊かな土地柄だと聞いています」
「たしかに、農業はさかんですね。ご興味がおありなら、領地の話もいたしましょう」
「お気遣いありがとうございます」
そう言われてしまうと気遣いにならない気もするけどな。
気苦労の多そうな王女様だ。
ともあれ、俺は王女様をエスコートして隣の部屋へと向かった。
途中で、セルゲイさんとすれ違う。
「おや、坊っちゃま。お茶とお菓子でもお持ちいたしましょうか?」
「うん、お願いします。ところで、何か遊ぶものってあります?」
「そうですな……将棋などはいかがでしょう」
「王女様は、将棋をやったことは?」
「え、はい。よく一人でやっています」
「……一人で?」
この世界の将棋と日本の将棋は別物だが、いずれにせよ二人でやるものだ。
「お部屋にいてもやることがありませんので……詰め将棋の本を解くんです」
王女様が恥ずかしげに言った。
どうも、王女様は一人遊びのプロらしい。
俺の中で王女様への好感度がうなぎのぼりになった。
俺と王女様は、小さな机を挟んで、セルゲイが持ってきたお菓子をつまみながら将棋を指す。
さすがに、12歳の女の子には負けないだろう。
……そう思ってた時期が俺にもありました。
「……う、負けました」
「やった! なんとか勝てました」
王女様が、控えめな感じに喜んだ。
三戦やって二勝一敗。転生者の面目を施せはしたものの、だんだん厳しい戦いになってきてる。
「お強いですね、王女様」
「い、いえ、そんなことは。エリアックこそ、手加減なんてしてませんよね?」
「俺は、勝負事では手を抜かないたちです」
「なら、いいです」
ほんのり嬉しそうに王女様が言った。
大人しそうに見えて、負けず嫌いなところもあるらしい。
「同年代でこんなに強い人は初めてです」
「俺もですよ。王女殿下は序盤の定石も覚えておられるし、終盤の詰めもお強い」
「エリアックは中盤の対応がお上手です。
それと、わたしのことは王女殿下ではなく、名前で呼んで下さい、エリアック」
「畏れ多い気がしますけど……」
「わたしに勝ち越した特権ということでどうでしょう?」
いたずらっぽく、王女様が言った。
「わかりました。ありがたく特権をいただきますよ、ローゼリア様」
その後も、俺と王女様――いや、ローゼリアは将棋を続けた。
一進一退の攻防が続く。
序盤、終盤に強いローゼリアだが、徐々に中盤戦にも慣れてきた。
いっぽう、俺は序盤の定石は基本的なものしか知らないし、詰め将棋もそんなにやってない。
盤面を睨みながら唸ってる俺に、ローゼリアが世間話を振ってくる。
「ブランタージュ伯爵領では、農民に商品作物の栽培を認めているそうですね。麦以外では税も取らないとか」
「よくご存知ですね」
「豊かな土地だからこそできるという面もあるかと思いますが、なぜ伯爵は商品作物に税を課さないのでしょうか?」
「ああ、それは、農民の自主的な生産を促すためだと言ってました。売って収入にできるとなれば、農民のほうで栽培法を工夫したり、これまでになかった作物を作ったりしますから。貴族より農民のほうが、どういう作物に需要があるかを知ってます。どんな作物や品種がこの土地に合うのか、みたいなことも、貴族にはわからないところがありますからね」
手を考えながら答えたが、これ、12歳の質問じゃないな。
答えてから手を指すと、ローゼリアはノータイムで次の手を指してきた。
「うぐっ……」
なかなかエグい手だ。
おもわず待ったをかけたくなったが、なんとかこらえる。
一応、実年齢+前世の二十数年の経験があるのだ。
小六か中一相当の子ども相手に待ったをかけるなんて、大人げないにもほどがある。
なお、【無荷無覚】のおかげで苦しい局面になってもストレスはないが、だからといっていい手が浮かんでくるわけでもない。
俺が悩む間に、ローゼリアは人差し指を頬に当ててうなずいた。
「なるほど……税をかければ農民の創意工夫を削ぎますか」
「領主ひとりの頭で考えるより、農民たちひとりひとりに考えさせたほうが、全体として適切な生産量に収まる、ということですね。売れない作物を無理に作らせてもしかたがないですから。
領主は麦を税として取っていますが、一定程度までは金銭での納入も認めています」
「それは、どうしてですか?」
「麦を取っても、結局王都の麦市場で売って現金にするわけですから、商品作物の売却益から現金で納めさせたほうが手間が省けます。ただ、百パーセント金納を認めてしまうと、麦を作らなくなって、いざという時に困ります」
「伯爵領は帝国領と隣接していますからね。いざという時の兵糧が必要ということですか」
「よく勉強していらっしゃいますね、ローゼリア様」
「エリアックこそ。ここまで理路整然と答えられる方は、大人の貴族でもあまりいません」
にっこり笑って、ローゼリアが言った。
ちょっと調子に乗って答えすぎたかな。
手を考えてたもんだからつい。
「俺にとっては、いずれ継ぐ領地のことですし。ローゼリア様が辺境のブランタージュ伯爵領のことにお詳しいほうが驚きですよ」
俺の言葉に、ローゼリアがすこし視線を落とす。
「……わたしはサンヌルですから。すこしでもお役に立てればと思って、国のことを勉強してるんです。エリアックも同じなんじゃないですか?」
「え? いや、まあ……」
もともと、6歳で前世の記憶を取り戻す前は、うちの両親もそんな教育方針だった。
記憶を取り戻してからは、自主的に読書、勉強、魔法の研究、剣や弓の修練などに励んでる。
もっとも、それはサンヌルであることの埋め合わせとしてやってるわけじゃない。単に、この世界のことを知りたいからだ。
言葉を濁した俺を、ローゼリアがけげんそうに見つめてくる。
「……何か、隠してます?」
「そんなことは、ないですよ。俺の両親は優秀ですからね。ブランタージュの名に恥じないようにしたいです」
「怪しいですね……急に建て前みたいになりました」
「そ、そうですか?」
「あ、これで王手です」
「うっ……完全に詰んでますね。俺の負けです」
会釈して投了する俺に、ローゼリアが立ち上がって喜んだ。
「やったっ! これで勝ち星が並んで――うぅっ!?」
ローゼリアが急にうめいた。
小さな手で、胸元をぎゅっと握りしめる。
顔から血の気が引き、額に冷や汗が浮かび上がった。
「う、ぐ、ぅっ……こんな、時に……」
「ローゼリア様!?」
俺が支えるいとますらなく、ローゼリアが前のめりに倒れこむ。
将棋盤から駒が飛び散った。
顔を赤くして大笑いする王様に、父さんが顔をしかめていた。
「やめてくださいよ。学園騎士団時代の話を蒸す返すのは」
「その他人行儀なしゃべりをやめたら考えてやるわ!」
「一定の節度が必要なんですよ。お互いもう立場もあるんですから」
夕食後、酒が入ると、旧友同士の昔話が始まった。
この世界のことを知らない俺にはそれなりに楽しい話だったが、母さんはもう聞き飽きてるらしく、ちょっと退屈そうにしてる。
もっと退屈そうなのは、ローゼリア王女だな。
母さんが、俺に目配せを送ってくる。
(王女が暇そうだから誘って抜け出せって言ってるな)
将来、絶対美人になること請け合いの美少女だ。
俺としても誘うにやぶさかではない。
「王女様。よかったら奥の部屋で遊びましょう」
俺が声をかけると、王女は一瞬びくりとした。
「は、はい……そうですね。うちの父がすみません……」
いや、謝られてもな。
相手が王様だから「うん」とも言えないし。
「いえ、父もひさしぶりに友人に会えて嬉しいのでしょう。ランペジネは田舎ですからね」
と、王様の接待を父さんに向かってぶん投げる。
「そんなことは……豊かな土地柄だと聞いています」
「たしかに、農業はさかんですね。ご興味がおありなら、領地の話もいたしましょう」
「お気遣いありがとうございます」
そう言われてしまうと気遣いにならない気もするけどな。
気苦労の多そうな王女様だ。
ともあれ、俺は王女様をエスコートして隣の部屋へと向かった。
途中で、セルゲイさんとすれ違う。
「おや、坊っちゃま。お茶とお菓子でもお持ちいたしましょうか?」
「うん、お願いします。ところで、何か遊ぶものってあります?」
「そうですな……将棋などはいかがでしょう」
「王女様は、将棋をやったことは?」
「え、はい。よく一人でやっています」
「……一人で?」
この世界の将棋と日本の将棋は別物だが、いずれにせよ二人でやるものだ。
「お部屋にいてもやることがありませんので……詰め将棋の本を解くんです」
王女様が恥ずかしげに言った。
どうも、王女様は一人遊びのプロらしい。
俺の中で王女様への好感度がうなぎのぼりになった。
俺と王女様は、小さな机を挟んで、セルゲイが持ってきたお菓子をつまみながら将棋を指す。
さすがに、12歳の女の子には負けないだろう。
……そう思ってた時期が俺にもありました。
「……う、負けました」
「やった! なんとか勝てました」
王女様が、控えめな感じに喜んだ。
三戦やって二勝一敗。転生者の面目を施せはしたものの、だんだん厳しい戦いになってきてる。
「お強いですね、王女様」
「い、いえ、そんなことは。エリアックこそ、手加減なんてしてませんよね?」
「俺は、勝負事では手を抜かないたちです」
「なら、いいです」
ほんのり嬉しそうに王女様が言った。
大人しそうに見えて、負けず嫌いなところもあるらしい。
「同年代でこんなに強い人は初めてです」
「俺もですよ。王女殿下は序盤の定石も覚えておられるし、終盤の詰めもお強い」
「エリアックは中盤の対応がお上手です。
それと、わたしのことは王女殿下ではなく、名前で呼んで下さい、エリアック」
「畏れ多い気がしますけど……」
「わたしに勝ち越した特権ということでどうでしょう?」
いたずらっぽく、王女様が言った。
「わかりました。ありがたく特権をいただきますよ、ローゼリア様」
その後も、俺と王女様――いや、ローゼリアは将棋を続けた。
一進一退の攻防が続く。
序盤、終盤に強いローゼリアだが、徐々に中盤戦にも慣れてきた。
いっぽう、俺は序盤の定石は基本的なものしか知らないし、詰め将棋もそんなにやってない。
盤面を睨みながら唸ってる俺に、ローゼリアが世間話を振ってくる。
「ブランタージュ伯爵領では、農民に商品作物の栽培を認めているそうですね。麦以外では税も取らないとか」
「よくご存知ですね」
「豊かな土地だからこそできるという面もあるかと思いますが、なぜ伯爵は商品作物に税を課さないのでしょうか?」
「ああ、それは、農民の自主的な生産を促すためだと言ってました。売って収入にできるとなれば、農民のほうで栽培法を工夫したり、これまでになかった作物を作ったりしますから。貴族より農民のほうが、どういう作物に需要があるかを知ってます。どんな作物や品種がこの土地に合うのか、みたいなことも、貴族にはわからないところがありますからね」
手を考えながら答えたが、これ、12歳の質問じゃないな。
答えてから手を指すと、ローゼリアはノータイムで次の手を指してきた。
「うぐっ……」
なかなかエグい手だ。
おもわず待ったをかけたくなったが、なんとかこらえる。
一応、実年齢+前世の二十数年の経験があるのだ。
小六か中一相当の子ども相手に待ったをかけるなんて、大人げないにもほどがある。
なお、【無荷無覚】のおかげで苦しい局面になってもストレスはないが、だからといっていい手が浮かんでくるわけでもない。
俺が悩む間に、ローゼリアは人差し指を頬に当ててうなずいた。
「なるほど……税をかければ農民の創意工夫を削ぎますか」
「領主ひとりの頭で考えるより、農民たちひとりひとりに考えさせたほうが、全体として適切な生産量に収まる、ということですね。売れない作物を無理に作らせてもしかたがないですから。
領主は麦を税として取っていますが、一定程度までは金銭での納入も認めています」
「それは、どうしてですか?」
「麦を取っても、結局王都の麦市場で売って現金にするわけですから、商品作物の売却益から現金で納めさせたほうが手間が省けます。ただ、百パーセント金納を認めてしまうと、麦を作らなくなって、いざという時に困ります」
「伯爵領は帝国領と隣接していますからね。いざという時の兵糧が必要ということですか」
「よく勉強していらっしゃいますね、ローゼリア様」
「エリアックこそ。ここまで理路整然と答えられる方は、大人の貴族でもあまりいません」
にっこり笑って、ローゼリアが言った。
ちょっと調子に乗って答えすぎたかな。
手を考えてたもんだからつい。
「俺にとっては、いずれ継ぐ領地のことですし。ローゼリア様が辺境のブランタージュ伯爵領のことにお詳しいほうが驚きですよ」
俺の言葉に、ローゼリアがすこし視線を落とす。
「……わたしはサンヌルですから。すこしでもお役に立てればと思って、国のことを勉強してるんです。エリアックも同じなんじゃないですか?」
「え? いや、まあ……」
もともと、6歳で前世の記憶を取り戻す前は、うちの両親もそんな教育方針だった。
記憶を取り戻してからは、自主的に読書、勉強、魔法の研究、剣や弓の修練などに励んでる。
もっとも、それはサンヌルであることの埋め合わせとしてやってるわけじゃない。単に、この世界のことを知りたいからだ。
言葉を濁した俺を、ローゼリアがけげんそうに見つめてくる。
「……何か、隠してます?」
「そんなことは、ないですよ。俺の両親は優秀ですからね。ブランタージュの名に恥じないようにしたいです」
「怪しいですね……急に建て前みたいになりました」
「そ、そうですか?」
「あ、これで王手です」
「うっ……完全に詰んでますね。俺の負けです」
会釈して投了する俺に、ローゼリアが立ち上がって喜んだ。
「やったっ! これで勝ち星が並んで――うぅっ!?」
ローゼリアが急にうめいた。
小さな手で、胸元をぎゅっと握りしめる。
顔から血の気が引き、額に冷や汗が浮かび上がった。
「う、ぐ、ぅっ……こんな、時に……」
「ローゼリア様!?」
俺が支えるいとますらなく、ローゼリアが前のめりに倒れこむ。
将棋盤から駒が飛び散った。
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