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第二章 6歳
2 【無荷無覚】
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というわけで、俺はいちばん使えない加護である光闇を授かって産まれた出来損ないなのだった。
6歳までのあいだに、両親が俺に魔法を使わせようとしたこともある。
この世界では、なるべく早いうちから子どもに魔法を覚えさせようとするからな。貴族ともなればなおさらだ。
当時4歳だった俺は、両親の圧倒的な不安と一抹の期待を受けながら、初めて魔法を使おうとした。
結果、相克でぶっ倒れ、まる一晩寝こんだらしい。
それ以来、優しい両親は、俺に魔法を使えとは言ってこない。
その分、両親は教育に熱を入れることにしたらしい。
もともと、両親ともに優れた魔術師で、屋敷にはかなりの蔵書もある。
優れた魔術師は宮仕えをすることが多いので、基礎教養は重要なのだ。
父・エリオスは、代々続くブランタージュ伯爵家の若き当主。
母・ミスラは、下級貴族の出自だが、劇的な大恋愛の果てにブランタージュ伯爵家に嫁いできたらしい。
貴族の中には複数の妻を抱えるものもいるが、エリオスはミスラ以外に嫁は取らないと公言してる。
……公言してるのは、イケメンだからそう言っておかないと女のほうから言い寄って来られるからだけどな。
もし女の身分がミスラの実家より上だったりしたら、かなり面倒なことになるらしい。
そのおかげで、両親は王都の社交界と関係が薄く、王都から離れたここ――ブランタージュ伯爵領で平和な暮らしを送ってる。
「このまま行くと、俺が次のブランタージュ伯に収まるんだろうな」
そうなった時に、サンヌルであることは不利に働く。
それを補ってあまりあるだけの教養を身につけてほしいというのが、中央の汚さをよく知る両親揃っての願いなのだ。
「さいわい、俺は根気の強い子どもで、読書も好きだし、剣や弓の練習にも熱心だ。自分で言うのもなんだけど、同世代の子どもと比べたらちょっとしたものらしい。
社交的ってほどじゃないが、大人の話はじっとして聞くし、同世代の子どもと遊ぶ時も、問題らしい問題を起こさない。手のかからない子どもだって評判だ」
前世では、とくに読書好きだったわけではないし、運動はむしろ苦手だった。
人付き合いも大の苦手だ。
コミュ力がないせいで、パワハラ上司の横暴に逆らうことができず、そこから逃げ出すことすらできなかった。
そういう、平凡で不器用な人間だったはずだ。
「……そう考えると、おかしいんだよな。
6歳になる前から本を読むのが苦じゃなかったり、日が沈むまで剣や弓のトレーニングをしたりしてさ。
大人の退屈な話にあいづちを打って、同年代の子どもが泣き出したら冷静にあやす。
根気ありすぎだし、人間ができすぎじゃね?」
根気、というのは違うな。
俺の人間ができてるわけでもない。
「べつに、苦しいのを我慢して頑張ってるわけじゃないんだよな」
前世のブラック企業勤めでは、苦しくても歯を食いしばって我慢していた。
ブラック企業に取り込まれた人に特有の、外に出たら食っていけなくなるって不安に押しつぶされてたからな。
「いまは、そういう感じじゃないんだよな。
かといって、勉強や運動がすごく好きになったって感じでもない。
親に言われたからやってるだけだ。
でも、そこに葛藤や反発がないから、ストレスなく続けられてる感じだな」
ストレス、という言葉を口にして、俺の脳裏に閃光が走った。
――それなら、ストレスを感じずに済むようにしてあげる。
穏やかな女性の声。
転生する時に聞いた、「神」の声だ。
「……まさか、ストレスを感じないようになってるってことか?」
子どもだから、時に親から叱られることもあった。
そういう時でも、いまの俺は平然と親の説教を聞いている。
怒られて怖いだとか、説教が長くて苦痛だとか、叱られる子どもが感じるはずのストレスを感じてない。
感情の起伏が穏やかで、いつもおとなしくて素直な子ども。
周囲からはそんなふうに思われてる。
「ストレスを感じない……? もうすこし詳しいことがわからないか!?
ううっ!?」
頭にずきりと痛みが走る。
――この世界は制限も多いから、大した力はあげられないけれど。
光の中で、女神が言った。
――あげるのは、ごくシンプルな力よ。最初から努力なしで強くなれるような力じゃないわ。
――ただ、あなたの苦痛を取り去ってあげるだけ。前世であれだけ苦しんだんだもの。次の人生くらい、同じ苦しみを味合わなくてもいいと思うわ。
――そうね。【無荷無覚】、とでも呼びましょうか。
――「人生とは、重き荷を背負いて遠き道を行くがごとし」。誰の言葉だったかしらね?
――でも、そこまで気負わなくてもいいと思わない? 鼻歌交じりにスキップしながら歩む人生があったっていいわ。
――そこまでイージーモードにはしてあげられないんだけど、ね。【無荷無覚】は、あなたの心の重荷を取り去ってくれる力よ。
――どんなストレスを受けても、あなたはそれをストレスとは感じなくなる。ストレスに起因する身体の反応もなくなるわ。
――チートか、ですって? うーん、そこまでのものなのかしら? たとえば、あなたのいた世界でも、もう半世紀もしないうちに、純粋な科学技術で同じことができるようになると思うわ。それを、ちょっと先取りしてあげるだけ。
「【無荷無覚】……」
ストレスを完全に受け流す力、か。
いまだ顔の思いだせない女神が言うように、脳科学や医療が進歩すれば、地球人類にも手が届く範囲の力なのかもしれなかった。
近い未来には、抗うつ剤みたいな感じで、抗ストレス剤だとか、ストレス緩和剤だとか、そんなようなものができてもおかしくはない。
そんなものがあれば、俺も過労自殺なんてせずに済んだのかもな。
逆に、ブラック企業が社員にストレス緩和剤を飲ませてコキ使う……なんてディストピアもありうるか。
「たいした力じゃない、ね。十分役に立つと思うけどな」
実際、これのおかげで、勉強も運動もはかどってる。
他人とのコミュニケーションも、ストレスを感じないおかげか、前世ほど苦痛に感じない。もっとも、それは自分がまだ六歳児だからかもしれないが。
そこで、俺はようやく気づく。
「この力があれば、光闇の相克も克服できるんじゃ……?」
6歳までのあいだに、両親が俺に魔法を使わせようとしたこともある。
この世界では、なるべく早いうちから子どもに魔法を覚えさせようとするからな。貴族ともなればなおさらだ。
当時4歳だった俺は、両親の圧倒的な不安と一抹の期待を受けながら、初めて魔法を使おうとした。
結果、相克でぶっ倒れ、まる一晩寝こんだらしい。
それ以来、優しい両親は、俺に魔法を使えとは言ってこない。
その分、両親は教育に熱を入れることにしたらしい。
もともと、両親ともに優れた魔術師で、屋敷にはかなりの蔵書もある。
優れた魔術師は宮仕えをすることが多いので、基礎教養は重要なのだ。
父・エリオスは、代々続くブランタージュ伯爵家の若き当主。
母・ミスラは、下級貴族の出自だが、劇的な大恋愛の果てにブランタージュ伯爵家に嫁いできたらしい。
貴族の中には複数の妻を抱えるものもいるが、エリオスはミスラ以外に嫁は取らないと公言してる。
……公言してるのは、イケメンだからそう言っておかないと女のほうから言い寄って来られるからだけどな。
もし女の身分がミスラの実家より上だったりしたら、かなり面倒なことになるらしい。
そのおかげで、両親は王都の社交界と関係が薄く、王都から離れたここ――ブランタージュ伯爵領で平和な暮らしを送ってる。
「このまま行くと、俺が次のブランタージュ伯に収まるんだろうな」
そうなった時に、サンヌルであることは不利に働く。
それを補ってあまりあるだけの教養を身につけてほしいというのが、中央の汚さをよく知る両親揃っての願いなのだ。
「さいわい、俺は根気の強い子どもで、読書も好きだし、剣や弓の練習にも熱心だ。自分で言うのもなんだけど、同世代の子どもと比べたらちょっとしたものらしい。
社交的ってほどじゃないが、大人の話はじっとして聞くし、同世代の子どもと遊ぶ時も、問題らしい問題を起こさない。手のかからない子どもだって評判だ」
前世では、とくに読書好きだったわけではないし、運動はむしろ苦手だった。
人付き合いも大の苦手だ。
コミュ力がないせいで、パワハラ上司の横暴に逆らうことができず、そこから逃げ出すことすらできなかった。
そういう、平凡で不器用な人間だったはずだ。
「……そう考えると、おかしいんだよな。
6歳になる前から本を読むのが苦じゃなかったり、日が沈むまで剣や弓のトレーニングをしたりしてさ。
大人の退屈な話にあいづちを打って、同年代の子どもが泣き出したら冷静にあやす。
根気ありすぎだし、人間ができすぎじゃね?」
根気、というのは違うな。
俺の人間ができてるわけでもない。
「べつに、苦しいのを我慢して頑張ってるわけじゃないんだよな」
前世のブラック企業勤めでは、苦しくても歯を食いしばって我慢していた。
ブラック企業に取り込まれた人に特有の、外に出たら食っていけなくなるって不安に押しつぶされてたからな。
「いまは、そういう感じじゃないんだよな。
かといって、勉強や運動がすごく好きになったって感じでもない。
親に言われたからやってるだけだ。
でも、そこに葛藤や反発がないから、ストレスなく続けられてる感じだな」
ストレス、という言葉を口にして、俺の脳裏に閃光が走った。
――それなら、ストレスを感じずに済むようにしてあげる。
穏やかな女性の声。
転生する時に聞いた、「神」の声だ。
「……まさか、ストレスを感じないようになってるってことか?」
子どもだから、時に親から叱られることもあった。
そういう時でも、いまの俺は平然と親の説教を聞いている。
怒られて怖いだとか、説教が長くて苦痛だとか、叱られる子どもが感じるはずのストレスを感じてない。
感情の起伏が穏やかで、いつもおとなしくて素直な子ども。
周囲からはそんなふうに思われてる。
「ストレスを感じない……? もうすこし詳しいことがわからないか!?
ううっ!?」
頭にずきりと痛みが走る。
――この世界は制限も多いから、大した力はあげられないけれど。
光の中で、女神が言った。
――あげるのは、ごくシンプルな力よ。最初から努力なしで強くなれるような力じゃないわ。
――ただ、あなたの苦痛を取り去ってあげるだけ。前世であれだけ苦しんだんだもの。次の人生くらい、同じ苦しみを味合わなくてもいいと思うわ。
――そうね。【無荷無覚】、とでも呼びましょうか。
――「人生とは、重き荷を背負いて遠き道を行くがごとし」。誰の言葉だったかしらね?
――でも、そこまで気負わなくてもいいと思わない? 鼻歌交じりにスキップしながら歩む人生があったっていいわ。
――そこまでイージーモードにはしてあげられないんだけど、ね。【無荷無覚】は、あなたの心の重荷を取り去ってくれる力よ。
――どんなストレスを受けても、あなたはそれをストレスとは感じなくなる。ストレスに起因する身体の反応もなくなるわ。
――チートか、ですって? うーん、そこまでのものなのかしら? たとえば、あなたのいた世界でも、もう半世紀もしないうちに、純粋な科学技術で同じことができるようになると思うわ。それを、ちょっと先取りしてあげるだけ。
「【無荷無覚】……」
ストレスを完全に受け流す力、か。
いまだ顔の思いだせない女神が言うように、脳科学や医療が進歩すれば、地球人類にも手が届く範囲の力なのかもしれなかった。
近い未来には、抗うつ剤みたいな感じで、抗ストレス剤だとか、ストレス緩和剤だとか、そんなようなものができてもおかしくはない。
そんなものがあれば、俺も過労自殺なんてせずに済んだのかもな。
逆に、ブラック企業が社員にストレス緩和剤を飲ませてコキ使う……なんてディストピアもありうるか。
「たいした力じゃない、ね。十分役に立つと思うけどな」
実際、これのおかげで、勉強も運動もはかどってる。
他人とのコミュニケーションも、ストレスを感じないおかげか、前世ほど苦痛に感じない。もっとも、それは自分がまだ六歳児だからかもしれないが。
そこで、俺はようやく気づく。
「この力があれば、光闇の相克も克服できるんじゃ……?」
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