上 下
25 / 39

【25】

しおりを挟む
 ジョスランに襲われ埋められかけたイーサンは、穴から逃げ出し偽装のために墓で遺体を手に入れて埋め戻したのだが、

「ジョスランを名乗る男に襲われた時に来ていた服を、死体に着せたんです」

 万全を期するために、盗んだ遺体の服を脱がせて自分の服を着せるという作業を行った。

「死体の服を脱がせるのは、切ってしまえばいいので簡単でしたが、服を着せるのは大変で、三人がかりの作業でした。もしかすると、偽ジョスランは服を着せようとしたが、協力者がいないので断念したのではないかと」

 イーサンの実体験に基づく話を聞き、

「ノーラが着ていた服に、犯人を示す痕跡が残ったから……ということかしら?」

 カサンドラも理由の一つとしてはあり得ると思った。

「着替えが持ち出されていた理由も、痕跡が残った制服をはぎ取り、制服を着せようとした可能性も考えられるのか」

 ノーラは夏の制服を二着持っていた。
 そのうちの一着を着用し、もう一着を自宅で洗濯するべく持ち帰ろうとしていた――証拠が付着した着用していた制服を脱がせ、持ち帰りの制服を着せようとした……というのは、おかしな発想ではない。

「制服はどうしても脱がせなくてはならなかった……と考えてもよさそうね」
「全裸で出歩いていたのでなければ、そうだろう」
「絶対全裸で出歩いていないでしょ」

 カサンドラは”どうしてこの男は、こんなにもノーラに全裸で外出する趣味があるのではと疑うのかしら?”と思い、

「そうか? 世の中には全裸が好きという人もいるから」
「誰よ。具体的に挙げなさい」

 名前を挙げてみなさいと聞くと、

「俺たちの皇帝」

 彼らの身近に本当にいた――トリスタンだけではなく、イーサンも頷いたので、それが本当のことなのだとカサンドラは理解した。

「…………」
「カエターンじゃなくて、現皇帝」

 顔見知りの老人が全裸で歩き回るのが趣味だと思ったが――前の皇帝ではなく、カサンドラが見たことのない皇帝だと知り、少しだけ安堵した。
 ちなみに帝国の現在の皇帝が女性なのは、カサンドラも知っている。

「あ、ああ……そういうこと。お前がノーラ全裸趣味説を押してくるのも、仕方ないわね。でも、きっと、違うわ。あとコジマにノーラは全裸になる趣味があったか? なんて聞かないように。父親のホルスト卿にもよ」

 内海を挟んだ向こう側の国の、思いも寄らない常識に――傲慢ではあるが、この国の人間の心情を理解しているカサンドラは、娘が行方不明になって心を痛めている両親に”全裸で出歩く趣味があったのか”などと聞かないようにと念を押す。

「姫さまが、そう仰るのなら。でも事件解決の糸口になるかも知れないから、ジローに聞いてみても?」
「お前ねえ」
「姫さまが前に言ったじゃないか。この国の思い込みが、調査の進展を阻んでいる可能性があるって」
「…………」

 その言葉に覚えがあるカサンドラは、思わず言葉を失い、止める理由も思いつかず――

「他に考えられるとしたら、イーサンと同じく偽装用の服を着せようとしたが、思いのほか死体に服を着せるのが難しくて諦めた……という線か」
「偽装用?」
「まったく理由は思い浮かばないが、ジョスランは何らかの偽装工作のために、死体を一つ用意する必要があった。その偽装する相手によく似ているノーラを殺害したものの、服を着せるなどの偽装工作が上手くいかず、諦めて証拠隠滅のために埋めた」

 死体を一つ用意する必要があるなど、普通は思いつかないが――カサンドラの目の前には、死んだと思わせるために死体を用意する必要があり、実際に用意した人間がいるので「あり得ない」とは言えない。

「人を殺害するより、墓を掘り返して死体を入手したほうが楽なのではないの?」

 だが死体を用意するために、人を殺害するのは短絡が過ぎるのではないかとカサンドラは考えた。

「墓から掘り起こすのは、結構面倒だったらしい」

 トリスタンの台詞にイーサンが頷く。
 墓を曝いた本人の意見を無視するほど、カサンドラは愚かではない――が、その苦労をしてでも、墓を曝いたほうがいいのではないかという意見を捨てられない。

「なにより、あの偽ジョスランには死体運びは無理だな」

 トリスタンが言う通り、ジョスランが学内に死体を運び込むのは無理だ。そうなると――

「ではその線はないわね。いまお前が言った通りよ。ノーラを学園内で殺害して、偽装工作をしたとして、運び出すことはできないでしょう?」
「…………たしかに。姫さまの仰るとおりだ。その線はないか。だが最初はできると思い殺してみたが、思ったより重くて運び出せなかったという線も」

 そんなトリスタンの意見に被せるように、

「標準体型の女子なら運べますよ。なにせ俺を学園内に運び込んだんですから」

 死体と間違われて学園内に運び込まれ、埋められたイーサンが続ける。

  (そういえば、帝国は身分や役職に関係なく、忌憚ない意見を述べることが当たり前の風土だったわね)

 いきなり二人の会話に入って来たイーサンにカサンドラは慣れないが、違う目線からの意見を聞くのは嫌ではない。

「死体の重さを考慮しても、生きているイーサンのほうが重いな」

 死体というのは、同じ重さの生者と比較すると、重く感じる。そのことを知っているトリスタンは「そこまで非力じゃなかったか」と――カサンドラも知識としてそのことは知っていた。

「ということは、偽装死体のために殺害したが……持ち出せなかったという可能性は、まだ残るな」

 膝に乗せたカサンドラの髪を愛でる……とは違う手つきで撫でながら、トリスタンは自分の説が消えていないことを口にしたのだが、その口調は不服ではないが、満足そうでもなかった――ようにカサンドラには聞こえた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

勝ち組の悪役令嬢側に乗り替えることもできるけど「いままでもらった給料分は働くさ」――ざまぁされる系攻略対象の姉、モイラのはなし――

六道イオリ/剣崎月
ファンタジー
【要約:モイラが泥船の王太子陣営を逆転に導く――ようするに悪役公爵令嬢が負ける話】 五年ぶりに帰国した才女と名高いモイラは、王太子の側近を務めている弟に「王太子が婚約破棄して、男爵令嬢と結婚したいと考えているので、知恵を貸して欲しい」と頼まれ――その瞬間、前世の記憶を取り戻し、弟や王太子だけではなく、国家自体が悪役令嬢と、結婚相手の隣国皇子によってざまぁされ、亡国の憂き目にあうことに気付く。 記憶を取り戻したので、バカなことを言っている弟たちを見捨てて、勝ち組の悪役令嬢側に乗り替えることもできたが―― 「留学費用を援助してもらったり、弟の養子先を用意してもらったり、なにより給料を払ってくれたのは王家であって、悪役令嬢じゃない。だから、もらった給料分くらいは働くか」

「お前は彼女(婚約者)に助けられている」という言葉を信じず不貞をして、婚約者を罵ってまで婚約解消した男の2度目は無かった話

ラララキヲ
ファンタジー
 ロメロには5歳の時から3歳年上の婚約者が居た。侯爵令息嫡男の自分に子爵令嬢の年上の婚約者。そしてそんな婚約者の事を両親は 「お前は彼女の力で助けられている」 と、訳の分からない事を言ってくる。何が“彼女の力”だ。そんなもの感じた事も無い。  そう思っていたロメロは次第に婚約者が疎ましくなる。どれだけ両親に「彼女を大切にしろ」と言われてもロメロは信じなかった。  両親の言葉を信じなかったロメロは15歳で入学した学園で伯爵令嬢と恋に落ちた。  そしてロメロは両親があれだけ言い聞かせた婚約者よりも伯爵令嬢を選び婚約解消を口にした。  自分の婚約者を「詐欺師」と罵りながら……──  これは【人の言う事を信じなかった男】の話。 ◇テンプレ自己中男をざまぁ ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇なろうにも上げる予定です。 <!!ホットランキング&ファンタジーランキング(4位)入り!!ありがとうございます(*^^*)!![2022.8.29]>

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

『特別』を願った僕の転生先は放置された第7皇子!?

mio
ファンタジー
 特別になることを望む『平凡』な大学生・弥登陽斗はある日突然亡くなる。  神様に『特別』になりたい願いを叶えてやると言われ、生まれ変わった先は異世界の第7皇子!? しかも母親はなんだかさびれた離宮に追いやられているし、騎士団に入っている兄はなかなか会うことができない。それでも穏やかな日々。 そんな生活も母の死を境に変わっていく。なぜか絡んでくる異母兄弟をあしらいつつ、兄の元で剣に魔法に、いろいろと学んでいくことに。兄と兄の部下との新たな日常に、以前とはまた違った幸せを感じていた。 日常を壊し、強制的に終わらせたとある不幸が起こるまでは。    神様、一つ言わせてください。僕が言っていた特別はこういうことではないと思うんですけど!?  他サイトでも投稿しております。

妹しか愛していない母親への仕返しに「わたくしはお母様が男に無理矢理に犯されてできた子」だと言ってやった。

ラララキヲ
ファンタジー
「貴女は次期当主なのだから」  そう言われて長女のアリーチェは育った。どれだけ寂しくてもどれだけツラくても、自分がこのエルカダ侯爵家を継がなければいけないのだからと我慢して頑張った。  長女と違って次女のルナリアは自由に育てられた。両親に愛され、勉強だって無理してしなくてもいいと甘やかされていた。  アリーチェはそれを羨ましいと思ったが、自分が長女で次期当主だから仕方がないと納得していて我慢した。  しかしアリーチェが18歳の時。  アリーチェの婚約者と恋仲になったルナリアを、両親は許し、二人を祝福しながら『次期当主をルナリアにする』と言い出したのだ。  それにはもうアリーチェは我慢ができなかった。  父は元々自分たち(子供)には無関心で、アリーチェに厳し過ぎる教育をしてきたのは母親だった。『次期当主だから』とあんなに言ってきた癖に、それを簡単に覆した母親をアリーチェは許せなかった。  そして両親はアリーチェを次期当主から下ろしておいて、アリーチェをルナリアの補佐に付けようとした。  そのどこまてもアリーチェの人格を否定する考え方にアリーチェの心は死んだ。  ──自分を愛してくれないならこちらもあなたたちを愛さない──  アリーチェは行動を起こした。  もうあなたたちに情はない。   ───── ◇これは『ざまぁ』の話です。 ◇テンプレ [妹贔屓母] ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング〔2位〕(4/19)☆ファンタジーランキング〔1位〕☆入り、ありがとうございます!!

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

聖女は夫の王太子が浮気したので、王孫を連れて出て行くことにしました。

克全
恋愛
「アルファポリス」と「カクヨム」にも投稿しています。

処理中です...