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本編

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「なぁ、いいだろ?」
「あの、困ります……」
「ちょっと楽しいことするだけだからさ」

 放課後、人気のない校舎裏で郡山花は見るからに素行のよろしくなさそうな男に絡まれていた。
 何も花がホイホイこの男についてきたわけじゃない。掃除当番でゴミを捨てにきた帰り、この男に捕まったのだ。掃除はホームルームの後だし、同じ掃除当番の人たちはみんな部活があるから残りのゴミ捨ては私がするよと花が言って部活に行ってしまったし、いつも一緒に帰っている友人は家の用事で早く帰らなければいけないからと先に帰ってしまったから、花を探しにきてくれる人はいないだろう。
 花は低めの身長と童顔、そしてその顔と身体には合っていない巨乳の持ち主で、そのせいでよく男に絡まれることがあった。痴漢など日常茶飯事だ。それでも持ち前の人の良さでぎりぎり男性不信にはなっておらず、適当に男を巻くことは得意だったのだが、今目の前にいる男はしつこかった。
 どうしよう、と花が思っている時だった。

「郡山さん?」
「え?」

 透き通るような心の落ち着く声にハッと花が顔をそちらに向けると、灰髪の美青年が立っていた。線が細く見えるが上背はあって、髪と同じく色素の薄い瞳は困ったように細められている。
 花は彼のことを知っていた。一学年上の式島雪哉だ。最近の生徒会選挙で書記になった人。今期の生徒会はアイドルもかくやという集団で、特に、どこかの御曹司だという金髪で俺様な会長や黒髪に黒メガネのクールな副会長は人気が高かった。その中で花が一番目がいったのが雪哉だったのだ。
 その雪哉が花の苗字を呼ぶので、花は戸惑った。面識は一度もなかったからだ。

「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな」
「あっ、はいっ」
「……おい、俺がいんのが見えねえのかよ」

 雪哉は自分を助けてくれようとしているのだと気づいた花はそちらに行こうとしたのだが、絡んできていた男が花の細い腕を掴んで雪哉を睨むので、花は顔を青くさせた。
 助けて欲しいけど、この人に殴られでもしたら彼は怪我をしてしまう。
 元来お人好しの気が強すぎる花は、自分が助かるより、雪哉が危険な目に遭わないことを選んだ。

「あ、あの、後でいいですか……?」
「え?」
「今は、ちょっと、手が離せなくて……」

 不良の男は花をどうしたいのか、花はしっかりわかっていたけれど、せめてこう言えばちょっとで終わってくれるかもしれないと、花は震える声で発した。
 そんな花を雪哉はぽかんとして、初めて見る生き物を見るような目で見た。

「だってよ。さっさとどっか行きな」
「痛っ」

 ふん、と鼻で笑った不良の男が花の腕を強く引いて壁に押し付ける。腕と背中の痛みに花が顔を歪めると、人が近づいてくる気配がした。言わずもがな、雪哉である。

「今すぐ、彼女に用があるんだ」
「は?」

 雪哉が不良の男の腕を掴んだ。指は女性のように細く、とてもじゃないが人を殴るのに慣れていそうな太腕に敵うとは思えない。
 花は間近で見る雪哉の目に驚いた。たまに壇上で見る彼はいつも困ったように笑っているし、さっき助けてくれようとした時だってそうだった。でも今は、氷のように冷たくなっている。
 その花の視線に気が付いたのか、雪哉は花と目を合わせてまた困ったように笑った。

「ごめんね、気を使わせて」
「へ、い、いや、」
「もう大丈夫だから」
「おいっ、無視すん、うおっ!」

 気がつくと、不良の男は地面に倒れていた。
 今度は花がぽかんとして雪哉と不良の男を交互に見ていると、雪哉はそっと花の手を取って歩き出した。
 見た目や名前とは違う、温かい手だった。

「おいで」
「あ、あの」
「かわいそうに、跡がついてる。保健室に行こうか」
「せ、せんぱい」
「怖かったね」

 雪哉の声は手と同じく暖かくて、花の大きな目からぽろりと涙が溢れる。
 しくしくと声を上げずに泣く花にやはり雪哉は困ったように笑って、泣き止むまでずっと手を繋いでいてくれた。


***


「あっ、式島先輩っ」

 ぱっと顔を明るくさせた花は、職員室のそばで正面に見つけた顔に駆け寄っていった。さながらご主人様を見つけた子犬だ。
 花が近くに寄ってきた雪哉と言えば、引き攣った顔をしていた。困った笑いが顔に染み付いている雪哉だが、今や花に対してはこの顔ばかりを向けている。

「花ちゃんだ。今日もかわいいね」
「出雲先輩、こんにちは」
「こんにちはー」

 雪哉と並んで歩いていた、雪哉と同じく生徒会書記の出雲天音が花ににこにこと笑いかける。
 天音はれっきとした女だが雪哉と並んでも身長はそう変わらない。ヅカ系の女生徒で、生徒会の中でも一、二を争う程の人気っぷりなのである。

「式島先輩、好きです!」
「わー、今日も熱烈だね」
「あはは……」

 花は雪哉に熱のこもった視線を送ってはっきりと言った。天音はにやにやと笑いながら雪哉の脇腹を肘で突き、雪哉はひきつった顔で笑っている。

 校舎裏で花が雪哉に救われてからおよそ半年。恋にコロリと落ちた花は、雪哉にアタックしまくっていた。
 どちらかといえば積極性がない花は、雪哉のことが好きになったものの関わりなどほぼないためどうすることもできずいつも通りの日常を送っていたのだが、ある日偶然にも雪哉が女生徒に告白される場面を見てしまった。その時雪哉は丁寧に断っていたのだが、花は「このままじゃすぐに式島先輩は他の女子に取られる!」と心を入れ替えたのだ。
 そして、頑張って雪哉に会い、告白をした。
 最初は人気のない場所で雪哉と二人きりになって告白をして、困ったように笑う雪哉から返事は聞きたくなくてパッと逃げ出した。フラれることがわかっていたからだ。
 そのあとは数週間もんもんとして、このままじゃだめだ、とまた心を入れ替えたのだが中々雪哉と二人きりになれることはなく、もうやってしまえと他にもたくさん人がいる中で雪哉に告白した。
 周りはざわつきだしてハッとした花はまたすぐに逃げたのだが、一度やってしまえばもう何も怖く無くなって、雪哉に会うたびに告白するようになったのだ。
 それはもう学校中で有名になって、初めは花に苦言を呈す女生徒が多かったのだが、どれだけ経ってもやめない花に次第に応援ムードが漂い、すれ違えばがんばれ!と背中を押してくれる人が多くなった。
 その中で花は天音に知り合った。雪哉とよくいる天音にはじめ花は式島先輩の彼女なのかもしれない、と思っていたのだが、不安げにする花に天音は「私が好きなのは女の子だから」とからりと笑った。ついでに「花ちゃんのことはすっごくタイプ」と言って雪哉に睨まれていたが。
 ちなみにあの生徒会長に告白現場を見られた時は「ハッハッハッ、貴様が噂の女生徒か!励め励め!」と高笑いで応援してくれた。キャラが濃くて花はあまり応援された気にはならなかった。
 告白しているうちに雪哉は困った笑い顔からひきつった顔へ変化していったが、告白を受けることももう辞めろとも言わないので、本心で嫌がっていようが何だろうが、いやと言われない限りは続けよう、と花は決意していた。恋は人を変えるのだ。

 今日も今日とて花は雪哉に会えたことに満足して、ぺこっと頭を下げると二人から去っていった。
 花の後ろ姿をにこにこと見送った天音は顔から笑みを消す。

「はぁー、ほんと花ちゃん可愛いよね。おっぱい大きいし」
「…………出雲」
「ほんとおいしそう」
「出雲」
「いい加減にしないとよその男にパクッと頂かれちゃ、いだっ!」

 喋り続ける天音の頭をバインダーで軽く叩いた雪哉は、自分の教室へと向かっていった。


***


「郡山ってさ、いつまで式島先輩に告白すんの?」
「えっ」

 放課後、掃除当番の花は同じクラスの男子生徒、日笠とゴミ収集所に行った。あの時雪哉にもう一人でここを歩かないよう言われたからだ。

「いつまで、って……」
「式島先輩、全然返事してくれないじゃん。いい人ぶって断れないか、他に好きな人いるけどフラれた時用に郡山のことキープしてるかどっちかじゃねーの」

 棘しかない言葉に、花の足は止まった。
 日笠が悪いわけではない。それは正論だ。誰もが面白がってか、花を傷つかせたくないかで一切言ってこなかった。
 それは花も、うっすらと自覚していた。それなりに雪哉のことを見てきた花は後者はないと思っているから、きっと前者なのだろうと。雪哉は花を傷つかせたくなくて、はっきりとフラないだけなのだ、と。何せ初対面なのに泣いてる花の手をずっと握っていてくれたような、優しい人なのだ。

「ごめん。傷つけるつもりはなくて……」
「…………うん」
「だから、なんつーか、あー……」

 落ち込む花を見て日笠は罰の悪そうな顔をし、頭をガシガシとかく。
 そして、決意したように花と目を合わせた。花も不思議そうにしつつ、日笠に目を合わせる。

「俺、郡山のこと好きだから見てらんねーの」
「え…………?」

 実は花、告白されるのはこれが初めてであった。
 変な男にちょっかい出されることはよくあるが、本気で好きだと告白されることはなかったのである。勿論、花が雪哉に告白しまくっているせいもあるのだが。
 そのせいでぽかんと口を開けて見上げてくる花に日笠は頬を赤らめながら、自分の気持ちを告げた。

「式島先輩のことは諦めて、俺のこと見てほしい」

 正しく、花は今、日笠のことしか見ていなかった。
 不器用な花には、告白されたからと言って、雪哉への気持ちを綺麗さっぱり無くして日笠と付き合う、なんて真似はできない。
 しかし、もう諦めた方がいいのかもしれない、とは思い始めていた。
 嫌だと辞めろと言われるまで続ける気ではいたが、雪哉が本当は心底嫌がっているのだとしたら、この行為をし続けることはむしろ雪哉に嫌われていく一方なのではないか、と。
 うっすらと心の奥で持っていた思いが、日笠に言われることで表面に現れだそうとしていた。
 
「私……」
「花」

 唐突に聞こえた声に、花はぐるりと顔を後ろにやった。
 そこには、雪哉がいた。逆光のせいでどんな顔をしているか見えない。
 そこにいるのもさっきの声も雪哉なので、花は動揺する。「花」と、雪哉は今そう言わなかったか。苗字でしか呼ばなかった雪哉が、なぜ、と。

「えっ、えっ?」
「おいで」

 近づいてきた雪哉は、にっこりと笑っていた。
 困った顔でもなく。引き攣った顔でもなく。ただただ、笑っている。
 いつもだったら速攻で飛びついていた花だが、雪哉の常ならざる様子と、今の自分の状況で、戸惑うことしかできない。
 それに、雪哉は「おいで」だなんて言わない。
 最初に動き出したのは、日笠だった。

「……邪魔しないで欲しいんですけど」
「邪魔?俺が?」

 花も驚くほど、雪哉の声には温度がなかった。
 その雪哉がどんどん近づいてきて花の正面に立ち、手のひらを花の頬に当てた。
 女性のように細いと思っていた指は実はゴツゴツしていて男らしく、花が驚くと、目の前まで迫ってきていた雪哉が、にこりと微笑んだ。
 その、花がぽうっと見惚れた一瞬。

「んむ!」

 雪哉は、自分の唇を花のそれに合わせた。
 驚いた花が逃げようとするが、雪哉は花の肩を抱き寄せてもっと密着する。
 そして、思わず花が口を開くと、その中に生温いものが侵入してきた。
 舌である。
 唇に触れるだけのキスでさえ初めての花が突然片想いの相手にディープキスをされて平気なわけがなく、べろり、と自分の舌を舐められた瞬間、一瞬意識が飛ぶ。
 しかし雪哉はそのくらいで花を解放することはなく、何十秒か何分か、時間の感覚など失うくらいの間、花の口内を蹂躙した。
 たまに唇を離して角度を変えながら、舌をべろりと舐められ、上顎をそっと舌先で撫ぜられ、ぢゅるぢゅると舌を吸われ、歯茎をぐりぐりと押され、下唇に歯を立てられる。花は抵抗などできず、必死で雪哉の肩に縋りつくことしかできなかった。

「ふぁっ、はーっ、はーっ、」
「はは、鼻で息しなかったの?」

 ようやく解放された花は息切れして腰が砕け、雪哉に抱き支えられて荒く呼吸を繰り返す。口の周りはべっとりと唾液で濡れ、目の焦点は合っていなかった。
 そんな花を愛おしげに見つめそっと真っ赤に染まった頰を撫でた雪哉は、顔を上げて色素の薄い瞳を日笠に向ける。
 日笠は、口をパクパクと開閉し顔を真っ赤にさせて二人を見ていた。思春期の青少年には非常に刺激が強い絵面だったのだ。

「邪魔なのは、どっちだと思う?」
「なっ……」

 あんなことをしていたとは思えないような、神聖さすら感じる美しい顔で微笑まれて、日笠の足はずり、と後ろに下がった。意識してやったことではない。
 本能が、雪哉に逆らってはいけない、と悟ったのだ。
 雪哉はそんな日笠の様子を見るとまた微笑みを浮かべて、腕の中にいる花を抱き上げた。半分意識が飛んでいるせいで花はぴくりとも動かないが、平時なら泣いて喜んだであろう、雪哉の姫抱きである。
 去っていくその背中を呆然と見ながら、日笠はその場で失恋を悟ったのだった。


***

 
「せ、先輩、下ろしてくださいっ!」
「腰が抜けてるんでしょ。大人しくしてて」
「で、でも」
「大丈夫、人のいないところ通るから」
「そうじゃなくて……」

 雪哉に抱き上げられている最中完璧に意識を戻した花はおろしてもらおうと掛け合ったが、雪哉はいつものように困ったように笑うだけだった。
 暴れたら暴れたで雪哉が怪我してしまう、と思った花はしおしおと大人しくなり、されるがままになった。
 そして、辿り着いたのは保健室である。
 保険医はいないようで鍵は閉められており、何故だか雪哉がポケットから取り出した鍵で花を抱いたまま器用に扉を開いた。そのまま部屋に入ると雪哉はすぐに鍵をかけ直し、ベッドの方へ移動する。

「先輩、私、もう大丈夫ですから……。保健室なんて来なくて、」
「ははは」

 花が喋っている途中、雪哉は急に笑い出した。今までいくら花が告白しようと雪哉は遮ることなど一切しなかったのにだ。しかもその笑い声には、嘲笑が混ざっている。
 身体を硬直させる花を真白いベッドに下ろすと、雪哉は雑にネクタイを緩めながら花の上に馬乗りになった。ギシ、と二人の重みに耐えかねたベッドが軋む。

「せ、先輩……?」
「まだ何されるかわかってないんだ」
「え…………?あっ!」

 やはり細く見える指が花の首の後ろに周り、リボンを外す。そして、ワイシャツのボタンを一番上から順に外していった。
 流石の花も焦り雪哉の腕を掴むが、雪哉は止まらない。

「待って、先輩、やめっ、あっ!」
「ああ、着太りするタイプじゃなかったんだ。ちゃんとおっぱい大きいね」
「きゃあっ!」

 ぺら、とボタンの外されたワイシャツが捲られて、ブラジャーに覆われた花の巨乳が雪哉に晒される。
 花は悲鳴をあげ胸の前で腕を交差させたが、雪哉に腕を掴まれてシーツの上に縫いとめられた。

「やだ、先輩、こんなの嫌っ」
「嫌?花は俺のことが好きなんでしょ?」
「あっ!」

 にこりと笑った雪哉は、花の胸元に顔を近づけた。そして、ちくりとした小さな痛みが胸の上部を襲う。
 顔を上げた雪哉は、ぎゅっと目を閉じている花にくすくすと笑う。

「な、何?何したんですか?」
「わからない?もっとしてあげるね」
「あ、やっ!」

 いつもの困ったような笑みではなく、本当に楽しそうな、それでいて冷たさの入っている笑いをずっと浮かべている雪哉に花は怯えるが、そんな花に気づいておきながら、雪哉は何度も何度も花の胸元や首にちくり、ちくり、と小さな痛みを送った。
 初めは純粋な驚きや痛みの声をあげていた花だが、段々とそこには甘さが混じってきている。
 よくやく雪哉が顔を上げた頃には花には赤い花がたくさん咲いていて、花の大きな目は潤んでいた。

「先輩、怒ってるんですか……?」
「ん?まあ、そうなるかな」
「何で……?」
「君が俺の話を聞かないから」
「ひゃっ!」

 雪哉はネクタイを外し、花の手首を縛ってベッドに繋ぐ。

「や、やだ、やだ、先輩、やだっ!」
「この身体でどれだけの男を誘った?」
「ひっ!」

 雪哉の冷たい手が、花の大きな胸に沈み込む。

「先輩、やめてっ!」
「はは、柔らかくて気持ちいいよ」
「やだぁっ!」
「花」
「ひゃんっ!」
 
 同時に耳を舐められ、花は甲高い声をあげる。

「花、可愛いね」
「み、見ないで、見ないでっ、きゃっ!」
「ふぅん、こんな手触りだったんだ」
「せ、せんぱ、あっ」
「おっきいマシュマロみたいだね」
「うあっ!あっ!」
「ここも柔らかいんだろうな……」

 雪哉の手がスカートの中に入り込み、下着越しに秘部を撫でられる。
 そこで、ついに。

「えーーーーーーーんっっっ!」
「え、あ、は、花っ……?」
「せんぱいの、せんぱいのばかーーっ!」
「は、花……」
「先輩との初エッチは、お父さんとお母さんにはお友達の家泊まるって言って、誰もいない先輩のお家でお泊まりデートでっ、お風呂借りてっ、先輩のお洋服借りてっ、イチャイチャしてっ、いい感じの雰囲気になってっ、先輩のベッドでっ、優しくしてもらうって決めてたのにーーーーっ!」
「………………」

 ぼろぼろと涙を流して泣き叫ぶ花に、流石の雪哉も動きを止める。
 そして、そろりと花の上から退いた。

「ごめんね、花……。泣かせるつもりはなかったんだ。本当に、ごめんね」
「う、うう、許さないもんっ……」
「ごめんね、ほら、もう外すから、ね?」
「えぐ、えぐ、せんぱいの、ばかぁ……!」
「うん、ごめんね、泣かないで」
「責任とってくれないと、許さないもんっ……」
「うん、取る、取るから、ね。だからお願い、泣き止んでよ、花」

 弱々しい顔になった雪哉は、花の手を縛り付けていたネクタイを解いた。花は自由になった手で涙を拭いながら起き上がり、力一杯雪哉を押した。逆らえない雪哉はされるがままで、花に押し倒される。

「花……?」
「せ、先輩も、私と同じ目に遭わすんだからっ!」
「え?……んっ!」

 キッ、と雪哉を睨んだ花は、小さな唇をむぎゅっと雪哉の唇に当てた。すぐに離したが、今度は顔を真っ赤にした花が震えながら口を開く。

「わ、私のファーストキスを奪ったんだから、先輩の初めてを奪ってもいいですよねっ!?」
「え、ちょ、待って、花」
「待たないっ!えいっ!」

 もう花にした時点で雪哉は初めてではないのだが、頭の回っていない花はもう一度雪哉の口を塞いだ。しかしキスはキスでも触れるだけのキスで、数秒後にまた離れる。

「これでどうですかっ!」
「うん……、まあ、悪くはないかな」
「じゃあ次はこっちです!」
「え?」

 花の手は雪哉のボタンを外し、シャツを脱がせた。
 現れた上半身を見て、花は両手で顔を覆った。細身だと思っていた雪哉の身体はしっかり鍛え上げられている。

「きゃーっ、先輩の身体、見ちゃった!」
「もっと見なくていいの?」
「み、見ます……」

 指の隙間からちらちら見てくる花に、雪哉はにこっと笑った。花の目の端には涙の跡が残っているが、もう泣きそうにはない。

「触っても、いいんだよ」
「うう……、いいんでしょうか……」
「うん。触ってよ、ほら」
「ひゃっ!」

 雪哉は花の手を握り、自分の胸元へと誘った。手のひらに伝わる硬い感触に、花はびくっとする。そのまま揉んでみるとやはり硬かった。

「か、硬いです……」
「花に比べればね」
「あの…………気持ちよかったりしますか?」
「花に触られたところは、全部気持ちいいよ」
「えっ⁉︎」
「花、もっといっぱい触って」

 雪哉のいつも涼やかな瞳が熱っぽくなり、頬もほんのりと赤く染まった。その色っぽい表情と声に、花の顔もぶわっと赤くなる。

「あ、あの、やっぱり、私……」
「花……」
「きゃっ!」

 起き上がった雪哉は、花を膝に乗せたまま抱きしめた。胸に当たる柔らかい膨らみの感触や体温を感じて、雪哉は熱い息を吐いた。

「花、好きだよ」
「えっ……?」
「酷いことしてごめん。本当はずっとこうしたくて、我慢してたんだ。なのに、他の男と見つめあってる花を見たら、許せなくて」
「……嫉妬したってことですか?」
「…………うん。ダサいよね」

 恥ずかしげに笑う雪哉に、花はぶんぶん首を横に振った。

「そんなことないです!先輩可愛いです!」
「ふふっ、何それ。嬉しくないなぁ」
「だって本当なんだもん!」
「ありがと」
「でも、あの…………本当に、私のこと好きなんですか……?」
「うん。大好きだよ」

 雪哉の言葉を聞いた花はぽろぽろ涙を流し始めた。雪哉は慌ててそれを拭ったが、涙は後から溢れてくる。

「うぇ、ほんとですか……?ほんとのほんとに……?」
「うん」
「じゃあ、なんで返事してくれなかったんですか……?」
「…………我慢できなくなるから」
「え?」
「……付き合い始めたら、こういうこと、我慢できなくなるだろ」
「んむ」

 雪哉は花にキスすると、唇を舌でこじ開け、花の口内を犯した。上顎の裏を舐められると、ぞくぞくとした感覚が背筋を走る。
 花は夢中になってそれに答えていたが、やがて苦しくなり、トントンと雪哉の背中を叩いた。

「ぷはっ、はあっ、はあっ」
「……わかった?俺も、男だから。本当はずっと花にこういうことしたいって、そればっかり考えてた。そんなの知られて花に引かれて嫌われるなんて、耐えられないからさ」
「嫌いになんかならないです!それに、あの、我慢なんていらないです……。私、先輩なら何されてもいいから……」
「…………そういうところだよ」
「ひゃっ!」

 耳を食まれ、花はびくんと跳ねた。雪哉はそのまま花の耳に舌を差し入れ、ぴちゃぴちゃと音を立てて犯す。時折甘噛みされる度に身体が小さく震え、花の口からは甘い声が出た。

「せんぱ、ひゃっ、みみ、だめっ……!」
「何されてもいいって言ったでしょ?」
「でもっ……」
「俺は花が好きだけど、花は違うの?」
「違わないですっ、好きですっ……!」
「だったら、いいよね?」
「はいいっ……」
「いい子だね」

 花のチョロっぷりに不安を抱きつつも、雪哉は再び花を押し倒した。首元に顔を埋め、白い肌に吸い付く。赤い跡をつけるたびに花の身体がぴくっと反応し、その初々しい様子に雪哉は興奮を覚えた。

「あぅっ、せんぱい……」
「花、怖くない?」
「はひ……」

 ちゅっちゅっと可愛らしいリップ音が響き、雪哉の手がブラジャーのホックを外した。

「あっ!あの、それは……」
「だめ?」
「……だめじゃないです……」
「ん、いい子」
「はひぃ……」

 雪哉にベタ惚れな花が拒めるはずもなく、花はあっさりと下着を脱がされた。花の大きな胸が露わになり、花は恥ずかしそうに胸を隠そうとするが、その前に雪哉が胸に手を埋めた。

「あぁっ♡」
「すご……おっきくて柔らかいね」
「やだぁ……言わないでぇ……」
「可愛いよ」
「ひゃんっ♡」

 乳首を指先で弾かれ、花は甲高い声で鳴いた。そのまま親指と人差し指で摘まれると、痛みとともに快感が生まれる。

「痛い?気持ち良い?」
「ん、んん……きもちい、です……」
「こう?」
「きゃうっ♡」

 親指の腹でぐりぐり押し潰され、今度は優しく撫でられる。緩急をつけた責め方に翻弄されているうちに、いつの間にか両方の乳房を揉まれていた。

「あんっ♡はうっ、んん~ッ♡」
「声我慢しないで。聞かせて?」
「で、でもぉ……」
「大丈夫だから」
「ふあっ♡」

 ちゅう、と乳首を口に含まれて、花は堪らず喘いだ。飴玉を転がすように舌の上で弄ばれ、時には強く吸われる。もう片っぽも同じようにいじられ、花は身を捩った。

「あっ、あっ♡あああっ♡」
「花、こっち向いて」
「ふぇ……?んむっ」

 顔を向けられた瞬間、雪哉に唇を奪われた。先ほどよりも激しく、まるで食べられてしまうようなキスに花は頭がくらくらする。息継ぎすらままならず、酸素を求めて口を開ければ、待ってましたとばかりに熱い舌が入り込んできた。

「んーっ♡んぅっ、んっ♡」
「んぁ、花、かわい……ちゅう、れろっ♡」

 長い時間かけて濃厚なキスを交わした後、ようやく唇を離すと銀の糸を引いた。

「はあ、はあ……♡せ、先輩……好き……」
「花、とろとろだね……。可愛い……。もっと触るからね」
「はい……」

 ぽやぽやとしている花は、簡単に雪哉に全裸にされてしまい、足の間に手を入れられる。ぐちゅりと湿った音がして、雪哉は嬉しそうな笑みを浮かべた。

「すごい濡れてる……。花ってばエロいんだね」
「い、言わないでくださいぃ……」
「ごめんね。嬉しくてつい」
「あうぅ……」

 雪哉のストレートすぎる言葉に赤面しつつ、それでも花は素直に受け入れた。
 そんな花の様子を見つつ、雪哉は秘部に指を沈めていく。ぬぷっと音を立てて中指の先が入った。

「あっ!」
「痛くない?」
「は、はい……。で、でも、んう、なんか、変でっ……」
「ん、気持ちいいのかな?」
「んん、は、初めてで、わかんないですっ……」
「そっか。じゃあ、ちょっとずつ慣らしていくね」
「はいぃ……」

 ゆっくり抜き挿ししながら、奥へ進めていく。最初は違和感しかなかったが、徐々に異物に慣れていき、花の声にも甘いものが混ざり始めた。

「あ、ああ……♡」
「どう?」
「なんか……おなかのおく、へんですっ……」
「うん、もう少ししたらイけそうだね」
「えっ!?︎ちょ、せんぱ……!そこ、だめぇ……♡」

 膣内のある一点を擦られて、今までとは比べものにならないくらいの強い刺激に襲われた。花は戸惑いながら必死に雪哉の腕を掴む。しかし雪哉は止まらないどころか、その部分を押し込むように指を動かした。

「あっ!ああっ♡だめぇっ♡や、せんぱい、それやぁっ♡」
「大丈夫だよ、いっぱい気持ち良くなろうね」
「ひゃうっ♡あ、あぁっ♡んん~っ♡」

 容赦なく弱い部分を責め立てられ、花は無意識のうちに腰を揺らしていた。指を二本に増やしても花は痛がる様子もなく、むしろ積極的に快楽を受け入れている。

「あんっ♡あっ♡あっ♡んあっ♡」
「花、ここ好きだね。もっといっぱいとんとんするね」
「あ、あっ♡すき♡きもちいっ♡ああんっ♡」
「花、可愛いよ……♡」

 愛液でとろとろになった秘部はぐちゅぐちゅと音を立てて雪哉の指を受け入れている。花は与えられる快感に身を委ね、ただひたすら喘いでいた。
 絶頂まであと一歩というところで、雪哉はずるりと指を引き抜いた。突然失われた熱に戸惑っていると、両足を抱えられる。

「花、俺も限界だから……もう挿れてもいい?」
「え……?」

 そこでようやく、花は雪哉が衣服を全て脱ぎ去っていることに気がついて顔を真っ赤にさせた。保健室のベッドでお互いに全裸で向き合っているなんて、とてもいけないことをしていることにも興奮してしまう。
 そして自分の下半身を見下ろして、花はまた顔を赤くさせる。いつの間にかコンドームを装着していた雪哉は、花の様子を見て首を傾げた。

「花?まだ怖いかな?嫌なら、今日は我慢するよ」
「や、やじゃないです、挿れてほしいです……っ」
「ほんと?」
「はい……。でも、あの、その……せ、せんぱいの、おっきーから……」

 顔を真っ赤にさせながら小声でそう言う花の姿に、雪哉は理性を総動員させて耐えた。今すぐにでもぶち込んでめちゃくちゃにしてやりたい衝動を抑え込み、花の頭を撫でて落ち着かせる。

「無理しなくていいんだよ。ゆっくり慣れていけばいいんだし……」
「無理してなんかないですっ!私、先輩のこと大好きだから、全部欲しいって思ってます!」
「花……」

 恥ずかしさで死にそうな顔をしながら必死に訴えてくる姿に、とうとう雪哉の理性が崩れ落ちた。
 雪哉は花の足を抱えるようにして持ち上げると、猛った自身の先端をあてがう。それだけで、花の入り口はひくりと震えた。

「じゃあ、いくね」
「はい……」

 ゆっくりと体重をかけると、熱い肉棒がずぶずぶと飲み込まれていく。

「う、あ……♡」
「痛い?」
「だいじょぶ、です……♡」
「よかった……。ごめん、俺も余裕なくなってきたかも」
「あっ♡」

 ぐっと奥まで押し込まれる。指とは比べものにならない質量に、花ははくはくと息をした。

「はぁっ♡お、おおきぃ……♡くるしい♡」
「っ……そんなこと言われたら余計大きくなっちゃうよ」
「んぅっ♡おっきくしないでぇ♡」

 雪哉のものは大きい上に硬くて長いため、全て挿入しきるまでには時間がかかった。
 時間をかけて根元まで埋め込んだ後、二人はしばらくそのままの状態で抱き合っていた。

「ぜんぶ、はいりました……?」
「うん。動いて平気?」
「へいき、です……」

 ゆるゆると腰を動かし始めると、花は甘い声を上げて反応した。

「あ、あっ♡んん~♡」
「すごい、花の中あったかいね。気持ち良いよ」
「んあっ♡うれし、あっ♡あっ♡」

 最初は探るように動いていた腰の動きは次第に激しさを増していき、ばちゅんっ、と肌がぶつかる音が響くようになった。

「あああっ♡おくっ♡だめ♡んああっ♡」
「花、可愛いよっ、はぁ、くうっ」
「あああっ♡」

 激しい抽送を繰り返しながら、雪哉は花の首筋に噛み付いた。

「ひゃあっ♡あっ♡」
「花、そんな締められると、すぐ、はぁっ……!」
「ああっ♡ごめんなさ、あっ、んぁっ♡」
「花っ……!」

 雪哉はキツそうな顔をしながら、花に噛み付くようなキスをした。花も一生懸命舌を差し出して応えようとする。

「ふぁ♡んむっ♡ぷはっ♡せんぱ、すき♡ん、んんーーっっ♡」
「俺も好きだよ、花……愛してる」
「あああんっ♡」

 ぢゅぐっ、と奥を突かれた瞬間、花はびくんと体を跳ねさせて達してしまった。同時に膣内が激しく収縮し、雪哉のものを搾り取ろうとするかのようにきゅうきゅうと締め付ける。

「っく……!」

 強い収縮に雪哉もコンドーム越しに射精し、二人はほぼ同時に達したのだった。

「はぁ、はっ……」
「は、あ……♡」
 
 ずるりと引き抜かれたそこからコンドームを外す様子を花がぼんやりと見つめていると、雪哉は花の目元に唇を落とした。

「大丈夫?痛くなかった?」
「だ、だいじょうぶです……」

 正直少し痛みはあったが、それよりも幸福感の方が大きかった。好きな人と結ばれたのだという実感がじわじわと湧いてきて、花は自然と笑みを浮かべた。
 その笑顔を見た雪哉はまた下半身が重くなる感覚を覚えて、慌てて視線を逸らす。

「えへへ、先輩、だいすき……♡」
「~~~~っっ」

 花のその一言で、再び熱を取り戻してしまい、雪哉の目が座った。

「…………花」
「はい……?」
「もう一回、していい?」
「へっ?…………きゃっ!」

 返事を待たずに再び覆い被さってきた雪哉に、花は目を白黒させた。結局その後二回戦もしてしまい、ぐったりした花に雪哉は謝り倒す羽目になるのだった。

***

「あ、ヤッたでしょ」

 翌日。いつものように花は雪哉に告白しに行くつもりはなかったのだが、毎日のルーティーンのため自然と雪哉に会いに行ってしまって、二人で顔を赤くして黙り込んでしまったところ、天音にあっさり見抜かれてしまった。

「出雲っ!」
「わかりやっす~。花ちゃん、こいつヘタクソじゃなかった?嫌だったら私に言いな~」
「い、いいえっ!全然嫌じゃなかったですっ!むしろえーっと、その」
「花、相手しなくていいから」
「あ、名前呼びしてる」

 ニヤリと笑って指摘されてしまい、二人揃って赤面する。

「ま、よかったよ、おさまるところにおさまってさ。これからも仲良くね~。お幸せに~♪」

 ひらひらと手を振って去って行く天音を呆然と見送りながら、二人は顔を見合わせた。

「あー、えっと。今日一緒に帰れるかな」
「えっ?は、はい、帰れます!」
「できれば明日も明後日も、ずっと一緒が良いんだけど」
「は、はいっ!」

 嬉しくなった花が満面の笑みで頷くと、雪哉も微笑んでくれた。

「あと、今度デートしよう」
「はい!」
「…………花、俺の彼女になってくれる?」
「えっ⁉︎もうなった気満々でしたっ……!違ったんですかっ⁉︎」

 驚いた顔の花を見て、雪哉は吹き出した。

「ちがわないよ。これからよろしくね」

 そう言って差し出された右手を、花はぎゅうと握った。
 こうして花は、晴れて雪哉の恋人になったのであった。

***

「あーあ、とうとう花ちゃん捕まっちゃったのかー、かわいそうに」
「かわいそうって何だよ」

 生徒会室で、天音の言葉に雪哉は
ムッとした表情を見せる。

「だって、絶対離さないでしょ、花ちゃんのこと。死ぬまで雪哉しか男知らずに生きていくんだよ?可哀想じゃん」
「当たり前だろ。誰が他の男なんかに触らせるか」
「それだよそれ。その執着心のヤバさ知ったら、花ちゃん逃げるんじゃない?」
「花は俺のこと好きだからない」
「うわー」

 自信満々の雪哉に、天音がドン引きする。

「花ちゃんもまさか入試の時に雪哉に目つけられてただなんて思わないだろうね。マジでキモい」
「うるさい」

 そう、雪哉が最初に花を認識したのは、花がまだ中学三年生の時、この高校に入学試験を受けにきた時だ。雪哉は生徒会役員だったので手伝いに来ていて、初めて花の姿を見た瞬間恋に落ちたのだ。一目惚れだった。
 流石に入試結果を弄って花を入学させる、なんてことはできなかったが、名前を控え、合否を即確認して、花が後輩になることを知り。入学式で同じ学校の制服を着て並んでいる姿を見て歓喜に打ち震えていた。
 しかし手の届く位置にいるとそれはそれで緊張して中々声をかけられず、気がついた時には花は素行の悪い男子生徒に声をかけられていた。ブチギレ寸前だったがお人好しで雪哉を守ろうとする花に惚れなおしてしまいそれどころではなかった。
 その結果、とても幸運なことに、花は自分に惚れてくれた。
 しかも、毎日告白してくれる。
 そんなことされたら当然愛しさも増していくわけで、毎日毎日可愛すぎてどうしてくれようと思っていたところだった。俺も好きだと返事をしてしまったら、速攻花を抱いてしまう自信しかなかった。実際したが、そんながっついた姿を見せたくなくて、自分がもっと落ち着いてから返事しようと思っていたのだ。しかし雪哉の欲は強くなる一方で、花に告白されるたびに顔を引き攣らせてしまった。自分の耐え性のなさに。
 しかし、これでやっと花を手にすることができた。
 もう誰にも渡さない。一生大事にする。
 そんなことを考えていると、トントン、と扉がノックされた。
 はーい、どうぞ、と天音が声を上げるとゆっくり扉が開いて、ちら、と花が顔を覗かせた。
 はっと立ち上がった雪哉が急いでそこまで行くと、後ろから天音の「うわー」と呆れた声が追いかけてきた。

「花、どうしたの?」
「先輩、ごめんなさい、こんなとこまで来ちゃって……」
「いいんだよ。花の顔見れて嬉しいから」

 にこ、と雪哉が微笑むと、花はまだ慣れていないようでほおを真っ赤に染めて俯いた。可愛いなあ、と頭を撫でるとますます花は照れてしまう。

「あのっ、これ、差し入れですっ……!」
「え?」

 花の手には小さな紙袋があった。中身はクッキーらしい。

「お忙しいとは思ったんですけど、少しでも休憩になればと思って……でもあの、手作りなので、嫌だったら、」
「え、花ちゃんが作ったの?︎」

 ひょこ、と雪哉の後ろから顔を出した天音に、花はこくりと恥ずかしそうに首肯した。

「うそー!食べたい!」
「あ、はい、どうぞ、」
「だめだ」

 花が天音にクッキーの入った袋を渡そうとすると、雪哉がそれを取った。

「全部俺のだから」
「はあー?私も食べていいよね、花ちゃん!」
「は、はい、もちろん」
「花」
「はひ」
「花が作ったものは、全部俺のだから。他の奴にあげちゃだめ」

 真剣な顔の雪哉に、花は顔を真っ赤にさせながらこくこくと頷いた。

「このバカップルめ」

 ちぇ、と不貞腐れた天音が言うが、雪哉にドヤ顔され、天音はさらに不機嫌になって「飲み物買ってくる」と言って部屋から出て行ってしまった。

「そうだ、花」
「はい」
「今週の金曜、うち、俺しかいないんだけど」
「はい?」
「良かったら、泊まりに来ない?」
「えっ……」

 またしてもぼっと顔を赤くする花の額に雪哉はキスを落として、花が「お母さんたちにはお友達の家に泊まりにいくって言っておきます……」と小さく呟くのをニコニコしながら聞くのだった。



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