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収穫祭と訪問客

こっそりとお出かけ:アイラ

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 自室から見える太陽が西に傾き始めた空を、アイラは緊張した面持ちで見つめていた。

 着ている服は簡素でありながら、質のあるワンピース。

 リーナはアイラに声を掛ける。

「アイラ様。そろそろ」
「ええ」

 アイラは〝念動〟と右腕を使って車いすを自分で操作し、ドレッサーの前に立つ。

「では、失礼します」
「お願いね」

 リーナは服を汚さないようにケープをアイラに着させ、魔法で作った水で軽くアイラの顔を洗う。

 柔らかで上質な布で優しく水分を拭き取った後、クラリスが作った化粧水、乳液を丹念に肌に馴染ませていく。

 アイラはまだ子供であるし、肌も綺麗だ。だから、化粧は薄く、アイラの儚く神秘的な美貌を引き立てるように丁寧に施していく。

 次に、アイラの美しい白銀の長髪を丁寧にいていく。魔法で作った水を霧吹きのようにして髪を濡らし、また、風魔法と火魔法を混合して、ドライヤーの魔法で乾かす。

 蜂蜜を配合したヘアオイルを丹念に髪に馴染ませる。美しかった銀髪がより一層美しき輝き、艶めく。黒のバレッタでハーフアップにした。

 水魔法と火魔法で温水の球体を空中に浮かべ、清潔な布を濡らす。キッチリと絞って余分な水気を取り、うなじと左足の太もも、膝裏を優しく拭く。

 そしてカモミールの優しい香りがする香水をうなじに一滴、左足の太ももとにミスト状にして二回、つける。

 ケープを外し、アイラに細かな意匠が施されながらも、高価な貴金属をしようしていないブレスレットを差し出す。

 アイラは静かにそれを受け取り、右手首にブレスレットを身に着けた。

 それからアイラは簡素なローブを羽織り、また普段使用している豪華で品のある意匠がこらされている車いすではなく、とても簡素な木製の車いすに乗り換える。

 そしてアイラはリーナの先導のもと王族専用の通路を使って王城の裏手に移動し、用意させていた簡素な馬車に乗り込む。

 付き人はリーナだけ。御者もリーナがしている。

 今回の外出は極秘であり、国王さえも知らないのだ。

 そして数十分して王都を出た馬車は街道から外れて、大きな岩によって死角となった場所で止まった。

 そこにはクラリスが待っていた。

 アイラがリーナの手を借りて、片足で馬車を降り、車いすに乗った。

「よく来たの。オー坊に見つからなかったかの?」
「……お父様も気づいていないと思います」
「ふむ」

 クラリスはジッとアイラを見やり、ニヤリと笑った。

「緊張しておるのかえ?」
「……それは、はい。緊張しています。っというか、当り前じゃないですか」

 アイラは少し恥ずかしそうに顔を赤くした。

「お父様にすら内緒でマキーナルト領に行くのですよ? しかも、ツクル様の弟子であるセオドラー様にも会えるだなんて……」 

 そう、アイラは今からクラリスの転移を使ってマキーナルト領に行く。収穫祭の最終日の夜に行われるダンスを見に行くのだ。

 もちろん、お忍びで非公式だ。クラリスもロイスやアテナにも話していない。協力者であるセオ以外には。

 クラリスは緊張と興奮を隠しきれない様子のアイラに、一応忠告をしておく。

「今、収穫祭の影響もあって多くの人がマキーナルト領に集まっておる。お主の顔を見られるわけにはいかん」
「分かっています。少し離れた所で、様子を見るだけ。そもそも、人が多い場所で車いすは危険ですし」
「……そうだの」

 クラリスは一瞬、申し訳なさそうに苦々しく顔を歪めた。魔力しか見えぬ瞳で、しかしその雰囲気にアイラは目敏く気が付く。

「クラリス様。気にしないでください」
「……すまぬ」
「謝らないでください。こうやって、連れて行って貰えるだけで嬉しいのです」
「そうか」

 静かに頷いたクラリス。リーナが声を掛ける。

「クラリス様、そろそろ」
「そうだの」

 クラリスは懐から一枚の葉っぱを取り出した。それはとても神聖な魔力を秘めていた。

 アイラが驚く。

「クラリス様、それは」
「セオ以外に、もう一人協力者がおる。普通に転移を使うとアテナたちにバレるからの。今回は、エウの力を借りる」

 そう言って、クラリスは一枚の葉っぱ、トリートエウの葉を地面に落とす。すると、バァッと地面に落ちた葉から、無数の木の葉が舞い上がり、その中心から人外の美しさを持つ美女、エウが現れた。

「……」
「……」

 アイラもリーナも息を飲む。リーナはエウのその人外の美貌と纏う神聖さに。アイラはエウが秘める人外の魔力と静謐さに。

「……呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃ~ん。案内人の登場よ☆」
「はえ?」
「へ?」

 エウが片手を腰に当て、ピースしたもう片方の手を片目の前にかざしてキランッとした。

 エウの人外さに畏怖を抱き、ひれ伏しそうになったいたアイラとリーナの目が点になる。クラリスが怪訝な顔になった。

「エウ。なんだ、それ?」
「……セオに言われた。こうすれば大爆笑って。第一印象は最高になるって。……騙された。アイラもリーナも笑ってない」

 エウが拳を握りしめて、悔しそうに言った。「明日の将棋でケッチョンケチョンにしてやる」とも言った。

 クラリスが呆れ顔になった。

「騙されたって……いや、まぁ、空気は和んだから、セオの想定通りだとは思うのだが」
「……和んだ?」

 エウはアイラとリーナを見やった。エウに見つめられ、二人ともビクッとするが、すぐさま首を縦に振った。

「……そう。なら、セオはデコピンで許そう」

 エウはアイラたちの頷きに頬を緩めた。アイラが恐る恐るクラリスに尋ねた。

「あの、クラリス様。もしかして、こちらの方は」
「エウ。マキーナルト領に御座す神樹の神霊だの」
「「ッ」」

 アイラもリーナも大きく息を飲み、すぐさま跪こうとした。しかし、その前にエウが止める。

「……二人ともやめて。今日は、クラリスとセオの親友としてここに来た。そういう態度はちょっと嫌」

 エウがリーナとアイラの頭を撫でた。

「……リーナ。アナタは凄い。クソ野郎が中和していたとはいえ、瘴気を放出して制御していた。とても優しく強い心の持ち主。これからも頑張って」
「え……」
「……アイラ。今までの全てを知ってる。ごめんね。あの時、私が気づいていればアナタは左手も右足も失わなかった。クソ野郎と契約させられる事もなかった。ここまで不自由にはならかった」
「あ……」

 エウの言葉にリーナもアイラも同じように驚いた表情をした。しかし、その後の反応は全くもって違った。

「……ありがとう――」

 リーナは堅過ぎない言葉でエウに感謝しようとした。

 けれど、アイラは。

「エウ様」

 怒りとも取れるような表情を浮かべ、エウを見つめた。

「……どうした?」
「私は今の私が好きです。リーナやクラリス、お父様やお母様にお姉さまなどに愛されている私が好きです。だから、今の私を作った過去を勝手に酷いと言わないでください」
「……そう。失言だった。ごめん」
「……いえ。エウ様が心配してくださった事は分かっています。私の方こそ、申し訳ありません」

 エウとアイラが頭を下げあった。クラリスが溜息を吐き、パンッと手を叩く。

「お主ら。ここでペコペコと頭を下げあってもしかたなかろうて。さっさと、向こうにいくぞ」
「……確かに、それもそう。じゃあ、全員私の手を握って」

 エウは手を差し出した。クラリスは躊躇いなくエウの手を握り、遅れてアイラとリーナが手を握った。

 すると、木の葉が現れ、全員を包み込んだ。アイラは思わず目を瞑った。

 数秒経った後、ゆっくり目を見開くと、

「ようこそ、マキーナルト領へ」

 アイラたちは神樹、トリートエウが聳え立つ丘の上に転移していた。

 そしてセオがアイラたちを出迎えたのだった。
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