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収穫祭と訪問客

そういうセオだって、不誠実なことをしてそうな気もするが……:late summer night

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 そしてエドガー兄さんは俺を見た。

 その表情はとても困っているような表情だった。どうしようもない現実を前に立ち止まってしまったような、泣きそうで、それでも歩き出そうと頑張る表情だった。

 エドガー兄さんはわずかに逡巡したあと、口を開く。

「そういう意味では、お前やラインの方が領主に向いていると思ってるんだ」
「……そう」

 エドガー兄さんの声音は透き通っていて、俺はそれに上手く言葉を返せなかった。

 どう言い返そうか、迷う。

 そうしているうちにエドガー兄さんが、ハハッと笑った。

「まぁ、けど、お前らは領主に興味がないようだしな」
「……エドガー兄さんは本当に領主になりたいの?」

 色々と言い惑っていたが、これだけはきちんと聞いておかないといけない。

「なりたいぞ」

 エドガー兄さんは俺の質問に即答した。それはもういい笑顔で。

「言っただろ。父さんたちはすごいって。尊敬してるんだ。まぁ、駄目な部分とか、頭のねじが外れている部分もあるから、全てを尊敬できてるわけではないが」
「それが普通だと思うよ」
「だろうな。人には善し悪しが必ずあって、そういう部分と付き合うのが人生だって、ソフィアも言ってたしな」
「……ソフィアって、彼氏ができなさ過ぎて暴走する以外は、結構いい人なんだよね」
「ああ。とても頼りになる」

 カラカラと俺とエドガー兄さんは笑いあった。

「ところで、エドガー兄さんって貴族の友達いるの?」
「うっ。お前、嫌なところ聞いてくるな」
「いや、だって、ねぇ? これから中等学園に行くのに、ボッチっていうのも弟として心配になるし」
「心配している顔じゃねぇぞ、それ。ニヤニヤしやがって」
「そう?」

 俺は肩をすくめる。エドガー兄さんは俺の頭を優しく拳で殴る。

て」
「嘘つけ」

 全く痛くない。

 俺はジーっとエドガー兄さんを見た。エドガー兄さんは折れたように溜息を吐く。

「まぁ、いるっちゃいる。……が、なぁ」
「どうかしたの? イジメられてるの? なら、俺がぶちのめすから教えて?」
「イジメられてねぇし、ぶちのめさなくていいから」

 エドガー兄さんは俺の冗談に笑う。

「いやな、兄弟のなかだと、俺が一番社交界とか、パーティーとかには出てるぞ。だが、それでも普通の貴族と比べると露出は少ないし、いわば辺境伯の子息と同じような頻度だ」
「まぁ、俺たちはもっと酷いけど」
「一番ひどいのはユリシアだが。あいつ、あれでも子爵令嬢なんだぞ? なのに、色々と問題ごと起こして、それからずっとこっちにこもってる」
「問題って、暴力沙汰でしょ? そういえば、生誕祭の時、それなりに俺に怯えている人がいたけど……。特に、ユリシア姉さんの同年代」
「ああ、狂犬令嬢とか、暴力姫とか、色々と呼ばれているぞ、あいつ。行く先々で喧嘩してるからな。言っとくが、あいつ、うちだとかなり猫被ってるからな?」

 それって、猫を被るっていうのか? 

 そんな俺の思考を読んだのか、エドガー兄さんは何度かうなった後、

「甘えてる……心を許してるって言えばいいのか?」
「ああ、なるほど。外だと警戒心マックスの状態で、常に威圧してると。捕らわれて見世物にされてる野獣みたいな感じ?」
「言い方は悪いが、それが一番近いか? あいつ、結構人見知りするし、怖がりなんだぞ。お前やラインが産まれる前は、いつも俺の後ろを引っ付いてきてな。夜中にトイレがいけないって、いつも起こされたし、お化けが怖いって泣きじゃくってたこともあったな。泣き虫だったな……」
「へぇ……」

 これは面白いことを聞いた。

「まぁ、ラインが産まれた辺りから、そういうのがなくなって、逆に気が強くなったような感じになっているんだが」
「強がってる?」
「まぁ、姉になりたいと思ったんだろ。ビィビィ泣きじゃくってたら、姉として駄目だと思ったんだろ」

 エドガー兄さんは心当たりがあるのか、目を細めながらそういった。

 ニヤリと笑う。

「エドガーお兄様もそうなの?」
「……気持ち悪い」
「あ、酷い!」
「酷いもなにも、その悪だくみしてる顔でお兄様とか言われたら、誰だって気持ち悪いと思うぞ」
「ちぇ」

 俺は唇をとんがらせた。それから、逸れていた話をもとに戻す。

「それで、エドガー兄さんの友達がどうかしたの?」
「チッ。忘れたなかったか」
「忘れてないよ」

 エドガー兄さんは今日、何度目か分からない溜息を吐いた。仕方なさそうに話し出す。

「父さんたちがあれだろ? まともに接してくれる奴なんて、少ねぇんだよ。まして、俺は長男だしな」
「ああ、なるほど」

 ……ご機嫌伺いというか、まぁロイス父さんたちの英雄としての力を目当てに繋がりを持とうとする貴族は多そうだしな。

 実際生誕祭の時も、そういう人は結構いたし。というか、ほとんどそうだったし。

 だけど。

「学園なんでしょ? そこだったら、いい意味でも悪い意味でも社会から一部隔離されている部分があるからさ、どうにかなるよ。それに長らく付き合えば、色眼鏡も外れるだろうし。まぁ、結局はエドガー兄さん次第だけど」
「それは前世の経験の助言か?」
「まぁ、そうかな? けど、あれだよ。前世の記憶を持ってる子供として言わせてもらうと、子供って案外自由だよ。エドガー兄さんたちを見てそう思ってる」
「……そうか」
「そうだよ。親友の一人や二人くらいできるよ。ついでに、彼女の一人や二人もできるって」
「いや、彼女が二人もいたらおかしいだろ」

 エドガー兄さんがジト目で突っ込んできた。

 俺はやれやれと首を横に振る。

「エドガー兄さんはモテる。現に、この領地でもエドガー兄さんは人気がある。女の子から一杯の視線を集めている。まぁ、ライン兄さんも同じだけど」

 ……そうなんだよな。エドガー兄さんもライン兄さんも、ラート街に出れば多くの女の子に声を掛けられるんだよな。

「っというかさ、将来のお嫁さんいっぱいいる人が彼女の一人や二人でなに、常識ぶってるんだか」
「はぁ、なんのことだ? 俺は婚約なんてしてねぇぞ」
「とぼけても無駄だよ。ライン兄さんとか、エイダンやカーターからネタは上がってるんだから」
「何がだ?」

 ふっふっふっと俺は笑う。

「最近、エドガー兄さんの執務室の周りにお花があふれているそうじゃないか」
「あ、それはっ――」
「それは何? 小さな女の子をたぶらかしてるんでしょ? エドガーお兄ちゃんと結婚するって言われてるんでしょ!」

 昔から、死之行進デスマーチからの復興や街の発展で大人たちが忙しい時に、エドガー兄さんはよく子供たちの面倒を見ていたそうだ。

 そのためか、比較的大人たちの忙しさが落ち着いた今でも、エドガー兄さんは暇を見つけては子供たちと遊んだりしているらしい。

 なんというか、イケメンすぎる。

 そう、イケメンすぎるのだ。

 よく一緒に遊んでくれるお兄さん。とても落ち着いていながら、ワイルドで端正な顔立ち。ニカッと笑う笑顔は魅力的だろう。

 まぁ、つまるところ、女の子たち、特にエドガー兄さんよりも下の子たちがメロメロらしい。

 分からんでもない。

 ちなみにライン兄さんは、お姉さま方に人気だ。華奢な感じとか、まぁ庇護欲をそそるよな。それにあのそこらの少女よりも美しい顔立ちだし。

 と思っていたら、エドガー兄さんが呆れたことを言った。

「あのな、セオ。小さい子たちの言葉だぞ? 本気なわけないだろ」
「エドガー兄さん。それ、本気で言ってるの?」
「当たり前だろ。向こうだって、数年もすれば忘れてるぞ」
「……はぁ」

 俺は溜息を吐いた。これは酷い。この調子だと、学園に言ったら、絶対惚れた腫れたので問題起こすぞ。背中刺されるぞ。

「なんだよ。なんか、言いたいことでもあるのか?」
「あるよ」

 俺はエドガー兄さんに真剣な表情を向ける。エドガー兄さんが少しだけそれに驚いた表情をした。

「いい。エドガー兄さん。いくつだろうが、恋は恋なの。それを告げることは勇気がいるの。たとえ、無垢な子供であってもだよ」
「は、はあ」

 分かってなさそうである。

 ……アプローチを変えるか。

「エドガー兄さんは領主になりたいんだよね。本当に領主になりたいんだよね?」
「ああ。さっきも言っただろ!」

 エドガー兄さんは少し怒ったように頷いた。

 だから俺は問う。

「なんで、今、エドガー兄さんは不機嫌になったの? 少し怒ったようなったの? きちんと答えて」
「お、おお」

 俺の声音にエドガー兄さんは驚いたように頷き、それから恥ずかしそうに言った。

「恥ずかしかったんだぞ、あれでも」
「何が?」
「だから、領主になりたいって言ったことだ! 父さんたちを尊敬してるだって、言いにくいじゃねぇか!」

 エドガー兄さんの頬が赤く染まった。

 だから、俺は頷いた。

「そうなんだよ。恥ずかしいし、勇気がいるんだよ。自分の本心を伝えるっていうのはさ」
「……あ」

 気づいたようである。

「伝えた時、勇気をふり絞っているのかもしれない。もしかしたら、伝えた後に、それこそ数年後に、それに気が付いて、泣いてるかもしれない」

 前世で大した経験はない。っつか、指の一本か二本で足りるだろう。

 だが、思いに貴賤はない。数に価値があるわけでもない。

「不誠実だと思うよ。エドガー兄さんのその対応は。結婚するって約束したんでしょ? 小さい子の言葉だとしても、冗談だと思って受け取っちゃいけないよ」
「………………そうだな。俺が悪かった」
「俺に謝ってどうするの?」
「……分かってる。明日、領地を出る前に話して頭を下げる」

 エドガー兄さんはバツの悪そうな顔をして、項垂れた。

 そして、

「っていうことは、学園に着いたらもっと頭を下げるのか」
「うん?」

 気になることをぼやいた。
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