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王都邂逅

本人の予想とは反して……:fourth encounter&楽師とアイラ

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 ……どうするかな。

 トーンお祖父ちゃんの驚いた表情を見やりながら、俺は迷う。

 トーンお祖父ちゃんの声に驚いたのか、ライン兄さんたちも俺たちの方を見ているし……

 そんな風に悩んでいたら、トーンお祖父ちゃんは俺に視線を合わせるようにしゃがみ、真剣な表情を向けてきた。

「セオ。急に大きな声を出してしまってすまなかった。びっくりしただろう」
「え、いや、大丈夫だよ」
「そうか……」

 トーンお祖父ちゃんは僅かばかり瞑目した後、立ち上がる。

「それでだ。平均律。実に的確にその調律を表している」
「え。うん……」

 やっぱり、ツッコまれるか。どう言い訳しよう――

「やはり候補の中でもその名が一番相応しいだろう。レミファ。それでいいな?」
「ええ」

 と、言い訳を考えようとしていたらトーンお祖父ちゃんはレミファお祖母ちゃんに問いかけ、レミファお祖母ちゃんは静かに頷く。

「そうか。それで進めておくぞ。それでだ、セオ」

 あ、やっぱりツッコまれるか。

 そう思ったが、

「何か弾きたい曲はあるのか?」
「え?」 
「せっかく、ピアノの前に座っているのだ。楽譜もたくさんある。弾きたい曲のリクエストでもあるか?」
「……え?」

 俺は戸惑う。

 ツッコまれると思ったからだ。実際、ロイス父さんが少しだけ心配そうな表情をしているし。

 しかし、トーンお祖父ちゃんは俺のそんな内心を知ってか知らずか、近くにあった棚から、楽譜の束を持ってくる。

「セオの手で弾ける曲はこれくらいだろう。まぁ、この中になくても、そうだな。鼻歌でもいい。私が即興で教えてあげよう」
「ええっと……」

 優しく、それでいて興奮と喜びがこもった声音でトーンお祖父ちゃんは語りかけてくる。

 純粋に、俺のリクエストを聞いているんだと思う。

 ……いいのかな? 

 けど、深くツッコんでこないなら、それはそれでいいかな。

「じゃあ、こういう曲が――」

 そう思いながら、俺はトーンお祖父ちゃんに具体的な音は忘れちゃったけど、鼻歌だけなら歌える前世の曲をリクエストしたのだった。



 Φ



 クラリスが来てからのアイラの朝は早い。夏の日が昇るのと同時に起きる。

「みゅ……」

 残暑が残る朝に響き渡るラッパとヴァイオリンの音。毎朝、国王のためだけに日の出と共に鳴らされる王室名誉楽師の朝の目覚ましだ。

 風魔法によって、その目覚ましは王城全体に響くように拡大されているため、アイラの部屋にまで響くのだ。

 右手側にある手すりに手を付きながらベッドから体を起こしたアイラは、右手で目をこする。

 しかし、起きている時間が早いせいか、はたまた普通に朝が弱いせいか、アイラはウトウトとしている。テキパキと動く様子もなく、眠た気な様子だ。

 それでもアイラは、手足のように使い慣れた〝念動〟を使い、定位置においていた車いすをベッドの横に移動させる。

 右手だけでベッドを這いずって移動し、なだれ込むようにして反対向きに車いすに座ったところで、アイラの部屋の扉が開く。

「アイラ様ッ! いい加減、ベルを鳴らしてください!」
「……うみゅ」

 茶髪のメイド、リーナが叱りながら飛び込んできた。通常、ベッドの横に備え付けられている魔道具のベルを鳴らし、使用人を呼ばなければならない。

 しかし、アイラはそれをしなかったのだ。

 だから、リーナは怒る。

 アイラは少しだけ、煩そうに眉をひそめる。

「ここ最近、ずっとそうですよ! 何故、一人で全部しようとするのですかっ?」
「……みゅ。大丈夫」
「こんな座り方して何が大丈夫なのですか!? 怪我でもしたらどうするのですか!?」
「……たまたまだから。明日からは大丈夫だから」
「駄目です! これ以上は見逃せません。明日からは、無断で入らせていただきますから!」
「……むぅ」

 心配なのだ。

 いくらクラリスの指導のおかげで、アイラが熟練の魔法使いにも匹敵するほどの魔法の腕を持っていたとしても、片腕片足がないアイラが怪我する可能性は高い。
 
 ましてや、いつのもキリッとした受け答えができないほど、アイラは朝に弱いのだ。

 いつか、車いすなどの下敷きにでもなって大きな怪我をしないか、リーナは本当に心配なのだ。

 だから、リーナはアイラを叱る。

 アイラは少しばかり意気消沈した後、それから薄く瞳を開けて、上目遣いでリーナを見やった。

「……リーナ。お願い」
「……かしこまりました。アイラ様」

 リーナは仕方なさそうに溜息を吐き、それからアイラの朝仕度したくを整えていくのだった。

 そうして朝食が終わり、いつものようにクラリスの魔法の指導が始まった。

 と、思ったのだが、

「お休み、ですか?」
「うむ。今日だけではない。ここ一ヵ月間休みだの」

 魔法の指導が休みのようだ。

 アイラは不思議そうに首を傾げる。クラリスは「その代わり」と言いながら、講義室の扉を開ける。

 そこから老夫婦が現れた。

「お久しぶりでございます、アイラ殿下」
「お久しぶりでございますわ、アイラ殿下」

 トーンとレミファである。
 
 アイラは驚きながらも、慌てて〝念動〟で車いすを操作して、体を二人の方へ向ける。

「久しぶりでございますわ、トーン楽師様にレミファ楽師様」

 王室特別楽師とはいえ、こうやってしっかりと顔を合わすのは久しぶりだったりする。生誕祭以来か。

 車いすに座りながらカーテシーをしたアイラはクラリスに視線を移す。

「それでクラリス様。何故、トーン楽師様たちを?」
「それはだの。教養だの」
「教養……しかし、私は既に王族に必要な音楽の知識は持っていますが」

 アイラは不思議そうに首を傾げる。

 実のところ、トーンやレミファも不思議そうに首を傾げていたりする。

 アイラに音楽の知識を教えたのはトーンたちである。王族であるならば知っておかなければならない曲や歴史、音楽の質を聞き分ける耳。

 アイラはどの点においても、最短時間でそれを修めた。

 だから、トーンたちはアイラにこれ以上の教養が必要なのかと首を傾げたのだ。

 しかし、クラリスは首を横に振る。

「お主は楽器を弾けんだろう」
「ッ」

 アイラは息を飲んだ。また、トーンやレミファは愕然とした表情をクラリスに向ける。

 楽器を片手で演奏することは不可能だ。いや、お遊びレベルの演奏か、もしくは地方の民族楽器の中にある片手で演奏できるものならば可能ではある。

 しかし、クラリスは教養のために王室特別楽師であるトーンとレミファをここに呼んだのだ。つまるところ、お遊びレベルの演奏は求めていないし、また地方の民族楽器を求めているわけでもないだろう。

 空気に緊張感が増す中、クラリスは気にせずに続ける。

「アイラ。今、魔法で行き詰っておるだろう」
「……はい」

 アイラの魔法の才能は天才の一言では語れないほど、高い。また、その才能を生かすための技術も、クラリスの指導とアイラのたゆまぬ努力によってエレガント王国どころか大陸内でも上位に入る。

 僅か、八歳でそこまでの魔法技術を身に着けたアイラの成長速度は恐ろしいものだが、しかしここ数週間近く、天をくほどの成長が突然止まったのだ。

 それどころか、今までできた事ができなくなっていたりもする。

「理由はいくつかあるが、まぁ教えん。教えたところで意味はないからの」
「……それがどうして楽器が弾けないことに繋がるのでしょうか?」

 悔しさを滲ませながら、アイラが尋ねる。

「大した繋がりはない。だが、お主は強くなった。成長した。だからこそ、魔法を使わずにお主は自身の体と向き合う時期だと思ったのだ」
「ッ」

 そう言いながら、クラリスはトーンとレミファに向かいなおる。

「オリバー国王からは既に許可を得ております。トーン殿にレミファ殿。一つでも良いので、アイラが望む曲を弾かせてやってください」

 そう言いながら、クラリスは退出したのだった。

 トーンとレミファは困惑するだけだった。
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