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てんやわんやの新たな日常

貴重とかそんな次元ではなく伝説級なんです:Resistance

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「え、マナー?」

 それは収穫祭が終わった翌日だった。

 今日はエイダンたちが家に来る日だ。どうにも赤ん坊が珍しく、ブラウに会いたいとかなんとか。

 まぁ新作絵本ができたので、それを試読してもらい意見が欲しかったのもあり家に招待したのだ。

 相手がエイダンたちなので、貴族用のお菓子などは出さなくていいやと思ったが、家に友達……うん、友達を呼ぶのは初めてだったため、悩んでいたのだ。

 そしたらロイス父さんがそんな事を言ってきた。

「そうだよ」
「いや、マナーって。一応、マリーさんやアテナ母さんから貴族の礼儀作法は一通り学んでるよ? なんでマナーなんて」

 俺が顔を顰めれば、ロイス父さんが苦笑いする。

「そんな顔しないの。いやね。来年にはセオも貴族の場に出るわけでしょ?」
「まぁ五歳になるからね。誕生祭だったけ? え、なに、もしかしてサボっていいの? サボれるならサボりたいんだけど。っというか一生貴族の場には出たくないんだけど」
「それは無理」
「……だよね」

 シュンと落ち込んでいると、ボサボサ頭からアルが飛び出してきた。

 俺がブラウにベッタリしていたためか、ここ最近は前よりも自由に動き回るようになった。が、それでもよくボサボサの髪の毛の中に籠っていることが多い。
 
 まぁ兎も角、心配そうに顔を覗くので大丈夫だよ、と微笑んで頭の葉っぱを撫でてやれば気持ちよさそうに目を細める。

 それを見ていてロイス父さんが少しだけ溜息を吐いた。

「そこなんだよね」
「そこ?」
「セオ。知っての通り、うちは歴史的な問題もあって他領の貴族をあまり招かないんだよ。特にここ最近は、クラリスが王都にいるのもあってね。けど招かないだけで他領には行く。誕生祭もその一つ」
「……ふぅん」

 なんでクラリスさんが王都にいると招かないのかは分からないが、まぁ頷いておく。それに、クラリスさんの事は分からなくてもロイス父さんが言いたいことは分かったから。

「つまり、家を数日から数週間離れるから、もしアルたちを連れていくならそれ相応の躾やら俺のふるまいを覚えろと?」
「そうだね。因みに……」

 にこやかに頷いたロイス父さんは、何かに勘づいて逃げようとしたライン兄さんの首根っこを掴む。

「ラインもだよ」
「……み、ミズチは隠れるの上手だし」
「駄目。貴族は魑魅魍魎ちみもうりょう。特に暗殺等々を慣例的に警戒するから、それなりの目を用意してる。そんな中、幻獣を入れるわけないでしょ? それにミズチは僕たちでもあまり生態が分かってないんだよ。清い水辺に生息するくらいしか。だから、貴重なの」
「……狙われる?」
「一概にそうとはいえないけど、まぁね。いい人ばかりじゃないから」

 ライン兄さんが首に乗っていたミズチを抱え、ガクブルガクブルと震える。ミズチもシューと唸りながら、怯えたように尻尾を丸めている。

 そんな様子にロイス父さんは再度苦笑いする。

「けど、しかるべき根回し等々をしていれば向こうの矜持やら体裁もある。キチンと考慮して守ってもらえる。……いや守ってもらうって言い方はおかしいかな。そうするように仕向けると言った方が近い」
「それが根回し?」
「そう。セオたちは将来貴族関連の仕事に就くとは限らない。二人とも色々な才能があってそのための努力も惜しまないからね。けど、頭角を表せば結局貴族とぶつかることになる。そんな時、自衛のために覚えておいて損はないんだよ」

 ……まぁ言わんとすることはわかる。それに俺たち相手だから、少し現実的な話をしているのも分かる。俺は精神的に大人だし、ライン兄さんは物凄く賢いから。

 自衛か……

 そういえば、タイプライターの件で筆記ギルドもだけど、インクの工房や筆の工房とも少し揉めてるんだよな……

 後ろに貴族がいるらしいし。

 確かに、インクや筆自体の生産を領地持ちの貴族が進めているから、アカサやサリアスも簡単に交渉を進める事はできないし……

 ならやはり学んでおいた方がいい。

 けど、なんでこのタイミングなんだろ? いや、確かにアルたちが生まれてからここまで死之行進デスマーチのための準備等々で忙しかったし、それが終わった後も事後処理で忙しかった。

 ようやくここ最近落ち着いてきた。

 けど、なんか別の意図もある気がする。ロイス父さんを見て直感的に思っただけだけど。

「もしかして王都でなんかあったの?」
「ん? どうして?」
「いや、何となく」

 ふぅん、と頷きながらもロイス父さんは一瞬迷ったように目を動かした。もちろん、それは見逃さない。

 っというか、ここ最近分かったがユリシア姉さんは意外にもロイス父さんに似ているのだ。誤魔化し方だったり、その時の表情の動きだったり。

 ユリシア姉さんは腹芸ができないからめちゃくちゃそれが分かりやすい。対してロイス父さんは分かりにくい。通常だと気が付かない。

 けれど、ユリシア姉さんとロイス父さんの表情の動きが似ていると分かれば、それは別だ。

 なのでやはり王都で何かあったらしい。

 なのだが。

「いや、王都では何もなかったよ」
「へぇー」

 王都では? 

 ……ロイス父さんはワザと誤解するように物事を言わなかったり誤魔化したりするけど、嘘は言わないしな。それに俺たちを想ってくれてるし。まぁ想っていても暴走して、ためにならなかったりもあるんだが……

 まぁいいか。

 ぶっちゃけ首を突っ込んでもロクなことがなさそうだし。俺の勘がそう告げている。魔道具や魔術、その他諸々の研究だったりモノづくりができれば俺は満足だし。

「まぁ分かったよ」
「僕もそれでいいよ」

 ライン兄さんも俺と同じような思考に至ったのだろう。胡乱な目を一瞬だけ向けた後、惰性で頷いた。

「そう、ありがとう。じゃあ、雪が降り始めたら朝稽古の代わりに入れるよ。それで大丈夫?」
「うん、拘束時間は変わらないんでしょ?」
「うん。自由時間はいつも通りだよ」

 ならよし。

 俺はそう頷いた。

 と。

「セオ様。エイダン様とカーター様がおいでになりました」
「ああ、行く。ちょっと待ってもらってっ!」
「はい」

 レモンが伝えて来たので俺はバッと立ち上がる。アルが「アルルっ」と驚いたように声を上げたので、小さくごめんねと言う。

 それから。

「じゃあ、エイダンたち、うちに入れるけど大丈夫だよね」
「ああ、もちろんだよ」

 ロイス父さんの最終了承も貰ったので、俺は二人を迎えに行った。


 Φ


「二人ともよ――あれ、エイダン。どうしたの?」
「な、何でもないっ!」
「そう。顔が赤いんだけど……」

 玄関に行くと、エイダンが頬を赤くしていた。カーターは鋭く光る藍色の瞳で冷めたようにエイダンを見ていた。

 どういう状況?

 そう首を傾げていれば。

「フッ。セオは相変わらず容姿のような勘をしているな」
「む。それはどういう事?」

 俺より一歳年上のカーターはライン兄さん程とはいかないものの利発的だ。

 ……利発的? まぁ物覚えはいいし、語彙も多いし、思考も論理的だ。まぁ利発的なのだろう。

 なのだが、ちょっと、いやかなり早い中二病に入った。もちろん子供たち同士で遊ぶことも多いが、カーターの場合、ガビドに魔法指南を受けている事もあり大人と一緒にいる事も多い。

 っというか、町には冒険者も多く、意外にも彼らは子供好きだ。普段、戦闘に身を置いてるからか、癒しを求めるのはもちろん、庇護欲やらなにやらが欲求的になるのだろう。勝手な妄想だが。

 どっちにしろ、仕事をしない冒険者たちが子供たちの面倒をよく見たり、一緒に遊んだりすることもあって、子供たちは口達者だったりするのだ。

 ……閑話休題。

 要するにカーターは理解が良くてもバカなのだ。俺は一応ロイス父さん――マキーナルト領の領主の息子である。その息子をバカにし、しかも後ろにはレモンがいるのだ。

 ふっ。実家の威光を――

「あれ、どうした? 怒るか? そうか。自分の顔がそんなに抜けていると想ってるんだな。ああ、酷い。俺はセオの素晴らしい――」
「うっさいっ! カーター、嫌らしいんだよっ!」
「それはどうもありがとう。ガビドが言ってた。嫌らしいは魔法使いにとって誉め言葉だって」

 カーターがふふんと鼻を鳴らす。エイダンは相変わらず頬を染めてもじもじしてる。なんかムカつく。

 後ろにいるレモンはにこやかに立っているだけなので、たぶん口出しはしてこないだろう。カーターがとやかくいっても、それがじゃれ合いの域をでていなければ、普通に見守るだけだ。

 なら。

「へぇ、嫌らしいのを認めるんだ。ああ、困ったな。うちはそんな嫌らしい子にはおやつが出せないんだよな。そういう方針なんだよな。ああ、困った。二人のために貴族御用達のおか――」
「ささ、セオドラー様。肩をお揉みしましょうか? お水を飲みますか? どうぞ何なりとお申し付けください」
「……お、お前」

 お菓子と言いかけた瞬間、カーターの態度が一変した。手のひら返しとはまさにこの事。電子が陽子になるくらいには、エグイ変わり方だ。だって、電子が陽子になることなんてないし。中性子が陽子になったりはするが。

 そんなどうでもいい――っというか、あやふやな知識を思い出してしまうほどには凄い手のひら返しだった。

「そ、そんなにお菓子食いたのか」
「当たり前だろ。貴族御用達のお菓子。……ああ、楽しみだ」

 カーターはジュルリと涎を垂らす。

 そういえば、カーターって細身なのにめっちゃ食べるんだよな。こないだの収穫祭でも、口に物を入れてなかった時がないと思うくらいには色々食ってたし。

「セオ様」
「あ、そうだった。二人ともこんなところで突っ立ってないで入った入った」

 ここは玄関だった。ぶっちゃけ、寒い。もう冬に入り始めかそれくらいなのだ。風邪を引く。なのに玄関で話し込んでどうする。

 っということで、頬染めもじもじのエイダンと涎ジュルリ媚び媚びカーターを引っ張って家にいれたのだった。
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