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早春

決着と芽吹き:sprout

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 俺が積極的に動き始めて三十分。三十分間も決着がついていない。

 というのも、向こうの大将が張っている結界が頑丈なのだ。

 俺は分身体を自爆させる技を使い、死兵と化した分身体を結界まで突っ込ませ、何度も自爆させているのだが、結界に罅すら入らないのだ。

 それどころか、俺がポンポン分身体を召喚して爆発させているせいで、直感なのかもしくは魔力の流れを追っているのかは分からないが、“隠者”を使っていてもユリシア姉さんに見つかるようになった。

 それとエイダンとカーターが膠着する雪合戦にしびれを切らしたのか、好き勝手に動き始めたせいでおっさんたちも好き勝手動き始めた。ユリシア姉さんたちも思い勝手に動き始めた。

 完全な混戦である。秩序もクソもない、俺達が来る前の罵り合いをしている雪合戦と同様だ。

 俺の分身体が自爆しながら突撃し、クラリスさんとハイターがそれを援護する様に忍者の如く木々の上を走りながら応戦する。

 しかし向こうは使い捨ての道具とばかりにおっさんたちを肉壁にして、子供たちが俺の分身体やクラリスさんたちを狙う。おっさんたちの怨嗟の汚い声が気持悪く、またユリシア姉さんたちは容赦なく肉壁にする。

 特にカーターは魔法を、ユリシア姉さんは野性的な物理を使って雪玉を豪速で射出しているので、意外にも精度高くクラリスさんを追い詰めている。

 そうして何か知らないが、両者が一斉に引く瞬間が訪れた。仕切り直しなのか、それともこれで決着を付ける為なのか、誰もが木々の影に隠れ、雪玉を投げなかった。

 それが数分続いた。

「のお、セオ。ちょいとお願いがあるんだがいいかの?」
「なに、本気を出してないクラリスさん?」

 太い木の影に身体を丸めて潜んでいる俺にクラリスさんが話しかけてくる。穏やかな笑顔のクラリスさんは普通に余裕があるように見えていて、実際手加減しているのだろう。

 この雪合戦で“研究室ラボくん”にお願いしてクラリスさんの動きなどを解析してもらった結果、クラリスさんがそもそも魔法生命体みたいなものであることが分かった。

 いやハイエルフだとかそんな話も聞いていたし、予想はしていたが分からいやすく言えば肉体的スペックは己の意志一つで変えられる存在だ。
 
 つまりやろうと思えば魔法も使わずに音速の壁すら突破して向こうの大将が張っている結界を破壊することができるだろう。

「お主、争いごとが嫌いではなかったのかの? ……まぁよい。それより、儂の事解析したおったの?」
「うん、駄目だった?」

 するなとは一言も言われてない。けど、やっぱりバレてたか。データ自体は欲しかったからな。もしかしたら魔道具の研究にも役に立つかと思ったし。

 それにここ最近は義肢の魔道具で出力調整に戸惑っているのだ。クラリスさんのような意志一つで己の肉体的スペックを左右できる原理が分かれば、もしかしたら自由に義肢の出力を調整できるかもしれない。

 まぁその前に平行軸や交差軸などといった歯車の課題もあるんだよな。結局、この世界ではガタガタした歯車はあるのだが、滑らかに動く歯車の技術は少ないし。

 この世界には時計が普通にあるが、それでも時計はガタガタ動いても正確に寸分のずれなく動けば問題はない。離散的、つまりデジタル的な動きであっても問題ないのだ。
 
 だが身体の動きなどは滑らかに動く必要がある。もしくは極限までに離散的な動きにしてそれが連続的な動きと見分けが付かないようにしなければならない。

 難しい。

「ふむ、駄目ではないの」

 クラリスさんは落ち着いた様子で頷いた。だが、それから剣呑な黄金の瞳を俺に向けてくる。

「だが敵対行動と捉えられるぞ。お主はこの街しか見ないからわからんだろうが、普通相手を調べるという事はやましい事を考えていると伝えているようなものだの。もちろんバレなければいいが、それでも高ランク冒険者や貴族相手には下手に動かない方がよい」
「……確かに。ありがとうクラリスさん」

 ロイス父さんがそんな事言ってたような気がするな。いや、言っていたんだろうたぶん。クラリスさんは身内みたいなものだし、甘えていたのか。

 ……にしても、バレなければいいんだよな。バレないで解析するのを鍛えてみるか。“隠者”もあるし、クラリスさんにすらバレない程の解析を目指してみるか。

「あ、それでお願い事って何?」
「うむ。お主が作っていた点字やらタイプライターについてなのだが――」

 とその時、遠くでユリシア姉さんの怒り声が聞こえた。数分間も誰も動かず静かな雪合戦にしびれを切らしたのだろう。
 
 偵察のために配置している分身体から送られてくる視覚情報によれば、いつの間にか二本の木剣を手に、地面に積もっている雪を切り裂いていた。

 そしてそれを合図に一斉に相手さんが動き始めた。

「――セオ、行くぞ」
「はいはい」

 という事で俺とクラリスさんは隠れていた木の幹から飛び出し、敵に突っ込んでいく。向こうの大将は短期決戦を望んでいるのか、結界を張って引きこもっては居らず、こっちに向かって来ている。

 と、上に気配は感じて視線を送ればハイターが天狗のような足取りで木々を飛び移っていた。向こうも幾人かのおっさんが木から木へ飛び移っている。

 何というか、馬鹿らしい最後になった。

 策もなく、互いに正面衝突など。

 ただ、突っ込むのはこっちである。向こうは防衛的な正面衝突を選ぶらしい。まぁ人数が多いし、使える手も多いからな。それに人数が少ない相手を責めるのは意外にもリスクだしな。

 突っ込んできたところをボコボコにした方がいいだろう。

「で、何なの?」
「可能ならばでいいのだがの、お主が作っていた試作品のタイプライターやら、あと点字?だったかの、あれを譲ってほしいのだ」

 俺とクラリスさんは、魔法などで作り射出しているマシンガンの如く襲ってくる数々の雪玉を紙一重で躱しながら、会話をする。

 分身体を咄嗟に召喚して盾にしたり、はたまた雪の中に埋もれさせて自爆させ、雪の壁を作ったり。魔法で雪玉を作れないので、“宝物袋”に補充しまくった雪玉で応戦する。

「譲る? なんでまた」
「お主は儂がこの国に来た理由は知っておるだろう?」
「確か……家庭教師とか何とかだっけ?」

 飛び掛かってきたおっさんをスライディングして躱しながら、雪玉を当てて一時的に戦闘不能にする。魔力だけはあるので、分身体を召喚しては自爆をさせているため、意外に切り抜けやすい。

 クラリスさんは猫と見間違うほどの柔らかく変則的な動きで雪玉を躱し、一瞬で手に取った雪を強力な握力で握りしめ、鋼鉄と化した雪玉を投げて相手を戦闘不能にしている。

 ルール的だけでなく物理的に。ドスンってめっちゃ低い轟音とともにおっさんがくの字に折れ曲がってるんだも。

 大丈夫か?

 まぁいいや。

「うむ。それで儂が受け持つ子にお主が作ったものを使わせてやりたいんだ。ほれ、実験データは必要だろう?」
「……そういう事か」

 クラリスさんが受け持つ子を俺は知らない。王族が依頼した事は知っているが、それ以上は知らない。

 だが、何となくどういう子か何となくだが、勘でしかないが分かった。というか、点字をいう時点で分かる。

 目が見えないか、もしくは弱視なんだ。

 点字は、今度生まれる子がもしかしたらそういう子かもしれないと、俺は少しだけ不安だったから、金属活字を作るついでに共通言語の文字に対応したのを作ったのだ。

 この世界で初めての点字で、俺のオリジナルである。前世で点字というものどういうのかはがある程度知っていたが、一文字一文字に配列は覚えていなかった。なので俺が幾つかの試作品を作って、指先で分かりやすい感じに決めていった。

 だが、それでも俺は目が見える存在だ。本当に使いやすいかは分からない。それにタイプライターだってあれは目が見えない人でも文字が打てるようにするために作られた道具であったはずだ。

 ならば、精度やらを考えても実際にそういう人に使って貰って実験データを取った方がいい。幾つか試作品はできたんだし、今度は改良に乗り出すべきだ。

「フッ、っと。……分かった。いいよ。ハッ。でも、ロイス父さんが事業として進めてるから、そこらへんはっ?」

 敵の攻撃が激しくなった。分身体で対処しているが、木剣を振り回し、俺が投げる雪玉などを全て叩ききっているユリシア姉さんと、水魔法と氷魔法で雪玉を阿保みたいに操っているカーターには手が焼ける。

 エイダンは早々に戦闘不能になった。

「既に話を通しておる。だが、作り手はお主だし、自由ギルドへの商標登録などもお主らしいからのっ」
「そういう事っ。ッ、よっと。ならデータの提供契約とかはっ?」
「問題ないっ!」

 大将を除いたおっさんたちが全員戦闘不能になった。最初にヤった奴が戦闘開始になるまであと二十秒、それまでにカーターとユリシア姉さんを避けて、堂々と佇んでいる大将のおっさんに雪玉を当てるだけ!

「セオ、クラリス! 何さっきから余裕そうにゴチャゴチャしゃべってんのよ!」
「確かに、眼中にないって感じだ」

 俺達の前にユリシア姉さんとカーターが立ち塞がる。その後ろで雪玉を浮かした大将のおっさんが、ニヤリと笑っている。子供に守られてるのに何かムカつくな。

 にしても、ハイターは相打ちになって使えないし。

「クラリスさん!」
「うむ!」

 俺は目の前に、四体の分身体を降り積もった雪から頭だけ顔を出すような感じに召喚し、自爆させる。何か、目の前で自分が自爆するってすげぇ嫌だな。

 だが、それによって雪が暴風となって飛び散り、両者の間に壁ができる。その瞬間、クラリスさんは俺を両手に抱えて、そして空へと放り投げる。

「ひょえーー。メッチャこえぇ!」

 だが、クラリスさんがあまりの馬鹿力で放り投げたせいで俺は弾丸の如く空へと飛び出す。

 が、頑張って我慢し、周囲を警戒しているおっさんを見定める。

 そして“宝物袋”を発動する。

「んなぁ!?」

 分身体の自爆による雪の暴風がユリシア姉さんとカーターによって晴らされる。

 だが、冬の太陽は公園に射さない。大将のおっさんの周りに巨大な丸い影が二つできる。ユリシア姉さんたち全員が馬鹿なといった感じに大口を開けている。

「クラリスさん!」
「うむ!」

 俺の掛け声と同時にクラリスさんが一瞬で空へと飛び出してきた。そして反転して、それを見る。

「おい、魔法は反則だ――」
「――残念。始めからコツコツと作ってきた雪だるまです! あと、これを召喚したのは“宝物袋”っていう能力スキルです!」

 俺は久ぶりにですます調を使って煽る。ついでに一緒に俺と落ちている巨大な雪だるまを見る。

 ついでにちまちまと雪だるまを作っていたクラリスさんを見る。丹精込めて作った雪だるまを握るクラリスさんを見る。

 そして。

「せいっ!」

 クラリスさんが空中の上なのに雪だるまを掴み、地面へ叩きつけた。

 雪合戦はそれで終わった。それと地面で寝そべっていた皆は巨大な雪だるまに襲われたが、怪我はしていなかった。

 あと、咄嗟に大将のおっさんが張った結界に叩きつけられた雪だるまの轟音を聞きつけ、ロイス父さんたちがやってきた。

 事情聴衆され、雪合戦に参加してた俺達はもの凄く怒られた。

 そして次の日。俺が渡した幾つかの試作品を持ってクラリスさんはマキーナルト領を出ていった。

 手紙のやり取りはするし、やろうと思えば王都と簡単に行き来はできるらしいから、アテナ母さんたちは落ち着いていたが、ライン兄さんたちは突然のことに珍しくゴネていた。

 まぁ毎晩暖炉の前で面白い話をいっぱい聞かせて貰ってたからな。急にいなくなるんは堪えるのだろう。というか、ライン兄さんたちは普通に子供だし、会えるといっても別れるのは寂しいのだろう。
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