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一年

アカサ:this summer

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「ということだから、午後は町に行ってくるよ」

 一緒に昼食をとっていたユリシア姉さんやアラン達に午後の予定を伝えた。

 因みにマキーナルト家では外部からの客がいない限り、使用人も同じ席について食事をとることになっている。勿論、普通の貴族は一切そういうことをしないが、ロイス父さんとアテナ母さんは落ち着かないらしいので、一緒の席に着いている。

 冒険者パーティーで一緒だったアランと別々に食事をとるのは嫌らしいし、仕事上以外ではあまり上下関係をつけたくはないそうだ。食事は仕事上には含まれないとのことである。

 もちろん、貴族なので体裁とかはあるが、それでも必要以上のことはしたくないそうである。何というか、である。

「わかった。日が暮れるまでには帰って来いよ」

 アランがみんなの総意を言う。

「ふん。何しに行くのよ」

 ユリシア姉さんは眉を少しひそめながら、不満げに言う。今日の授業が手間取り、午後も勉強で埋め尽くされてしまったから不機嫌なのだ。

「アカサに材料の発注とケーレス爺さんにアポを取りに」
「ふーん」

 俺がそう言うと、ユリシア姉さんはつまらなそうに鼻を鳴らす。が、直ぐに何か思いついたようで。

「お金を出すから面白そうな武具魔道具を買ってきなさい!」
「……あったらね」

 武具の収集を趣味としているユリシア姉さんであるが、武具の目利きがそこまで上手ではない。いや、普通の武具なら目利きはいいのだが、それが魔道具やアーティファクトとなると、ただ、見ただけではあまり分からず、また、魔道具の知識もそこまでないので武具魔道具とかは大抵俺に買わせにいくのだ。

 因みに、ユリシア姉さんは魔物の討伐を守護兵団の人たちと一緒に行っているので、お金は自分で稼いだものである。普通にお守りではなく戦力として役に立ってはいるらしい。

 そんな様子をニコニコと見ていたバトラ爺がふと思い出し。

「もしかして、あの魔道具の件でございましょうか」
「うん。そうだよ」

 少し申し訳なさそうに聞いてきた。

「それで昨夜創った魔道具の具合はどうだった?」

 俺はそれを敢えて無視する。

「大変助かっております。あの魔道具のお陰で作業スピードが格段に向上しております。ですから、それ以上はいりませんよ」

 どうも家の使用人たちは俺たちから何か貰う事を避けているんだよな。嫌がってはいない。むしろとても喜んでいるのだが、何故か受け取ろうとはしない。

「遠慮しなくていいよ。俺の趣味のついでだからさ」

 なので、大抵は俺たちの我が侭であるという。ロイス父さんやアテナ母さんもそうしている。そうでもしなきゃ、あんまり受け取ってくれない。

 まぁ、向こうもそれは分かっていて何というか一種の体裁みたいなものである。

「そうよ! どうせ、セオのくだらない趣味の延長なんだから!」

 ユリシア姉さんが援護なのか貶しているのか分からないことを言う。それにしても、くだらない趣味とはなんだ。アテナ母さんが聞いたら凄い怒りそうだ。

「ありがとうございます。セオドラー様」

 そんなユリシア姉さんはやはり、にこやかに見たバトラ爺は恭しく頭を下げた。


 Φ


「ピョートル、開けて!」

 俺はフォート川と町の扉を管理するピョートルに声をかける。他にも管理している人はいるが、運が悪い事に俺はまだ会っていない。そもそも日中のほとんどはピョートルが担当している。

「ああ、セオさまですか。わかりました。ちょっと待ってください」

 そうして少しすると、鉄門についている小さな扉が開いた。

「ありがとう、ピョートル」
「いえいえ、これも仕事ですから」
「帰りは夕方らへんになると思うから、よろしくね」
「わかりました」

 町とフォート川を繋ぐ鉄門はアダド森林やバラサリア山脈から魔物が進行してきたときの最後の砦である。なので、気軽に門の全開はできないらしい。

 魔物の中には超高速で移動するものもいるので、もし門を全開にしていたら、門を閉める間に、魔物が町に入ってきてしまう少なからず可能性がある。極力そのような可能性は排除したいので、鉄門は開放していないのだ。

 あと、鉄門は閉じている事によって特別な効果を発揮するアーティファクトでもあるのも一つの理由である。

 そんなことを考えながら、すれ違う町人や顔見知りの冒険者たちに会釈しながら歩いていたら、いつの間にか広場に出た。

 やはり、そこは喧噪にに満ち溢れていて、活気があった。

 昼下がりの事もあって依頼を終えた冒険者がどんちゃん飲んだり、ちょっとした賭け事をしたりしている一角。

 おばさまたちが夕食の買い物ついでに、おしゃべりに花を咲かせている一角。

 商人が声を張り上げて物を売り買いしている一角。

 色々と騒がしいが、見ていてとても嬉しい気分になる。まぁ、前世の影響で人酔いが激しい俺はそこに混ざるのは無理だが。

 俺はそんな喧噪を脇目に、ちょっとした裏道に入る。もちろん、俺がいることが広場の人たちに見つかると、担ぎ出されるので“隠者”を全力で使い、気配どころか存在感すらも消す。

 そうして、少し行った先の建物の裏口の扉をあける。そして、直ぐ近くにあった細い階段をゆっくりとした足取りで登っていく。疲れたくないので、身体強化はしている。

 それから、数分。その建物の最上階にやってきた。狭い廊下に小さな木製の扉が一つだけ。

 俺はその扉を無遠慮にノックもせずに開けた。家主には許可を貰っている。

「おー、いらっしゃい、セオ様」

 そこには寝っ転がっている家主、アカサがいた。

「お邪魔するよ、アカサ」

 俺はそれを一瞥しながら、慎重に歩き、近くにあった椅子に座る。

 そして、ようやく寝っ転がっているアカサを直視した。ついでに部屋の惨状も。

 そこには、下着姿で鍛えられたスレンダーボディを躊躇なく晒している駄目な女性がいた。ぐでんぐでんと高級そうなソファーに寝っ転がり、お菓子とジュースを飲み食いしている。部屋には衣服やゴミが散乱していて、その駄目っぷりを加速させている。ゴミ屋敷みたいである。

「ねぇ、アカサ。いい加減に片づけたら?」

 俺は呆れながら、目の前で子供には見せてはいけない駄目っぷりを晒している、まるで駄目な女、マダオに言う。

 これを見るとレモンの方がよっぽどましに思えてくるから不思議だ。

「いいんだよ。数日後には、あたいの愛しいサリアスが来てくれるんだからさ」
「はぁ。だから、片づけた方が良いと思うんだけど。サリアスに愛想尽かされるんじゃないの?」

 サリアスはアカサの彼氏というか、ほぼ旦那である。彼はこの地の出身で、今はアカサ・サリアス商会の外部担当として動いている。二人は幼馴染なのである。

 因みに二人とも猫人で五十年来の付き合いだそう。

 ここで断っておくが、猫人の寿命は人族と同じ、八十年前後である。ただ、二人は色々あり、猫人の中でも特殊な種族に進化したので寿命が長い。二百年くらい。

 まぁ、それは置いといてアカサは商会の内側を管理して、サリアスは仕入れや売りなどといった外側を管理している。

 そして、サリアスは数週間に一度、本部であるアカサ雑貨店にやってくる。普段はエレガント王国の王都にある支部にいる。

 アカサ雑貨店は本部ではあるが、エレガント王国の支部の方が人もこなしている仕事も大きいのが実情である。

 なので、サリアスはとても忙しいのだが、必ず、アカサに会いに来る良い人である。しかも、部屋に散乱している物の中にアカサ宛の私情の手紙が多くあり、数日に一度、手紙を送ってくるらしい。

 そして、本部に訪れたら、アカサの部屋をいつも文句も言わず片す。

 そんなサリアスもアカサの駄目さは理解しているが、何故、と思わなくない。

「セオ様。サリアスどう思おうが、あたいが逃がさないから大丈夫だよ」

 そんな事を思っていたら、さっきの怠け具合はどこへ行ったのか。とても美しく、恐ろしい笑顔でアカサはそう言った。魔王みたいである。

 サリアスが駄目な女に捕まったみたいである。

「でも、子供にそんな姿を晒していたら、いくらアカサに甘いサリアスでも怒ると思うんだけど。情操教育に凄い悪いよ」

 そんなアカサが少しムカついたので、痛いところをつく。サリアスにアカサの惨状を手紙で教えることができるしな。

「……セオ様は転生者だから情操教育は関係ないと思うんだけど」
「なら、愛している男がいる身でその姿を晒しているのはどうかと思うんだが」
「……」

 アカサは流石にそれには何も言い返せない。上機嫌に揺らしていた尻尾がだらんと垂れ下がる。

 因みに、アカサは俺が転生者であることを誰からも教えて貰うことなく、自分で導いたのだが、その話はまた置いておく。

「で、セオ様。何か用があったんじゃないの?」

 アカサは話をそらした。ついでに、まずいと思ったのか炎魔法を使ってゴミを燃やし、無魔法の〝念動〟で衣類やゴミを燃やしてできた灰をを片付けていく。

「あ、そうだった。アカサの部屋の酷さで忘れてたよ」

 それが終わるのをゆっくりと眺めていた俺は“宝物袋”から、ある筒を取り出しながらそう言った。
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