上 下
44 / 316
一年

昼下がりの姉弟:this summer

しおりを挟む
「さて、寝るか」

 ロイス父さん達が乗った馬車が見えなくなってから、俺は欠伸をしながら屋敷に入ろうとした。

「セオ坊ちゃん、それはできないな」
「ぐぇ」

 が、アランに服を掴まれた。

「何するんだよ!」

 それから服をパッと離され、よたつきながらも俺はアランに抗議の声をあげる。

「もう、朝食ができてんだ。お前さんが寝てしまったら冷めるだろう」
「時魔法で時間経過を止めたり、火炎魔法で温めたりできるじゃん!」
「面倒だ。そもそも、今起きてるんだ。今食いな」

 有無を言わさず、アランを凄む。いや、確かに飯を作ってもらった人に対して、後で食いたいからって理由で手間をかけるのは、自分でもどうかとは思うが。

「はぁい」

 だから、これはしょうがない。それに普段、特に仲良くしているアランに迷惑をあんまりかけたくはない。凄くお世話になってるし。

 そんな様子をマリーさんとレモンは微笑ましく見ていて、バトラ爺とユリシア姉さんはさっさと屋敷に入っていた。

 バトラ爺は領主代行の仕事が忙しくて、ユリシア姉さんはいつも通りマイペースなのだ。


 Φ


 昼下がり。

 口うるさいアテナ母さんがいないのでリビングにある高級ソファー――呪われた睡魔のソファー――の上でダラダラとくだける。

 ソファーは昼下がりのお日様が一番あたるような場所に置かれている。そのおかげで初夏の少し強い日差しを心地よく浴びながら、寝ることができる。

 故にお昼寝に最高の場所の一つである。

 そんな安住の天国で食後の昼寝をしている時、やはり邪魔ものが現れる。

「セオ、ちょっとそこをどきなさいよ」

 我が姉、ユリシア姉さんである。

 まぁ、チョー快適な睡眠を貪っている俺にとってソファーから離れる事などありえないのだが。

 だが、そんなことはお構いなし。暴君たるユリシア姉さんは強硬手段に出る。

「だから、どけって言ってんのよ!」
「痛い!」
 
 ドサリ、と大きな音を立てて俺を落としたのだ。ご丁寧に俺が直ぐにソファーに戻れないように俺の足を軽く踏んでいる。

「ちょっ、何してんのさ! まったく横暴だよ! 横暴! 直ぐに暴力にでてさ、子供相手の恥ずかしくないの!?」
「何言ってるのよ。そんなの関係ないわ。アンタの方が強いじゃない」
「はぁ? だからって寝ている弟を床に投げ出すなんてひどいよ!」
「うるさい。それより、暇だからゲームをやるわよ!」

 そう言って俺を踏んづけたままユリシア姉さんは手に持っていたボードゲームをソファーの上に置いた。

 そして、履いていた家の中で履く用の靴を脱いで、ソファーの上で胡坐をかく。

 はしたない。

「セオ、さっさと座って昨日の続きよ」

 足をどかしたユリシア姉さんは有無を言わせず、俺をソファーに座るように目で指図する。そして、俺はその暴君に逆らわず、粛々とソファーに座る。

 逆らうと面倒くさいのだ。

 なので仕方なく俺はユリシア姉さんに問う。

「はぁ。で、何で急にゲームを?」
「何でって。私が昨日負けたからよ」

 おお。そんな自明の理だ的な感じに胸を張って言わなくても。

「さ、だから勝負よ」

 そう言ってユリシア姉さんは駒を並べ始めた。

 チェスである。

 我が姉、脳筋の癖にチェスにドはまりしたのだ。

 普段は使いもしない頭を存分に働かせオーバーヒートしている姿を見るのが楽しくて、わざと接戦を演じていたのだが、それが仇になってしまった。

 剣の稽古とかと同等の楽しさを見出してしまったのだ。

 なので、最近は家族や使用人たちに暇があれば勝負を挑んでいるのだ。

 まぁ、勝てたためしは全くないが、それでも飽きないらしい。

「はぁ、しょうがない。一戦だけだよ」
「わかったわ!」

 あ、わかってなさそう。たぶん、負けたら何だかんだ言って何回も対戦させられそう。そう言う笑顔で頷いている。

「ねぇ、そんなにチェスが面白い?」

 そもそもユリシア姉さんはワイワイ楽しむゲームは好きだが、頭を使うゲームは基本的に嫌いなのだ。俺がわざと熱中する様な遊び方で相手をしていたとはいえ、不思議に思う。

「ええ、楽しいわ! だってクリークより単純だもの!」

 その満天の笑顔に、ああ、と納得がいく。

 クリーク。

 この異世界に存在するチェスの親戚である。チェスは純地球産で俺がクリークに飽きたので、屋敷のみんなに教えたのだ。

 まぁ、実際クリークは複雑なのだ。というより、面倒といった方がいいだろう。

 チェスと同様に縦横8マスずつに区切られた64マスに6種の役職を与えられた駒が16個。役職によって動ける範囲が決まり、打ち取られた駒は基本的に使う事ができず、キングを打ち取った方が勝ち。

 ここまでは駒の名前と動きが若干違うこと以外はチェスと殆ど同様である。

 しかし、ここからが違う。

 各役職には特殊な能力を持っているのだ。これは異世界ならでは、というか“職業”や“能力スキル”があるせいだろう。

 例えば、魔法使いウィザードは4ターンに一度、駒を動かすことなく特定の範囲内にいる相手の駒を打ち取ることができる。

 例えば、治癒師プリーストは打ち取られた自分の駒を無条件に盤上に置く事ができる。

 例えば、女王クイーンは7ターンに一度、相手の駒を無条件に自陣に加える事ができる。

 他にもいっぱいあるが、一つの役職がそういう能力をいくつも持っているのだ。女王クイーンなんて5つも持っている。

 とても厄介で面倒なのだ。

 しかも、エドガー兄さんやライン兄さん、ユナやマリーさん、それとユリシア姉さんは問題ないのだが、その他の家族と使用人がクリークを遊ぶと、ワンプレイに二、三時間かかるのはざらなのだ。酷いときには一週間くらいかかる。

 複雑すぎて長考時間がとても長いのだ。しかも制限時間は一応あるのだが、一回の長考に2時間、ワンプレイで1週間という欠陥ルールなのだ。

 それ故に、ユリシア姉さんとってはとても退屈で、アテナ母さんたちが好きなクリークが嫌いなのである。一緒に遊ぶことがあまりできないのだ。

 だから、その反動であろう。

 アテナ母さんたちもチェスを気に入っていて、最近はクリークではなく、チェスを遊んでいる。クリークよりよっぽど単純なチェスは、ユリシア姉さんにとって、アテナ母さんたちと楽しく遊ぶことができるのだ。

 まぁ、チェスだってクリークより単純ではあるが、とても奥が深いゲームであることは留意しなければならないのだが。

 何にしても、い我が姉である。
 
 そんなことをニヤニヤと考えながら、自分の駒を定位置に並べていく。

「何よ」

 ユリシア姉さんが少し睨んでくる。内心が顔に出ていたようだ。

「何でもないよ」

 直ぐに澄まし顔にして、言葉通り何でもないように装う。流石にこう思ってる事を知られたくはない。俺が恥ずかしい。

「そう」

 そんな俺の内心を知ってか知らずか分からないが、ユリシア姉さんは深く追求することなく頷き、直ぐに盤上を睨み始めた。

 そして俺が駒を並べ終わったのを確認して、小銅貨を一枚、盤上の上に置く。

「セオが表、私が裏よ」

 そう言ってユリシア姉さんは人の顔が掘ってある表を向け、コイントスをする。

 そしてコツンと盤上を一回跳ねて、小銅貨は表を向いた。

「ちぇ。……まぁ、いいわ。セオ、先攻と後攻どっちがいいの?」
「後攻で」
「……いいの?」
「うん」

 問題ない。チェスは確かに先攻が有利ではあるが、流石にユリシア姉さん相手に後攻でも負けることはない。

「ふんっ。そのニヤニヤした余裕顔を絶望で染めてやるわ!」

 俺がユリシア姉さんをなめている事が伝わったのだろう。目端を釣り上げ、気焔を吐く。

 おお。怒っていらっしゃる。まぁ、ゲームは既に始まっている。コイントスの時点から始まっているのだ。だから、ユリシア姉さんは絶対に俺に勝てない。

 勝敗は始める前に決まっている。有名な言葉である。

「じゃあ、ゲームを始めるわよ!」

 ユリシア姉さんのその言葉で、チェスは始まった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

異世界に転生したのでとりあえず好き勝手生きる事にしました

おすし
ファンタジー
買い物の帰り道、神の争いに巻き込まれ命を落とした高校生・桐生 蓮。お詫びとして、神の加護を受け異世界の貴族の次男として転生するが、転生した身はとんでもない加護を受けていて?!転生前のアニメの知識を使い、2度目の人生を好きに生きる少年の王道物語。 ※バトル・ほのぼの・街づくり・アホ・ハッピー・シリアス等色々ありです。頭空っぽにして読めるかもです。 ※作者は初心者で初投稿なので、優しい目で見てやってください(´・ω・) 更新はめっちゃ不定期です。 ※他の作品出すのいや!というかたは、回れ右の方がいいかもです。

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました

okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!

七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」 その天使の言葉は善意からなのか? 異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか? そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。 ただし、その扱いが難しいものだった。 転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。 基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。 ○○○「これは私とのラブストーリーなの!」 主人公「いや、それは違うな」

野草から始まる異世界スローライフ

深月カナメ
ファンタジー
花、植物に癒されたキャンプ場からの帰り、事故にあい異世界に転生。気付けば子供の姿で、名前はエルバという。 私ーーエルバはスクスク育ち。 ある日、ふれた薬草の名前、効能が頭の中に聞こえた。 (このスキル使える)   エルバはみたこともない植物をもとめ、魔法のある世界で優しい両親も恵まれ、私の第二の人生はいま異世界ではじまった。 エブリスタ様にて掲載中です。 表紙は表紙メーカー様をお借りいたしました。 プロローグ〜78話までを第一章として、誤字脱字を直したものに変えました。 物語は変わっておりません。 一応、誤字脱字、文章などを直したはずですが、まだまだあると思います。見直しながら第二章を進めたいと思っております。 よろしくお願いします。

5歳で前世の記憶が混入してきた  --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--

ばふぉりん
ファンタジー
 「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は 「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」    この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。  剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。  そんな中、この五歳児が得たスキルは  □□□□  もはや文字ですら無かった ~~~~~~~~~~~~~~~~~  本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。  本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。  

成長促進と願望チートで、異世界転生スローライフ?

後藤蓮
ファンタジー
20年生きてきて不幸なことしかなかった青年は、無職となったその日に、女子高生二人を助けた代償として、トラックに轢かれて死んでしまう。 目が覚めたと思ったら、そこは知らない場所。そこでいきなり神様とか名乗る爺さんと出会い、流れで俺は異世界転生することになった。 日本で20年生きた人生は運が悪い人生だった。来世は運が良くて幸せな人生になるといいな..........。 そんな思いを胸に、神様からもらった成長促進と願望というチートスキルを持って青年は異世界転生する。 さて、新しい人生はどんな人生になるのかな? ※ 第11回ファンタジー小説大賞参加してます 。投票よろしくお願いします! ◇◇◇◇◇◇◇◇ お気に入り、感想貰えると作者がとても喜びますので、是非お願いします。 執筆スピードは、ゆるーくまったりとやっていきます。 ◇◇◇◇◇◇◇◇ 9/3 0時 HOTランキング一位頂きました!ありがとうございます! 9/4 7時 24hランキング人気・ファンタジー部門、一位頂きました!ありがとうございます!

俺の召喚獣だけレベルアップする

摂政
ファンタジー
【第10章、始動!!】ダンジョンが現れた、現代社会のお話 主人公の冴島渉は、友人の誘いに乗って、冒険者登録を行った しかし、彼が神から与えられたのは、一生レベルアップしない召喚獣を用いて戦う【召喚士】という力だった それでも、渉は召喚獣を使って、見事、ダンジョンのボスを撃破する そして、彼が得たのは----召喚獣をレベルアップさせる能力だった この世界で唯一、召喚獣をレベルアップさせられる渉 神から与えられた制約で、人間とパーティーを組めない彼は、誰にも知られることがないまま、どんどん強くなっていく…… ※召喚獣や魔物などについて、『おーぷん2ちゃんねる:にゅー速VIP』にて『おーぷん民でまじめにファンタジー世界を作ろう』で作られた世界観……というか、モンスターを一部使用して書きました!! 内容を纏めたwikiもありますので、お暇な時に一読していただければ更に楽しめるかもしれません? https://www65.atwiki.jp/opfan/pages/1.html

処理中です...